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Charlotte 奈緒あふたーっス!

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長い長い卒業式の始まり

二月の寒波を乗り越えた桜の木々が、かつて寂しげに葉を散らした枝先からピンク色の花弁をつけ始めた今日この頃。
三月九日のことである。
『在校生代表、送辞』
生徒会長である友利奈緒のアナウンスに押され、在校生側最前列の中心にあるパイプ椅子から腰を上げた生徒が「はい!」と元気な声で返事をしてステージの方へ歩いていく。
僅か数段の階段を上り、教師サイド、来賓サイドに交互に深く礼をした後、綺麗に足を揃え九十度回転させて前を向き、再び一礼し、教卓台に置かれてあるマイクに向けて声を吹き込む。
『送辞。在校生代表、乙坂歩未。卒業生の皆様、ご卒業、心からお祝い申し上げます。皆様がこの学校に入学してから惜しくも早く三年が過ぎました。学業は勿論のこと、運動能力や芸術能力を伸ばし、友人とのふれ合い等、各々一所懸命にこの高校生活を有意義に過ごせたことでしょう。
少し話が逸れるのですが、私には兄がいます。私の二つ年上の兄は皆様と同じくして、この星海学園を去ることになります。』
後ろにいふ高城から背中をつつかれたが、手を挙げるのみで返事した。
『兄とまだ中学生だった私は別の学校から転入してきました。超進学校の日野森高校に主席入学した、とても誇らしい兄なのですが、兄の友人である生徒会長に聞くところによると、兄はカンニングによってその成績を取り続けていたということが分かりました』

『プッ』

マイクに生徒会長こと友利奈緒が吹き出した声が入る。後ろにいる高城が肩をわなわなと震わせて笑いを堪えているのが見なくても分かる。
「記憶を失う前の僕はカンニング魔だったのか・・・・・」
指を眉間に当てて俯く僕に向かってくる多数の視線が痛すぎる。
『それでも、私にとって兄は今も自慢の兄です』
歩未の言葉にそっと胸を撫で下ろす。無数の視線も歩未の話にようやく意識を戻したようでなによりだ。
『兄は何度も私を助けてくれました。同級生から暴力を受けそうになったとき、兄は体を張って私を守ってくれました。
だから、私はそんな有宇お兄ちゃんが大好きです!』
再び僕に視線が集まる。いい加減にしてくれ我が妹よ。
何処かから「あいつシスコンだったのか!?」とか「あいつシスコンで有名だぜ?」とか「シスコン同盟やっふーぃ!」だとか、「シスコンブラザーズ斎藤の誕生だな」とか、火種のない会話(罵声や叫び声も混じっている)が飛び交っている。
『そんな兄ですが、一年と数ヵ月前、この学校の生徒を含めた世界中のある特定の人間を救うために長く、孤独な旅に出ていました。そして、兄は約束通り戻って来てくれました。ただし、帰ってきた兄は記憶喪失になっていました』
辺りがざわつき始めた。僕と話したことのある人間はそれを知っていたがその他は違う。こうなることは目に見えているはずなのに、何がしたいんだ・・・・歩未。
『その、ある特定の人間とは…』
歩未の口が滑らかに動いていく。それを言ってどうする、と口を開きかけたがもう遅かった。
友利も何が起こっているのか理解出来ておらず、顔がへの字に曲がって硬直しているのが視界の隅に映った。
『特殊能力者、アンユージュアルアビリィティプレイヤーの存在です』
歩未の言葉にざわついていた館内が静まり返る。僕か歩未を生徒達が見ているのを頭を抱えて俯いていても感じる。
「歩未は何がしたいんだ・・・・?仕方ない」
僕はそう呟いて一つ深呼吸してから拳を握り、己の体を宙へと浮かすイメージをした。イマジネーション通り体はまっすぐふわりと舞い上がり、僕より後ろに座っている生徒や保護者の視線が釘付けになっているの痛いほど感じる。
「有宇が飛んでる・・・・・」
そう呟いた生徒の付近から視線が集まり、やがて全体の生徒たちも気付いて僕を見上げた。
「ワイヤーの仕掛けとか無かったよね!?」
我がクラスメイトの驚愕する声が耳に届く。僕は歩未のもとへとゆっくり飛び、降下しながら歩未を(いぶか)しんだ。
「歩未、何がしたいんだ?」
『来てくれるって思ってたからです!』
「そ、そうじゃなくて」
『これから特殊能力が実在するということを兄に証明してもらいます』
「な、何言ってるのさ・・・・って・・・・」
見ると歩未の手は震えていた。
「歩未・・・・?」
「少し付き合って欲しいのです」
にへらと笑う歩未は、普段の自分を装うようで、それは兄の僕が妹を信じるのには充分だった。
「しょうがない。分かったよ」
そう言うと歩未は頷き、再びマイクに向き直る。
『先程の飛行能力に加え、兄はあらゆる特殊能力をその体に宿しています』
歩未は一端言葉を切り大きく息を吸う。生徒やその保護者達は何を見せられるのかという考えに唖然として口を大きく開いている者、ワクワクして目を輝かせている者、式の頭から寝ている者など様々である。
『例えば念動力』
そう言って一歩下がる歩未は僕にウインクを飛ばす。これが能力を使えという合図なのだろう。それに従って僕は念じる。
まずはこの教卓台を僕の頭上辺りに持ち上げる・・・・と。その瞬間に「おおー!」と歓声が上がる。
そしてそれを元の位置に下ろすと、いつの間にかマイクを教卓台から奪っていた歩未が嬉しそうに声を張る。
「どなたかまだ信じられない方はいませんか?兄にその人を空中まで持ち上げて頂こうと思うのですが」
全員が好奇心でウズウズしているのを感じるが、恐怖もあってかウチのクラスの連中も合わせて十数人程が挙手している。またウインクをする歩未。
僕は深く溜め息をつき、十数人を一度に持ち上げるとゆっくり浮遊させ、速度十キロ程度で宙を同心円状にくるくると回転させる。ワイヤーなどが付いているトリックならば酷く絡まっていただろう。
たっぷり一分程の空中散歩をさせた後に元の位置にそれぞれ戻す。(これには旅の終盤に手にいれた僕の完全記憶能力がはたらいている)
『他に、信じられない方はいらっしゃいますか?』
先程宙に浮いた生徒達とその表情を見て、これを疑う者はもういないだろうと僕は踏んでいた。
だが、答えは否だった。
保護者席の方で老人が一人手を挙げているのが僕と歩未の目に留まる。座っていても分かる高身長で、体躯はひょろ長く痩せこけていて、(僕の能力の一つの虫眼鏡目で)近くで見ると静脈が浮き出ている腕を挙げている。
おおよそ70後半である見た目であるのにも関わらず、老人の挙げている腕は力強く、生気に溢れている。
『はい、そこのお爺さん!是非ステージまで来てもらえるでしょうか?』
不思議な感情を抱かせる老人を歩未が呼ぶと、老人は席を立ち微笑みながらこちらへゆっくりと歩いてくる。
とても感じのいい年寄りなのだが、なんだか不気味だと思うのは僕が彼に対して警戒しているからなのだろうか。
念のため頭の中をテレパス能力で覗いてみたが、能力への興味の言葉と感情しか覗けなかったので、とりあえずは単なる妹への思いからくる取り越し苦労といったところだろう。
和服を羽織っている老人の表情は気持ち悪いくらいに穏やかで、またその歩調は一歩一歩時を止め、そしてその動く一歩のみが時を刻む唯一の存在であるかのように錯覚させる。
なんなんだ、この気持ち悪い感覚。この老人からはヤバい匂いしかしない。本当に俗世の人間なのかと疑ってしまう程に。
タァン。タァーン。タァン。タァーン。
「久しぶりだね。乙坂有宇くん」
「はっ…」
気付いた時には老人は既に僕の目の前に立っていた。そして上から僕を見下ろしながら僕の名前を呼ぶ。背中に溢れる大量の汗がだくだくと流れて行く。
「あなたは・・・・一体何者なんですか?」
「私か?私は・・・・」
口から出た言葉はそこで打ち切られ、老人は意識を失ったようにその首は急にカクンと落ちる。
そして・・・・
再び老人が顔を上げたとき、その目は爛々と赤く燃えるように輝いていた。
充血してるだとか、太陽に反射して見えた錯覚だとかではなく、その目が光源になっているような鮮やかな赤い光を放っている。
「くっ…」
驚愕すると同時に反射的に目を瞑りながらバックステップで飛び退く。その暇がなかったとはいえ、他人を見捨て自分と歩未だけに能力の一つである防御壁(バリア)を張りながら。  
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