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西行と義経

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第六章

 義経は逃げる中館の方を振り返って言った。
「危うかったな」
「はい、まことに」
 弁慶が義経に応えた。
「あと少し遅れていれば」
「我等は皆死んでいた」
「そうでありましたな」
「しかしな」
 ここで義経は自分と共にいる西行に顔を向けて彼に言った。
「お主をのお陰で助かった」
「有り難きお言葉」
「お主を信じてよかった」
 お陰で主従だけでなく妻子も助かったとだ、義経は述べた。
「無事にな、しかしな」
「しかしといいますと」
「私は兄上と太郎殿を信じていたが」
 衣川での戦までだ、義経はそうしていたのだ。
「だが裏切られた、しかしお主を信じてな」
「そうしてですか」
「助かった。信じていたが故にな」
 西行、彼をというのだ。
「思えば法皇様も信じていたが」
「我等は今もですな」
「当然だ」
 義経は弁慶にも答えた、そして彼に今も仕えている者達にも。
「お主達を信じずにいてどうする」
「左様ですな」
「しかし。信じていてもな」
「裏切られることもあれば」
「助けてもらうこともあるのだな」
「それは人によりまする」
 西行は瞑目する様になり思案の色を見せた義経に述べた。
「信じられる方もおられれば」
「信じられぬ者もか」
「いるのです」
「そして兄上はか」
「残念ながら」 
 西行は畏まり目を閉じて答えた。
「信じられぬ方かと」
「左様であるか」
「はい、ですが今判官殿と共におられている方々は」
 弁慶や他の家臣達はとだ、西行は義経に話した。
「信じられるべき方です」
「そうであるな、今もついてきてくれているからな、そして」
 義経は西行の言葉を受けてそうして述べた。
「そなたもであるな」
「拙僧もですか」
「だから私を助けてくれて道案内まで申し出てくれている」 
 義経は西行に微笑んで話した。
「何もなくなった私をな」
「そう言って頂けますか」
「私は信じていけない者を信じてこうなったが信じるべき者を信じて救われた」
 そしてと言うのだった。
「面白いことだ、信じるべき者は選ぶべきであるな。遅くなったがわかった」
「左様でありますか」
「うむ、そしてな」
「これより」
「蝦夷までの案内を頼む」
「それでは」 
 こうしたことを話してだ、そのうえでだった。
 西行は義経を蝦夷まで案内して彼を安全な場所まで導いてだった、その場で彼と別れ本朝まで戻った。そうしてごく親しい者達にだけこのことを話したが。
 その彼等は義経の話を聞いて西行に笑顔で話した。
「それはまことによきこと」
「判官殿が助かったことは」
「うむ、よく助けて頂いた」
 こう言って西行の誰にも言えぬ功を讃えるのだった。
 西行が源義経と会い彼を助けたことは逸話にも見られない、何時何処で誰が言ったのか書き残したのかもわかっていない。だがこのことが本当ならば西行は義経を惜しいと思い彼を救い彼が蝦夷まで逃れたことは真実となる。そうであればいいと思う人は今の時代でも多いであろう。源義経という人がその悲しい結末を実際に辿っていて欲しくがないと思うが故に。筆者もこの話が真実であればと思うが故にここに小説という形で書き残すことにした。願わくばあの英傑が蝦夷に逃れていて欲しいものである。


西行と義経   完


                 2018・5・9 
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