堕胎坂
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第一章
堕胎坂
東京のその坂には奇怪な噂があった、その噂を大学で聞いて富阪旭はまずはこんなことを言った。
「そんな話があるのか」
「ああ、そうらしい」
友人の小坂健が富阪に話した、富阪は一八〇位の背で全体的に異様な風格がある、髪の毛はオールバックにしていて鋭い目と整っているが凄みのある顔は大学生というよりかは多くの修羅場をくぐった者に見える。小坂はむしろ富阪より長身で背筋がしっかりしている。面長できりっとした顔立ちで黒い髪の毛を短く刈っている。小さめのその目の光は強い。太いしっかりした眉が実に印象的だ。
その小坂がだ、富阪に二人が今いる大学の寮の中で話していた。
「あの坂にな」
「出るのか」
「そうらしい、しかもな」
「女の幽霊が出るんだな」
「坂の一番上にいて登って来る奴を凄い顔で睨んでくるらしい」
「へえ、そいつは面白いな」
富阪は小坂のその話に目を鋭くさせて言った。
「じゃあここはな」
「見てみたいか」
「ああ、そうなった」
実際にとだ、富阪は小坂に答えた。
「わしもな」
「そうか、しかしあんたな」
「何だ」
「東京生まれだな」
「そうだけれどな、寮にも入ってるしな」
自宅は東京にあるので東京の自宅に通えるがだ。
「祖父さんに言われたんだよ」
「元陸軍大佐だったっていう祖父さんにか」
「ああ、それでな」
「口調も祖父さんの影響か」
「そうだ、祖父さんは自分をわしと言っててな」
それでとだ、富阪は小坂に笑って話した。
「わしもなんだよ」
「そうか、うちはな」
「それは福岡の言葉だな」
「ああ、生まれのな」
そうだとだ、小坂も富阪に話した。
「それでだよ」
「そうだよな」
「だからこの言葉だがな」
標準語だが福岡訛りが強い。
「あんたは東京でもか」
「一人称はそれなんだよ」
「成程な」
「ああ、しかしな」
「その坂のことだな」
「面白いな、東京にそんな場所があるのか」
「七不思議とは別にな」
本所のそれとは別にというのだ。
「そうした場所もあるらしいな」
「わかった、じゃあその坂の詳しい場所を教えてくれるか」
富阪は小坂にあらためて言った、見れば彼は鷹揚な感じに座っているが小坂のそれはかなり真面目な態度だ。
「そうしてくれるか」
「ああ、それじゃあな」
小坂もその場所を教えた、しかし。
その話の後でだ、小坂は富阪にこんなことを話した。
「西鉄の話を知ってるか」
「西鉄ライオンズか」
「ああ、あの球団のことをな」
「確かあれだな」
富阪は小坂に応えこう言った。
「最近かなり強くなったらしいな」
「今年は優勝するかも知れないってことだ」
小坂は富阪にこう話した、彼の地元の球団のことを。
「三原さんが率いていてな」
「稲尾ってピッチャーが凄いらしいな」
「ああ、その稲尾が特に凄くてな」
「その稲尾は金田よりも凄いのか」
富阪は東京の球団の話を出した。
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