勇者のメイド
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結婚
「主任、結婚してください!
幸せにする自信は全くありませんが、僕が幸せになる自信はあります!」これが僕のプロポーズだった。
玉砕覚悟のプロポーズだった。
一度、仕事でミスした僕を慰めようと主任が僕を飲みに連れて行ってくれた事があった。
主任はその美しさもあり、毎晩のように接待の席に引っ張りだこだった。
だが主任はザルだった。
どれだけ飲んでも酔った姿をみせた事はなかった。
スケベ心で主任を酔い潰そうとする得意先の男共は悉く自分達が酔い潰れていった。
酒豪である主任と逆に僕は下戸だった。
主任に飲みに連れて行ってもらってお酒が飲めない僕は前後不覚になる失態をおかしてしまった。
「少し横になった方が良いわね、戸村君歩ける?」
戸村とは僕の苗字で後に主任の苗字にもなる。
「主任ごめんなさい~!
僕が腑甲斐無いばっかりに主任にトラブルの処理してもらって、主任に関係各所に頭を下げてもらって、こうやって介抱までしてもらっちゃって・・・」
「別に戸村君が気にやむ事じゃないわ。
関係各所に頭を下げるついでに新しい仕事を3つもらったからね。
覚えておきなさい。
『ピンチこそ最大のチャンス』なのよ。
追い詰められた時こそ人間性が色濃く出るの。
そういった時の態度を得意先はけっこう見てるのよ。
その態度を見て『コイツは肝がすわってる、仕事を一つ任せてみようか?』なんて思うモンなのよ。
ピンチをピンチのまま終わらせてはダメ。
ピンチをさらに広げてさらに大きなピンチにするのなんて問題外よ・・・今回みたいにね」
「・・・申し訳ありません」
「ミスはあるものよ。
私だってミスは必ずする。
そのミスをミスと感じさせるかさせないかが『仕事が出来るか出来ないか』の違いなの。
・・・って酔ってる人にする話じゃないわね。
あ、ビジネスホテルよ。
あそこで横になりましょう」
「じゃあ、ベッドに横になっててね。
シャワーは浴びても良いけど、もう少し酔いが醒めてからね。
じゃあ私、シャワー浴びて来るわね。
当たり前でしょ?
私だって女なのよ?
酔い潰れた男の人を真夏に肩を組んでここまで引っ張ってくるだけで、汗だくよ。
シャワーくらい浴びさせてよ」記憶があるのは主任のこのセリフまでだ。
僕はベッドに横になった後の記憶がない。
朝目を醒ます。
頭が重く痛い。
二日酔いだ。
それとは別に首回りがこっている。
枕が低すぎたのか。
僕は何を枕にしていたのだろう?
僕は暗闇の中、ペタペタと自分が枕にしていた物を触った。
誰かが枕元の灯りをつけた。
「おはよう」隣で主任が言う。
僕がペタペタ触っていたのは主任の腕だったのだ。
つまり僕は主任の腕枕で寝ていたのだ。
「ごめんなさいね。
ビジネスホテルの枕が合わないのかうなされていたから・・・試しに腕枕してみたら穏やかな顔になったから、しばらくそのままにするつもりだったんだけど私も朝までグッスリ寝ちゃったみたいね。
安心してね、やましい事は何にもなかったから」
それは男のセリフだろう。
どうして主任は僕が貞操を気にしてると思ったんだろうか?
いや童貞だけど・・・だけど別に貞操を大事にして23歳まで童貞だった訳じゃない。
因みに主任は二つ歳上の25歳だ。
そんな話は一切関係なく結果的に童貞・・・と言うだけの話だ。
「いや主任の事、信じてますから」アホか、男女逆のセリフだろう。
この時、有耶無耶になりそうだった二人の関係で「責任を取らなきゃいけない」と主任から交際を申し込んできて僕と主任の交際がスタートした。
主任のリクエストは「いつも弁当は自分で作っているの?
一度戸村君の料理を私に食べさせてもらえない?」というものだった。
それからデートの度の弁当作りは僕の役割りになった。
「趣味は料理、掃除、洗濯・・・家事全般か。
男にしておくには惜しいな」友人は言ったが、本当に失礼な話だ。
別に僕に対して失礼な訳ではない。
「家事が女の仕事」という考え方が女性に対して失礼なのだ。
主任は「会社では『主任』と呼ぶのはしょうがないけど二人っきりの時は名前で『勇気』って呼んで」と言った。
主任はスレンダーな体系だ。
あまりグラマーな体系ではない・・・というか、天に二物も三物も与えられた主任の唯一の欠点は「胸が小さい」という事だ。
いや、胸が小さい女性が好きな僕には胸が小さいのは欠点ではないのだけど。
僕は軽くみられているのだろうか?
いや軽く見られているというより「部下と付き合っている」という主任の言葉が信じられていない・・・男避けだと思われているのだろう。
僕の前で堂々と主任を口説く得意先の人もいた。
主任の態度は堂々としたもので「彼氏の前で平気で女を口説く・・そんな方とまともな話が出来るとは思っておりません。
そして何より、商談中に女を口説くなどと言うのは正気の沙汰とは思えません。
会社の方に正式に抗議させていただきます」と言って僕を連れて得意先から帰ってきた。
情けない・・・彼女を守るのは彼氏の役割だろう。
僕は主任に守られてばかりだ。
たとえ得意先の人が相手でも毅然とした態度で「僕の彼女なんですよ、手を出さないで下さい」くらい言うべきだろう。
なのに愛想笑いでヘラヘラして彼女に守ってもらっている。
こんな事では愛想を尽かされてしまう。
そして思いついたのが冒頭のプロポーズなのだ。
「気持ちは嬉しいけど今は仕事も大事なの。
結婚はまだ良いかな?」そう主任に言われると思っていた。
大事なのは「あなたの事を結婚を考えるくらいいつも考えてますよ」と主任に伝える事だ。
煮え切らない態度で愛想をつかされないように気持ちを伝えるためにプロポーズしただけだ。
「謹んでプロポーズをお受けします」主任は予想外の返事をした。
しかも行動が早かった。
次の日には「寿退社します」と会社に辞表を出していた。
「中途半端な事はしたくない」と主任は家事に専念するそうだ。
主任の両親は主任が小学校の時に離婚したそうだ。
両親は共働きで、両親が離婚してからは母親についていったが、忙しそうに働いている母親しか記憶にないそうだ。
結婚したら生まれてくるかも知れない子供のためにも家庭に入る事を決めていたという。
会社の課長を始め多くの会社の上層部の人達に「辞めないでくれ、考え直してくれ」と主任は言われたらしい。
主任が「会社に残って欲しい」という話に聞く耳を持たないので会社は僕に嫌味を言うようになった。
「お前が家庭に入る訳にはいかないのか?
彼女を失うのはわが社にとって大損害だ」課長はそんな事を言うが、よく自分の会社の社員に向かって「お前がかわりにやめろ」なんて言えるもんだ。
でも僕も「主任が会社を辞めるのはもったいない」と思う。
でも主任の言う「私が中途半端な事出来ないの知ってるでしょ?
私が結婚生活と仕事を両立できるとは思えないわ。
だったら家の中の事を間違いなくやった方が薫君のためにももし子供が出来た時にもその方が良いでしょう?」と言う話も一理ある。
でもその理屈で納得するのは、家族になる僕だけだ。
あ、薫というのは僕の名前だ。
両親以外で名前を呼ぶのは主任だけだ。
「戸村君」と主任は僕を呼んでいたが「自分も『戸村』になるから」と僕の呼び方を変えた。
主任の送別会は華々しく行われた。
「いつでも戻ってきて良いんだからな、いつ離婚したとしても会社は受け入れるからな!」よくそんな話を僕の前でするもんだ。
今日で主任の出勤日は最後だけど結婚式は週末だ。
つまり主任は何日かは独身生活を満喫できるのだ。
やはりというか主任は散々酒を飲まされたが全く酔わず僕は少し飲んだだけで泥酔していた。
気分が悪くなった僕は、外の空気を吸うために表に出た。
主任は外に出た僕の保護者のように僕と一緒に送別会が行われている居酒屋がある雑居ビルの階段を僕を抱えるようにして肩を組み降りて外に出ようとしていた。
僕はフラついて階段を踏み外して転げ落ちた。
僕を支えるように肩を組み一緒に歩いていた主任は僕と一緒に階段から転げ落ちた・・・はずだが全く痛みはない。
階段から落ちる瞬間、僕はきつく目を閉じたので何で階段から落ちて痛くないのかはわからなかった。
目を開けた時、僕は中世の王城の玉座の間のような場所にいた。
玉座に座る王は言った。
「よくぞ参った!異世界の勇者よ!」
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