ロックマンX~Vermilion Warrior~
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第82話:Disappointment
ディザイアが目を開けると、そこはハンターベースのメンテナンスルームだった。
しばらく呆然となってメンテナンスベッドに仰向けになって天井を見上げていた。
自分が何故ここにいるのか、今まで何をしていたのか、はっきり思い出すまでに時間がかかったものの、やがて全ての記憶が甦ってきた。
「気が付いたかしらディザイア?」
ディザイアの意識が回復したことに気付き、ソニアを肩に乗せたエイリアが覗き込んでくる。
「エイリアさん…私は………一体どうしてここに……?」
ディザイアの問いに、エイリアは少しの間を置いて淡々と答える。
「………エックスがあなたを助けてくれたのよ。本来なら独断行動と命令無視で見殺しにされるか処分されてもおかしくないあなたをハンターベースに転送してくれたのよ。多分、今はストーム・フクロウルと交戦している頃かもしれないわ…」
「エックス…隊長が………?」
ディザイアはそのまま黙り込む。それは知りたくない事実だった。
ディザイアは沈痛な表情を浮かべる。
自分が犯した最大の失敗。
そして、今……その失敗を拭おうとしているのが、あの気にくわないエックスである。
それが彼にとっては屈辱だった。
「あなたが独断で動いたことで市街地の被害が広がったのよ。寄生チップなどの事情があったビートブードとは違って、あれはあなたの意思でやったことだもの。いくらエックスが優しくても今度ばかりは処分は逃れられないわよ」
ディザイアが独断で突っ込んだことでエアフォースの流れ弾が市街地に被害を与えたのだ。
おまけに命令無視、組織に所属する者としては決してしてはならないことだ。
特に今回のような時は大規模な争乱の時は。
「…分かって、ます……」
「エックスが帰還するまであなたの処罰は保留になるわ…それまでに頭を冷やしなさい」
エイリアが医務室から出て行き、そして少しして窓からルインとエイリアの声が聞こえてきた。
「ねえ、エイリア。エックスは大丈夫かな?」
「ルイン?」
窓から様子を伺うとルインがエイリアに不安そうに尋ねていた。
「だってフクロウルと戦ってるんでしょ?エックスには私みたいに空は飛べないし、ここは私が行くべきだったんじゃ…」
「心配性ねルイン。エックスは強いし、あなた達を置いて死ぬわけないじゃない、信じなさいルイン。信じることも大切なことよ」
「うん、そうだね。エックスを信じなきゃ…帰ってきてね…私達の所に」
ルインがエックスを想う目は自分と同じ目……。
恋をする目……誰かを愛する目だった。
自覚はないにしてもルインがエックスを好きだということは分かっていた。
実際にそれを目の当たりにして、もしかしたらエックスではなく自分を選んでくれるかもしれないという淡い期待が崩れていく。
「(ルインさん……。あなたはそこまでエックス隊長のことを…。どうして…私では、駄目なんですか?)」
目の前にいないルインに、ディザイアは心の中で問い掛ける。
だが、その答えは彼自身分かっていた。
思わず自嘲の笑みを漏らしてルインとエックスの絆の強さをいつも痛感する。
2人の間に割って入ることは出来ない。
そう、誰にも出来ないのだ。
ディザイアは近くの端末を使い、空のディスクを差し込むと震える声で言葉を紡ぐ。
「エックス隊長、ルイン副隊長…私は命令無視をした挙げ句フクロウルに敗北しました。」
今のディザイアにルインに会わす顔がない。
イレギュラーハンターの称号を返上し、ハンターベースから去る。
それが、悲しみ、絶望、失意…様々な負の感情に縛り付けられたディザイアに出来る唯一の方法だった。
だが、出ていく前に、エックスとルインに結果を報告しなければならない。
自分の胸に溢れている悲しみを無理やり抑え込んで、報告を続ける。
「全ては…私の責任です」
淡々と語るディザイアの声は震えていた。
『レプリフォースは甘くない。お前は確かに強いが、レプリフォースは戦闘のプロだ。直ぐにハンターベースに戻って来るんだ』
ディザイアの脳裏に、通信でエックスが自分に言った言葉が甦る。
あの時、ディザイアはエックスにこう言い返した。
『ご忠告、ありがとうございます隊長。ですが、今の私の実力は特A級のそれに比類します。過去の大戦の時のようにあなたに頼るしかなかった時とはもう違います。今は、私でも充分やれるんですよ』
しかし、あれだけ大見得を切っていながら自分は元イレギュラーハンターの特A級であるスパイダスには手も足も出なかった。
ルインが助けてくれなければやられていただろう。
そしてエアフォースに向かう時も…。
『ディザイア!!お前は何をしているんだ!!早くハンターベースに戻ってこい!!』
『エックス隊長、あなたは非道な行いをしているイレギュラーを見過ごせと?』
『そ、それは…でも…お前1人で何が出来るんだ。いくら何でも無謀だ!!今すぐハンターベースに戻ってこい!!』
『失礼ながらエックス隊長…私はスパイダスとの戦い以後、更に力をつけました。フクロウルのようにただ後方で指揮するような臆病者には負けませんよ』
あの時、エックスはディザイアの言葉に困った表情を浮かべながらディザイアを無言のまま見つめていた。
エックスは何も分かっていないのだと、当時のディザイアは思った。
だが、分かっていなかったのは自分の方だった。
きっとエックスは、何も知らず血気にはやる自分を言うことをまるで聞こうとしない子供のように見ていたのだろう。
そう思うと、ますます自分が愚かで惨めに思えた。
『でもディザイア、君だけで挑むなんて無謀だよ』
『ふ、副隊長…』
『そうよ、あなたの実力は誰もが知っているけれど、レプリフォース参謀長のストーム・フクロウルは知略だけの相手ではないわ。実力主義のレプリフォースの中でも一目置くほどの実力者であると言う情報が…』
ルインの否定の言葉にエイリアの冷静な声に遂に怒りが爆発した。
『うるさい!!臨時のオペレーターが偉そうに!!』
ディザイアがエアフォースに戦いを挑むのもひとえにルインに認めてもらいたい気持ちとエックスへの対抗心から。
自分の想いに気づいてくれないルインに対しての苛立ちが出てしまった。
「ハハ…。私は、駄目な奴です…。前に所属していた部隊では、いつも役立たず扱いされて………」
A級であっても最下位の実力。
例えB級でもエリート部隊に入り、後に特A級に昇進したエックスを始めとする、特A級ハンター達とは雲泥の差だった。
だが、部隊の再編成によって第17精鋭部隊に転属し、ルインと出会って、ここへ来て、今までの惨めな立場から一転して全てが変わった。
しかし、それは自分の独断行動の失敗と共に全てが泡沫と化した。
「ここに来て、ようやく第17番精鋭部隊の一個小隊を任せられたのも束の間…全て台無し…です…」
ディザイアは頭を振り、怒りも新たに拳を握った。
しかし、それ以上に怒りを感じるのは、我が身の傲慢さと無力さだった。
「それもこれも…私に力がなかったから…」
そう、エックスやゼロのような強大な力があれば…。
「力が欲しい…力が欲しいよ…。力を手に入れ…レプリフォースを…イレギュラーを…滅ぼし…今度こそ…英雄になってやるんだーーーーーっっっ!!!!」
ディザイアの叫びが医務室に響き渡った。
絶望に囚われ、悲しみにうちひしがれたディザイアが選んだ道は、エックスやゼロにも負けない力を手にして英雄になることであった。
「先輩」
「!?」
声に反応したディザイアが扉の方を見遣ると後輩のダブルがいた。
「あなたでしたか…丁度よかった。これをエックス隊長かルイン副隊長に…若しくはエイリアさんにでも渡して下さい。」
「分かったデシ。先輩、ハンターベースを出ていく前に会わせたい人がいるデシ」
「私に会わせたい…人?」
誰だと思い浮かべるが、もしかしたら自分の同僚達だと思い、最後に会うのも悪くないと考えて頷いた。
「よかったデシ!!ついて来て下さいデシ!!」
ダブルに手を引っ張られ、苦笑しながら着いていく。
それがディザイア自身を破滅へと誘う最悪の選択になることなど知らずに。
ディザイアが連れて来られたのはダブルの私室で、彼が辺りを見回すが誰もいない。
「ダブル、私に会いたい人とは何処に…」
「近くにいるデシよ?…ね、シグマ様…」
「!?」
背後から凄まじい威圧感を感じ、振り向いた先にはかつて最強のイレギュラーハンターだった、史上最悪のイレギュラー・シグマの姿があった。
「な、何故お前が此処に…」
「それは俺が呼んだからさ」
声に振り向いた時、そこにいるのはディザイアの見知ったダブルの姿ではなかった。
恰幅の良かった体型から細身となり、人相も人懐っこい物ではなく冷酷さを感じさせるものである。
「驚いたかねディザイア?彼は私が造ったレプリロイドだ。液体金属を使用しているために姿形を自在に変えることが出来るのだよ」
「ば、馬鹿な…そんな技術が…」
「まあ、そんなことは今はどうでもいいだろ先輩?あんたには随分と色々と世話になったからなあ。先輩に恩返しさせてくれよ…あんたは…あのルインをエックスから奪って自分の女にしてえんだろ?」
ぴしっと何かが割れるような音が頭の中に響く。
痛みに似た感覚をディザイアは感じた。
「副隊長を…?」
「ディザイア、君はDr.ケイン達の研究所に入ることが出来る数少ないハンターだ。研究所からルインの…一番警戒レベルが低い一番最初の大戦のデータを入手してもらいたい。出来れば最新のデータが欲しいが…流石に時間が厳しいからな」
「ふ、副隊長のデータを?」
一体ルインのデータを何に使うと言うのだ?
ディザイアにはシグマの狙いが何なのか分からず、困惑するしかない。
もしディザイアがルインの正体を知っていればシグマの狙いに気付けたかもしれないが。
「何、私も彼女にちょっとした興味があるのだよ」
シグマが狙うのはルインのアーマーチェンジシステムのデータとボディの詳細データ。
それを入手出来れば自分にとって実に有益な物となるだろう。
「頼むぜ先輩、ルインのデータを手に入れてくれよ。そしてあんたはエックスをぶっ殺してルインを手に入れりゃあいい」
「…ど、どうやって……?」
相手は蒼き英雄・エックス。
戦う度に強くなり、現在進行形で成長している現在のイレギュラーハンターの最強の一角。
今の自分では、相手の足元にも及ばない存在だ。
「君にとって悪い話ではないはずだ。ルインのデータさえ入手してくれればエックスやゼロすら凌駕するパワーを与えよう。」
「パワーを…?」
「私達が君に力を貸してやろう。ルインのデータを入手した暁にはエックス以上の戦士となっているはずだ。君はエックス以上の優れた存在になれるのだよ」
「私があのエックスよりも優れた存在になれる…?」
「そうだ。君の障害となる物は全て壊せばいい。エックスを破壊すればルインは君の物となる」
「エックスを破壊すればルインさんは…」
「エックスがいなくなれば、ルインは君を見てくれるだろう。ルインの身も心も君の物になる。」
「ルインさんが私の物に…」
ディザイアの胸が高鳴る。
ルインが自分を愛してくれるなら…ルインの心をエックスではなく自分の物に出来るなら……。
「分かりました。これからケイン博士の研究所に向かい、データを入手してきます。」
「うむ、頼んだぞ」
ディザイアは夢遊病者のような足取りで歩いていく。
ディザイアが部屋から出たのを見てダブルは呆れたように自分の主人を見遣る。
「しかしあんたも随分人がいいな?データ入手の報酬にあんな雑魚を強化するなんてよ。おまけにルインまでくれてやるとは流石にやり過ぎじゃねえか?」
「まあ、今の私ではDr.ケインの研究所に入るのはドップラーのセキュリティシステムもあって極めて困難だ。使える物は使う。それだけだ。奴にはパワーアップとルインという報酬があるから裏切ることはないだろう」
「だろうな、あいつはルインに相当惚れ込んでやがるしな。だがよ、エックスとルインは俺の獲物なんだぜ?」
「エックスは諦めてもらうが、お前はルインの相手をしろ」
「あ?いいのかよ、あいつの報酬だろ?」
「構わん。奴など所詮はルインのデータを得るための道具に過ぎん。」
「了解。奴がデータの入手に成功したら報告するぜ」
「分かった」
そう言うとシグマは消えた。
ダブルも普段の姿に戻り、部屋を出た。
「さて…これから忙しくなりそうだぜ……」
頭を掻きながら呟くダブル。
ディザイアから渡されたディスクを見つめながら。
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