レッドサムライ達の女王
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レッドサムライ達の女王
前書き
某TRPGのカンパニーマンでは無い。念の為。
同時多発テロ後、米国大統領が宣言した『悪の枢軸』発言は、世界の安保関係者にとって米国の宣戦布告と受け止められた。
米国にとってやるならば勝てる戦争ではあるが、同時に勝たねばならない戦争でもあった。
なぜならば、統一戦争において米軍は大損害を受けており、その立て直しの途中でツインタワーとペンタゴンに飛行機が突っ込んだからである。
もはや敗北は許されない。
そういう意気込みでこの戦争を行うという宣言であり、それは他の同盟国にも正しく伝わっていた。
ユーロの本格流通が始まり統一欧州として力を発揮しつつあるEUは、独仏軍を中心に緊急展開部隊を結成。
来るであろうその日に向けて準備を整えていたが、仏国は米国のこの『悪の枢軸』発言に反発。
欧州として動かずに米欧間の隙間風を否応なく意識させることになった。
一方であのあたりに利権を抱えているだけでなく欧州間の主導権争いをしている英国は、嫌でも米国に関与せざるを得ず部隊の編成と準備に入っていたが米国が想定していた数よりもずっと少なかった。
そんな中、米国の次に兵力を出してきたのは日本だった。
「なぁ。そこの兄さん。
イラクに行くのかい?」
日本政府が用意した高速フェリー『ダイヤモンドアクトレス』号はペルシャ湾のバーレーンに錨をおろして人と物を降ろしている。
その船のデッキで煙草をふかしていたらふいにかけられた声の方を向くと、ロシア系女兵士が火の着いていない煙草を口に咥えていた。
ライターを取り出して彼女のタバコに火をつけてやる。
「ありがと」
彼女は笑う。
見ると自衛隊員では無く、今回も大量に動員された民間軍事会社の制服を着ていた。
その制服に光るのはもはや無くなった国の勲章。
それを見た彼女は笑う。
「こんなものでも傭兵にはいいハッタリになるのよ。
女だてらにこんな商売やっていると色々あってね」
流暢な日本語に彼女の生まれを察する。
それと同時に胸に飾られた、その色々を勲章が彼女の過去を物語っている。
『赤旗勲章』『クトゥーゾフ二等勲章』をつけているという事は、彼女が親衛空挺師団出身という事。
その横にあるのは、北日本政府の『自由戦士勲章』と『統一戦争参戦勲章』。
「あんたは統一戦争には出た?
出てない。
じゃあ、これが初陣かぁ……羨ましいわね。
勝ち戦が最初でさ」
煙草をふかしながら、彼女は笑う。
その笑みに陰があるからこそ美しい。
「統一戦争時、北海道に居てね。
あんたらのお仲間とドンパチをやったものよ。
まぁ、結果は知っての通りで、めでたく首になった私達は食っていくために傭兵になったという訳。
体を売るには血を浴びすぎたし、こんな体を買う人間もいないでしょうからね」
そういう場合、お世辞でも綺麗だと言われたいのだと察する事ができないと戦場では生きられない。
恋も戦場も基本同じ。
察するやつが生き残る。
お世辞に彼女は嬉しそうに笑った。
「傭兵になって最初の戦場がソマリア。
アメさんが匙を投げた所を日本が引き継ぐ形になったけど、あのあたりの海賊が無視できなくなったのと、あそこの漁場を日本の商社が狙ったとかで金払いは良かったわよ。
何しろ、北日本の人間、特に兵士なんて日本に居場所は無かったからね。
海上保険会社と日本商社が金主で三年ばかり居たかな。
ソマリアがおちついたのは、あたしらが殺しまくったおかげよ」
物騒なことを言うが、戦国時代もかくやと思われたソマリアの内戦は、旧北日本軍将兵という国内治安悪化要因を使い捨てる事で達成された。
事実、『アフリカ浪人』なんて言葉ができるぐらいで、最盛期には五万越えた彼らは今や自衛隊のお家芸となった効果的な戦術--海岸線近くにゲリラとその支援者を集めて艦砲で吹き飛ばす--を食らって文字通り消し飛んだのである。
「最初砲兵が居なくて苦戦したのよ。
で、なんとか砲の支援をとあちこちに泣きついて、手に入れたのがあの女王様って訳。
おかげで、あそこの悪人どもは決して海岸線の近くに出てこなかったわね。
モガディシュのドンパチも海からの砲撃に『神の怒りの声だ』って大騒ぎ。
今だから思えるけど、あれは楽しかったなぁ」
ついでに言うと、ベトナム時にそれを非難していた野党が中心となり統一戦争を勝利に導いた連立政権は、この一件で崩壊し政権交代に追い込まれたのだがそれは別の話。
今やソマリアはアジア向け漁業と紅海とインド洋の玄関口として、国連・日本・エチオピア主導で国家再建を目指している。
「次はコソボ。
NATOとロシアの下請けとして入ったけど、撃たなかったのは楽だったわね。
むしろ、緊張状態のNATOとロシアの仲介ばかりしていた覚えがあるわ」
米国が統一戦争での損害を回復できない中で発生してしまった、ユーゴ内戦を主導したのは欧州であり、それは地政学的にロシアとの摩擦を容赦なく引き起こした。
元東側で使い捨てができる彼らはここでも便利な駒として投入されたが、その報酬は米国民が死ぬよりも安いと米国が認識するのに十分だった。
「で、この間はアフガン。
カブールに一番乗りしたのよ。
あれはきつかったなぁ……
大砲で吹き飛ばせないってあんなに面倒なのかって思い知ったわよ」
同時多発テロを契機に多国籍軍がアフガンに介入した際に、すでに崩壊していた北部同盟軍に替わって傭兵部隊がアフガン武装勢力と戦っていた。
多国籍軍の航空支援はあったが、かつてのソ連と同じくゲリラに悩まされ未だ情勢は安定していないが、それでも彼女はここに居る。
それが何よりも次の戦場を示していた。
ソマリアでも、コソボでも、アフガンでも、日本人傭兵は雇い主に重宝され現地住民に慕われ恐れられていた。
金払いがよく、現地の風習に口出しせず、怒らせると容赦が無い。
何よりも、ベトナムから続く対ゲリラ戦術のプロで、そのゲリラの支援者もろとも吹き飛ばす戦術は非対称戦争でも有効だった。
そんな元北日本軍傭兵の事を誰が呼んだか知らないが『レッドサムライ』と呼び、今や世界の戦場を渡り歩くブランドになってしまった。
彼らはこの非対称戦争における勝利の女神であり、恐怖の代名詞なのだった。
「で、イラク。
私の傭兵家業はここで終わりさね」
彼女は写真を見せると、そこには二人の少女が写っていた。
多分娘なのだろう。
「上は中学で、下は小学。
仕送りしてやっているけど、寂しがらせたからね。
ここで稼いで、後は母にでもなるわよ。
けど、一番の理由はあれ」
そして二人して海を眺める。
そこには、彼女の女王が鎮座していた。
統一戦争後にソマリアに駆り出され、現地武装勢力から神の火として恐れられた戦艦大和。
退役して記念館に改造中だった彼女を引っ張り出したのは、政治だった。
イラクが相手だからいらないとは米軍も分かっている。
だが、米海軍は空母ミッドウェイを沈められた過去を忘れては居なかった。
ミサイルの多重飽和攻撃については、イージスとそれに連動した防衛システムで対処できる。
けど、統一戦争で大損害を受けた反応兵器巡航ミサイルの飽和攻撃について、解決手段をまだ作り出してはいなかった。
再建された米海軍および海外展開部隊を反応兵器で吹っ飛ばされる事は、戦争そのものを失いかねず、それを中東の独裁者は間違いなく理解していた。
だからこそ、象徴として、的として大和が出張ってきた。
それは、インド洋から西太平洋にかけての海上覇権を確立した日本が支払うコストと言ってもいいだろう。
また、作戦面から見ても、バスラを始めとしたイラク南部は英軍と共に自衛隊及び雇われた傭兵達が担当するので、現地民兵を怯えさせる象徴を傭兵たちが欲したのである。
それはこの戦争にかける米軍の意欲とも一致し、湾岸戦争時と同じ兵力がこの地に最終的に集結する予定だった。
「何でもここに来るためにあれ改造をしたんだって?
あの主砲が見れないのは寂しいけど、それで私達を助けてくれるのなら我慢もするわ。
ソマリアでもあの主砲に助けてもらったのよ」
米軍最新鋭駆逐艦ズムウォルト級。
その搭載砲の予定である、AGS155mm砲を大和は搭載していた。
射程118キロメートルは、イラク南部の要衝バスラをギリギリ範囲内におさめていた。
「だから、がんばって。兵隊さん。
私らはあんたらの後ろで稼がせてもらうからさ」
イラク戦争が始まり、バスラを含むイラク南部のゲリラ掃討は当初の予想以上に沈静化したのは、イラク軍の中にも湾岸戦争で大和の砲撃を食らった連中が残っていたのが大きい。
そして、戦闘終了後の治安維持任務において現地ゲリラは決して大和の射程圏内に入ろうとせず、安全地帯を確保できた自衛隊と英軍は彼らを確実に掃討してゆく。
あの夜会った女傭兵はバスラの戦いを最後に足を洗い、今は樺太で娘二人と暮らしているらしい。
後書き
思ったよりまともなのが出来てしまった。
イラク戦争に大和を持っていくけどいらないよねーという話の予定だったのだが、ズムウォルト級に搭載予定だった、AGS155mm砲の射程を見て、「あ、バスラにギリ届く」となって方向転換。
やっぱりソマリアという使い勝手のいい戦場があったのがでかいなぁ。
コストとかはひとまず無視の方向で。
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