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戦わない将軍

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第一章

               戦わない将軍
 ロシア皇帝アレクサンドル一世は難しい顔になっていた、そのうえでその若く整ったアポロンにも例えられる顔で皇帝の座から居並ぶ廷臣達に尋ねた。
「では今はか」
「はい、どうにもです」
「手がありません」
「ナポレオン=ボナパルトを止めるには」
「戦いになれば」
 廷臣達は皇帝に困り果てた顔で答えた。
「彼のその采配には勝てません」
「彼が率いるフランス軍には勝てません」
「オーストリアもプロイセンも敗れていますが」
「我が国も勝っていません」
「一度も勝てていないが」
 皇帝は苦い顔で言うばかりだった、実は思想的にはナポレオンに共感するものを感じている、しかし彼の国であるロシアはフランスと対立している。それでオーストリア、プロイセンと同盟を結びフランスと戦ったがどうしてもだ。
 ナポレオンに勝てない、それで皇帝は言うのだった。
「これではフランスの一人勝ちだ」
「欧州はそのまま進んでしまいますね」
「イギリスも陸では勝てていません」
「これではどうしようもありません」
「欧州は彼の思うままです」
「その様に進んでいきます」
「それでは」
 廷臣達は貴族として皇帝に話した。
「フランスのあの思想を押し付けられかねません」
「そうなれば農奴は解放されてです」
「教会の力も大きく削がれます」
 ロシア正教、ロシアを宗教的に統一しているこの教えもというのだ。
「そうなってしまってはです」
「ロシアはどうなるのか」
「帝国として成り立ちません」
「恐ろしいことになります」
「それは歓迎すべきではないのか」
 皇帝はナポレオンへの思想的な共感から皇帝の座から言った。
「ロシアも変わるべきだ。だがフランスの専横を許すと」
「我々も何を要求されるか」
「ナポレオンは敗者からは容赦なく権益を奪います」
「プロイセンもオーストリアもそうなっています」
「ロシアもこれ以上何を言われるか」
「イギリスとの交易を止める様に言ってきている」
 皇帝はここでこのことを言った。
「若しこれを受け入れるとな」
「困るのは我々です」
「イギリスを日干しにするつもりでも」
「困るのは我々です」
「イギリスに木材を売れなくなります」
「イギリスへの木材の輸出の利益は大きいというのに」
 ロシアにとって非常に大きな貿易の利益となっていた、だからナポレオンの要求を呑むとロシアはその利権を失うのだ。
 それでだ、廷臣達も言うのだ。
「彼のベルリンでの勅令ですが」
「欧州の国全てに言うことを聞かせようとしています」
「プロイセン、オーストリアだけでなく我々にも」
「古くからの帝国である我が国にもです」
「東ローマ帝国を受け継いだ我々に」
 コルシカの貧乏貴族から成りあがったに過ぎない者がともだ、彼等は言葉の中にそうした感情も含ませて言った。
「もう自分が欧州の主と思っています」
「神聖ローマ帝国も終わらせましたし」
「もう自分がローマ皇帝のつもりでしょうか」
「一体何処まで増長するのか」
「こうした勅令まで出すとは」
「この勅令は聞けない」
 皇帝はナポレオンへの思想的共感よりもロシア皇帝としてこの言葉を出した。 
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