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遊戯王BV~摩天楼の四方山話~

作者:久本誠一
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ターン2 魔界の劇団、開演

 
前書き
前回のあらすじ:元プロにして現不良デュエルポリス、糸巻はある晩可愛げのない部下に叩きつけられた正論から逃げるようにコンビニ強盗と対峙する。積もり積もったストレスを爆発させたりもしながらも、鎮圧自体は難なくこなしたのだった。 

 
 鳥居浄瑠(じょうる)は朝が嫌いだ。朝はいつだって、ろくなことが起きない時間帯だと相場が決まっているからだ。その日出勤した彼を真っ先に出迎えたのもまた、ろくでもない話だった。

「……鳥居。すまん!」

 おはようの一言もなく人の顔を見るなり頭を下げてきたのは、遠くからでもよく目立つ燃えるような赤髪の女上司。最初のうちは殊勝な上司の姿に一体何事かと慌てふためいたりもしたものだが、それはもはや遠い昔の話。毎日のごとく繰り返されるこの光景にもはやすっかり擦れてしまった感性はもはや心動かされることもなく、また面倒事起こしやがったなこのクソ上司、などと怒る段階すらもすでに超えてしまった。
 だから、地獄の底から聞こえてくるかのように低く重く暗い無感情な声音で彼はこう問い返す。

「今日は何やらかしたんですか、糸巻さん」

 口ではそう言いつつも、どうせ昨夜彼女が捕まえてきたコンビニ強盗関連の話だろうと内心ではあたりをつける。おおかたこの人のことだ、また頼んでもいないのに妖刀-不知火でも召喚して地面にぶっ刺したのだろう。業者に連絡を入れる程度なら、面倒ではあるがさほど手間でもない。
 だが彼女の口から飛び出したのは、強盗関連というアプローチこそ正しかったもののその先は彼の予想を大きく上回る思いもよらない爆弾だった。

「ゆうべのチンピラ、もとい強盗だけどな、あれアタシがさっき逃がした」
「…………は?」

 文字の羅列を彼の脳が意味を成す文章として受け入れることを全力で拒み、そこに含まれた意味からどうにか目を背けようと無駄な努力を繰り返す。そしていかなる努力も徒労に終わった時、ようやく目の前の上司が隠し切れない好戦的な微笑を浮かべている様子が見て取れた。

「まあ聞けよ、確かに独断なのはアタシが悪かったし、それはきちんと謝るからさ。ただ真面目な話、ちょっとした司法取引ってやつでな。これがまた、結構面白い話が聞こえてきたんだ」
「司法取引、ですか」

 手近なところにあった来客用の椅子に腰掛け、腕組みして話を聞く姿勢に入る。この上司は人格的には手遅れだが、少なくとも腕は間違いない。その彼女が取引に乗ったからには、それなりに信憑性も利益も大きい話だろう。それにこの人は、今の態度を見る限り間違いなく口先だけはそれっぽいことを言えど自分が悪いことをしたとは欠片たりとも思っていない。これは、何を言っても聞き流されるのが関の山だろう。その証拠に彼女がその煙草に火をつけ煙を吹かしながら話を再開したのは、以前に彼自らが半ば目の前の女上司への当てつけによってでかでかと書いた禁煙の張り紙の目の前だった。

「アタシも最初は、ただのチンピラの苦し紛れだと思ったんだけどな。どうもその割には妙に細かいところまで設定が練ってあるからこれはもしかしたら、と」
「何かあったら全部うちの上司がやりましたって言いますよ。で、いったい何を掴んだんです?」
「裏デュエルコロシアム、だよ」

 ほんの一瞬だけ、何を考えているのかわかりたくない上司の目がスっと細まった。
 裏デュエルコロシアム。「BV」により大きく廃れたデュエル産業で、デュエルポリスへの転業を良しとしなかったプロ崩れなアウトローたちのたまり場。密かに観客を集めては、厳重に隠蔽された空間でデュエルを見せものにし、現金や高額レアカードを賭けの対象とする非合法産業。どれほどデュエルモンスターズが危険視されようと、ほんの数年でそのファンまでもが廃れるわけではない。賭けの胴元となり資金を荒稼ぎする裏家業はもちろんのこと、表の世界からも政治家、アイドル、財界人……彼らのパトロンとなり、厳重に隠された場所を提供し、自らの逮捕されるリスクを負ってでも失われたかつての熱狂をもう1度見たいと願う者はいくらでもいる。仮にそのすべてを摘発したとすれば国ひとつ揺るがすほどの大損害が発生するともいわれ、どこの国も下手に手が出せない頭痛の種である。

「……いいんですか、元同業者だっているでしょうに」
「アタシも、あいつらの考えることがわからないわけじゃない。むしろ、アタシみたいなのの考えがあいつらには理解できないんだろうよ。何せアタシは、尻尾振って公務員に成り下がった犬だからな」

 彼ら元プロデュエリストのことを語るとき、いつも彼女は懐かしむような、自虐するような、様々な感情の入り混じった複雑な表情を見せる。この人も、難儀なことだ。鳥居はこの地に配属されてから幾度となく反芻してきたセリフを、そっと胸の内で繰り返した。仕事も生活もその何もかもをイカれた科学者の意味不明な発明によって奪われ、あげくその科学者を雇っていた政府に雇われてかつての仲間とも戦わざるを得ないというのはどんな気持ちなのだろう。

「……それでも、止める必要がある。なにせプロ崩れの集まる大規模な大会みたいなもんだ、かなりレベルの高い奴が集まるだろうからな。そんな上質な戦闘データの回収なんてされてみろ、どれだけアップグレードされるかわかったもんじゃない」

 デュエルモンスターズを行う、それ自体が違法なわけではない。問題なのはそれに付随する賭け試合の横行、そして「BV」だ。血に飢えた観客を楽しませ勝負に臨場感を持たせるため、この手の裏試合と「BV」は切っても切れない関係にある。そしてデュエルポリスによる妨害電波の及ばない試合ではその戦闘データは根こそぎ回収され、そのアップグレードの糧となる。後者だけでも排除しようにも、今では人の傷つかない裏試合など誰も見向きもしない。皮肉な話ではあるが、確かに「BV」はその目的、デュエルの常識を壊し新たなステージへ進めるという目標を成し遂げているともいえる。

「……なるほど、話は分かりましたよ。それで?いつ始まるんです?」
「明後日の午前0時。場所はほら、数か月前にニュースで見たろ?この近くにいる金持ちが、ここに避難用の巨大シェルターを作りますっての。その工事現場の中らしい……うまいこと考えたもんだ、いかにもデュエルモンスターズは怖いです、みたいなこと言ってる父つぁん坊やが場所の提供やってたなんてな。おまけにあそこは個人の土地だから、そうそう疑われない場所だったしな」
「あー、あの城みたいな家の。確かに、なかなか大きなヤマですねこれ。でも、ただのチンピラが何でそんなことまで知ってたんですか?」

 大まかな話には納得したところで、ふと気になったことを聞く。これは大規模な話になるだろうに、なぜ口を割りやすい下っ端がそんなことを知っていたのだろうか。同じことは糸巻自身考えていたらしく、その疑問には肩をすくめてあっさりと答えた。

「サクラ頼まれてたんだとよ。なんでもあのチンピラの頭が出場するらしくてな、威圧になるからって子分全員連れてくつもりだったらしい。さ、他に質問がなければ、これからちょっとばかり忙しくなるからな。まずは鳥居、お前は正攻法からコロシアムの内部に突っ込んでくれ。アタシはここに出るような連中には顔が割れすぎてるから、すこし別口から当たってみる」






 鳥居浄瑠は昼が嫌いだ。昼はいつだって、朝に飛び込んできた面倒事に対し本格的に向き合わなければならない時間だからだ。しかもこの日の仕事は、これまでやってきた上司のやらかしに頭を下げるレベルの話では到底終わりそうにない大物だ。彼が制服を脱いでの私服姿で訪れたのは、例のシェルター建設中の金持ちの自宅。表向きは実体化されたカードにより破壊された建物を復興する際の建設業で財を成した、このご時世では珍しくもなんともない小金持ちでしかない男の住む家の応接間だ。
 いかにも成金趣味な家具に囲まれ柔らかすぎるソファーに身をうずめることしばし、おもむろにドアが開く。反射的に立ち上がった彼の目に、いかにも人のよさそうな小太りの中年男性がにこやかな笑顔を浮かべながら近づいて手を伸ばす姿が映った。その姿が事前に記憶しておいたこの家の主、兜大山のものと一致することを確かめ、その手を握り返す。

「やあやあどうも、話は聞いているよ。私の半生なんかを本にしたいだなんて、いきなりだったから驚いたけどね。ええと……」
「初めまして。柘榴出版の鳥居、と申します」

 偽の仕事に、偽名すら使わない雑な変装。もしこの兜という男が事前に少しでも調べていたならば、柘榴出版なる会社は日本のどこにも存在しないことに気づいていただろう。普段の鳥居ならば絶対にやりたがらない雑な下準備だが、もとよりこの仮の姿をいつまでも維持する必要もつもりもない。重要なのは彼がこうしてこの男と接触できるか否かのみであり、たった今その目的は達成された。
 握手しながらも、気取られない程度に左右に目を走らせる鳥居。彼の視界内に、家族や家政婦といったこの会話を覗く相手は存在しない。
 ……仕事の、時間だ。

「さて、兜さん」
「なんだい?なにぶん自分の伝記なんて作るのは初めてでね、まだよく勝手がわからないんだ。それで……」
「2日後……ちょうど10日ですね、そこの午前0時」

 ピクリ、と中年の眉が動いた。わずかな沈黙を経て取り繕うようにぎこちない笑顔を浮かべたが、鳥居に言わせればその演技の素人臭い青さは誤魔化しきれていない。普段からあまり嘘をつきなれていない人畜無害なタイプの善人、裏との繫がりは本来薄い男だと判断して一気に畳みかける方針に切り替えた。

「どうしたんだい、いきなり?」
「兜さん、お互いとぼけるのはやめましょうよ。先に謝罪しておきますが、取材の話は全て嘘っぱちです」
「そんな……!」

 顔面蒼白になり、酸欠の金魚のように口をパクパクさせる姿には同情の念が湧いた。だがそれも無理はないだろう。裏デュエルコロシアムの開催は傷害の発生するデュエルの教唆、「BV」の発展に手を貸したテロリストへの加担、決闘罪といった様々な罪の複合として処理される。やり方によってはこのネタだけで向こう30年は強請りに使えるほどの大罪だ。これまで重ねてきた罪らしい罪といえばせいぜいそのあたりでの立ち小便ぐらいがマックスであろう善良な市民にとっては、異次元の出来事と言ってもいいほどに遠い世界だろう。
 自らの振るったムチが十分な効果を発揮したことを見て取り、やや口調を柔らかくする。ここで重要なのは、あくまでも自分の今後については匂わせるのみに留め当人に勝手に想像させることだ。うかつに踏み込んで余計なことまで口走ると、恐喝の罪で身内の世話になるのは一転自分の方となる。そしてムチが効果を発揮したら、今度は飴の番となる。

「しかし兜さん、私は別にどうこうするつもりはありませんよ。私も、デュエルモンスターズを愛する身。むしろ今回お邪魔した理由は、その逆です」
「逆……ですと?」

 その言葉にあからさまにほっとした様子を隠そうともせず、額に汗を浮かべたまま疲れきったようにソファーに腰を深くおろす兜。その時点ですでに9割9分交渉がこちらのペースであることを確信しつつも、鳥居はここで気を抜くほど甘くはない。依然として周囲への警戒は続けつつ、最後まで気を抜かずに締めにかかる。

「何を隠そう、私もデュエリストの端くれでして。主催者であるあなたからの口添えさえいただければ、今回の裏デュエルコロシアムに今からでも参加できるのではないかと」
「なるほど……」

 こちらの狙いを知り、小さくうめく声が鳥居の耳に入った。裏デュエルコロシアムでいい戦績を叩き出したとなれば、当然優秀なデュエリストを囲い込みたいその筋からの勧誘も見えてくる。向こう見ずな若者ならば誰もが1度は夢見る一攫千金のビジョン、おおかたそのたぐいだと思ったのだろう。大概そんな甘い考えでデュエルの世界に足を踏み入れるものはカードを手に取る前に門前払いを喰らうのがオチだが、今回は鳥居が主導権を握っている以上そうもいかない。
 そして悩むこと数分、ようやく中年男の唇が動いた。

「わかった。だが、私としてもこの場での一存で結論を出すことはできない。確かに参加者についてはある程度の裁量が私にもあるが、それ相応の実力者でなければ疑われるのは推薦する私なんだ」
「なるほど。下手に目を付けられるぐらいなら、私に屈した方がマシだと」
「そういうことだ。だが、それもできれば避けたい。君も、一旗揚げるために私のところに来たのだろう?それを無下にはしたくない」

 神妙な顔で大真面目に子供のようなことを口にする兜に、つい鳥居の口元が小さく緩む。大義があるとはいえ、彼のしていることは犯罪すれすれの脅迫まがいの行為だ。にもかかわらず、この男はその彼の思いを無下にしたくないなどとのたまう。こうしてわずかに会話しているだけでも伝わってくるお人よしの気配に、それこそがこの男に一代で財を成させた何よりの理由なのだろう、そんな考えも頭をよぎった。そして何かを決心したかのように、兜がその頭をあげる。

「よしわかった、ではこうしよう。私と君で、今からデュエルを行おう。君が勝てばそれでよし、私が勝てば推薦はできない。それでどうだろうか」
「……いいでしょう。その話、乗りましたよ」

 即答する。目の前の男が本人もデュエリストであるのはやや意外だったが、そうでなければこんな危ない橋を渡るほどデュエルモンスターズに入れ込みはしないだろう。

「あいにく、数年前に無許可での所持が見つかって以降デュエルディスクの取得許可がまだ下りていなくてね。ブレイクビジョン・システムなど組み込まれていないと言ったのだが……いや、愚痴になってしまったね。ともかく、ソリッドビジョン抜きでいいだろうか」

 ソリッドビジョン抜き。デュエルモンスターズの原点に戻った、机なり床なりにカードを置いて行う純粋なカードゲームとしてのプレイのことだ。立体化されるカードの迫力もなければデュエルディスクによる半自動処理も行われないが、その飾り気のない遊び方は1周回って根強い妙な人気のあるスタイルでもある。立ち上がった兜が部屋の端の戸棚に行き、その中から40枚のカードの束を取り出すと、鳥居もまた肌身離さず身に着けているホルスターから愛用のデッキを引っ張り出した。机を挟んで向かい合い、相手のデッキをカットしたのちそれぞれが自身から見て右下にそれを置く。

「では、始めようか」

「「デュエル」」

 通常このタイミングで挟まるデュエルディスクによるランダムな先攻後攻の振り分け機能、そんなものも当然存在しない。兜の表情をうかがうと、少し思案したのち口を開いた。

「すまないが、私が先攻を取らせてもらおう。一応これは君のテストだから、私がまず盤面を作らせてもらう」
「妥当ですね」
「では、私のターン。スタンバイ、そしてメインフェイズに移行し召喚僧サモンプリーストを召喚、効果発動。このカードは場に出た時、守備表示となる」

 召喚僧サモンプリースト 攻800→守1600

 1枚のカードを選んだ兜がそれをまず机の中央に縦向きで置き、鳥居の反応を確かめてから改めて横向きに直す。

「そして何もなければ、サモンプリーストの効果を発動しよう。コストとして手札の魔法カード1枚を捨て、デッキからレベル4のモンスターを1体特殊召喚する。私が選ぶ手札のカードは、通常魔法の究極進化薬だ。何かあるかい?」
「いえ、通しますよ」
「ではデッキから、終末の騎士を特殊召喚する。終末の騎士の特殊召喚成功時、私はデッキから闇属性モンスター1体を墓地に送ることができる。この効果には?」
「どうぞ」

 終末の騎士 攻1400

 サモンプリーストの隣に縦向きで置かれた、終末の騎士のカード。再び効果の発動に対し問いかける兜の問いに対し鳥居が首を横に振ると、ほっとしたように再びデッキに手をつける。

「ではこのカード、オーバーテクス・ゴアトルスを墓地に。そして効果によって墓地に送られたこのカードの効果により、デッキから進化薬カード1枚をサーチしたいのだが」
「当然、それも通しますよ」

 この方式ではデュエルディスクによる補助が一切存在しないために1枚ごとにルールとして、そして何よりもマナーとして相手にチェーンの伺いを立てなければならない。これを面倒と捉える人もいれば、ルールとマナーにより支えられた大人の競技として考える人もいる。鳥居自身はどちらかといえば後者よりであり、彼の上司は疑いようもなく前者だった。そういう意味では結果論だが、こちらに潜入するのが彼だったのは僥倖といえる。

「では、2枚目の究極進化薬を手札に。そしてこのモンスター2体を素材として、私から見て右側のエクストラモンスターゾーンに、魔界の警邏課(けいらか) デスポリスをリンク召喚する」

 横に並んだ2枚のカードを手に取り、右端に置かれたゴアトルスの上にその2枚を重ねる。代わりに兜が取り出したのはデッキの反対側、つまり左下に置かれた15枚のカードの束の中の1枚である青い縁取りのカードだった。イラストの周囲に描かれた8方向の矢印のうち、左下と右下の2か所がオレンジ色に塗られている。

 魔界の警邏課 デスポリス 攻1000

「では次にこの、究極進化薬を発動したい。私の墓地から恐竜族及び恐竜族以外のモンスターを1体ずつ除外し、召喚条件を無視してレベル7以上の恐竜族モンスターを特殊召喚する。まずコストとして恐竜族のゴアトルスと戦士族の終末の騎士を除外するが、何かあるかい……いいだろう。ではデッキからレベル10、究極伝導恐獣(アルティメットコンダクターティラノ)を攻撃表示で特殊召喚する」

 究極伝導恐獣 攻3500

 物々しい雰囲気の中デッキから取り出されたのは、それまでの使用カードとはそのレアリティからして違う1枚のカード。おそらくは、これが兜のエース格なのだろうとあたりをつける。

「さらにここで、デスポリスの効果を発動する。カード名の異なる闇属性モンスター2体を素材としてリンク召喚された時に付与される効果により、闇属性モンスターのデスポリス自身をリリースして私の場の究極伝導恐獣を選択。破壊に対する身代わりとなる、警邏カウンターを1つ置く」

 究極伝導恐獣(0)→(1)

「最後に永続魔法、カイザーコロシアムを発動。このカードが存在する限り相手プレイヤーは、私の場のモンスターの数以上のモンスターを並べることができない。今の私の場には1体しかモンスターが存在しないため、君の出すことができるモンスターも1体だけだ。さらにカードを1枚伏せ、ターンエンド。すまないが、私も本気でやらせてもらったよ」
「でしょうね……」

 てっきり金持ちの道楽程度かと思っていた鳥居にとっては悪い知らせだが、なかなかどうしてこの男も素人なりにデュエルモンスターズをやり込んでいたらしいとその認識を改める。究極伝導恐獣自身の持つ盤面制圧力に、ごり押しによる突破を防ぐ警邏カウンターの存在。そしてこちらの展開力をほぼ0にまで持ち込むこのタイミングでのカイザーコロシアム。デッキが回っていたのも間違いないが、それでも先攻1ターン目からこれだけの布陣を組むことはただの素人には難しいだろう。
 どうやら少しばかり、相手を侮っていたようだ。そう心の中で呟き、自分の中での本気度を上げる。

「では私のターン」

 1度咳払いし、喉の調子を整える。ソリッドビジョンのないデュエルは、落ち着きこそあるが今一つテンションがうまく上がらない。しかし、それもたった今まで。すでに勝負の幕は上がり、ギアは完全に入った。自らを鼓舞するために膝のあたりをバシンと叩き、ぱっちりと目を見開いて先ほどまでとはうってかわってよく通る明朗な声でおもむろに口上を述べる。

「『さあ御用とお急ぎでない方はお立会い。これよりお目にかけますは、魔訶摩訶不思議のスペクタクル。世にも珍しき一門の、稀代のショーにございます』」

 困惑する兜の表情に、それはそうだろうな、と冷静に分析する自分がいることを自覚する。無理もない、なにせいきなり目の前で大人しくカードを見ていた相手が唐突に叫びだしたのだ。しかし、鳥居はそんなことで止まらない。これこそが、彼の長年かけて培ってきたスタイルだった。
 鳥居浄瑠。彼は元々、プロデュエリストだったわけではない。彼の青春は演劇と共にあり、学生時代からとある劇団に所属していた。そこで彼らの最も得意としていた演目が、デュエルモンスターズを演劇に取り込み、デュエルを通じてストーリーを紡ぐ独自のスタイルである。ソリッドビジョンと舞台装置を駆使し、演者の動きとモンスターの攻撃や効果、そして魔法や罠の使用タイミングを正確に計ることでさもカードに命が宿ったかのように見せつけるその演目は評価も高く、小規模ながらに決して無視できない存在感を放っていた。
 しかし、そんな彼の生活を一転させる出来事が起こる。ブレイクビジョン……「BV」開発着手の知らせである。今となっては思い出すたびに当時の自分への怒りすら湧いてくるが、当時の彼は質量をもつソリッドビジョンとの知らせに対し本気で喜んでいた。モンスターに、魔法に、罠に触れることができるのならば、ワイヤーアクションに頼らずとも龍の背に乗り空を舞うことができる。舞台上に限るとはいえ地を駆けることも、水に潜ることも思いのままだ。背景に使うフィールド魔法も、当然そのリアリティが増すだろう。ある意味で彼らは、「BV」の開発者が当時掲げていた理想に最も近い位置にいたといえたのかもしれない。

「『準備はよろしいですね?それではお客様、これより開幕のお時間です』」

 その結末が、今だ。彼の居場所を、追っていた夢を、その同志さえも全てを奪われ、デュエルモンスターズそのものへのバッシングを受けて劇団は離散。どん底に落ちてなおデュエルに魅入られ、どうしてもカードを捨てきれなかった彼が最後に選んだ道が、デュエルポリスへの就職だった。

「『レフト(ペンデュラム)ゾーンに手札から、魔界劇団-エキストラをセッティング。そしてペンデュラム効果により、相手フィールドにモンスターが存在することでこのカードを特殊召喚できます』」

 魔界劇団-エキストラ 攻100

 芝居がかった口調を維持しながらも左下、魔法罠ゾーンの端に置いたエキストラのカードを確認させ、手を添えてその真上のモンスターゾーンに攻撃表示で移動させる。この時、兜は1つの決断を迫られた。特殊召喚を通したこの瞬間、究極伝導恐獣のモンスター効果……すなわち自らの手札、フィールドのモンスターを1体破壊することで相手フィールドのモンスター全てを裏側守備表示とする効果を使うか否かである。
 兜はまだ、鳥居のデッキ内容を知らない。エキストラ自体はその名の示す通り自身のカテゴリである【魔界劇団】での使用が一般的だが、その汎用性の高いペンデュラム効果と使い勝手のいい種族属性からフィールドへの展開を必要とするモンスターの素材や各種コスト要因として単体採用される可能性があるからだ。カイザーコロシアムの効果が効いている現状、ここで究極伝導恐獣の効果を使えば大きくこの先の動きを制限できる可能性は確かにある。
 しかし、と兜はここで、目の前の青年の顔を密かに覗き見た。彼もまた、こちらの究極伝導恐獣の効果は知っている。もし彼のデッキがアドバンス召喚主体のものであり、あのエキストラがリリース要因としての採用であったとすればどうか。あれを裏守備にしたところでリリースとしての価値は何ら損なわれず、例えばアドバンス召喚時にカード1枚を除外する効果を持った邪帝ガイウスなど出されようものならもう目も当てられないありさまとなる。では、彼のデッキが【魔界劇団】であったと仮定した場合はどうだろうか。エキストラはそのモンスター効果からテーマ内の潤滑油となり、あれを放置していれば突破できるかどうかは別としてそれなりにデッキが回ることを覚悟する必要がある。その場合、ここで動きを制限すれば大きく優位に立つことができるだろう。
 迷った末に意を決し、すっと片手をあげた。

「すまないね。その特殊召喚成功時、私は究極伝導恐獣の効果を使用する。手札のダイナレスラー・パンクラトプスを破壊することで、エキストラには裏側守備表示となってもらう」
「……」

 手札のパンクラトプスを墓地に送ると、了承の証に頷き無言でエキストラを裏側にひっくり返す鳥居。この行為が吉と出るか凶と出るか、固唾をのんで見守る兜の視線を感じながら……手札の1枚、ある魔法カードを場に出した。

「『おやおや、なんということでしょう。私の大切な演者の1人が、舞台に上がることを拒否してしまいました。ですが、果たしてそれは真実の全てでしょうか?否、私の紡ぐ演目は、そう単純なものではございません。魔法カード発動、ミニマム・ガッツ!』」
「そのカードは!」
「『その通り。ミニマム・ガッツはモンスター1体をリリースすることで発動し、相手モンスターの攻撃力をこのターンのみ0とします。恐るべき究極伝導恐獣の迫力に1度は舞台を降りたかに見えたエキストラ、しかしその裏では静かながらも着実な、第2幕への布石が張られていたのです』」

 究極伝導恐獣 攻3500→0

 エキストラを表にし、エクストラデッキの上に置く。これこそが、鳥居が最も得意とするペンデュラムカードの最大の特性。だが、今回それが役に立つことはないだろう。

「『レフト(ペンデュラム)ゾーンには我らが誇る世界の歌姫、スケール0の魔界劇団-メロー・マドンナを。対となるライトPゾーンには、誰もを笑わす最高の喜術師、スケール8の魔界劇団-ファンキー・コメディアンをセッティング』」

 ここで1度言葉を切る。「溜め」の意味もあるが、それ以上に発動時にあの伏せカードに動きがないかとの確認の意味もある。何もアクションを起こさないことを確かめてから、次の仕掛けに取り掛かった。

「『それでは此度の対戦を祝し、我らが歌姫に1曲奏でていただきましょう。メロー・マドンナはそのペンデュラム効果により、1ターンに1度1000のライフを支払うことで新たなる団員をデッキから手札に加えることができます。ただしこの効果を使うターン、歌姫は団員以外が舞台へ上がることを禁止いたします』」
「いいだろう、その効果も通しだ」

 鳥居 LP4000→3000

 いまだ伏せカードは動かない。その効果「も」、という言い回しは単なる言葉のあやか、それとも何か含まれた意味があるのか。はたまたそう読むことをさらに裏読みしての心理戦ということもある。ソリッドビジョンのない静寂のデュエルでは、相手の表情を、動きを、行動に移るまでのわずかな間を……すべてを読み取ったうえでの心理戦の持つ比重が大きい。

「『それでは私が呼び寄せるのは、栄光ある座長にして永遠の花形、魔界劇団-ビッグ・スター。そしてこれより行われますは、この最上級モンスターを1瞬にして舞台へと招く魔界劇団の目玉。整いましたるスケールは0と8、よってレベル1から7までのモンスターが召喚可能。ペンデュラム召喚、魔界劇団-ビッグ・スター!』」

 魔界劇団-ビッグ・スター 攻2500

 サーチされたそれを、流れるような動きでメロー・マドンナの右上、右から2番目のモンスターゾーンに縦向きで配置した。召喚無効のカウンターカードが存在しないことを無言で確認し、次の効果を発動する。

「『ではここで、ビッグ・スターの効果をお目にかけましょう。このカードが場に出た際、相手は魔法、罠を発動することができません』」

 どれだけ言葉で盛り上げようと、やっていることは机を前に数枚のカードを置いて1人で無理にテンションを上げているだけである。おまけに観客もおらず、唯一の対戦相手はどうもノリが悪い。鳥居自身もつい昔の調子でデュエルを始めてしまったことに対する後悔など思うところは色々とあるが、ここまできて今更引っ込みがつけられるわけがない。そちらの方がよほど気まずいというのももちろんだが、何よりここまでやっておいて今更いつもの調子に戻るなどとは彼なりのプライドが許さない。そうだ、人気の出ない頃はいつもこんな調子だった。真面目に見る気もないほんの数人の客を相手に全身全霊で演じて魅せる、そんな下積み時代の記憶も無駄に蘇る。

「『ビッグ・スターの効果発動!1ターンに1度デッキから任意の魔界台本1枚を選び、そのカードをフィールドにセットすることが可能となります。今宵の舞台に相応しき演目は……』」
「いや、ここでリバースカードを発動する。デモンズ・チェーンは相手モンスター1体の効果を無効にし、さらにその攻撃宣言も封じることができる」

 兜が動いた。表を向いたカードは永続罠、デモンズ・チェーン。ビッグ・スターの効果は無効となり、ただそこに立ちすくむのみのでくの坊と化した。仮に究極伝導恐獣の効果を回避しカイザーコロシアムの制約の中にあってさえなお突破の一手を探し当てたとしても、あのカードがあればさらに1体のモンスターを止めることが可能となる。まさに鉄壁の構えと呼ぶにふさわしい堅牢さを誇る布陣であった。
 だが裏を返せばそれは、もはや兜にも後がないことの証明でもあった。

「『演目名……魔界台本「魔王の降臨」。私の場で攻撃表示を取る団員の数までフィールドのカードを対象に取り、絶対の力を持つ魔王の一撃がその全てを焼き払います。このときレベル7以上の魔界劇団、すなわちビッグ・スターが存在することにより、相手は一切のカードをチェーンすることができません。さあ囚われの魔王よ、今こそその力の一端を世界に知らしめる時がやってまいりました!』」
「デモンズ・チェーンを破壊する気かい?だが今更それをしたところで、すでにビッグ・スターが自身の効果を使用したという事実が消えるわけでは……」
「『いえいえ、そうではございません。ビッグ・スターが魔王の意向を示すのは、この狭き闘技場。カイザーコロシアムを破壊!』」
「む……?だが、すでに君はペンデュラム召喚を行ったはず。ビッグ・スターが攻撃できないままでいいのかい?」

 いぶかしげに問いかけつつも、宣言されたとおりにカイザーコロシアムを墓地の一番上に置く。それこそが、鳥居の狙い全てだった。

「『それではついに満を持し、わが劇団の今宵の主役に登場していただきましょう。本日このステージを彩りますは、まばゆく煌めく期待の原石。通常召喚、魔界劇団-ティンクル・リトルスター!』」
「そのカードは……なるほど、そういうことか」

 魔界劇団-ティンクル・リトルスター 攻1000

 主役の言葉通り真ん中のモンスターゾーンに、1枚のカードを配置する。

「『皆さんどうぞご一緒に、本日のフィナーレとまいりましょう。バトルフェイズに入り、ティンクル・リトルスターによる究極伝導恐獣への攻撃!』」

 魔界劇団-ティンクル・リトルスター 攻1000→究極伝導恐獣 攻0(1)→(0)
 兜 LP4000→3000

「究極伝導恐獣に乗せられた警邏カウンターを、破壊の身代わりとして取り除く。が……」
「『ティンクル・リトルスターのモンスター効果!このカードは1ターンにきっかり3度、3回までモンスターに対し攻撃を行うことが可能となります。さあ、この場で幕を引きましょう。もう1度、究極伝導恐獣に攻撃!』」

 魔界劇団-ティンクル・リトルスター 攻1000→究極伝導恐獣 攻0(破壊)
 兜 LP3000→2000

「『そしてこの瞬間に此度の演目における陰の立役者、ミニマム・ガッツの更なる効果が発動いたします。この効果を受けたモンスターが戦闘破壊され墓地へと送られたことにより、相手プレイヤーにその元々の攻撃力分のダメージを!』」

 兜 LP2000→0





「むぅ……見事だ、君のようなものがこれまで表に出てきていないことの方が意外だよ」
「お世辞として受け取っておきますよ」

 再び声の調子を戻し、パッチリと見開いていた瞳も元に直る。この切り替えの早さは様々な役を演じ分ける必要があった前職に由来しているのはもちろんだが、いちいちその言動に目くじらを立てていては本気で何も進まないほどに問題ばかり引き連れてくる今の上司との付き合いを通じて学んだものも大きいと鳥居自身は分析していた。

「では約束の話だが、確かに君の実力は見せてもらったからね。いいだろう、どうにかしてみよう。開催日が明後日であることを考えると、どう転ぶにせよ明日の今頃までには君に結果が伝えられるだろう。君の連絡先は……」
「いえ、この時間にまた伺いますよ。楽しみにしています」

 この善人相手ならば多少のリスクはあってないようなものだが、ここから先はもう少し裏の世界に近づく。万一のリスクを踏まえると、身バレの可能性に繋がる連絡先を明かすことは控えたかった。少し拒否の仕方が食い気味すぎて逆に怪しまれたかと後悔するが、幸いにもそんな考えは一切よぎらなかったようだ。

「わかった。私も明日ならば家にいるから、いつでも来てくれたまえ」
「ええ。それでは、これで失礼します」

 そう言って会釈し、兜宅の門を再び鳥居がくぐった時にはすでに真正面に月が昇っていた。十分に距離を取り尾行が付いてきていないことを確かめ、そろそろ上司に報告だけ済ませておこうと携帯を取り出す。予想外に時間こそかかったものの、おおむね狙い通りコロシアムの内部に踏み込むことはできたからそう悪くない。
 鳥居浄瑠は、夜だけはほんの少し好きだった。 
 

 
後書き
次はまた糸巻さんのターン。
なお時期未定。 
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