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勇者たちの歴史

作者:草刈雅人
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西暦編
  第六話 タイム・リミット②

 
前書き
 
あと数話分です
  

 
 
 二〇十七年十二月十二日。
 
 時刻は午前四時。
 冬という季節を考慮すれば、まだ夜といっても問題はない時間帯。だが、人外の化け物相手に、人の理屈は一切通用しないらしい。
「……………、閉じたか」
 水晶の柱の上で、士郎は静かに矢を番える。
 結界への接触から、僅か十分足らず。
 破られた結界は再構築され、退路と増援を断たれた侵入者と冬木の守護者との戦端が開かれる。
 周囲は闇、魔力で強化した視力でも一筋の光も見通せない漆黒の世界。いくら士郎でも、この暗闇の中では標的を見つけることすら困難だろう。
 放たれた矢は、実際何も狙っていなかった。
 ただ放たれただけの、狙撃としては落第でしかない一矢。炎を宿した矢は、何にも妨げられることなく大気を引き裂き、
「――――――――弾けろ」
 瞬間、現れた爆炎の火球が赤々と、周囲の闇を拭い去った。
 照らされる標的。弓兵の鷹の眼は、その数と場所を一つたりとも違えず把握する。
 此度の侵入者は、数にして百を超える。
 ほとんどは小型、その中で目につく進化型の巨体が八。
 その全てに射掛ける軌跡、狙い通りに射抜くイメージを明確に描く。
「――――投影、開始(トレース・オン)工程完了(ロールアウト)全投影待機(バレット・クリア)
 呪文を唱え、創り出された剣を弓に番える。すぐさま形を変えたそれは、もはや剣ではなく矢と呼ばれる類のものだ。改造された矢は今度こそ、必中の狙いのもとに獲物へと疾走する。
「――――停止、解凍(フリーズ・アウト)
 二の矢を番えるのに、時間にしてコンマ半秒にも満たない。
 放った一射が敵に中るまでの間、刹那に引き絞った第二射、第三射が放たれる。
 矢筒から取り出す工程を省略し、弦の振動さえ利用し繰り返される必中の掃射。まさに絶技と言って差し支えない衛宮士郎の射撃は、化け物たちを次々に縫い留める。
 五十を過ぎた頃、爆炎が消失した。
 明かりが消えてなお、狙撃の雨は止まらない。小型の標的を撃ち尽くし、進化型の二個体をハリネズミにしたところで、ようやく化け物に変化が生じた。
「ほぅ…………少しは、学習したらしいな」
 前衛にあたる位置取りをした進化型から、半透明の板状組織が展開される。
 士郎も初めて見る変化だが、直前までの殲滅劇を考慮すれば、あれが狙撃への対策なのは推測できる。問題は、あれが単純に盾のような役割を果たすものなのか、あるいは別の効果を持っているのかだが。
 同時に、後方へ退がった三体の棒状個体が、バネのように身体を収縮させた。
 その狙いは明らかだ。前衛が狙撃を防ぎ、後衛が位置の判明している間抜けな狙撃手を撃破する。外したところで後方は人間の住む領域であり、どちらにせよ、人間をより多く殺すという化け物の目的は達成されるだろう。
「――――投影、開始(トレース・オン)。体は、剣で出来ている……!」
 だが、それを許す士郎ではない。
 投影されるのは、赤原猟犬(フルンティング)
 北欧の英雄が振るったとされる、伝説の魔剣である。その剣を矢と変え、番えて狙うは前衛の中央――――板状組織の中心点。
 矢に魔力を注ぐ。ただの射撃では、それに対抗する為に生み出されたあの壁は打ち破れないのだろう。故に、確実に撃ち抜くため、乱暴に十分以上の魔力を叩き込む。
 
 五秒、限界まで引き絞った弦が、ぎちりと軋む。
 十秒、敵の身体が一層収縮し、力を溜め込んでいく。
 十五秒、冷却された意識が、一瞬の変化を読み取った。
 
 矢を放つ寸前、大気を割って後衛の一体が士郎へ向かい、襲い来る。
 指は、既に矢から離れつつあった。
 もはや標的は変えられない。弦から放たれた緋い魔弾は、
「赤原を往け、緋の猟犬……ッ!」
 軌道が変わる。
 違う、初めから狙っていた標的は二つだっただけのこと。
 法則はねじ切られ、魔弾は正面から白い巨体を粉砕する。そのまま、駆け落ちる流星は第二の目標へと迫り。
 轟音が響き、板状組織に無数の亀裂が走った。
 射撃に対する最適解として創り出された防壁は、多少なり威力を削がれていた魔弾を相手に、辛くもその役を果たしきった。
 衝突した矢は反転し、射手の下へと還っていく。迎撃も間に合わない、音速を超える速度が放った射手自らに牙を剥く。
 手はない。今から投影したところで、着弾が先を行くだろう。
 そもそも、士郎は防ぐ手立てなど考えていない。
「――――投影、終了(トレース・オン)。我が骨子は、捻じれ狂う……」
 次弾を装填。弓を構える弓兵の眼に、目前に迫る魔弾など映ってもいない。
 先の魔弾は、赤原猟犬(フルンティング)
 射手が健在である限り、狙う意志が消えぬ限り、幾度防がれようと標的を狙い続ける。
 故に、反射されたところで問題などない。
偽・螺旋剣(カラド・ボルグ)……ッ!!」
 翻る緋き魔弾は、今度こそ標的の盾を打ち砕き、その持ち手を粉砕する。
 そして、新たな標的の無防備な側面に喰らいつく前に、次なる一撃が放たれた。
 
 新たな魔弾は大気を捻じ切り、先の一撃を反射させた防壁すら歯牙に掛けず、
 二体の化け物を、紙でも貫くように穿ち抜いた。
 
 殲滅を終え、士郎は投影した宝具を消滅させる。
 怪我はなく、魔力の消耗も問題ない。
 とはいえ、今の士郎は大聖杯とのパスから、膨大な魔力が得ることができる。彼が抱えていた魔力の問題は、ほとんど解消されていた。
「先週に比べて、小型も進化型も、かなり数が増えてきたな……」
 その変化が何を意味するのか、士郎はもう答えを知っている。
 先日の時計塔陥落、連日続く大規模な侵攻、急激に増した敵の戦力、
「分かりやすいな―――――次は、ここを落とすつもりってことか」
 携帯から新たな警報音が鳴る。これで、日が変わってから十三度目の侵攻だ。
 音色の違いから方角を把握し最短で迎撃すべく、人影は薄闇の空を舞う。
 
 
 
 守護者の奮戦を以てしても、喰い破られた穴は塞ぎきれない。
 不運だったのは、化け物どもの目的が士郎ではなかったことか。あれらは、人間を殺すことを目的としているが、本能に従い動いているだけの獣でもない。
 進化体ですら屠る守護者は、化け物にとっても厄介な存在だろう。
 だが、それ以上に目障りなのが、この都市全域を覆う結界――――破るたびに変質し、侵入を制限する魔術の防壁。
 故に、あれらが目指すはその根源。
 大聖杯の眠る円蔵山へと、狙撃手の眼を逃れた侵入者は殺到する。運の強い一が、他と合流して五となり、いつしか十を超えた集団がいくつも霊山の麓に辿り着いた。
 あの忌々しい弓兵も、化け物の狙いに気づいているかもしれない。
 だが、既に状況は、士郎一人の手には余るものになっていた。山の一団を排除する隙に、今度は幾つかの百の侵攻を許す羽目になる。拮抗している戦線は後手へと追いやられ、いずれは封殺されてしまう。
 
「――――言葉は刃に、私の影は大気を阻む……!」
 
 だが、それは士郎一人で対処をした場合の話だ。
 円蔵山の周囲に屹立する黒い影。その身体に触れればどんな結末が待ち受けているか、知識を共有している化け物たちは侵入を強行することができないでいる。
 御山へ上る階段の前、影を従えた桜は姿形を変えていく敵をまっすぐに見据えた。
「ここから先は、通しません――――志は確かに、私の影は剣を振るう……!」
 歌う声は従僕を繰る。
 直後、地面から影に拘束された巨体が躍り出た。
 魚の姿をした、地面を潜行できる進化型。無慈悲な触手は、獲物を覆い包むと虚数の海に埋没させる。
「は――――――ぁ、は――――――ッ! く、このぉ……ッ!」
 怯む様子すらなく襲いかかる化け物を、影の巨人が喰らい尽くす。
 桜の魔術は、化け物に対して有効だった。
 虚数空間に囚われたものには、適応する間も与えられない。動くことも許されず、融解され、魔力として吸収される。
「…………は、ぁ――――――、まだ、いける……ッ!」
 大規模な侵攻が始まり四日。
 大聖杯を護る桜も、既に限界は目前だった。
 体力も尽き、魔力は生命を削り絞り出して補っている。どれだけ迎撃しても限りのない襲撃の嵐は、心をへし折るには十分なほど。
 彼女が今なお魔術を行使できているのは、たった一つの決意から。
 
 ――――――今度こそ、護り切ってみせる
 
 色を失った唇で、血を吐くように呪文を紡ぐ。
 気力を奮い立たせ、少ない魔力を活性化させる――――桜の奮闘はしかし、敵の脅威認識を引き上げるには十分だった。
 化け物が密集していく。取り囲んでいた個体が融合し、複数の進化型が桜の前で生み出される。
 その数、五体。
「ッ……!! 諦めて、たまるもんかぁあ……!!」
 絶望的な戦力差に、四体の影で立ち向かう。
 周囲に展開した影は消せない。
 目の前の敵に集中して、一体でも侵入を許せば大惨事になる。柳洞寺に避難した人々や、大空洞で願望器の制御に死力を尽くしている凛では、化け物に抗う術はないだろう。
 決死の覚悟を決めた桜が、影たちを動かそうと口を開く。
「、…………あれ?」
 その一瞬前、矢を放とうとした進化型が赤い閃光と共に爆散した。
 唖然としている間に、次々と白い巨体が撃ち落とされる。
 来ることのできないはずの救援が、周囲の残党を一掃した。正確無比の射撃は標的を射殺し、降り立った弓兵は桜の姿に安堵の表情を浮かべる。
「悪い、桜。助けに来るのが遅くなった」
「い、いえ! ありがとうございます……じゃなくて、どうして先輩がここに!?」
「結界が強化されたらしい。おかげで、どうにか余裕ができた」
 そう語る士郎の息も上がっていた。
 無理もない。魔力は無限に近くとも肉体は人間のままであり、動くほどに疲労は蓄積されていく。
「…………ひとまず、なんとかなったな」
「そう、ですね。なんとか、護り切れました」
 ホッと、互いに力を抜く。
 新しい結界はよほど強固なのか、新たな敵が侵入してくる気配はない。
「それじゃあ、俺は一通り結界を見回ってくる。上で遠坂が待ってるだろうし、桜は先に行っててくれ」
「分かりました。先輩も、気をつけてください」
 別れ際、桜の眼に映るのは新たな防壁。大聖杯が創り上げた、強力な魔術結界。
 その壁も、いつかは破られるのかもしれない。
 その『いつか』が遠い未来であることを願いながら、桜は階段を駆け上がった。
 
 
 
 食料の確保、水源の増設、食料の確保、食料の確保、消耗物資の補充、食料の――――――、
「ぐぅ……ッ! 必要経費、必要経費ってわかってるんだけど……!!」
「姉さん、落ち着いてください。その紙だって、タダじゃないんですよ?」
 自分のまとめた報告書を引き千切ろうとする姉を、優しく現実を突きつけて諭す妹の図。
 幸い、凛の暴走はすぐに収まった。
 羽交い絞めにされたまま、握り潰した紙束にジトっと視線を送る。そこに書かれている情報は冬木周辺の分散霊脈への所感やこれまでの大聖杯起動の経緯、貯蔵魔力量の推移など、つまりは大聖杯の状況調査の結果である。
 そして、その調査を行った本人が身悶えするほど、冬木の状況は芳しくない。
 有り体に言えば、まさに崖っぷちだった。
「これまで通りに引きこもっても、一ヶ月が限界、か……よくもったと思うけど、いよいよじり貧になってきたわね」
 一ヶ月――――――それは、大聖杯が今の結界を維持できる最長期間。
 結界が一度も破られず、大聖杯の稼働を定期の食料確保や消耗物資補充などにのみにあて、いつもと変わらない日常が保証される生存猶予。
 目前に迫るデッドライン。
超えた先にあるのは、今度こそ一方的な虐殺だ。
「そんなこと、させてたまるかっての」
「でも、本当に作戦あるんですか? 姉さん、さっきの会議で自信満々で言い切ってましたけど」
「……む。なによ、桜まで士郎と同じように疑ってるわけ?」
「はい、ほんの少しだけ、ですけど」
「…………ぬぬぬッ」
 非難の眼差しもどこ吹く風、にっこりと肩越しに笑う桜。
 凛が何か言いかけ、止める。今の話題では分が悪いと思い直したのもそうだが、そろそろ予定の時間だと気づいたからだ。
「さて、と。それじゃあ桜、頼んだわよ?」
「大丈夫、こっちも準備できてます」
 桜の手に握られたのは、凛の使っている携帯電話。
 凛は頷くと、いつもの通信用礼装の前に座り、起動させる。
「―――――Anfang(セット)
 魔術回路をスタートさせる。
 魔力を送り込まれた礼装は、すぐにその機能を果たす。
 漂う細い線を手繰り寄せ、識別し、目当ての線だけを捉える。礼装間での通信であればそれほど時間もかからない工程だが、相手が現代機器となると勝手が違う。
 だが、いつまでも泣き言を言っている訳にもいかない。
「―――――捕まえた」
 何度やっても慣れない作業を、いつもの半分ほどの時間で終わらせる。
 雑音を吐き出していた礼装から、繋いだラインを通して少女の声が流れ出した。
『――――――香川より、乃木です。これより通信を始めます』
「――――――冬木より、遠坂です。元気そうですね、乃木さん」
 いつも通りに挨拶を交わす。
 普段であれば、そのまま互いの状況を報告し合い、通信を切り上げるところだが。
「乃木さん。状況報告の前に、少し質問してもいいですか?」
『え? ……いえ、すみません。私に答えられることであれば、お答えします』
 そう、ここからが勝負所。
 慎重に、冷徹に、魔術師としての遠坂凛が口を開く。
「同室している、あるいは――――――通信を聞いている大社の方がいるならば、少しの間だけ代わっていただけますか?」
『な…………ッ!? 遠坂さん、それはどういう意味だ!』
 若葉の激昂も無理はない。
 四国と冬木の通信において、いくつかの約定が交わされている。
 その中の一つ、大社から出された項目として『当通信において、第三者の立ち合いを行わない』というものがあった。凛の発言は、大社が自ら申し出た取り決めを無視していると指摘し、更には四国側の不信を滲ませたに等しい。
 若葉の反応からして、彼女の周囲に他人はいないのだろう。
 だが、傍受の有無までは証明できない。たとえ若葉からの心証を害してでも、凛には大社を交渉の場に引き出す必要があった。
「冬木の現状は切迫しています。これ以上、待つことはできません」
『待ってくれ、遠坂さん! 先週までに聞いた話と違う、まず順を追って説明を、…………な、に?』
 ドタバタと、突然通信の向こうが騒がしくなった。
 聞き覚えのない声と若葉の非難する声とが朧気に聞こえる中、低くはっきりとした男の声が礼装から流れ出る。
『…………はじめまして、遠坂凛さん。勇者に代わって、私が話を聞きましょう』
「ようやく出てきたってわけ。それで? あなたは、一体どこの誰なのかしら?」
『大社に勤めている、三流どころの呪術師ですよ。名前の方は、ご容赦いただけますか? 呪いをかけるのは得意ですが、解くのはとんと苦手でして』
 飄々と答える声が、凛の神経を逆撫でる。
 だが、大社を名乗る人間をようやく引き出せたのだ。今回は、これで良しとしなければ、せっかくの機会を不意にしかねない。
 焦げ付くような苛立ちを押さえつけながら、彼女は本題を切り出した。
「冬木の現状についてだけれど、大社はどこまで知ってるのかしら?」
『……具体的には、何も。ただ、ここ数日の間、諏訪への侵攻が不自然に消えたことから、冬木が大規模な侵攻を受けているだろう、との推測は立てていました』
『馬鹿な……そんな話、私たちは聞いていない……!』
『あくまで、推測でしたので。必要になれば、追って伝達する予定でした』
 若葉の糾弾を、男は淡々とした声で躱している。
 暴れる音が聞こえないのは、若葉が自制しているのだろう。いくら大人と子供とはいえ、本気で暴れる人間を生身で拘束するのは容易ではない。相手が、戦闘訓練を行っているのならなおさらだ。
「噂通りの組織のようね。あの時計塔まで、あなたたちの悪評は届いてたわよ?」
『それは光栄ですね……それで、冬木はどんな状態なのですか?』
 暖簾に腕押し、糠に釘。
 軽口を収めた凛は、本来の目的に集中する。
「侵攻を受けていたのは事実よ。期間は、前回の通信後から今日の朝まで。新たに結界を構築してからは侵入を許していないけど、いつまでもつかは正直分からない」
『……今の話だけならば、そこまで切迫しているに思えませんが。別の問題ですか?』
「ええ。魔術炉心の方が限界寸前、新しい結界を構築したあたりで完全にガス欠よ。冬木は、あとひと月も結界を維持できない」
『なるほど。それは大変だ、我々大社を強引に引き出した理由も納得できました』
 躊躇なく、凛は自分たちの弱みを曝す。
 今回の交渉で重要なのは、冬木が限界だと認識させることと、冬木側の持つ特異性を相手に有用だと認めさせること。
 前者については、ほぼ果たしたといえるだろう。
 ならば、残るは後者――――――ここからが本当の交渉になる。
「それで、さっそくで悪いのだけれど、三カ月以上前に伝えてもらった要望について、回答をもらってもいいかしら? 当然、今この場で」
『えぇ、どうぞ? といっても、数日前にようやく回答がまとまったので、今日の通信の最後にでも伝えてもらうつもりだったのですが』
 事前に送っていた要望は、五項目。
 その一つひとつを確認していく。男は、言い訳のような言葉を裏付けるように、ぼかすことなくそれぞれに答えを返した。
 
 一:四国には現在、他地域の人間を受け入れる余裕があるか。
 A:通信で把握できている人数程度であれば、問題なく受け入れられる。
 二:四国の結界を、部分的に解くことは可能か。あるいは、魔術による転移を阻害しないよう組み替えることはできるか。
 A:結界は神樹によって作り出されたものであり、人間の手で自由に組み替えられるものではない。ただ、嘆願によって、結界の一部を物理的に開くことは可能である。
 三:四国の勇者を護衛に出すことはできるか。
 A:彼女らは実戦経験に乏しく、四国の防衛も考慮するに、あまり長距離を移動させることは大社として容認できない。
 四:大社に魔術師はどの程度所属しているか。
 A:百程度だが、ほとんどは三流にも満たない呪術師まがいの者たちであり、魔術協会などに所属するような一流のものはいない。
 五:瀬戸大橋は崩落していないか。
 A:使用はできないが、崩落の危険性もないと考えている。
 
『……回答は、以上でよろしかったでしょうか?』
「えぇ。それにしても、魔術協会からも警戒対象にされていた組織の内情が、そんなものだったのは驚きだったわ」
『過剰な評価です。我々は、根源さえ目指していなかったのですから』
 男の言葉に、思わず凛は眉を顰めた。
 魔術師とは根源を目指し、その手段を模索する存在だ。それが集まってできた魔術組織が根源を目指さないなど、信じられるものではない。
 そして、根源を目指さない異端な魔術組織など、魔術協会に目を付けられないはずがない。危険性ではなく、異常性から警戒対象に指定されていたのだろうか?
「十分あり得るわね……」
『? 何の話です?』
「独り言よ、それで――――――こちらからの提案が、ひとつあるわ」
『ほう、なんでしょうか?』
 男の声に興味の色が浮かんだ。
 それを見逃さず、凛は即座に畳みかける。
「今日から一週間後、つまり十九日に、わたしたちは冬木を捨て、四国への脱出を計画している。その時に、四国側にはわたしたちの受け入れと、勇者による援護を要請するわ。対価は、大社への所属と協力、それと――――――勇者の教官なんて、どうかしら?」
「え、えぇ…………ッ! それっt…………むぐッ!」
 大声を出しかけた口を手で塞ぎつつ、反応を窺う。
 教官の件は、既に士郎も了承済みだ。中東で活動していた頃に経験があると言っていたが、詳しいことは凛にも分からない。ただ、四国の増強戦力よりかは危険性が低く、かつ勇者たちの戦力も上がるのなら問題はないはずだ。
「どうかしら、これでもまだ足りない?」
『いえ――――――十分です。次の通信で、計画の詳細を提示してください。大社も、冬木の脱出をできる限りサポートします』
「そう、なら今日はこの辺りで。準備が多すぎて、人手がまるで足りてないものだから――――――、はぁ…………ぁ」
 通信が切れる。
 凛は大きく息を吐くと、身体を伸ばしつつ立ち上がった。
「それで。士郎からは何か、返信あった?」
「うーん、まだなにも……あ、一通だけ来てます」
 桜がメール機能を使って、受信したメッセージを開く。
 そこには、藤村組と協力して準備を進めていくこと、そして夕方から脱出に関する説明を柳洞寺で行うと決まったことが書かれていた。
 おそらく、桜が送信した通信の概要を基に、会議を進めていたのだろう。こうした時、藤村組の繋がりの深い士郎の存在は非常に大きい。
「ふむふむ。なるほど、よくもまあうまくまとめたものね」
「そうですね、もう少し会議は長引くかと思っていました」
 顔を合わせて、笑い合う。
 ここまで順調だ。あとは、成功させる為に準備をしていくしかない。
「よし—―――――じゃあ、やるわよ桜!」
「はい、姉さん!」
 
 
 冬木脱出まで、あと七日。
 
 
 
 
 
 そして同時刻、彼女も動いていた。
 通信の後、大社からの説明は一応あった。
 冬木の推測された現状から通信を傍受していたこと、諏訪との通信は一切盗み聞くようなことはしていないということ、要望への回答がここまで伸びてしまったこと。
 話を聞いてなお、若葉の内心では苛立ちが渦巻いていた。
 一つは大社に対してだが、もう一つは自分自身に対して。
 何事にも報いを。それが乃木の生き様だ。
 ならば――――――過ちを犯した自分は、大社は、何ができる?
 何をすればいい?
「……答えは、一つしかない……」
 教室の扉を開ける。
 まだ昼休みの最中、教壇の前に立った若葉は五人の仲間たちへ顔を向けた。
「少し、いいだろうか。皆に、聞いて欲しい話がある――――――、」
 
 
 こうして、運命は流転する。
 
 せめて、彼らの未来にささやかな、けれど確かな幸福があることを…………
 
 
 
 

 
後書き
 
内容的に、修正部分があれば臨機応変に対応していきます
 
 
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