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『賢者の孫』の二次創作 カート=フォン=リッツバーグの新たなる歩み

作者:織部
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遥かなる異境『日本』

 
前書き
 ぶっ飛ばせ常識を~♪ 

 
 ざんばら髪を振り回した三つ目の鬼が手にした巨大な金棒が振り降ろされ、石畳を粉々にした。
 もし避けていなければ人の身体など、爆ぜた柘榴のようにぐちゃぐちゃになっていただろう。

「――かけまくもかしこき鍛冶の祖神(おやがみ)となる金山の神火(かむか)の神風の神らの大前にかしこみかしこみももうさく――八十国島の八十島を生みたまいし八百万の神たち生みたまいしときに生まれたる天目一箇神命(あめのまひとつのかみ)をひのもとの冶金もろもろの金の工の祖とあがめまつる――」

 半身に反って避けつつ〝一息で〟祝詞を唱えると、鬼の金棒が急速に熱を帯びはじめた。
 製鉄や鍛冶の神である天目一箇神(あめのまひとつのかみ)のたたら祝詞。それは金属を熱する効果があった。

「GYAッ!?」

 いかに鬼とはいえ赤熱した鉄塊を持ち続けることはできないようで、熱さに驚き手を放そうとする。

「疾く!」

 ぐにゃにとひしゃげた金棒が鬼の体に巻きつき、火を上げる。金属を熱するだけでない、自在に操ることもできるのだ。

「GYGYAAAッッッ!!」

 灼熱した金属の塊で全身を締めあげられてはたまらない。鬼は怒りと苦痛に狂乱し、めちゃくちゃに暴れまわる。


「おっと、あぶない」

 三メートル近い巨躯が暴れ馬の如く暴威を奮っているのだ。並の人間ならば巻き込まれ、押し潰され、あるいは吹き飛ばされでもしてしまうことだろう。だが法眼(ほうげん)は巷の陰陽師たちと違い、体術には自信があった。巧みな体さばきで鬼の狂乱を避け続ける。
 武術はもっとも実践的な魔術のひとつ。そのような考えのもと、法眼は幼い頃から鍛錬を重ねてきたのだ。
 鬼一法眼(きいちほうげん)
 それが鬼と戦う男の名だ。
 
「GA、GAGAッ!、餓牙ッ、牙牙牙牙牙牙牙牙牙牙牙牙牙牙牙牙牙牙牙牙牙牙牙牙牙阿阿阿阿阿阿阿阿阿阿阿阿阿阿阿阿阿怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨ッ」

 鬼が哭いた。
 まさに鬼哭。鬼の口から耳をつんざく大音声がほとばしる。
 妖気のこもった鬼の鳴き声。抵抗力のない並の人間なら、聞いた瞬間に精神を侵され、卒倒。運が悪ければ命を失いかねない怨波攻撃。
 全身に気を廻らし、不快な邪気を跳ね除け、意識を集中し、霊力を練る。

「バン・ウン・タラク・キリク・アク!」

 剣指で五芒星を描くと、気がほとばしり衝撃と化す。それを受けた鬼の体はバラバラに吹き飛んだ。

「しつこい野郎だ、まったく」

 残心を怠らず周囲に気を配る。
 角のあるもの。牙のあるもの。爪のあるもの。首の長いもの。首のないもの。獣のようなもの。鳥のようなもの。魚のようなもの。目の多いもの。目のないもの。大きいもの。小さいもの――。
 辺りにはたった今倒した鬼の他にも異形の怪物たちの骸が散乱していた。
 ここは東京新宿、花園神社。
 本来ならば聖域として存在し、大道芸や露店でにぎわう人々の憩いの場は異界化し、周辺地域に瘴気による害をおよぼしていた。
 法眼はその原因をつきとめ、祓うよう、退魔庁からの依頼を受けておもむいたのだ。
 魔物の群れは退治したが、いまだに瘴気が色濃く残っている。これではいつ魔物が実体化してもおかしくない。
 離れた所に置いておいたボストンバッグから漢字がビッシリと書かれた大型の方位磁石のような物を取り出す。
 風水羅盤。
 土地の龍脈を調べ、吉凶を占う道具だ。

「我、世の(ことわり)を知り、鬼を見、妖を聞き、万怪を照らす。急々如律令!」

 印を結び、呪を唱えると、中央の針がクルクルと回り、一点を示し止まる。

「なるほど。原因はあれだな」
 
 花園神社入り口。鳥居の額に書かれた「花園神社」の『花』の字。そのくさかんむりの部分がかすれて、ほとんど消えかかっている。

「花の園が化け園になったせいで言霊によってこの場の気が変生したか。神魔の境は紙一重。おかげで化け物の園となり、妖怪変化が大量に出現した……はて? 誰かが故意に字をもみ消したのかな? 言霊の理を利用して呪をかけたとしても、人の身で神社という聖域をこうも変えてしまうとは大した術者だ。まぁ、そこまで推測するのはこちらの仕事じゃないか」

 取り出した筆でくさかんむりが書かれ『化』が『花』の字になると、あたりに満ちていた瘴気がほとんど消え去った。
 ケイタイ電話を取り出して退魔庁の担当者に修祓が済んだことを伝える。

「お勤めご苦労様でした」

 現場の確認を終えた退魔庁の役人が鬼一に声をかける。

「さすがは十四代目鬼一法眼といったところですか。これだけの数の妖魔をたった一人で退治するとは、見事な腕前ですね」
「本気でそう思うのなら謝礼に色をつけてくれ」
「退魔庁は妖魔を祓える有能な呪術者をつねに求めています。正式に勤めるつもりはありませんか」
「俺なんぞいなくても退魔庁は安泰でしょう」
「いやいや、どこもかしこも慢性的な人手不足で悲鳴があがっていますよ。どうです? 冗談ではなく本気であなたを必要としているのですが。私が言うのもなんですが、親方日の丸。福利厚生など充実していますよ」
「もうしわけないが根がニートでしてね、宮仕えは性に合わんのですよ。『最低でも』週に五日出勤、日に八時間労働というのがもう無理。ニーチェも言っているでしょう『自分の一日の三分の二を自己のために持っていない者は奴隷である』て。それと毎日決まった時間に出勤するのも無理。俺は気まぐれなんです」
「ははは、それは筋金入りですね。わかりました無理強いはいたしません。ですが気が変わったらいつでも連絡してきてください」

 こうして巷の陰陽師、鬼一法眼の一日が終わった。



 翌朝。
 ジョギングで山下公園からみなとみらいを周回した法眼がストレッチに移る。
 肉体のあちこちをほぐし、のばす。
 股割りの格好で上体を地面にのばし、くっつけた後、腕立て伏せに移行する。
 ただの腕立てではない。拳立てだ。拳を握り、一指と二指の拳頭部分を地にあてて腕立て伏せをする。
 それを五十回ほどおこなった後、五十一回目からは拳頭ではなく十本の指で体重をささえる。指立て伏せだ。それを十回すませると、左右の小指が上がった。八本の指でまた十回。
 十回ごとに小指から順に指の数が減ってゆく。
 最後の十回は親指だけ。
 全部で一〇〇回。
 それを一セットとして、二セットおこなった。

(最近は仕事仕事でこの手の鍛錬をおこたっていたが、思ったよりなまってないな)

 さすがに汗ばんでいる。が、息は乱れていない。
 呼吸の乱れは気を散らし、術の完成を妨げる。ただしい呼吸法は呪術師にとって基礎の基礎といえる。
 そのまま起き上がると、両手で円を描きつつ、片足を上げ、前に出し、下す。
 もう片方の足を上げ、前に出し、下す。また片方の足を上げ、前に出し、下す・・・・・・。
 それらの動作を極めてゆっくりと、だが寸分たがわぬ精確さでくり返す。
 太極拳の套路(とうろ)や道教の禹歩(うほ)に似ている。だがあきらかに異なる独特の動きだ。
 額に汗がにじむ。
 見た目こそ地味だが先ほどの腕立て伏せよりも激しく全身の筋肉を酷使しているからだ。
 筋骨を鍛えて身体を外面から強くして剛力を用いる武術を外家拳と呼び、太極拳のように呼吸や 内面を鍛えて柔軟な力を用いる武術を内家拳と呼ぶ。
 最初の腕立て伏せのような筋力トレーニングが外家拳の修行なら、これはまさに内家拳の修行になる。
 武術はもっとも実践的な魔術であり、五行拳や形意拳、八卦掌など。その起源に魔術的なものがある流派は多い。
 法眼流などはまさに武術と魔術のハイブリッドであった。
 全身に気が廻らされるのを確認した後、型に移行する。
 算数の九九や歴史の年号を丸暗記する「だけ」の勉強が役に立たないのと一緒で、型の修行はただ形をなぞるだけでは無意味だ。
 つねに実戦を想定して動かなければならない。
 型には意味がある。
 型の動きというのは身体の運用理論であり、実戦に対応するための動きを作り上げるために必要なものなのだ。
 武道の型にはすり足をもちいた独特の重心移動や軸の固定など、日常的な動きから離れた身体運用を要求してくる部分が多い。
 これらの動きを身につけるのはとても困難ではあるが、型の要求通りに正しく動くことができれば動きの質が変化する。
 肉体ではなく神経レベルで〝戦える身体〟になるのだ。
 常人がその動きに反応するのはむずかしい。
 もちろん表面の動きだけを似せるだけではだめだ。そのような形骸化した型稽古にはなんの意味もない。
 型稽古というのは型の動きをおぼえるのではなく、型を通して戦いの動きをおぼえることに真の意味があるのだ。
 ただ型をなぞるような練習はせず、その動きを自分のものにすることが目的なのだ。
 法眼の脳裏に昨日戦った鬼の姿が浮かぶ。

(術なしで戦うとしたら、どうするかな……)

 妖魔の類は総じて人より丈夫で、通常の弾丸や刀剣を弾くほどの頑強な皮膚を持った種も存在する。そのような個体にも気を乗せた攻撃。発剄と呼ばれるような攻撃方法なら、素手でも致命傷を与えることが可能だ。
 さらに人型の妖魔は比較的倒しやすい。人体の構造や弱点が人間のそれと同じ場合が多く、急所をつきやすいからだ。
 下段を狙った蹴りで金的や膝関節を攻めて姿勢を崩す。上体が下がったら水月に当て身を食らわし、とどめは顔面に打撃。もし背中を丸めて水月が隠れるようなら角を引っつかんで顔面を潰す……。
 実戦を想定しつつ、ひととおりの型を演じ終え、ひと息つく。

「べつに演武を披露しているわけじゃないだけどな」

 先ほどから視線を感じていた背後の物陰にむけて声をかける。

「あんた、昨日の花園神社の時もいたよな。隠形ぬるすぎなんだよ!」

 鋭く刀印を結ぶや、背後に向かって手印を斬りつけた。常人には見えざる呪力の刃が空間を裂いて炸裂する。
 黒い靄が吹き出した。
 漆黒の闇が法眼の全身を包む。 
 

 
後書き
 未知の世界へ行こう~♪ 
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