勇者たちの歴史
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西暦編
第九話 リミテッド・オーバー②
前書き
お久しぶりです
長らくお待たせしました
白い巨人が迫る。
「……ッ、がァッ……!?!」
ボロ屑のような守護者を撥ね飛ばし、大地を踏み鳴らして進撃する。
「……ぅぉ、ぉぉおおおああああああああ……ッ!!」
もはや神樹の勇者など眼中にない。
唐突に現れた無防備な人間たちを殺戮する為に、バーテックスは突撃を繰り返す。
「――――投影、開始」
恐怖に震える人間たちに殺意を振りまく怪物はしかし、
「――――投影、装填」
幾度の突撃を経ても、
「赤原猟犬……ッ!」
立ち塞がる魔術使いの守護を、未だ突破できずにいた。
「はぁ―――――ッ、だあ――――――ッ!」
「■■■■■■■■■■――――!」
無造作に振るわれた魔剣が、音速に届こうという剛撃を真正面から迎え撃つ。
それは、無謀な剣戟だった。
暴風さながらに荒れ狂う怪物と、魔術使いだが人間である衛宮士郎。種族どころか、存在そのものからして異なる両者の間には、膂力においても絶望的なまでの差が存在する。
まともに切り結べば、まず叩き潰される。
否、音速に迫るバーテックスの動きは既に人間が対応できる領域ではない。
「……■■■■、■■■■……!?」
「ぐッ……、ぁ……!!」
だが、本来勝負ですらない力比べは、士郎の『反則』によって確かに拮抗していた。
ただ振り回すだけで的確な斬撃を放つ、北欧の魔剣――赤原猟犬。そして、宝具から読み取った担い手の筋力を複製し、片腕を封じられながらもバーテックスの猛攻を凌ぐことに成功している。
「■■■■■■■■……ッ!」
とはいえ、士郎にも余裕などありはしない。
慣れない武具を用いた戦闘では、普段の術理は当てはまらない。
身体は消耗し、魔力も底を尽きかけている。聖杯のバックアップを受けられない今、少し前までのような魔力に任せた投影の乱発も難しい。
そして、最善手を打ち続けたとしても――――剛撃により、投影宝具は限界を迎える。
「く、そッ……、投影、開始」
再び創り出される黒い魔剣。
普段の干将莫耶ほどスムーズではないものの、紙一重のタイミングで投影された赤原猟犬が致命の一撃を弾き返す。渾身の蹴りが巨重を宙に押し上げ、バーテックスは再び振り出しへと押し戻された。
状況は、良くはない。
進化型の目標は、荷物という重りを持った無力な人間たちだ。脅威度よりも数を優先するバーテックスにとって、士郎は壊れにくい障害物となんら変わりないのだろう。
だからこそ、バーテックスの猛攻は苛烈を極めた。
突進と剛撃をただ繰り返す。それを、音速に迫る速度で行われるとあっては、投影する武装を選んでいる暇すらない。そしてバーテックスに決定打を与えられないまま、士郎の魔力と体力は確実に削られていく。反対に、バーテックスの動きは時間が経つにつれて精度と速度が増してきているように思えた。
時間は、敵に味方している。
時間稼ぎが目的だというのに、あまりに不条理な話だ。
「そう簡単に、攻め切らせると……、はッ……思うなよ」
だが、悪くもない。
強がりでもなく、士郎は冷静にそう結論づけた。
既に、冬木の住人が転移してから五分以上。既に喧騒は遠く、目視で確認しなくとも避難が順調に進んでいることは分かる。
それなら、膠着した戦いにもまだ意味がある。
「あと少しなんだ。それまでは俺に付き合ってもらうぞ、化け物」
無造作に魔剣を構えた青年が、巨人を模した尖兵と激突する。
繰り返される戦闘の余波に、小さく悲鳴が上がる。
反対に言えば、悲鳴が上がるだけですんでいる。初めは振動のたびに竦んで動けなくなっていた冬木の住民たちは、怯えつつも懸命に四国へと歩を進めていた。
「…………、」
護衛についていた若葉は、僅かな苛立ちを覚えていた。
計画は、一応順調といえる。
結界は想像以上に強固で、バーテックスの侵入をほとんど許していない。例外的に防壁を抜いた数体も、護衛についた勇者三人で問題なく対処できている。
結界内に唯一残存する進化体は、冬木の護り手が押し留めている。
仮に、彼が――衛宮士郎が倒れたとしても、精霊の力を宿した若葉と千景が二人でかかれば、避難が完了するまでの時間は十分稼げるはずだ。
何も問題はない、あと数分の内に避難は全て終わる。
無力な人々を狙って無数のバーテックスが集まっていても、結界の内側に入ってこれないのなら問題ではない。
運よく入ってこれたとしても、少数であるのならば問題にならない。
勇者よりも強大な力を振るうバーテックスであっても、避難に差し障りがないのなら無理に相手をする必要はない。
…………目の前の怨敵に、報復を受けさせることも叶わないとしても、か。
不可視の障壁に体当たりを続けるバーテックスの姿は、数体ならば滑稽に映るだろう。
だが、それが数十、数百ともなれば人間を怯えさせるには十分だ。
恐怖に震える人間たちに、ガチガチと口に似た器官を鳴らしながら殺意を振りまく忌々しい尖兵たち。荷重を加えられた結界が軋み、異様に鳴動する。恐怖に竦む人間の姿を嘲笑うようなバーテックスの気配が、募った憎悪と怒気をどこまでも煽り立てる。
「乃木さん……少し、離れ過ぎてるわ」
少し険のある声で我に返る。
気づけば、集団はずいぶん遠くに移動していた。先頭はもう四国の領域に辿り着いているかもしれない。
「すまない、気をとられていた。すぐ持ち場につく」
「……そう。なら、いいのだけど」
険しげな表情のまま千景が戻っていく。
彼女の様子に違和感を覚えたが、今は持ち場に戻る方が優先だ。疑問は、すぐに思考の端へと押し込まれる。
最後に、蠢く化け物たちを一瞥し、心の内で呪詛を吐いた。
――今は、好きなだけ笑えばいい。
――必ず、お前たちに報いを受けさせる。
その一瞬、視界全てのバーテックスが動きを止めた。
バーテックスに、目に該当する器官はない。にも関わらず、若葉は確かにあれらの視線がその身に注がれているのを感じた。
ギシ…………ッ、と結界が軋む。
これまでのようなバラバラの体当たりではない。密集した数十ものバーテックスが、結界を破ろうと一斉に圧力をかけ始めたのだ。
異変は一ヶ所に留まらない。大橋を護る結界のいたる所でバーテックスが集まり、渦巻き、不可視の壁に大穴を開けようと動いていた。
咄嗟に四国側を見る。
目視で確認できる限り、避難はほとんど終わっていた。例え、今この瞬間に結界が破られたとしても、バーテックスが到達する前に作戦を完了できるだけの余裕はあるだろう。
「……ならば、あとは化け物どもが四国になだれ込むのを防ぐだけだな」
景色に無数の亀裂が走る。
遂に引き裂かれた結界の破れ目から侵入を果たしたバーテックスは、大橋に立つ若葉へと殺到する。それが勇者であると分かって向かってきているのか、あるいはただ人間がいたから殺そうとしているのか、無機質な化け物の意図は分からない。
押し寄せる敵軍を前に、若葉は刀の柄を握り直した。
報いを受けさせる――その決意は、圧倒的な数の暴力を目にしても揺らがない!
「化け物どもめ……私が、貴様らを殺してやる……!!」
大地を蹴った若葉の身体は、精霊の力によって瞬く間に彼我の距離を縮める。
白い濁流に飛び込んだ青の勇者は、バーテックス二体を一撃で斬り飛ばし、そして――――見えなくなった。
「ッ、――――凍結、解除」
最後の一人――衛宮士郎の手から、魔剣が弾かれる。
即座に待機状態にあった投影が完了し、オーバーエッジにより強度を増した莫耶の白刃がバーテックスの攻撃を辛くも受け流す。
「■■■■■■■■……ッ!」
既に、バーテックスの動きは音速の壁を超えていた。
士郎では、視認することすら困難な速度で迫る致命の連撃。それを、投影した筋力と宝具の特性を最大限に活用し、生存のための最善手を引き寄せ続ける。
だが、それもここまでだ。
咄嗟の判断は、身体に刻み込まれた経験をもとに窮地を凌いでみせた。
だが、今の士郎は万全ではない。
本来ならば干将――左腕が埋めるはずの隙を、今の士郎には護る手段がない。曝された横腹に、バーテックスの追撃が吸い込まれていく。
「―――工程破却、全投影連続層写………!!!」
出現した剣は、もはや宝具とは呼べる出来ではなかった。
士郎とバーテックスの間に突き立った何十本の剣の壁。名刀や名剣、錆びついた鈍らもあれば大剣に細剣、てんでばらばらの剣の数々。
そのどれもが、形を真似ただけの贋作だ。
創造の理念は不明、基本骨子も不備だらけ、構成する材質もでたらめ、制作に関連する技術も経験も年月も、一切の過程をすっ飛ばして、剣として成立しただけの鉄くずだらけだ。
そんなガラクタに、強度など期待できるはずもない。バーテックスの攻撃を防ぐ盾としては圧倒的に必要な機能が不足している。
だが、あらゆる要素を欠いた宝具もどきではあるが、内包する神秘だけは模倣してあった。
僅かな狂いもなく、全ての剣が同時に自壊する。
壊れた幻想――魔力の爆発は瞬時に膨れ上がり、周囲の全てを平等に吹き飛ばした。
全身をアスファルトの地面に叩きつけられる。
あまりの衝撃に呼吸が止まった。全身が悲鳴を上げているのを嫌でも実感する。
だが、まだ動く。
落ちかけた意識を再起動し、士郎は再び立ち上がった。
「……ゔ、ぉぉおおお、おおおおおおおお……!!」
霞む目を凝らして見れば、バーテックスも既に再生を終えようとしていた。
筋骨隆々とした巨人が、その身を低く沈み込ませる。
ここまでの戦闘で何度も見た、突撃の構え。士郎との距離は三十メートルほどに広がったが、この進化型ならば四秒足らずで詰めてくるだろう。
「よう、やく……はぁ……は……思い出した、ぞ」
対する士郎は無手。
魔力は尽きかけ、固有結界を使うことはおろか、投影すらも四回が限度。
何十回にも及ぶ激突によって、夫婦剣や赤原猟犬では奴を殺しきれないことは証明済み。
詰まるところ、あと四秒の間に、四回の投影でバーテックスの絶殺に至らなければ、殺されるのは士郎の方ということだ。
「その、腕が模した、武装……剣の、軌跡……身のこなし。そうだ……冬木で、俺は見た……」
想起する。
右手を掲げ、現れるはずの柄を掴み取る。
「――――投影、開始」
剣というには、あまりに原始的な岩造りの大剣。
その膨大な重量を支えるのは、大剣と共に複製された担い手の怪力だ。
冬木の聖杯戦争において、セイバーとして招かれた英霊の有する最強の聖剣とすら打ち合った、大英雄の斧剣である。
「――――投影、装填」
なぜ、眼前のバーテックスがあの大英雄の技量を模倣しているのか、士郎には分からない。
打ち合うたび、弾くたびに洗練されていく技能が、過去に垣間見たバーサーカーの動きと当てはまった。ただそれだけの理由だが、士郎の中には奇妙な確信があった。
『コレ』は、贋作だ。
バーサーカーの一面だけを映し出した、出来の悪い模造品。
「■■■■■■■■……ッ!」
一秒、二秒、視界一杯に白い巨体が広がる。
振り下ろされる一撃を無視し、寸前まで敵の正体を見極める。
脳裏に描く軌跡は、急所を抉る神速の八撃。
ここまでくれば出し惜しみはない。残る魔力の全てを注ぎ込み、宝具に刻み込まれた英霊の絶技を出力し、八つのポイントに狙いを定める。
「全工程投影完了ーーーー是・射殺す百頭」
「………………■、■■……!?」
士郎の持つ手段の中で、最上級の威力を誇る連撃。
踏み込みと共に放たれた八筋の斬撃は、音速の標的を容易く砕き伏せる。大小様々な破片になったバーテックスは、あっさりと大気に溶けて消滅した。
「これで…………ッ、最後、か………?」
突き立てた大剣に寄り掛かって息を吐く。
一時間ほど前はバーテックスに溢れていた大橋も、今は静寂に包まれている。二年前半もの間、絶えずバーテックスと交戦してきたことを思うと、あの白い姿が一切見えないことがかえって不気味に思える。
「藤ねえ、遠坂や桜は、もう四国の中か」
冬木の住民が転移してから、それだけの時間は経過している。
集団パニックにでも陥っているならそうも限らないが、士郎の強化した視力でも逃げ遅れたような人影は――――、
「…………あれは、」
弓兵の真似事をしている身として、眼の良さには昔から自信がある。
見つけた青と白の装束には見覚えがあった。
若葉の戦闘は、まさに修羅のようだった。
精霊――源義経の力で得た機動力を最大限に発揮し、視界に入ったバーテックスを手当たり次第に両断した。周囲に群がる小型の網の目をすり抜け、強引に押し通り、斬り開き、怨敵を次々と消滅させていった。
だが、いつまでも一方的な戦いにはならない。
勇者といえど、若葉は人間だ。戦いが続く限り消耗し、集中は乱れ、次第に危うい場面が増えていく。
「ぐ、ぎ……ッ!? この、、!!」
同時に襲い掛かった五体のバーテックスを斬り払った直後、右足首に激痛が走った。
逆手に握った刀で、食らいついた小型を突き殺す。だが、体勢を整える間もなく今度は大質量に任せた体当たりが迫り来る。
「がはッ……!」
構えた刀の上からまともに受けた。
後はまるでピンボールのように何度も弾き飛ばされ、成す術もなく地面に墜落する。
――――これで、終わりなのか……?
死ぬかもしれない、という事実に恐怖は感じなかった。
仰向けのぼやけた視界が白く染まっている。その内の一体でも多く道連れにしてやろうと放してしまった刀を探る手が、異変に気付いて止まった。
「な、に……?」
困惑する若葉をよそに視界の白が晴れていく。
彼女が起き上がり意識がはっきりした頃には――――周囲に溢れていたバーテックスの大群は一体も残さず消えていた。
「逃げた、のか……そんな、」
馬鹿な、という声は音にならない。
勇者を恐れて逃げた、数を失ったから撤退した、という理由はあり得ない。若葉がどれだけ殺そうと、バーテックスは全く変わらず襲い掛かってきた。そんな化け物が、倒れ伏した敵を見て逃げるという選択肢をとるはずがない。
あれらは、殺せたはずの若葉を放置してこの場を去ったのだ。
「ふざけるな……貴様らに、多くの罪なき人々に牙を突き立てた化け物にかけられた恩など、呪いと何も変わらない……!!」
その事実を認めて、生き延びたことへの喜びや安堵よりも怒りと憎悪が湧き起こる。
多くの人々に恐怖を、痛みを、苦しみを与え、命を奪ってきたバーテックス。あれらに相応の報いを受けさせるために、若葉は勇者としての訓練に邁進し、力をつけ、その果てに例え刺し違えたとしても一体でも多くのバーテックスを殺す、と決意を固めていた。
その決意を、踏みにじられたように思えた。
「何事にも、報いを……私は……」
「乃木、若葉さん、だったか」
突然、かけられた声にハッと思考が止まる。
顔を向けると、そこに冬木の勇者代理が立っていた。
「無事、じゃなさそうだな、その足。歩けるか?」
「え? あ、あぁ……大丈夫だと、思います」
そう答えてから、若葉は男の惨状に気づいた。
左手は血に染まり、全身ぼろきれの様になった勇者代理はホッと安堵の息を吐いた。
「そうか、なら先に戻っていてくれないか。もうすぐ結界も消える、ここは危険だ」
「いえ……同行します。あなたを四国の結界内へ誘導するまでが、私たちのお役目ですから」
「それは……いや、だがな……」
当たり前の返答のつもりだったのだが、男の顔に微かな焦りが浮かんだ。
何か言いかけては口を閉ざす。若葉を先に帰らせたいのだろうか、だんだんと表情が深刻になっていく。
理由は分からないが、彼を放置して帰ることなどできるはずがなかった。勇者として譲歩するつもりのない若葉の意思を感じたのか、先とはニュアンスが違う重いため息を溢す。
「……説明が前後したな。きちんと話す、その上で頼みを聞いてくれるとありがたい」
「もしや……まだバーテックスが残っている、とかでしょうか?」
「勘が鋭いな、君は」
驚きを顔に浮かべたまま、男は右手をまっすぐ伸ばした。
人差し指は大橋の先、本州のある方角を指している。それがいったい何を示しているのか。
若葉は懸命に目を凝らして、やがて怪訝そうに首を傾げた。
「……何も見えませんが」
「まだ本州側だからな。橋を辿り始めてはいるんだが、大型バーテックスが接近しつつある」
猶予は五分程度だ、と若葉に見えない敵の到達時刻を告げる。
「その間に、避難誘導と連絡を頼みたい」
「……頼みごとの内容は分かりました、だがわざわざあなたが残る必要もないのでは?」
男は顔色一つ変えず、当然のように言った。
「物見には眼は必要だ――――万が一、奴の足が速まったなら足止めもいる」
その一言で、なんとなく若葉は目の前の人間のことが分かった気がした。
そして、次にかけられるだろう問いも――――その返答はもう決まっている。
「ここは私に任せてくれ。君は、四国に戻って、」
「私も――――力になるはずだ」
スマホを取り出す。
通話機能を開きながら、呆気にとられた様子の勇者代理に告げる。
「四国を護る勇者として、乃木家に生まれたものとして――――バーテックスを他人任せにするわけにはいかない」
後書き
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