永遠の謎
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165部分:第十一話 企み深い昼その七
第十一話 企み深い昼その七
そしてその代わりにだ。ワーグナーが来た。彼は整えた身なりでだ。急いで来てだった。
彼に対してだ。こう言ったのだった。
「まさか。御自身でとは」
「それはいけませんか?」
「いえ」
そうではないと答えはした。
「ただ」
「ただ、ですか」
「信じられません」
あの尊大なまでに自信家のワーグナーがだ。こう言うのであった。
「陛下御自身でとは」
「どうしてもと思いまして」
「どうしてもですか」
「はい、そうです」
穏やかに微笑んでだ。王はこう述べた。
「だからこそです」
「やはり。あのことで」
「詳しい話は後で」
少なくともここではというのだった。
「ここでお話するのも何でしょう」
「そうですね」
ワーグナーもだ。そのことに気付いた。今自分達が家の扉のところにいることをだ。つい忘れてしまっていたのだ。あまりにも驚いてだ。
「それでは」
「はい、それでは」
こうしてだった。王はワーグナーの屋敷に入った。お供の従者は別室で待たされてだ。彼はワーグナー、そしてコジマと共に応接間に入った。
そこも香水の香りが漂っている。そしてビロードの絨毯にロココを思わせる壁の絵画、それに紫の花、金と黒のソファー。そこに座ってだった。
ワーグナーからだ。王に自らコーヒーを差し出しながら述べた。
「あらためてようこそ」
「はい」
王も応える。それからだった。
王がだ。こう切り出したのであった。
「私はです」
「はい、陛下は」
「永遠に貴方と共にいることを望みます」
こうワーグナーに言うのであった。
「それが私の願いです」
「では」
「はい、ミュンヘンに留まって下さい」
王自らの言葉だった。
「是非共」
「そうしていいのですか」
「是非です」
言葉も心もぶれていなかった。全く。
「御願いします。これが私の願いです」
「そうですか。陛下は」
「だからこそここにも来たのです」
微笑み、そして切実さも入った言葉だった。
「この屋敷に。貴方の前に」
「私の前にも」
「その通りです。御願いできますか」
王はだ。またワーグナーに告げた。
「このミュンヘンに。これからも」
「そして何時までも」
「そうです。それは駄目でしょうか」
「いえ」
ワーグナーの返答は決まっていた。既にだ。
そしてその返答をだ。彼はその口で述べた。
「喜んで」
「そう言って頂けるのですね」
「いえ、私はです」
「貴方はですか」
「そうです。陛下と共に」
彼と共にというのだった。ワーグナーが、今の彼が王の言葉を断る筈がなかった。王なくして今の彼は存在できないからだ。
さもなければだ。これまでの様にだ。借金取りに追われて放浪する日々に陥る。その辛さは他ならぬ彼自身が最もわかっていることだった。
だからだ。彼は答えたのだった。
「このミュンヘンに」
「わかりました」
「そしてです」
ここでだ。ワーグナーはさらに言った。
「今私を悩ませていることですが」
「あの下らない噂ですね」
「全ては事実無根です」
ワーグナーは言った。嘘をだ。
「何もありません」
「そういえば」
ここでだった。王はようやくコジマに気付いた。実際に彼は女性に興味はない。しかしここでは気付いたふりもしてみせたのだ。
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