魔法が使える世界の刑務所で脱獄とか、防げる訳ないじゃん。
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第一部
第52話
「これで良かったのですか? 首領……いえ、御主人様」
仁が車椅子を取りに特別治療室から退出してから三分後。
再度部屋へ戻って来た時には、既に室内に琴葉の姿が無くなっていた。
代わりに、窓辺に主人である湊が腰を掛けて、下の方をぼんやりと眺めていた。
「嗚呼、良かったさ。“殺戮兵器”として造られた人形は、予定なら無差別に殺戮を続け、人々に苛まれ乍ら朽ちて行く筈だったのだが……偶然芽生えた意思に因り、主に反抗する様にまでなってしまった。そんな彼女を何時迄も私が縛り付けておく訳には行かないからね。彼女が私の元では無く、彼等の元選んだのだから」
ぽつり、ぽつりと、湊が言葉を紡ぐ。柔らかな風に乗って、小さな声が仁に届く。
湊の表情は髪に隠れて見えない。だが、頰を銀色の雫が蔦って、床を仄かに濡らしたのは、はっきりと見えた。
「ですが、御主人様は琴葉様を愛していました。なのに、何故……」
「……私は琴葉の“第一魔法刑務所での生活に関わる全ての記憶”を消した。今の琴葉は、自分が第一魔法刑務所に勤めていた事も、自分が管理していた囚人の事も、全て“知らない”状態になっている」
琴葉は人では無い。戦争の波に溺れた、愚かな人の手に因って造られた、兵器なのだから。
記憶容量は決して多くは無い。攻撃パターンと武器が覚えられる最低限の量しか無いから。「兵器だから攻撃を防ぐ必要なんて無い」、「兵器だから言葉を使う必要なんて無い」から。
加えて、琴葉は“絶刃遣い”の権限保有者。
“絶刃”は莫大な魔力を持つ故に“魔剣”に分類される。刀の魔力が遣い手に流れ込み、体内で暴走し、遣い手を滅ぼす事から“人喰イノ刀”、権限保有者ならば記憶を喰らい、刀が更に強化されて行く事から“記憶喰イノ刀”と呼ばれる事がある。
“絶刃”は記憶自体を喰らうのでは無く、“脳が記憶出来る量”を喰らう。
今の琴葉には、看守としての記憶か、マフィアとしての記憶、何方かでは無いと収まりきらないくらいまで、記憶容量は減っていた。
「昨日、君も立ち会って、これからの琴葉の記憶について説明、そして何方を琴葉に覚えさせておくか選択しただろう? 本人は魔力枯渇、また大量の記憶喰いの反動で寝てしまっていたけどね」
其の話し合いで、誰かが言った。
「琴葉はマフィアの記憶を残しておくべきだ。マフィアの記憶を忘れたら、琴葉は完全に身に覚えの無い大罪に因り、訳の分からぬまま殺されてしまうではないか」と。
また誰かが言った。
「琴葉は第一魔法刑務所の記憶を残しておくべきだ。刑務所の記憶を忘れたら、自分が大罪人であると言う責任を負いながら、罪人を管理する事になってしまう。それは余りにも苦しいではないか」と。
「琴葉は今までずっと其の責任を背負い乍ら仕事を全うして来た。だからきっと、琴葉なら……自分の過去と向き合い乍ら、一生懸命生きる筈だ。だからマフィアの記憶を残しておけばいい」
「琴葉はしっかりとした意思を持っている。だから、此の束縛された世界は似合わない。彼女が大切だからこそ、彼女には自由になって欲しいのだ。だから、刑務所の記憶を残しておけばいい」
話し合い———否、言い合いは二時間に渡って続いた。
そして、彼は言った。
「琴葉はやっぱりマフィアの記憶を残しておけば良いと思う。でも、マフィアに置きたくはない。だって、琴葉には心の底から笑って欲しいから。あんたが駄目って訳じゃ無いけど……俺の方が、琴葉を笑わせてあげられる……と思、う……から、琴葉を俺に下さい。そしたら、またゼロから思い出を作れば良い。何回忘れたって、何回でも作れば良いからさ」
彼———レンは。
「流石にあの台詞には驚いたよ。其れまで悩んでいた私も即決だった。彼女の第一魔法刑務所での記憶を完全に消し、そして彼女の主である資格も、彼に譲った。だからかも知れないけど、今、琴葉は看守と、囚人に囲まれて居るけど、決して攻撃しない。多少は反抗したとしても、あの場から逃げ出さない。彼等との記憶は、マフィアビル内の出来事以外、綺麗サッパリ無くなって居るのに」
「……琴葉様は、共に過ごして来た記憶がある僕達では無く、共に過ごして来た記憶が無い彼等を選んだ、と言う事ですか?」
何か感情を押し殺した様な声で、仁は問うた。
其の感情を理解してか、湊は窓辺を離れ、静かに部屋の扉を開ける。
「違うよ」
琴葉は、自由を選んだだけさ。
◇ ◇ ◇
「行っちゃったねー……」
「行ったねー……」
「行きましたねー……」
「「「琴葉ちゃん/様」」」
琴葉の執務室だった場所に集まって、窓の外を眺めながら彼等は呟いた。
「折角、オレも琴葉ちゃんとレンの監視任務が終わって、マフィアに帰ってこれたと思ったのになぁ」
「君の権限なら監視なんか行く必要ないでしょ? なんで監視に行ったの?」
「お、真冬さーん、聞くー? 確かにオレは、傷口から自分の権限に因る魔法を体内に流し込む事で、其奴の精神をコントロール出来るし、其れに因って何処で、何をやっているのかが分かっちゃうんだけどさ。琴葉ちゃんは滅茶苦茶厄介でね。基本的に一度魔法を体内に入れさせたら、オレが解除するまで傷口附近を抉ったとしても、魔法を無効化しても消せない筈なんだよ。勿論、例外だって無い筈だった。だけど、どうも琴葉ちゃんに権限を使っても、十秒後くらいには消えちゃってるんだよね。どーせ、絶刃の効果なんだろうけど」
訳分かんねー、と呟きながら、主を失った部屋のソファに寝転がるグレース。大きく溜息を吐いて、髪をわしゃわしゃと乱暴に掻く。
珍しく気分を荒げているグレースに、真冬と響が意味ありげな笑みを浮かべると、グレースはわぁあああと叫びながら、クッションに顔を埋めた。
「ま、これからもグレース……否、グレース幹部は黒華元幹部に会えるから良いじゃないっすか。俺達はまた幹部に戻って、首領のメイド役ですよー」
「うー……そうだけどさぁ? 一舎一房に行けるかどうかは微妙な所だし、正体がバレた以上彼処に入れるのかさえ微妙ー」
「被験体……んじゃなくて、黒華元幹部の新たな……あぁああめんどくせぇ! 琴葉の新しい主の中にあるグレースの魔法で侵入すれば良いじゃねぇかよ‼︎ んでそんな簡単な事思いつかねぇんだよ‼︎」
「え、なんでオレ怒鳴られてんの? ってか、其れが出来ないんだけど!」
「はぁ……?」
「だからぁ? なぁんでかは知らないけど、琴葉ちゃん同様、レンに仕組んだ魔法も、十秒足らずで消えちゃったのさ! 若しもの時用に首領に仕組んだ時は平気だったから、レンも大丈夫かなぁって思ってたら違ったんだ! 普通に消えちゃったのさ‼︎ 第一魔法刑務所の魔法大会の時は大丈夫だったのに! グレース君、激おこだよ‼︎ ぷんぷん‼︎」
グレースと響の言い合いに、苦笑いを浮かべるしかない真冬。此処で自分が入っても、絶対意味無い。だって、響君は首領と琴葉ちゃんと仁君以外の人を気遣うなんて、絶対ありえないもん。全部直球に聞くんだもん。オブラートに包むとか無いもん。
「そうですかー、気持ち悪いー」
「酷っ‼︎ ……ごほん! まぁ其れは置いておいて、だ。なんでレンにもオレの権限が消されてちゃうのかって話。絶刃の影響って訳でも無いじゃん? 首領が大丈夫だったんだし。となると、レンも権限保有者って事かな?」
「彼奴は難題魔法の一つである“魔法の強制発動”を成功させてる。可能性はあるかも知れねぇが、ありゃ唯の一般魔法師だ。調べた感じ、魔法の研究者でも、どっかの魔法組織のヤツでもねぇ。特別な所なんて、特にはねぇは、ず……って、あああ‼︎」
「うわびっくりしたぁ」
「彼奴はマフィアの元被験体‼︎ んで、確か琴葉の派閥所属のヤツが担当だった検体の一人‼︎ っつーことは、実験に使った琴葉の魔法を独学で研究して使い熟せる様になったっておかしくねぇ! 適当に使ってたら色々能力が付いちまったって感じだろ」
「うはぁてきとー。まぁ、確かにそんな感じかもねぇ。一応、また調べてみる事にするんだけどさ……? もっとオレの言いたいこと分かる?」
間。
「「「あんなもやし野郎に琴葉が盗られちゃったどうしよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお‼︎‼︎‼︎‼︎」」」
———第一魔法刑務所。
レン「へっくし‼︎」
ハク「風邪? レンくん」
レン「ないわー」
グレ「首領はさとても強くてイケメンで優しくて細いけど筋肉が程よい具合についてるから良いんだよ⁉︎⁉︎ イケメンだから‼︎」
響「イケメンを強調するなし」
グレ「でもさぁああああ⁉︎⁉︎ レンは確かにイケメンかもしれないけど控えめに言ってクソカスだし痩せ型だし筋肉のきの字も無いもやしじゃん‼︎ おかしいよ‼︎‼︎」
真冬「そうだそうだ‼︎ 琴葉ちゃんと結婚するのは僕なのに!」
響「違う‼︎ 第一候補が御主人様で、第二候補が俺だから真冬さんはもっと下‼︎」
真冬「メイド如きが、偉そうに……‼︎」
響「ですが、私は◯◯◯◯回程夜の御奉仕をして来ておりますので」
真冬「君が奉仕される側なんでしょ‼︎ 君の凶悪な息子で犯しまくったんでしょ‼︎」
響「はは、真逆。琴葉様にお強請りされてからやっていますからね。其れに、女性の躰なのですから、丁寧に扱っていましたけど何か問題でも?」
真冬「不純です‼︎ 僕は認めません‼︎‼︎」
響「メイドなんてそんなモンですよーだ。じゃあ真冬さんが琴葉をメイドとして雇ったら如何する」
真冬「毎晩僕が潰れるまでおk【強制終了】
響「だろ? そーゆー事だ。因みにグレースは」
グレ「オレが潰れるまでエンドレスだよっ‼︎」
響「聞くんじゃなかった」
沈黙。
三人はそっと窓の方に目をやった。
このまま死んでしまいたい。
そう思いながら。
「……正直、琴葉が居なかった六年間は、全く辛くなかった。彼奴が居ないのは、彼奴がマフィアを裏切ったのが悪いって思ってたからな。だけど、今回は違う。彼奴は自分で此処から去っていった。だから、これからは死んだ方がマシって思うくらい辛い」
「だけど、琴葉ちゃんはあっちを選んだんだよね。だから、しょうがない」
「それで諦め切れる程僕達は優しくは無いけど……琴葉ちゃんの望みだからね。あーあ。またつまらなくなっちゃうなぁ」
そして、嫉妬深い男達は、部屋を去っていった。
部屋に飾ってあったミヤコワスレの花を持って。
———“また会う日まで”。
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