ある晴れた日に
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430部分:夏のそよ風吹く上をその十三
夏のそよ風吹く上をその十三
「女の子に人気があるのがいいな」
「そうですか。じゃあまずはこれと」
中の一つがまず取られた。エンゼルショコラとは別の白いドーナツだった。
「これ。それとこれですね」
「もう二つ頼む」
「じゃあこれとこれですね」
女の子は随分と上機嫌にドーナツ達を取っていった。そうして忽ちのうちに選び終えてしまったのであった。実に早かった。
「これでどうでしょうか」
「じゃあそれで頼む」
「有り難うございました」
ドーナツを全て手提げの箱の中に入れてから再びにこりと笑う女の子だった。
「申し訳ないですけれど私の好みが入ってます」
「それならそれでいい」
だがそれでいいと返す正道だった。
「女の子の好みだからな」
「そうなんですか」
「じゃあ有り難う」
金を支払ってから彼も女の子に礼を述べた。
「これでな」
「またいらして下さい」
こうしてドーナツは買い終えた。それを持って電車に乗り未晴の家に向かう。彼女と前に一緒に降りたあの駅を降りてあの街の道を進んで。そのうえで彼女の家の前まで来て今チャイムを鳴らしたのだった。
暫くして出て来たのは未晴がそのまま歳を経たような女の人だった。歳は四〇程度か。その人が戸惑ったような顔で出て来たのだった。
「はい」
「竹林さんですね」
「そうですけれど」
この中年の女はやはり何処か戸惑ったような顔で彼の言葉に答えるのだった。
「それが何か」
「俺は竹林未晴さんと同じクラスの者ですが」
「未晴の」
何故か。未晴の名前を聞いてその顔を強張らせた。正道の目にもそれははっきりと映った。
「おかしいな」
彼はこう感じた。女はここでさらに言うのだった。
「あの、未晴は」
「風邪ですね」
こう返した正道だった。
「確か」
「風邪・・・・・・」
今度もだった。風邪と言われて。これまた顔を強張らせたのだった。
「風邪ですか」
「違うのですか」
「いえ、それは」
そして非常にたどたどしい返事であった。
「風邪です、未晴は」
「そうでしたね」
「今は誰にも会えなくて」
「そんなに酷いんですか」
「ええ、まあ」
答えるこの人の目は非常に泳いだものだった。
「それで出て来れないんですけれど」
「わかりました。それでです」
「何か。まだありますか」
「これを」
こう言ってその手に持っているドーナツを入れた箱を差し出すのだった。
「これは皆からですが」
「皆っていうと」
「クラスの皆からです」
あえて自分のものとは言わなかった。そこは照れがあったのだ。
「ドーナツです」
「そうですか。ドーナツですか」
この人は少しずつ強張ったものを緩やかにさせてきていた。
「お見舞いですよね」
「そうです」
「有り難うございます」
正道が差し出しているそのお見舞いのドーナツを受け取って礼を述べるのだった。
「それじゃあ未晴に言っておきますので」
「御願いします」
「娘も喜びます」
「娘ですか」
正道は今の彼女の言葉に反応した。
「それじゃあ」
「ええ、母親です」
その未晴と同じ顔での言葉だった。
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