夢幻水滸伝
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第七十二話 荒んだ心その十四
「こんな話さんかったな」
「誰ともな」
「それがか」
「ああ、こんなと会ってな」
それでとだ、井伏に話した。二人は今は自分達のクラスがある校舎の屋上にいる。そこで昼食後の一時を過ごしているのだ。
「変わったわ」
「それは何よりじゃな」
「ああ、ずっと心を塞いじょった」
「けど塞いだ心はのう」
「開いたらええか」
「開きたい時はな」
その時はというのだ。
「そうしたらええんじゃ」
「わしは開きたくなったのか」
「そうじゃ、暗く生きることもな」
それもというのだ。
「ないしのう」
「それでか」
「前を向くに越したことはないわ」
「そうか、それじゃあな」
「こっちの世界でもやってくか」
「そうする、昔のこと言う奴がおってもじゃ」
高校でもいるかも知れない、山本はこうも考えていた。中学時代に言われたことだが高校に入っても誰かが聞きつけて言ってくるかも知れないというのだ。
「気にせん」
「そうせい」
「こんなの言う通りにするわ」
「あと言われたことは忘れい」
井伏は山本にこうも言った。
「ええのう」
「ツレの親御さんに言われたことか」
「そんなことは忘れるんじゃ」
「相手の人も悪意で言うたんじゃないか」
「そうじゃ、悪意で言うてきても忘れることじゃ」
「些細なことか」
「そうじゃ、子供さんが死んで取り乱しちょったんじゃ」
井伏にもこのことはわかった、人間は大きな悲しみの前には我を忘れてしまうこともよくあることだからだ。
「そうしたものじゃからな」
「だからじゃな」
「忘れてじゃ」
「そのうえでか」
「そうじゃ、前に行け」
「こっちの世界でもあっちの世界でも」
「そうするんじゃ、ええな」
「わかったわ」
山本は井伏の言葉に頷いた、ここにだった。
玲子が来た、玲子は二人の姿を認めて言った。
「あんた達工業科だよな」
「そうじゃが」
「それがどうかしたんかのう」
「いや、ここの景色がいいって聞いて来たんだけれどさ」
玲子は二人にざっくばらんな口調で話した。
「体育科だけれどいていいかい?」
「別に断ることないじゃろ」
「そんな理由はないわ」
二人は玲子の問いにこう返した。
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