ある晴れた日に
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121部分:谷に走り山に走りその十七
谷に走り山に走りその十七
「それはね。なるわ」
「本当かね」
信じていないのがすぐにわかる野本の言葉だった。
「そんなのしなくてもよ。いいじゃねえかよ」
「ああ、それな」
今度は正道が出て来て彼に話してきた。
「いざって時困るから普段からやってた方がいいぞ」
「そうなのかよ」
「俺の家な。去年お袋が法事で実家に帰ってな」
「ああ」
「親父とかも一緒に行って受験生の俺だけが残ったんだよ」
何故残ったかは勉強の為である。この話の流れについては言うまでもなかった。
「そうしたらな。三日の間洗濯とか掃除とか全然わからなくてな」
「どうなったんだよ、それで」
「家があっという間にゴミ屋敷になっちまった」
うんざりとした顔での言葉だった。
「本当にあっという間にな。飯だってコンビニ弁当ばかりだし」
「あまり身体によくなさそうだな」
「実際暫く体調もよくなかったさ」
「ああ、あれはあまりよくないわよ」
田淵先生が正道に対して言ってきた。
「あまりね。だから」
「自炊が一番だってわかりました」
「その通りよ」
今の正道の言葉には微笑む。どうやら正解ということらしい。
「やっぱりね。少し面倒でもね。栄養のバランスが取れるし」
「はい」
「しかも安くつくわ」
このことを言うのも忘れない。
「だから自炊がいいのよ。特にお米はね」
「そういや米ってどうやって研ぐんだ?」
野本が真顔で皆に問うてきた。
「俺知らねえんだけれどよ」
「それ位自分でしたら?」
「っていうかあんた本当に家事何もしないのね」
女組は今の野本の言葉に完全に呆れた顔になった。その呆れた顔で言うのであった。
「全く。こりゃ一人暮らしになったら大変みたいね」
「どうするんだか」
「いい嫁さん貰うからいいんだよ」
しかもこんなことを言う始末であった。
「やっぱりあれだろ。家事はよ」
「人の話聞いてる?」
すぐに江夏先生が野本に突っ込みを入れてきた。その声は少し怒っている感じだった。
「男の子もちゃんと家事をしなさいって言ってるのだけれど」
「けれど俺米の研ぎ方も知らないですし」
「勉強しなさい」
シビアな響きを持つ厳しい一言であった。
「それもね」
「うわっ、勉強って言葉を聞くと」
急に野本の顔中に赤い斑点が無数に浮き上がる。まるで危ない病気だ。
「蕁麻疹が」
「あんた、本当にどういう体質なの!?」
咲もこれには少し驚いている。
「勉強って言葉聞くだけで蕁麻疹なんて」
「本当だから仕方ねえだろ」
身体中を掻き毟る野本であった。本当に痒そうだ。
「だから俺の家では勉強っていうのはブロックワードなんだよ」
「御前はブーステッドマンかよ」
「マジでどんな体質なんだよ」
彼と同じ中学で付き合いが長い筈の坪本と佐々も引いていた。どうやら彼等にしても野本のこの体質は知らなかったらしい。
「まあとにかくだ」
「痒いんだな」
「そうだよ。だから家じゃ学問って言うんだよ」
「一緒の意味じゃねえのか?」
「なあ」
確かにそうである。しかし彼にとってはそうではないらしい。今も掻き毟っているがそれが止まりそうにもない。冗談抜きに危ない病気に見える。
「けれど本当にただの蕁麻疹か?」
「もっと危ない病気じゃねえのか?」
坪本も佐々もそこを問うた。
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