八条荘はヒロインが多くてカオス過ぎる
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第百九十九話 柿の美味しさその十四
「色々思うところのあるお話ですね」
「全くだな」
「森鴎外にそうしたことがあったとは」
「小説家、翻訳家の彼とな」
「医師としてのその人とは」
「また違うということだ」
「私は夏目漱石の人柄を聞いて」
もう一人の明治の終わりから大正の初期に活躍した文豪だ、森鴎外というとやっぱりこの人が出て来る。
「あまり、と思いましたが」
「今で言うDV親だからな」
「奥さんにも手をあげていたとか」
「その様だな」
息子さんをステッキで殴り回したことがあったらしい、今こんなことをやったら即刻マスコミやネットで炎上だ。
「とても誉められたことではない」
「むしろ人としてそれは」
「最低だ」
留美さんははっきりと言い切った、柿の最後の一切れを食べながら。
「今だとな」
「そうですよね」
「しかしだ」
「その夏目漱石よりもですね」
「森鴎外の人間としてしたことはな」
「より酷いですね」
「悪質にも程がある」
それこそ教科書に載せたらどれだけ悪人と言われるかわからない位だ、日本史で言うと源頼朝か井伊直弼並の不人気人物になるだろうか。
「冗談抜きでな」
「私の中での森鴎外は変わりました」
「とんでもない人間とだな」
「そうなりました」
「そうだな、私もだ」
「森鴎外は、ですか」
「お世辞にも誉められたものではない」
かなり控えめな言葉であることはわかった、留美さんはここで奥ゆかしさも出した。この人にはこうした一面もあるのだ。
「共にいたくない」
「そうした方ですね」
「しかも両親には弱かったらしい」
「ファザコンで、ですか」
「マザコンでもあったらしい」
今で言うとだ。
「尚且つ細菌を恐れて湯舟にも入らなかった」
「お湯の中に細菌がいると恐れて」
「極端な細菌恐怖症だった」
「何かどんどんです」
「森鴎外への評価が変わるな」
「神経質でもあったのですね」
「そして権勢欲も高かった様だ」
留美さんは森鴎外のこのことも話した。
「どうもな」
「では陸軍軍医総監になるまでに」
「他者を蹴落とす様なこともな」
「してきたのですか」
「自己保身には長けていたらしい」
この辺り医師以前に悪い意味で官僚だったということか、軍人も国から給与を受けて働いている公務員つまり官僚だ。
「それでだ」
「軍医総監までになりましたか」
「山縣等の後押しも受けてな」
「しかしその山縣からもですね」
「頑迷さから見放されたからな、やはりな」
「人間、医師としての森鴎外はですね」
「私は今話した通りにな」
まさにというのだ。
「到底好きになれない」
「先輩もそうですね」
「少なくとも人間的には偉人とは言えないな」
「その通りですね」
円香さんは頷いて自分の柿の最後の一切れを食べ終えた、そのうえで留美さんにこうしたことも言った。
「幾ら権威あるお医者さんでもそうした人の診察は」
「受けたくないな」
「細菌ばかりにこだわって栄養学を無視する様では」
「どうもだな」
「はい、怖いです」
「私も同じだ」
「柿を食べるなと言われても」
身体を冷やすからと言われてもというのだ。
「食べてしまいます」
「言うことが信じられなくてだな」
「そうします」
「私も同じだ、森鴎外の作品は読めてもな」
「医師としては」
「好きになれない」
二人で柿の最後の一切れを食べつつ話していた、僕は既に食べ終えていた。そうして三人で食堂を後にした。
第百九十九話 完
2018・8・9
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