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彼願白書

作者:熾火 燐
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逆さ磔の悪魔
  ゼロ・アワー

「さて、そろそろネ。」

金剛は突如、そう言って手を上げ、ハンドサインを出す。

「正気ですか?」

今まで遅滞戦闘をしつつ、『蒼征』のほうへと向かっていたと思えない指示に、赤城は目を疑う。
反転、攻撃開始。
金剛は確かに、そう示したのだ。

「本気も本気、一点も嘘はナイネ。確かに、私達は後進した。デスガ……」

『こちら武蔵!こっちは扶桑、山城共に砲門射程内!』

「金剛、あなたまさか……」

「誰が、逃げると言ったのデスカ?」

赤城は久方ぶりに金剛が浮かべる笑みに、ゾクリとした。
味方をも欺いて扇動して、本気で遅滞戦闘させて、リバースド・ナインから第二艦隊の姿を眩ましたのだ。

「武蔵、逃がすでないネ。奴は完全に頭からズッポリと罠にかかった。このまま押し潰す!」






「第一艦隊が動きを止めた……いや、反転した!?提督!」

「撤退を装ってリバースド・ナインを引っ張り、第二艦隊をぶつける。まぁ、そうするな。」

壬生森はここに来て初めて、頬を上げた。
楽しい、という感情を外に漏らすなど、熊野は何度見ることがあっただろうか?

「そんな!?ブルネイは私達との合流による反撃を目的としたのでは!?」

「私が、そんなことを、いつ言ったかね?」

ブルネイが考えたことは、退却でも、合流でもない。
リバースド・ナインの目を完全に眩ませて、完全に罠にハメる。
そのためにあの艦隊は、リバースド・ナインに、この戦いを我々まで巻き込んだ総力戦に、見せかけた。
そして、リバースド・ナインが目を眩まされた瞬間を、あの第一艦隊の旗艦は見切ったのだ。
後背に置いていた第二艦隊の姿が見えなくなるタイミングを。
最前線にいなければ、そのタイミングを掴めはしなかっただろう。
リバースド・ナインはこの瞬間、負けたんだ。

そこまで言って、壬生森は内ポケットから缶箱を出して、中から飴玉をひとつ手にして、口に放り込む。

「待ってください!では、それこそ最初に懸念していた空振りにはなりませんか!?」

「いや、今を持ってしても、まだアイツを完全に捕らえ切れてはいない。捕らえるには、もう一押し、二押しが必要だ。」

まず一押し目、と壬生森は指を鳴らす。
一押し目はすでに、海上にある。





「鈴谷、もうそろそろ出番かしら?」

「霧島がイケるなら、任せるよ。」

問う霧島に、鈴谷はニコリと答える。
鈴谷は既に理解していた。
自らの役割は、率いている猛者達の手綱を握ること。
鈴谷はとりたてて、戦術観などを持ち合わせてなどいない。
ならばどう率いていくか。
彼女達の実力を信じることだ。
それが、鈴谷の決めた方針だった。

「姉様、一番槍は頂きます。」

「Go Ahead.」

この姉妹に、この期に及んで必要な会話など無い。
互いに互いが出来ること、出来ないことをわかっているのだ。
そうしてこの姉妹はいくつの海を越えてきた。
今日の海も特別なことはない。
霧島は、なくさないように、眼鏡を胸元にしまう。
初撃だけは、どうしても、この目で直に見なければいけないという制約。
しかし、それだけで彼女は、あることが出来る。
レーダーも利かない、届かない、そんな相手をただ一隻だけ明確に捉えて、例えそれが地球の裏側にいたとしても、そこが例え因果地平の彼方であったとしても、狙撃する。
そんな幻想染みた攻撃が、彼女の切り札のひとつ。

「距離、速度……よし!全門、斉射!」

斉射、というには遅く、バラバラな発砲。
距離も明らかに射程外、特別な砲塔を積んでいるわけでもない。
だがしかし、どうあっても霧島の砲弾は、リバースド・ナインに届く。
既に霧島は、命中するという結果を掴んだから。
霧島の砲撃は、そういうものなのだ。
命中する、という未来を確約された砲撃。
この砲撃が、彼女を彼女たらしめているモノ。

「次弾装填!」

霧島は、艤装の砲塔が次の発射準備をしている間に眼鏡を掛け直す。
もう既に見えているのだから、わざわざ、見直す必要はない。

「このまま圧迫し続けます。」

「オッケー、ガンガンやっちゃって。」

鈴谷は、迷い無く、ゴーサインを出す。
現時点で打てる、一番の有効手がこれだということくらいは、鈴谷もわかっている。
その上で次なる手を考えるのが、鈴谷の仕事だ。

「空母各員、攻撃隊発艦!全力で叩いて、アイツの身動きを止めるよ!」





「ヒュゥ、見ろよ木曾。坊ヶ崎、って感じだ。」

「いや、ありゃレイテだな。ここまで袋叩きにしてんのに、まだ耐えてやがる。」

「いや、あれはデンマーク海峡でしょう。たった一隻を相手に総力戦を仕掛けてるのですから。」

砲弾、爆弾、機銃弾に魚雷までしっちゃかめっちゃかに駆け回る有様を遠目に見て、天龍達は、有り体に言えば、ドン引きしていた。
ここまでの火力を叩き込まれて、未だに戦闘状態を維持しているのが、たった一隻の空母だというのだから。

「さて、そろそろ高度をギリギリまで落としてくれ。ここで飛び降りる。」

木曾の言葉に、パイロットはサムズアップだけして、機を一気に下降させる。
サイドハッチを開けば、すぐ下に高波がうねる海面が見える。
戦闘の余波で明らかに掻き回されて泡立つ水面が、眼下を流れていく。

「じゃ、ケリ着けに行こうぜ。」

天龍が一番最初に背中から飛び降りる。

「よーっし、やったんで!久しぶりの大物狩りじゃ!」

「大物も小物もありません。倒せ、という命令があるだけです。」

「相変わらずクレバーだなぁ、不知火。」

「激情家が、自分を抑え付けてるだけでしょう。」

次々に順番だって浦風達が同じように飛び降りていく。
最後に木曾が飛び降りて、海面に着水する。
ヘリは控えていた作業員がハッチを閉めると、Uターンして離脱していく。
彼等の無事な帰投を祈りはするが、すぐさま、前を向く。
祈る以上のことは出来ないのだから、心の内で祈ったなら、そこで終わりだ。

「お前ら!遠距離雷撃が命中すると思うな!奴が見てから対応出来る魚雷は絶対に通らないと思え!」

その天龍の言葉で、陽炎達は既に、天龍の指示を想定している。
ケース別の攻撃パターンを想定出来るだけ全てリストアップし、これから何をすべきか、既に体に叩き込まれている経験則が、彼女達を動かしているのだ。

「頭の上には構うな!走れ!」

天龍の命令は、極めて簡潔なもの。
故にこそ、彼女達の動きに一切の迷いはない。
上空のことは、鈴谷達に任せるという割り切りがあるから、彼女達は速いのだ。
波を越え、降りしきる砲弾と爆弾の水柱を突き破って、『彼女』の影へと向かって。
正直に言えば、水柱を避けて進むほうが速度は出る。
だがしかし、敵味方問わずに砲弾と爆弾が飛び交い、航空機が墜落し、破片が降り注ぐ状況では、そうも行かない。
一番の安全策は、『同じところにはほとんど落ちない』という確率を信じて、既に落ちたところを駆けること。
故に、まだ崩れていない潮の巨塔すら突き破って進んでいるのだ。

「主砲、有効射程圏内捕捉!」

「捉え次第、撃ち方始め!」

弓を持つ影はすぐそこ。
陽炎の発砲を皮切りに、次々と彼女達の攻撃は口火を切る。
影の彼女は、初撃を力場で反らし、射撃を躱しながら後退しつつ、弓に矢をつがえて、浮かべた黒い霧を穿つ。
矢に穿たれたそれは、数多の航空機となって陽炎達を迎撃するハズだった。

「させるかよ。そのやり口は、二十年くれぇは前に見たぞ。」

霧が引っ張られ機影に変わる、その瞬間を狙って、一閃が走る。
黒い霧を、抜刀した勢いのまま切り上げ、両断し、吹き飛ばす。
どう間合いを詰めたのか、木曾がまさに眼前にまで迫っていた。

「終わりだ!」

返す刀を袈裟斬りに振り下ろす。
いや、振り下ろした。
捉えていた彼女の肩ギリギリのところまでは。

「ふざっ……けんな!」

よりにもよって、弓なんかで止められた。
確かに、多少は機械的になっていて、少しは強度があるかもしれない。
しかし、木曾の思い切り振り下ろした袈裟斬りを受け止められる強度などあるわけがない。
そもそも、片手で持っている弓で受けられるほど、木曾が振り下ろす斬撃が弱いはずもない。

だからこそ、木曾はこうなった原因を絞れた。
つまりは、彼女の持つ弓は、ただの弓ではなく、あの空母は、木曾の斬撃を受け止めるほどの筋力と反応速度を持っているということ。
それだけでも、驚嘆に値する。

「こいつ、やるな!」

鍔迫り合いにはならず、彼女が弾いたのに合わせて後ろに滑り下がるのを木曾は追う。
そこを待ち構えたかのように、彼女は手首を返し、弓の突端を木曾の腹に目掛けて突き出す。
木曾はそれを、体をひねるようにして無理矢理避け、尻餅を搗きそうになりそうな状態から転がるように離れて、バランスを取り直す。
そこに目掛けて、彼女は直ちに弓を構え直し、矢をつがえて射る。

「ちっ!」

木曾は撃ち込まれた矢を一閃して弾く。
ここまで一人に徹底した追撃をするということは、つまり、他への攻撃が薄くなるということで。
彼女が弓を後ろ手に振り抜いたところに、天龍の剣が激突する。
天龍の背中からの胴抜きは確かに防がれた。
だがしかし、それは、天龍の剣を全て防いだとは限らない。

「おせーよ、ノロマ。」

弓を持った右手が、二の腕から落ちる。
背中から花咲いたように、血が噴き出す。
背中に深々と切り込まれた傷は、背骨すら裁っているだろう。
そして、右手の弓が落ちたことにより、止められていた天龍の最後の一太刀は振り抜かれ、彼女の胸を横薙ぎに切り裂いた。

彼女が倒れる。
空を仰ぎ見る瞳には、雲間を落ちてくる流星。
水の中に沈む耳には、波間を駆け抜ける晩鐘。

彼女のゼロアワーは、既に決まっていた。

「3,2,1,ドカンだ。」

全てが直撃し、ひとつの巨塔が彼女を飲み込んで。
そうして、彼女の姿は消え去った。
 
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