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人理を守れ、エミヤさん!

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沖田さんと士郎くん!




 兎にも角にも食い物だ。細かく考え過ぎるのも精神衛生上よろしくない。それに何より食糧の蓄えがないというのが怖い。とりあえず凝り固まりつつあった思考を白紙に戻した俺は、気分転換も兼ねて海辺を目指した。
 目的は魚釣り。或いは漁。そんな真似が出来るのかと言われればまあ出来なくはない。
 三歩下がって影踏まず、大和撫子然としていながら暢気な表情で付いて来る沖田某は、まだ歩くんですかー、と愚痴を言って。終いには息切れを起こす始末である。

「体力無さ過ぎだと思うのですが……」
「し、仕方ないじゃないですか! こんな遠距離を延々歩くとか、しかも悪路! 新手の拷問ですか?!」
「まだ百㎞ほどしか歩いてないのですが……」
「マスターの感覚おかしくないです!? ぶっちゃけ脚がパンパンなんですけど! マスタぁ~……私もう歩けませんー、背負って下さーい!」

 えぇ……?
 立ち止まって両手を広げ、うふふと笑う沖田に俺は嘆息した。なんだこの駄目な女。霊体化しろよと思うも、その場合突如奇襲されたりした際に対処が遅れかねないのでそれは出来ない。背負っても似たようなものだが……。
 俺は後ろの沖田を一瞥すると、露骨に溜め息を吐いてやや屈んだ。沖田はきょとんとして、信じられないものを見たという顔をする。

「えっ」
「……どうした? 歩けないんだろう。背負ってやるから乗れ」
「えっ。――すみませんてっきり霊体化しろって言われると思ってました」

 目を見開き、口に両手をあて、心底意外だと全身で表現する沖田に俺は無言だった。
 三度目の溜め息。さっさと歩き始めると、沖田は慌てて追いかけてきた。そして何やら弁解して来る。

「や、ややや、ちょっとちょっと待ってくださいよー。というかマスター、意外といい人です?」
「意外とってなんだ。スーパー善人にして全米が泣くレベルのハイパー正義マン、秩序善な俺を捕まえて」
「だってマスター、眼帯しててなんかその筋の人に見えるといいますか……。体も筋肉とか凄いですし? 身長高すぎますし? 顔にも傷あって、もう色んな意味で凄みありますし」

 何より目付きが鷹超えて鬼っぽいです、なんて事を平然と宣うセイバー顔。お前ね、俺が温厚な人じゃなかったら怒るよ。アルトリアと同じ顔だからって甘くしてばかりではないよ俺は。
 だがまあ目くじらは立てない。沖田は沖田でマスターである俺の人柄を知ろうとして、彼女なりに探っているのだろう。
 何を言えばどんな反応があるか、とか。こんな事を言っても許してくれるのか、とか。自分のノリに乗ってくれる人なのか、とか。付き合いやすいマスターならそれでよし、そうでなくても相応しい態度に切り替えるつもりだったのかもしれない。なんであれ、俺としては甚だ不本意である。眼帯をしているだけでその筋の人に見えるほど、人相が悪いのだろうか? 俺は。

「えいえいっ。怒りました?」
「怒ってないよ」

 突然背中にぽすぽす拳を当ててくる沖田。

「えいえいっ。怒りました?」
「怒った。ぶちコロがすぞ小娘……」
「ひぃ!? って、あははは! いやぁなんか話しやすそうなマスターで安心しました」

 なんてコントをしてると、沖田はおちゃらけて笑った。なんというか、子供っぽい。子供と仲が良かったという話は本当なのかもしれない。
 寧ろアルトリアもそうだが、こんな明らかに女の子女の子してる沖田を、どうして彼女の身の回りの野郎連中は男扱いしたのだろうか。
 アルトリアは分かる。マーリンがいたから誤魔化していられたのだろう。しかし沖田は……いやまあ、沖田の身長は、彼女の生きた時代では男の中でも長身の部類だったから、大女とか言われたりして女扱いされなかったのかもしれない。当人に女の自覚もなさそうだ。いや、己と周りの性差についての意識が薄い、と言った方が近いか。
 なんであれ、俺からしたらちんまい小娘といった印象である。こんな無防備だと、現代日本にいたら高校辺りまでは無事でも、大学でパクッと悪い男に食べられてしまいそうである。
 総評すると、戦闘はまだ見ていないが、それ以外はまるで駄目な奴、といった印象になる。一周回って可愛らしくすら感じなくもない。というか切実な問題として、軍事行動の基本中の基本である行軍に耐えられない体力だけは本当になんとかならないのか。はぁ、はぁ、と息切れが深刻になりつつある沖田に、本日四度目の溜め息を溢す。

「おい」
「は、はい……?」
「これ、背負え」

 俺は自分で背負っていた戦闘背嚢を沖田の方に押し付ける。沖田は疲労の汗に冷や汗を混ぜた。

「えぇ……? 鬼畜ですか……こんな疲れきってる私に、荷物を背負わせようだなんて……」
「四の五の言うんじゃない。いいか、動くなよ。抵抗もするな」

 ぶつくさと文句を垂れる沖田に戦闘背嚢を背負わせ、無理矢理背負う。すると沖田はわたわたと手足をばたつかせて慌て始めた。

「ま、マスター!? ちょちょ、ちょっとー! どこ触ってんですか!?」
「うるさい。何時何処で敵と遭遇するかも分からないってのに、肝心要の戦力が疲れきっているとか笑い話にもならないんだぞ」
「うっ」
「それと勘違いするな。俺はお前の為に背負うんじゃない。俺が死にたくないから背負うんだ」

 ツンデレ……? と呟く沖田に俺は笑った。なんでこう、コイツは俺のネタじみた台詞に理解があるんだ。エドワードの奴もそうだったが、英霊の座でそういう知識が手に入るのか? 英霊の座というのはどうなってるのか興味は尽きない。
 おずおずと首に腕を回してくる沖田である。素直に甘える事にしたらしい。戦闘開始時に疲れ切り、万全のパフォーマンスを発揮できないというのが洒落にならないというのは理解しているようだ。

 霊体化しろと言うタイミングと空気を逃した俺だが、勿論ただでは転ばないのが俺である。

 ――意外とデカい……。ば、バカな……3アルトリア分の戦闘力だと……!

「マスター? どうしたんです?」
「いや別に」

 アルトリアを単位にして観測。本人がいたら刺されかねない戯れ言を胸中に溢す。
 背中に押し当てられる感覚。当の本人は気づいてないか気にしてないか。仄かに甘い香りがするが俺は気にしない。しかし耳元で喋るな。
 俺みたいな野郎が浅葱色の羽織を纏った女剣士を背負って歩く……絵面は間抜けだが、それで気を抜ける状況ではない。常に周囲に気を配っている。遭遇戦だけは絶対に回避しないと……ポートランドでの二の舞になる。今度も無事に逃げ切れる保障はない。いや、サーヴァントが敵にいたら逃げ切れないだろう。あれは撤退戦もこなせる小太郎がいたから、なんとか命を繋げたのだ。
 故に女といるからと、気を抜けるほどお気楽で頭お花畑みたいな意識は持てない。戯れ言は所詮戯れ言……それ以上でも以下でもない。背負っている沖田よりも、敵の痕跡がないかを探る方に意識は向いていた。

 何時間か更に歩くと、漸く海岸が見えた。見覚えのある景色だ。ノースコースト、ロッキー山脈以西で最古の入植地。オレゴン州の最北西端の、漁師町アストリアが近い地点だ。
 絶景、というよりは美景。青々とした海と山がある。岩礁が波濤の隙間から顔を出している。俺は顔を顰める。ポートランドで気絶し、小太郎がどこを通って逃げていたのか把握出来ていなかった為、どこに自分がいるのか把握できていなかったが……まさかこんな所にいたのか……。
 ふわぁと感嘆する沖田を下ろすと波打ち際まで歩き、銛を投影すると服を脱ぎ始める。

「ちょっとマスター!? なんでいきなり脱ぎ始めるんですか!?」
「うるさい。釣りでもしてろ」

 釣り竿を投影し沖田に投げつける。パンツ一丁で海に入って行く俺を、顔を真っ赤にして見ている沖田を無視する。
 海に潜る。何かと水には縁が深い俺は泳ぎも達者だ。おのれ赤いあくま。色々あってこういう銛を使った漁も一度だけ経験があった。その時は今のように切羽詰まっていた訳ではないが……遊び感覚でやれていた。しかし、今は切実である。

 素潜りで海の底を探る。意外と魚は多かったが――とりあえずいきなりは狙わず、大体の波の流れなどを把握するに留めた。二分潜った後に一度海面に出る。
 沖田は困惑しながらも、ひょいっと軽く跳躍を繰り返して岩礁から岩礁に移動し、波しぶきを躱しながら沖の方の一際盛り上がった岩礁の上で、餌も何もなく釣り竿の糸をおっかなびっくり海につけていた。釣りの経験はないようだが、元々手持ち無沙汰にさせておくのも悪いからやらせているだけである。期待はしてない。

 そうして俺は、投影した壺に仕留めた魚を入れていく。ん、中々悪くないな。かなり大漁だ。魚も多い。というか、人を見ても全然警戒していない。まだ人に採られる事へ学習してないんだろうなと思う。遠慮なく乱獲する。
 海面に顔を出す。すると、意外な事に沖田は一匹の魚を釣り上げていた。驚愕する。それはマスノスケ……別名キングサーモンだったのだ。それも俺が仕留めていたどのマスノスケよりもかなりの大物で、沖田は跳び跳ねて喜んでいた。

「おお!? 全然釣れなくてもうダメなんじゃって思ってましたけど、もしかして沖田さん魚釣りの才能がある!? やったぁ! やりましたよマスター! 初の魚釣りで沖田さんまさかまさかの大勝利ぃ! ――こふっ」

 跳び跳ねて喜び、両足が地面から離れた瞬間に沖田は唐突に吐血した。着地出来ずに足を滑らせて、そのまま顔を岩礁に叩きつけた。
 ちーん、と聞こえて来そうである。釣竿が海に落ちた。とりあえず嘆息して、沖田の許に泳いでいく。

「おい」
「ぅ、うぅ……いたひ……」

 ペチペチと頬を叩くと、沖田は目を覚ました。鼻頭と額を真っ赤にして、涙目で沖田は呻く。

「ますたぁ……わたしの、えものは……?」
「竿ごと海に還ったよ」
「そんなぁ……」

 それより病弱の破壊力が想像を超えていて、俺が「そんなぁ……」と言いたかった。
 霊体化して砂浜に戻れと言い、俺は海から上がる。とりあえず採った魚は処理した後に焼いて食う分と、保存の利く干物にする分を分ける。その準備の為に投影した魔剣で火を熾し篝火とした。
 落ち込んだ様子の沖田は、俺の側で「私の魚ぁ……」と嘆いていた。

「……はぁ。おい、これ食え」
「……え?」

 マスノスケを木の枝で串刺しにし、丸焼きにしたのを差し出す。すると沖田はきょとんとした。
 夕方である。海が夕日に照らされ橙色となっていた。沖田はまじまじと俺と焼き魚を見る。自分が釣った魚と同種のそれが、自分に差し出された事に困惑しているようだった。

「あの、私サーヴァントなんで、食事は必要ないんですが……」
「隣で悄気られてたらこっちまで気が滅入るって話だ。いいから食え」
「はぁ……では、頂きます……」

 沖田は俺から串を受け取り、戸惑いながらも口をつけた。
 暫く無言で食べる。沖田を横目に見ると、ほくほく顔だった。唇を脂でてらてらさせ、指にも付着させている。もっと綺麗に食べろよと呆れた。まるで子供みたいだと呆れつつ、口許を手拭いで拭いてやった。

「わぷっ、んんん!? ま、マスター! そんな、それぐらい自分でやります!」
「ならやれ」

 抵抗してきたのでそのまま手拭いを押し付ける。唇を尖らせて不満そうにしながら、沖田は指と口を拭いた。
 干物を作るのに時間は掛けたくないので、同じ魔剣を投影し火力を増す。魚の干物を作る傍らでテントの部品を投影して組み立てはじめる。今日はここで夜営するつもりだった。
 便利ですね、マスターの能力……と、沖田が感心しているのか呆れているのか分からない声音で言ってくる。確かに便利だ。剣以外の投影だと魔力は倍以上掛かるのも珍しくはないが、宝具でないなら余り負担はない。精密機械でも、俺自身がパーツを全て把握していたら、そのパーツを投影して組み立てるのも可能だった。破損聖杯というタンクもあるし、魔力の心配も殆どない。
 まあ、五%の容量の内、一%は沖田への供給に常に回さねばならないのだが。何せカルデアとの繋がりがない状態でサーヴァントを召喚して、契約しているのだ。破損聖杯が無ければ喚ぶ事は出来ず、そもそもサーヴァントを維持する事すら不可能だったろう。俺の魔力量なんてそんなもので、独力で可能なのは最低でも遠坂凛クラスの魔力がなければ厳しい。

 後少しで日が沈む。――その時、不意に沖田の目が鋭くなった。

「――マスター」
「どうした」

 自然体で応じる。沖田は言った。

「殺気です」
「……夜営は出来ないな。放っておけ、どうせ偵察だ。引き返すだろう」
「いいんですか?」

 なんなら斬ってきますが、と。先ほどまでのおちゃらけた様子は微塵もなく、冷徹な眼差しで訊ねてくる沖田に答える。

「構わない。偵察が帰ってこなければ、どうせ有事ありと判断される。斬っても斬らなくても同じだ。無駄な手間は省略するに限る」
「ではどうします?」
「逃げてもいいが、先に捕捉されてしまったからな。――沖田、偵察しに来た奴を追え。ただし戦闘は禁止する。敵本隊の位置を掴んだら戻って来い。然る後、こちらから先制攻撃し撹乱してからトンズラだ」
「承知」

 沖田の気配が消える。
 それを感じながら、保存食としたそれを戦闘背嚢に詰め込む。
 一抹の不安があったが、沖田は戦闘の事となると一切の遊びがなくなる性質らしい。それには素直に安心した。

 令呪を見る。三画のそれ。カルデアのシステムとは関係がないから、使い捨てで補充はされないだろう。使い時は、慎重に見極めねばならない。






 
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