雲は遠くて
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149章 信也と竜太郎、サピエンス全史やホモ・デウスを語る
149章 信也と竜太郎、サピエンス全史やホモ・デウスを語る
2019年1月5日、土曜日。
年の暮れから晴天が続いている。日中の気温は13度ほど。
高田充希の≪カフェ・ゆず≫では、
川口信也たち仲間の新年パーティが始まるところだ。
店のキャパシティーは40席あるが、ほぼ満席だ。
店は、下北沢駅の西口から歩いて2分。
一軒家ダイニングで、店の前にはクルマ6台の駐車場。
店内は、全面喫煙、フローリングの床で、16席のカウンター、
4人用の四角いテーブルが6つ。
ミニライブ用のステージと、黒塗りのYAMAHAのアップライトピアノもある。
信也たちのクラッシュビートのメンバーや、信也の彼女の大沢詩織たち、
G ガールズ(グレイスガールズ)のメンバーも全員参加だ。
信也と飲み友だちのエタナールの副社長の新井竜太郎も、
彼女で人気女優の野中奈緒美と来ている。
信也の妹たち、美結と利奈もいる。
人気ピアニストの落合裕子、漫画家で『クラッシュビート』の原作者の青木心菜、
漫画制作アシスタントの水沢由紀は、おしゃれなドレスで、パーティに華を添える。
179センチの長身、スーツがよく似合う佐野幸夫が、
満面の笑みでミニライブ用のステージに立つ。
「みなさん、明けましておめでとうございます。佐野幸夫です。
わたしも日頃は、ライブ・レストラン・ビートの店長ですので、
いろいろなライブの司会もさせていただきますけど、
このように、栄えある新年パーティの司会をさせていただけることを、
心から光栄に感じています。では、みなさまのご健勝とご多幸、
そしてご発展を願いまして、乾杯をさせていただきます。
ご唱和のほど、よろしくお願いします。
おめでとうございます!乾杯!ありがとうございました!」
拍手や笑い声に包まれて、店内はさらに華やいだムードとなる。
佐野は、去年、パートナーとなったばかりの真野美果がいる、
ステージまじかのテーブルに着席する。
「悠香ちゃん、おれは、マンハッタンがいいな」と、新井竜太郎はカウンターの
中の女性バーテンダーに言う。
「悠花ちゃん、おれも、マンハッタンね」と竜太郎の隣のカウンターに座る信也は言う。
24歳の沢井悠花は、白の開襟ブラウス、
黒のベスト風エプロンがよく似合う。優しい笑顔で、シェーカーを振る姿も華やかでかっこいい。
去年の11月から悠花は、≪カフェ・ゆず≫でバーテンダーをしている。
評判もよくて、女性客も多い。
オーナーの25歳の高田充希とも、とても相性が良い。
2017年の夏にオープンした≪カフェ・ゆず≫は、現在、
充希と悠花のほかに、2人のスタッフがいるほどに繁盛している。
マンハッタンはバーボンウイスキーがベースのカクテルで、
バーボンと白ワインが原材料の甘いベルモットに、
薬草系のキリっとした香りの苦味のあるアンゴスチュラ・ビターズを加え、
チェリーを添えた可愛らしい女性にも歓ばれるカクテルだ。
カクテルの女王とも呼ばれる。
「しんちゃん、紅白は見ましたか?」と竜太郎が言った。
「見ましたよ。なかなか見ごたえあったですね。特に、椎名林檎ちゃんと宮本浩
次さんの『獣ゆく細道』には、胸がジーンときましたよ。林檎ちゃんはさすが魅
力満点で優雅でしたね。
エレファントカシマシの宮本さんも、さすがロッカーで、迫力の熱演でカッコよかったですし」
「林檎ちゃんはおれも好きだなぁ。いつまでも、すてきで、色っぽいしね。あははは。
おれは今回の紅白では、米津玄師(よねづ けんし)に注目してたんだよ。
米津さんは、しんちゃんより1つ年下になるのかな?」
「そうですね、おれが28歳、米津さんは27歳じゃないかな。今年はまた1つ年取るけれど」
「おれも今年は、37歳になるよ。しかし、いくら歳をとっても、
やっぱり子どものころの気持ちを忘れてはいけないんだろうね」
「『幸福論』を書いたアランは、『無心に遊びに夢中になる、
子どもほど美しく幸福な存在はないだろう』って、言ってますし、
ドイツの文豪のゲーテは、
『私たちは、子どもから生きることを学び、
子どもによって幸せになる』って言ってますよね、竜さん」
「『サピエンス全史』や『ホモ・デウス』の本で話題の、
イスラエルの歴史学者のユヴァル・ノア・ハラリさんも、
人間が幸せかどうか?を最も大切な問題としているよね。
これからの未来は、生命を自在に操るバイオテクノロジーや、
人口知能(AI)で、人間の体や脳や心のあり方が、
想像がつかないほど大きく変わるだろうって言ってるし」
「おれも、NHKのクローズアップ現代でハラリさんの特集を見ましたよ、竜さん。
ハラリさんの考え方は、この資本主義体制や、
お金にしても会社や国家や法律や宗教や正義とかにしてもは、
実は全てフィクションであるって、言い切ってますよ。
つまり、人間が想像力によって作った物語や作り話のようなフィクションなのだと。
ネックス証券の松本大が、
『今の資本主義や貨幣経済に代わる新しい概念というもの、
みんなで抱えることができる共同のフィクション。
単なるフィクションではなく、共同で持てるフィクションを作る必要がある』
って言ってましたけど。そのフィクションって、子どもの心を忘れずに生きることかな?
って、おれは思っていますよ」
「おれも、そうだと思うよ。中沢新一さんが、ある本の中で、未来の革命の鍵は、
人間の脳=心の本質をなしている詩人性にあるって、言ってるでしょう。
その本の中では、『人間の現存在は、その根底において詩人的である』という
ドイツの哲学者ハイデッガーの言葉を引用したりして。
そんな意味でも、子どもたちは、みんな詩人なんだと思うよ。あっははは」
「最近の世の中は、人口知能(AI)に囲まれているせいか、データ至上主義に
なりがちで、
子どものような豊かな感性や感情が消耗しやすいですよね。竜さん」
「まったくだ。おれも会社じゃ、合理主義や効率主義、
データ至上主義とかばかりに陥っているような社員には、
『もっと、自分にも他者にも思いやる優しい感情を大切にしないとだめだよ』って教えてるんだ。
みんな、子どものころのことって、忘れていくばかりなのかな。
しかし、おれも、しんちゃんが言うように、子どものころって、黄金のような輝く時間だったと思う。
まさに、心の宝石って感じかな。あっははは」
「おれも、子どものころの記憶は、輝くような日々だったって感じです。
いまも心の宝物って感じで。
いつまでも、いくら歳を取っても、そんな日々を過ごしたいし、
それは心の持ち次第で、実現可能だと思うんですけどね。竜さん。あっははは」
「そのとおりだよ。未来に必要なフィクションは、
子どもの心を大切にして生きることかもしれない。
動物行動学者で京都大学名誉教授の日高 敏隆さんは、
『人間も人間以外の動物も、イリュージョンによってしか、世界を認知し構築しえない』ってね。
学者も研究者も、われわれも、何か探って、
新しいイリュージョンを得ることを楽しんでいるんだ、ってね。
そうして得られたイリュージョンは一時的なものでしかないけれど、
それによって新しい世界が開けたように思うんで、それは新鮮な喜びだって言っているよね。
人間はそうしたことを楽しんでしまう不可思議な動物なのだってね。
そんなことに経済的な価値があろうがなかろうが、
人間が心身ともに元気に生きてゆくためには、
こういう喜びが不可欠なんっだって、言っているよね 」
「イリュージョンですかぁ。 幻想や幻影ってことですよね。
ハラリさんが言っている、
『実は全てフィクション』ということと、ほとんど同じですね。
そうか、人間は、そういう動物なんですかね。竜さん。あっははは」
「そ、だね!」と言って、竜太郎も笑った。
2019年1月1日のNHK・BS1の『サピエンス全史/ホモ・デウス』の番組のラストでは、
歴史学者のユヴァル・ノア・ハラリさんは、
『いま気にかけていることは、次の時代を生きる子供たちのことだ』と、こんなことを語っている。
『子どもたちは歴史上初めて、成長したときにどんな世界になるのか、
分からない時代になるのです。将来働く環境や人びとの絆が、
どんなものになるか、想像もつかないのです』
『ではどうしたら良いですか?』という質問に、
『最も大切なことは、自分自身を知ることだと思います。
月並みかもしれませんが、自分が何者であるかを理解することです。
テクノロジーを追い求めるだけでなく、現状に満足する方法を学び、
自分の内なる考えを理解することに時間を使うべきなのです。
あなたの心はどんな声を発していますか?
あなた以外にあなたを理解できる人は誰もいません。
ほかの誰もあなたの頭の中をのぞいて見ることはできないのです。』
☆参考文献☆
1.吉本隆明の経済学 中沢新一 編著 筑摩書房
2.NHK/クローズアップ現代 (2017.1.4.)
3.NHK/BS1/衝撃の書が語る人類の未来『サピエンス全史/ホモ・デウス』
(2019.1.1.)
4.幸福論 アラン 白水ブックス
5.ゲーテの処世術 鈴木憲也 編著 KKベストブック
6.動物と人間の世界認識 日高敏隆 ちくま学芸文庫
≪つづく≫ --- 149章 おわり ---
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