最後の恋
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第四章
「拙者はこれよりです」
「私にですか」
「はい、市様にもです」
妻ではなく主に対する言葉だった。
「お仕えします」
「私は貴方の妻ですが」
「恐れ多い、殿の妹君です」
柴田は市に頭を下げたまま言うのだった。
「それでどうして」
「妻にですか」
「出来ましょうか。形はそうでも」
「実は、ですか」
「拙者は市様の、織田家の臣です」
これが柴田の言葉だった。
「ですから」
「私に対しても」
「これまで通りお仕えし」
そしてというのだ。
「そのことを変えませぬ」
「では茶々達は」
「同じです、娘となりましたが」
そうした間柄になったがというのだ。
「主家の方とです」
「仕えるというのですか」
「左様です、無論床も」
夜のそれもというのだ。
「拙者は決して近寄りませぬ」
「仮にも夫婦なのですから」
「いえ、それがしは臣です。あくまで臣として」
そのうえでというのだ。
「誠心誠意お仕えします」
「左様ですか」
「そして必ずや」
「織田家の天下をですね」
「お護りします、猿には渡しません」
こう言ってだ、柴田は市に夫として傍にいるのではなく臣として彼女に仕えた。そして娘達にもだった。
優しく仕えていた、娘達はその彼のことを市にこう言っていた。
「爺はとても優しいわ」
「私達に分け隔てなく接してくれるし」
「いつも笑顔で」
「爺なのですね」
市は自分に語る娘達の笑顔を見つつ述べた。
「あの方は」
「お義父上になるけれど」
「爺って呼ぶ様に言ってるから」
「私達もその様に言ってるの」
「そうですか、ではこれからもです」
市は娘達にこう答えた。
「爺の言うことをよく聞きなさい」
「そうします」
「爺の言うことなら間違いはないから」
「だから」
「そう、あの方はとても素晴らしい方です」
市も心から思うことだった、だが。
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