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永遠の謎

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599部分:第三十四話 夜と霧とその二十二


第三十四話 夜と霧とその二十二

「パルジファルに」
「陛下ですか」
「あの方こそは私の作品の、そして私の理解者であり」
 コジマと共にだ。彼の妻となっている女性と共に。
「パルジファルだったのだ」
「そうですね。それは私にもわかります」
「あの方がおられて今の私がある」
 財政的な面もあった。何しろ王の援助がワーグナーも作品も救ったからだ。
 そのことについても述べながらだった。ワーグナーはコジマと共にヴェネツィアの街を歩きつつ回想していた。これまでの己の人生を。
 そうしてだ。王のことも話すのだった。
「あの方はこれからは」
「これからは?」
「苦しみを受けられ」
 そしてそれはというと。
「そう。パルジファルが槍を手に入れそうして苦難の旅を経た様にだ」
「偽りの城を消し去ってからそうした様にですね」
「そうだ。あれと同じだ」
 しかしその城はというと。
「陛下が築かれた城は偽りではないがだ」
「しかしそのパルジファルと同じく」
「欺瞞の中で苦難の道を歩かれる」
「そしてその終わりにですね」
「そうだ。モンサルヴァートに辿り着かれる」
 ワーグナーにはわかっていた。そのことが。
「そうなられるのだ」
「ではそれまで、ですね」
「苦難がある。しかしそれは永遠の先にあるものであり」
 そうしてだというのだ。
「あの方は永遠の玉座に座られることになる」
「ではマイスターはそのことは」
「わかっている。だから安心している」
 王についてだ。そうしたこともだというのだ。
「もう何も言うことはない」
「左様ですか」
「さて、今はな」
 ここまで話してだ。そのうえでだ。
 ワーグナーは満ち足りた顔でだ。またコジマに話した。
「何を食べようか」
「ヴェネツイアの料理をですね」
「イタリアはまことにいい国だ」
 ドイツが愛してきたこの国はというのだ。
「そのイタリアにおいて」
「この国において」
「私は満ち足りたものをドイツに感じて休もう」
 こう言い残したのだった。そしてだ。
 翌朝。コジマは見た。ピアノにうつ伏せになっている彼を。リヒャルト=ワーグナーは七十年のその波乱万丈の生涯を閉じた。そしてこのことは。
 すぐに王にも伝えられた。王はこの話をホルニヒに聞いてだ。
 まずは表情を変えずにだ。こう述べたのだった。
「全てはわかっていた」
「わかっていたとは」
「そう。彼は役目を終えたのだ」
 だからだというのだ。
「役目を終えたのだ。だからだ」
「それならばですか」
「この世を去り眠る。彼はフラウに休むと言っていたな」
「はい、死の前日に」
「彼は眠ったのだ」
 果たすべきことを果たし終え。そうなったというのだ。
「全てな。全てが終わった」
 王はここで遠い目になった。そうしてだ。
 そのうえでだ。ホルニヒにこうも述べた。
「私もまた」
「陛下もとは」
「間も無くかも知れない」
 こうも言うのだった。
「眠るのは。いや」
「いや?」
「旅立つのだろうな」
 これが王が果たし終えてからすることではないかというのだ。
「そうなのだろうな」
「旅立たれるのですか。陛下は」
「そうなるのだろう」
 王は憂いのある顔になりホルニヒに述べた。
 
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