「…つまり、シュローも結構前からこの階層にいたのね。」
「ああ。同じ場所を堂々巡りをして、抜けたと思ったら入り口だ。」
「私達も散々迷ったわ。」
妙な緊張が走ったまま会話は続く。
「でも、チルチャックが変動の法則を見つけてくれた。」
「そうか…。」
「にしてもシュロー…、おまえ…。あれが例のツテかよっ!」
チルチャックが、にやけ顔で言った。
シュローの新しいパーティーメンバーは、女性ばかりだった。
「いい身分だな!」
「ただの身内だ…。」
シュローは、ファリンを見た。
ファリンは、ぷいっとそっぷを向いた。
「その…、パーティーを抜けて悪かった。」
「別に。もう過ぎた事よ。」
「ファリン…。」
「名前を、呼ばないで。」
ファリンの声に棘があった。
「できうることなら、あなたとは会いたくなかったわ。」
「…すまない。」
ギロリッとシュローを見るファリンと、シュンッと項垂れるシュロー。
そんな二人の様子に、チルチャックとマルシルは、ハラハラとしていた。
「しかし、まさか…、あの後すぐに、迷宮に潜るとは…、少々軽率では? また誰かが負傷したらどうするつもりだったんだ?」
「お言葉ですけど。この四人で炎竜を倒したんだから!」
「な……。」
「炎竜を……。」
「そ、それで! ライオスは!? っ…。」
その瞬間、シュローは、フラリッと膝をついた。
「シュロー?」
「坊ちゃん! 後生ですからちゃんと食事と睡眠をとってください! このままではお体がもちません…。」
マイヅルという袖が羽根の女性がシュローを介抱した。
「そんな無茶して……。」
「だからそんなやつれてたのかよ。」
「食事と睡眠は取った方が良い。」
「そんな暇は…。」
センシの言葉にシュローはそう答えた。
「ショロー。食事と睡眠は、暇だから取る物じゃないわ。」
ファリンがシュローに言った。
「睡眠を取って、食事をしないと。生き物はね、ようやくやりたいことができるようになるの。何か食べたら? その間に今までのことを話すわ。」
「……分かった。何か用意してくれ、マイヅル。」
「! はい!」
マイヅルは、嬉しそうに頬を染めていた。
***
人が多いとよくない。これは迷宮を探索する上で重要なポイントである。
例えば、魔物を呼び寄せてしまったり、変動を招いてしまったりするのだ。
大人数で探索できるなら、それに越したことはないが、一定人数でパーティーを組まなければならないのは、そのせいだ。
そのため、三組ほどに分かれた。
「それで…、炎竜を倒して、どうしたんだ?」
ファリンは、シュローとカブルーとで組んだ。
ファリンは、少し黙り、そして語り出した。
「炎竜を倒して、ライオス兄さんを体内から見つけたわ。」
「それで?」
「けど……、帰りに狂乱の魔術師が現れてはぐれた。」
「!?」
「これ以上は、私達の手に負えないから、補給と救援を求めるために一度地上に戻ることにしたの。」
「あの…、質問いいですか?」
カブルーが挙手した。
「狂乱の魔術師って、この迷宮を作ったという存在ですよね? 噂や存在は囁かれるものの、実際に見て戻ってきた人間はいない。なぜ、狂乱の魔術師だと?」
「それは……、言動がそれっぽかったのと、古代魔術を使ってたから。」
「古代魔術というと、黒魔術を?」
「ええ。本を開くだけで魔物を作り出して襲ってきた。あんな技…、見たことない。」
「なるほど。で、どうやってその場を免れたんです?」
「それは、仲間が頑張ってくれたから。私は気絶してたから具体的には知らないけど。」
「気絶してたとは?」
「兄さんに…、みぞおちをやられて。」
「? なぜ?」
「兄さんの様子がおかしかった。」
ファリンは、うつむいた。
「どうおかしかったんです?」
「頭を抱えて、ブツブツと、分からないこと呟いてた…。魔術師が何かしたのか…、それとも…。」
「それとも?」
「蘇生の時に、何かあったのかも…。」
ファリンがそう言うと、シュローがファリンの肩を掴んだ。
「触らないで。」
ファリンがその手を振り払おうとした。
「何をした…?」
「あなたには、関係ないわ。」
「関係ある!」
シュローは、ファリンの両肩を掴んだ。
「俺が何のために彼を探していたのか分かっているだろう!?」
「……やっぱり、そうなのね?」
ファリンの目が鋭くなる。
ファリンは、杖を握り、シュローの首に先を突きつけた。
「やっぱり、あなたを殺すべきだったかしら?」
「ファリン…!」
***
食事を作ったマイヅルがやってきた時、部屋の中では大変なことになっていた。
「坊ちゃん!?」
「なぜ、そんなこと!?」
「……ああ、するしかなかった。兄さんは、もう、自力で回復する力はなかった。確実性を求めるなら、それしかなかったのよ。」
「だからと言って!」
「ええい! 何があったのだ!?」
「すみません。僕達は何も。」
「黒魔術だ。」
黒子姿の女性・アセビが言った。
「こいつ、黒魔術を使って、魔物の血肉で、男を蘇生した。」
「!?」
「責任は…、私にあるわ。」
「黒魔術に関わった者……、理由や程度の差は関係ない! すべて大罪人だ!! 死ぬまで光の届かぬ場所で幽閉され、亡骸すら戻らない。西のエルフ達に知られれば、あいつが…、どんな目にあうか……。」
「迷宮の外に知られれば、でしょう? そして、あなたは、このことを誰にも話したりしない。…でしょう?」
「っ!!」
シュローがカッとなり、刀を抜いてファリンの肩に置いた。
「……あなたなら、どうしたの? 完全な骨になった兄さんを…、あなたなら、どうした?」
「……それは…。」
「いやー、ほんと。黒魔術なんておぞましいにもほどがある。」
そこにカブルーが言った。
「そこまでして蘇生するべき人だったんですか?」
そう言うと、ファリンとシュローがカブルーを見た。
「シュローさんが怒るのも当然ですよ。そんなまっとうじゃない方法使って生き返らせたって。リスクしかないじゃないですか。そのまま死なせた方が、その人にとっても…。」
「やめろ!」
シュローが怒鳴った。
「言いたいことは分かったから。それ以上はやめてくれ…。」
「……すみません。」
カブルーは謝った。
「あなたなら、同じ手段を選んだでしょうね。」
ファリンが言った。
「ファリン…。」
「だって、あなたは……。」
「ファリン! シュロー!」
そこへチルチャックが駆けてきた。
「まずいぞ! 調理組のところに魔物の群れが突っ込んで……。」
「……そうか。」
「今行くわ。」
「? おい、ファリン?」
「なに?」
「なにをしたんだ?」
さっさと出て行ってしまったシュローを目で追いつつファリンに聞いた。
「全部話したわ。」
「全部!!??」
「どうせ隠しても無駄だから。」
「どう見ても一番ダメだろー!!!!」
チルチャックが絶叫した。
「…元気出してください。彼も少し疲れているんですよ。」
「……違うわ。」
「っと言いますと?」
「怒って当たり前よ。私だって、もし彼の立場なら、怒ってたと思うから。」
「…そうですか。」
「それにしても、シュローが、諦めてなかったなんて思わなかった。」
「それは、どういう意味で?」
「彼はね…。兄さんのことを……。」
二人が部屋を出たとき、何かの笑い声が聞こえていた。
「ハーピー!?」
無数の人面鳥、ハーピーが、建物の屋根の上にいた。
シュローのパーティーメンバーや、カブルーのパーティーメンバーが戦っている。
待機しているマルシルのところに、チルチャックが来た。
「ねえ、チルチャック…、ファリンとシュローの様子が変なんだけど?」
「…あいつ全部話しやがった。」
「えっ!?」
「どうすんだ? あれが地上にバレたら俺達…。」
「分かってる。分かってるけど…。」
その時、二人の近くにハーピーが落ちた。蜘蛛の糸で絡められており、地上に落ちて首が折れピクピクと痙攣していた。
「シュローは怒っちゃいるが、問題ない。でも、問題は、他の奴らだ。…ちなみに、お前が黒魔術を使った証拠はどの程度残ってる?」
「魔方陣はもうクリーナーによって消えてたし…、ライオスの体と杖を念入りに調べられたらまずいかもってくらい…?」
「じゃあ、杖を燃やせ!」
「待って待って! 言っとくけど、その段階まで疑われたら、もう何やっても手遅れ…。」
その時。ハーピーではないものが落ちてきた。
シュローのパーティーメンバーである、忍者の女性が吐血して床に落ちていた。
「わーーーー!」
カブルーの仲間の一人が悲鳴を上げた。
「なんだ? あの魔物……?」
「ハーピーじゃない?」
その魔物は、ハーピーの何周りも大きいが……。
その手に、シュローのパーティーメンバーである、忍者の女性の一人を掴んでいた。
その魔物が顔を上げた。
「えっ…? ライオス?」
「えっ、えっ? うそ、うそ、うそうそ!?」
狼狽える者達を後目に、ライオス(?)は、無表情だった。
「ライオ……。」
シュローは、絶句していた。
「に……兄さん?」
ハーピーの群れを引き連れた、ライオスの下半身は、ドラゴンと鳥を合せたような大きなキメラの体となっていた。