ラジェンドラ戦記~シンドゥラの横着者、パルスを救わんとす
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第三部 原作変容
最終章 蛇王再殺
第三十八話 宝剣降臨
「ちょ、ちょっと待って下さい!」
俺たちがエクバターナからデマヴァント山へ出発しようとしているところにようやくジャスワントがシンドゥラから戻ってきた。
「まったく、何で私が戻るのを待たずに出発しようとしてるんですか!」
「ああ、つい、何となく」
「何となくじゃありませんよ!これらが無ければ困るのでは無かったのですか?」
ジャスワントは俺、バハードゥル、ジムサにシンドゥラ王家の宝物庫から借りてきたそれらを投げ渡した。
「おいやめろ、投げるな。投げていいもんじゃないだろ、これもそれも」
「落としはしないだろうと思ったまでです。このまま出掛けるんですね?でしたら、私は馬車で休ませて貰いますんで!」
ジャスワントは足早に馬車に乗り込んでしまった。マイペースな奴め。まあ、これらの品を借り受けるのは国外追放になってる俺や、俺と共に出奔してしまった形になってる諜者たちには無理だからな。宰相の息子で、宰相から「いつ帰ってきてもいい」とお許しを頂いているジャスワントで無ければ無理な仕事だった。それを成し遂げてくれたジャスワントには頭が下がる。が、見えるところで下げるつもりはない。多分、伝わっているはずだから。
今回のデマヴァント山行きに同行しているのは、アルスラーン、ダリューン、ナルサス、シンリァン、エラム、アルフリード、ギーヴ、ジャスワント、ジムサ、クバード、バハードゥル、ラクシュ、パリザード、レイラ、フィトナの十五人だ。原作でのこの旅に居る顔、居ない顔、原作では居ても陣営を異にしている者と様々だ。その他騎兵三千が先行し、デマヴァント山周辺を封鎖している。
道中にはアルスラーンにルシタニアの現状について話した。
「そんな訳でルシタニア本国には御年八歳の傍系の王族男児が残って居てな。それをドン・リカルドと言う騎士を中心に何人かの大人が補佐する形で政が行われることになった。ドン・リカルドはエステルに感謝していたな。『お陰で多くの者が生きてルシタニアの地を再び踏むことが出来たと。今後は他国に出ることなく、この地を世界で最も美しく豊かな土地とすることに専念する。エステルにくれぐれもよろしく』だそうだ」
「そうか、何とか落ち着きつつあるのだな。それは良かった」
心根のまっすぐなドン・リカルドが生き残ってて良かった。オラベリアが生き残っていたんだとしたら、彼の場合は復讐心の方を強く持っただろうからな。
しかし、デマヴァント山の山中に入ると話をしているどころではなくなった。半刻ごとに天候が変わり、激烈な横風、滝のような雨に苛まれるに至っては岩棚に身を隠して休息を取るしか出来なくなった。そんな過酷な二日間の果てにようやくデマヴァント山北辺の英雄王カイ・ホスローの陵墓に着いた。
「いやいや、こんな過酷な道のりを、昔は王が即位する度に大将軍や諸国の王は乗り越えてここに辿り着いていたのかねぇ、実にご苦労なことだ」
ギーヴが呆れたように漏らす。
「だから、何代かたつと諸国は名代を出すだけで王自身は行かなくなったそうだぞ?オスロエス王の代から儀式が行われなくなって、むしろ快哉を叫んだ王の方が多いかもしれん。さて、アルスラーン殿、口上は何でもいい。とにかく、誠意を込めてルクナバードを呼んでくれ」
「了解しました、ラジェンドラ殿。皆は少し下がっていてくれ」
「よし、俺もつきあうぞ、アルスラーン殿」
「ラジェンドラ殿?」
「ルクナバードには俺にも言いたいことや言うべきことがあるからな。口を噤んでは居られなくてな」
「判りました。兄とも思える貴方が一緒で心強いです、ラジェンドラ殿」
「俺も弟の様に大切に思って居るさ。行こう、アルスラーン殿」
俺たちは陵墓の前に立ち、ルクナバードに語りかけた。
◇◇
「ルクナバード、宝剣ルクナバードよ・・・・・・!」
滝のような雨の中、私アルスラーンは目に映らぬ存在に呼びかけた。
「お主の身に、英雄王カイ・ホスローの御霊が本当に宿っているなら。そして、私の為そうとしていることが、英雄王の御心に適うのなら、私の手に来てくれ!」
「俺からも、戴冠式はまだだがやがてマルヤム王となる俺、ラジェンドラからも頼む。この弟のように思える少年に御身を委ねていただけないだろうか?」
その答は、更に猛烈な風雨だった。思わずよろめくが、ラジェンドラ殿が私を支えてくれた。怯むわけにはいかない。
「非才非力のこの身にはパルスの玉座も宝剣たる御身も重過ぎるのかもしれない。だが、私は誓ったのだ。この国を、全ての神への信仰を認め、開かれた国にすると。奴隷を解放し、社会的不公正を解消することを。近隣諸国と友好関係を結び、争いが避けられるよう誠意を尽くして語り合うことを。臣民に、そして、愛する者にそれを誓った。だから、重過ぎる荷だと投げ出すことは決してない!」
「そのような国を、平和な世界を作るのはこの少年だけでは難しいとお主は思うのかもしれない。だが、この少年は一人ではない。運命を共にすると誓った伴侶が、忠誠を誓う臣下が、この少年を慕う多くの民がいる。俺も、俺の臣下たちも微力ながら協力する。力の限り支える。間違ったときには殴ってでも止める。それを俺の魂に賭けて誓う」
雷霆が私たちの足下すぐ近くを穿った。だが、私たちは揺らがぬ、退かぬ、諦めぬ。
「私は蛇王ザッハークを倒し、人ならざる存在が、人の尊厳を奪い、その命を塵芥のごとく踏みにじる残酷な世界を終わらせたい。そして、人が自分の力で立ち、滅ぶも栄えるも自らの意志で選び取れる世界を作りたい。その為、最後に今回だけ、宝剣ルクナバード、お主の力を借りたい。身勝手と思うかもしれない。それをするにはまだ人は未熟だと思うかもしれない。だが、いつまでも未熟なままで甘んじている訳にはいかないのだ。人を信じ、未来を託してもらえないだろうか?」
「ルクナバード、俺をこの世界に呼んだのはお主なのだろう?俺は、ここまで来たぞ。大切なものが掌から零れぬように、ここまで守り繋いで来たぞ。そしてこれからもこの少年を、その理想を俺が守る。ザッハークと相討ちになんて絶対にさせない。この少年が望んだ世界を決して壊させずに守り通す。だから、安心してここに来てくれ。一緒にザッハークを倒そう。そして、こいつらが笑顔で幸せに暮らす様を一緒に見届けようぜ?」
風が逆巻いた。雨滴が無数の銀鎖となって私たちの身にまとわりつき、呼吸が苦しくなった。だが、それでも私たちは懸命に目を開けて風雨のただ中に立ち続けた。
足下の大地から白金色の輝きが満ちてきていた。そしてそれと共に風雨の勢いは衰えていった。私が何かに誘われるかのように手を伸ばすと、それに答えるかのように私の手に収まり、心強い重みを伝えてくるものが現れた。宝剣ルクナバードが、私の手の中に握られていた。
雨が私たちの体を叩くのをやめてどれほどの時間が経過したのか判らない。気づくと、周囲には私の配下たちが跪いていた。泥で、雨水で、服が汚れ、濡れることをも厭わずに。
「我らが国王よ」
ダリューンの声が震えていた。ナルサスが言葉に詰まったまま、ルクナバードを納めるための鞘を両手で差し出した。鞘を受け取り、ルクナバードを納めたその瞬間、それは起こった。
◇◇
やった。ルクナバードが鞘に納められた。抜き身であれば太刀打ち出来ぬが、そうでなければどうということもない。弟子たちに尊師と呼ばれたザッハーク様の忠実なしもべである儂は、長さ四ガズ(約四メートル)の巨大な蛇の姿に変じ、ルクナバードに躍り掛かり、上半身でこの宝剣に巻き付いた。アルスラーンの手はルクナバードから離れた。
何者かが儂の前に立ちはだかった。怜悧な顔立ちを緊張にこわばらせた女、確かラジェンドラ王子の臣下の諜者で、名をフィトナと言ったか。命知らずめが、まずお主から血祭りにあげてくれよう!儂はこの女の首に巻き付いた。
「ぐうう・・・」
女の顔が苦悶に歪む。その頭髪がみるみる内に黒から灰色へと変わっていく。他の三人の諜者の女がそれを見て息をのむ。見たか、儂はザッハーク様の恩寵によって、触れたものの生命力を奪い、自らの魔力と変えることが出来るのだ。
儂の中に急速に流れ込んでくるものがあった。この女の生命力だ。…そのはずであったが、何かがおかしい。むしろ儂の力が奪われていくような、何なのだ、これは。
「幻術ですわ、尊師。それは芸香の束でございます」
その言葉と同時に鋼の刃が儂の背中を深く切り裂いた。馬鹿な!儂のこの体は人の世の剣では傷一つ付けられないはず!
振り向いた儂の目に入ったのは、尋常でない輝きを放つ四振りの剣を携えた異国人どもだった。中でも一際ただならぬ気配を放つ長剣を正眼に構えたラジェンドラ王子が不敵に嗤う。
「なあ、尊師。人の世ならざる剣がルクナバードのみだと、どうして思ったんだ?」
幾度も刃が振り翳され、儂の体を断ち、穿ち、切り裂いた。いつの間にか儂はルクナバードを手離していた。
そして、儂はアルスラーンがルクナバードを鞘から抜き放ち、儂の頭上に振り下ろすのを見ー。
◇◇
シンドゥラ王室の宝物庫には幾振りもの伝説の剣が眠っている。ルクナバードの様な生ける伝説ではなく、もはや終わった伝説だ。倒すべきものは全て倒し、役割を果たし終え、今はただ事績を伝えるのみの遺物でしかない。ただ、それでも秘められた力は人の世を逸脱しており、尊師のちっぽけな自負を切り裂くに余りあった訳だ。
さて、あとはラスボスの蛇王ザッハークを倒すのみか。
そのとき、大地が大きく揺れた。最初は上下に、次いで左右に。そして、地面が大きく裂け、何かが勢いよく飛び上がってきた。泥のような色合いの男性の人影の様に見えた。ただその両肩には蛇が生えていた。
「ざ、ザッハーク!?」
その声が自分の声なのか、他の誰かの声なのかすら、直ちには判らなかった。だが、次の瞬間更に呆気に取られた。その人影が一瞬にして崩れ落ち、崩れた泥の塊に変わったのだ。そして、間髪入れずに陵墓の土が跳ね上がり、何かの金属片が舞い上がって落ちた。いや、金属片ではない。棺桶の蓋だ。それが地響きを立てて地面に落ちるのと同時に、俺たちの前に舞い降りた者がいた。黄金色の壮麗な甲冑を纏ったその男には両肩から蛇が鎌首を上げていた。
「ふははははは、遂に入ることが出来たぞ!この体、ずっと狙っていたのだ。ルクナバードと体に死後も残った魂がそれを阻んでいたが、魂がルクナバードと一体化したことで空になったこの体にようやく入ることが出来たわ!カイ・ホスローの体にこのザッハークの魂、これでもはや予に死角は無い!」
あれ?原作だとアンドラゴラスの体にザッハークの魂だったのに、更にろくでもなくなってないか?
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