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人類種の天敵が一年戦争に介入しました

作者: C
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第10話

「まあまあ、司令官殿。せっかく向こうが来てくれるんだから、ここは派手にもてなすのが礼儀ってもんじゃない?」

 野良犬の言葉に真っ先に反応したのは、声をかけられたマ・クベではない。護衛部隊の隊長だった。

「馬鹿を言うな、敵は大隊規模だぞ!?」
「だから?」
「だかっ……!?」

 しれっと問い返す野良犬に開いた口が塞がらない隊長。呆れと驚きにつっかえながらも、なんとか言い切る。

「だから!? 大隊規模なら戦車30両は固い! こっちはザクが7機、補助戦力もない」
「だから?」
「だっ……から退くのが一番良いんだよ! 閣下の御判断に誤りはない!」
「一番良いのは敵を叩くことだろ? 司令官殿、提案があるんですけどね」

 らちが開かないと思ったのか、樽の頭がマ・クベの乗るザクⅠを向いた。

「私がお出迎えするんで、ジオンの皆さんは稜線の陰で見ててちょうだいよ」
「大した自信だが」

 マ・クベの乗機が周囲を見渡す。

「貴様の仲間が付近にいる様子もない。単独飛行を可能にするなど技術は認めるが、高速移動専用の機体で、しかも単機で戦えるのか? 今までとは違うのだぞ」

 ……何言ってんだこいつ。

 コックピットの奥で野良犬の眉が歪むものの、一拍置いてきれいに晴れた。

「ああ、そうか! そういうことか!」

 唐突に大声を出す野良犬。眉間のシワと共に疑問が解消されたのだ。

「なるほどな~、そう来たか~」

 一人で勝手に納得すると、野良犬は言葉を続けた。

「アナタタチ、カンチガイシテルネ。ワタシ、タタカウトキ、イツモヒトリ」
「なぜ片言」
「……いや、あまりに認識が違うものだから、実は言葉が通じてないんじゃないかと思って。……ヒョウジュンゴ、ワカル?」
「……」
「……困ったな、私は標準語以外だと母さんから教わったイタリア語と日本語しか話せないんだよな」
「言葉が通じてないのはお前だ! 敵が近付いて来てるんだよ!」

 横から噛みつくように怒鳴り付ける隊長に、野良犬は軽く手を振って追い払う。

「さっきからうるさいな、そんなの殺せば解決する問題だろ? 戦車30両だっけ? パスタ茹でる方が時間かかるし難しいんだぞ」

「貴様……ッ!」
「待て」

 憤ったあまり実力行使に出ようとしていた隊長を止めたのは、この場の最高階級者のマ・クベだった。


 現在マ・クベの護衛を務めている部隊は、常設の護衛部隊ではない。今日の『遠足』に際して適当に選んだ二個小隊である。ここで言う適当とは、そのまま言葉通りの意味である。すなわち、厳選した二個小隊だ。選抜基準は三つ。
 一つ、ギレン派、ドズル派ではないこと。
 一つ、機密保持評価が高いこと。
 一つ、野良犬のことをよく知らないこと。
 三つの基準の内、最後の条件がハードルを爆上げした。黒海制圧組は、野良犬というかリリアナのことをある程度知っている。ここから護衛を選抜すれば、その護衛自体がマ・クベの邪魔をすることは明らかだ。

 リリアナはぽんぽんと基地を攻略して、勢いで民間人ごと街を焼き払うようなヤバい連中なのだ。ジオン公国軍も開戦当初は派手にやらかしたが、戦争とはいえ、やりたくてやった大量虐殺ではない。海兵隊を始めとして多くの兵が罪の意識に苦しめられているのだ。一方で、少なくともリリアナのリーダーは鼻歌混じりでウィーンを爆砕した。そんな連中を自分達の縄張りに呼びつけるならともかく、小部隊だけを連れて勢力圏ぎりぎりで直接会うなど、頭がおかしくなったか気が狂ったかと判断されるのがオチだ。護衛も必死になって止めるだろう。
 だからこそ、マ・クベは護衛をコーカサス制圧組から抽出せざるを得なかった。彼らは黒海制圧組に比べて野良犬、或いはリリアナを知らない。マ・クベが敷いた情報統制もあって、リリアナのことを単なる反政府勢力だと考えている人間が大多数だ。彼らなら野良犬と会うことを止めはしない。見込み通りと言うべきだろう。護衛部隊は野良犬の強さと危険度について理解していなかったし、だからこそ野良犬と会うことを止めなかった。

 だが……情報を絞ったのはマ・クベ達だったが、その自分達ですら野良犬の危険度を読み違えていたのではないか? そう思わせる一言が、片言の中に混じっていた。

「……野良犬、幾つか聞きたいことがある」

 マ・クベの声は意図的に抑えた平坦なものだったが、それに気付いているのかいないのか、野良犬の声はあっけらかんとしていた。

「なぁに? 美味しいパスタの茹で方? それともラビオリ?」
「食も文化だ、興味がないわけではないが……」

 慎重に、探るように。マ・クベの気合いが伝わっているのか、心持ちザクⅠのモノアイも明るさを増しているようだ。

「そうだな……パスタを茹でると言っていたが、料理が好きなのか?」
「好きだねぇ」
「母親から教わったのか?」
「いや、母さんは料理下手だから。自分で覚えたんだ」

 連邦軍が迫っているというのに、暢気な会話を続ける二人。部下達が何も言わずに黙っているのは、部隊用の秘匿回線でマ・クベから状況を見守るように伝えられているからだ。五分や十分で致命的な事態になるわけではないとはいえ、敵が近付いているのに棒立ちというのは、嬉しくもなければ楽しくもない。当たり前だが逆だ。
 ジオン公国軍は連戦連勝を続けているとはいえ、連邦軍の主力戦車、61式戦車5型の火力は侮って良いものではない。主砲は口径155ミリで二連装、宇宙を席巻したモビルスーツといえど、直撃すれば一撃でやられてしまう。射程も、ザクの武装とは桁違いだ。近距離戦闘を志向するザクとは違い、本来であれば、ザクが気付かぬほどの遠距離攻撃が可能なのだ。突っ立っている今はなおさら良い的である。それを考えれば、内心はどうであれ表面的には平然と雑談を続けていられるマ・クベの胆力は尊敬に値する。
 もっとも、マ・クベも内心では焦りに焦っている。部下達とは違う意味で、だが。やがて雑談は、マ・クベにとっての本題を迎えた。

「そう言えば、昨日は連邦軍相手にずいぶんと活躍したようだが」
「うん」
「こういうことを面と向かって協力者に言うのは心苦しいが、戦果確認が曖昧なのでな、この件については報酬が低くなると覚えておいてくれ」
「いや、あれはたまたまかち合っただけで、こちらが勝手にやったことだからねぇ。降下支援とは関係ないし、無報酬で良いよ」

 ずいぶんと太っ腹なことを言う野良犬だが、肝はそこにはない。この次が正念場なのだ。

「だが、貴様は無事のようだがリリアナにも損害は出たのだろう? 相手は軍団規模と聞いているが」

 野良犬の仲間の死を残念がるように演じるマ・クベに対し、野良犬は苦笑しながらあっさりと答えた。

「私は単独行動だから損害ゼロだよ。さっきも言ったけど」
「……そうか。それは良かった、と言っておくか」

 口調こそ然り気無いものだったが、操縦悍に置いたマ・クベの手は震えていた。野良犬が嘘をついていないとわかったからだ。
 話をしてみてわかった。いや、最初に通信したときに確信していたではないか。野良犬は子供だと。子供であることと嘘をつかないことはイコールではないが、ここで言う子供とは、人間性が幼いという意味もあるが、どちらかというと未熟という意味が強い。野良犬は相手を撹乱したり自分に都合が良いように、さらりと嘘をつけるような人間ではない。
 そんな嘘をつけない野良犬は、片言でなんと言っていたか。戦うときはいつも一人と言ってはいなかったか。つまりオデッサを攻略したときも、オデッサの市街地を焼き払ったときも、セバストポリを攻略したときも、ノボロシスクを攻略したときも、連邦軍三個師団を皆殺しにしたときも、ウィーンを更地にしたときも、野良犬一人。たった一人。
 たった一人ですべて叩き潰してきたのだ。信じがたいことではあるが、野良犬の反応は嘘をついている人間のものではない。
 中将たるマ・クベの下には、都市の人口に匹敵するだけの人員がいる。その全てをマ・クベが直接管理するのは不可能なので、要所に心利いた部下を配置するのが……配置するのも、マ・クベの役割ではない。組織人たるマ・クベの役割とは、ぎりぎり現場に関与できる範囲で言うなら部下を選ぶ部下を選ぶことである。意味不明寸前の表現になっているが、事実そうなのだから仕方ない。本来なら机の前こそが彼の戦場であり、直接現場に関与することなどない。現場を部下に任せるしかない以上、マ・クベの立場は確かな人物鑑定眼なくして務まるものではない。
 そのマ・クベの眼から見て、野良犬は間違いなく事実を話している。情報そのものの正誤はともかく、野良犬自身の言葉に裏も含みもない。

 目の前にいる樽は、途方もない化け物なのだ。

 ひどい目眩と吐き気に襲われたマ・クベだったが、どうにか醜態は晒さずにすんだ。総司令部の司令官室で聞いていたら卒倒したかもしれないが、モビルスーツに乗って部下に囲まれているという状況が、マ・クベの現実逃避を許さなかったのである。

「……野良犬、話はここまでにしよう。敵が近いようだ。我々は言う通りに高みの見物とさせてもらう。任せて良いのだな?」
「そんな大事じゃないって。すぐ終わるよ」
「……わかった。全機、移動を再開する。北に4キロメートルほど移動して、地形に沿って機体を隠せ。現地での詳細な配置は01に任せる」
「閣下!」
「司令!」

 戦闘の見える位置に残るというマ・クベの決定に部下達が一斉に騒ぐが、腹を括ったマ・クベを翻意させることはできなかった。

「私は奴を見るためにここに来たのだ。手ぶらで帰ることは許されんのだよ」
「戦いぶりを見るだけなら観測要員で充分です。閣下が不要な危険を冒す理由にはなりません!」
「犬を使うなら、犬になつかれなくてはならん。飼い主への信頼は必要不可欠だぞ」

――首輪の着けようもない狂犬なら尚更な。

 マ・クベはヘルメットの奥で末尾の一言を呑み込んだ。

 
 

 
後書き

ロマサガ3

カタリナで4週目に突入

髪が戻りません

負けないもん

 
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