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ラジェンドラ戦記~シンドゥラの横着者、パルスを救わんとす

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第三部 原作変容
序章 新朝始歌
  第二十八話 傾城愛娘

 
前書き
サブタイトルには 傾城の美女の愛娘 と言うのと、 傾城の美女は娘を愛しむ の二つの意味を込めました。 

 
諜者の話では、タハミーネはいきなりアンドラゴラスの首級を見せられて号泣したらしい。

「私…私……判らなくなってしまった…」

と呟いたらしいが、ルシタニアの奴らには正確な意図が伝わっていない可能性が高い。自分はもうどうしていいか判らないと、途方に暮れているとでも考えたことだろう。正確には「私の娘の行方がもう二度と判らなくなってしまった」なんだろうけどな。

何故だか、タハミーネはアンドラゴラスが娘の行方を知っていると考えていた節がある。三人娘を用意するという偽装工作がうまく行ったからなのか、それとも知っているが教えられないとアンドラゴラス自身が言ったのか。まあ、暗灰色の衣の老人、尊師すら三人娘のどれかがアンドラゴラスの娘と考えていたらしく、「自分を殺せば居場所が判らなくなるぞ!」なんて言ってたけどさ。

何にせよ、ギスカールは原作でイリーナに割り振った役どころをタハミーネに押し付けるつもりでいるのだろう。それもいいかもしれないな。これ以上生きているのは辛いと思う人間には死に場所を与えてやればいいのだ。それが本人のためでもあるし、資源の節約でもあるだろうさ。

おや、アルスラーンがやって来たな。何の用だろうか?

◇◇

ラジェンドラ殿は私のことをいつものように、「おう、わが心の兄弟よ!今日はどの様なご用向きかな?」と明るく迎えてくれた。この方はいつも本当の兄弟であるかのように、私のことをいつも暖かく迎えてくれ、親身になってくれる。そんな大切な方のお顔を曇らせてしまうかもしれないのは非常に心苦しいが、それでも私は言わずにはいられない。懇願せずにいられないのだ。

「母上をお助けしては頂けないだろうか?」と。

案の定、ラジェンドラ殿は渋い表情をされた。

「アルスラーン殿、お主はナルサス卿から今後事態がどの様に推移するかの予測を聞かされているはずではないのか?」

その通りだった。確かに聞いてはいる。母上は父上を殺したイノケンティス王を憎んでいる。多分、寝所に刃物を持ち込み、殺害を図るだろう。そして、王弟ギスカール公はそれをあえて見逃し、実行させる。そして母上を処断し、自らは決して手を汚すことなく至尊の座を手に入れるつもりだろう。それをナルサスたちは止めるつもりがない。むしろ敵が一本化されて好都合だと考えている。母上についても、おかわいそうな方ではあるが、もはや生き長らえることを望んでいまい。死に場所を与えてやるべきだ。それよりもこちらは『ルシタニア追討令』と『奴隷制度廃止令』を急いで作成し、布告しなければならないのだから、母上のことはこの際、考えないべきだ、とも聞かされている。

「確かに聞いている。判ってもいる。だが、母と呼んだ人がこれから死のうとしているのを、子の立場にあったものが座して見ているのが人として正しいことだろうか?」

「…確かに正しくはないかもしれんがね。しかし、本人に生きる気がないんだ。勝手にさせてやるべきだろうさ」

「私が死なせたくないのだ!だって、このまま死んでは、母上は『おみやげ話』が出来ないではないか!」

ジャスワントに聞かせてもらったのだ。自分にとって大切なお方から話して頂いたことだと。
人間は死後の世界で親に会ったら、たくさんのおみやげ話をしてあげなければならない。悲しい事や辛い事もあったけど、我慢して乗り越えてちゃんと幸せになれたと。誰かの役に立てて、誰かに喜んでもらう事が出来たと。嬉しかった事や、楽しかった事、誇らしかった事がたくさんあったと、そういった事を親に伝えなければならない。それが出来るようになる前に死んでしまうのは親不孝だと。

このままでは母上はそのご両親に死後の世界で会ったときに、自分は幸せにはなれなかったと伝えなければならなくなる。そんな話はする方もされる方も悲しいだろう。そんなことにはなって欲しくないのだ。

ラジェンドラ殿はしばらく呆気にとられたような表情で私を見ていた。そして、深い溜め息をつき、頭をガリガリと掻いた。

「全くジャスワントの奴め…。なあアルスラーン、大人の中にはなあ、おみやげ話をつくるのも見つけるのも壊滅的に下手なまま大人になっちまった奴だっているんだぞ?タハミーネ殿なんてその最たるものだろうさ。あのお方ではこれ以上生き長らえても難しいだけだと思うぜ?」

「そうかもしれないとは思う。でも、誰かが歩き出す前に、何処にも辿り着けないからやめてしまえなどと私は言いたくないのだ!」

そう、歩き始めなければ、何処にも辿り着くことは出来ないのだから。

「ああもう、判った、判ったよ。やってやるさ。何から何までこのラジェンドラお兄さんに任せるがいいさ!その代りなあ、俺はお主に言いたいことが山ほどある!この際だから全部聞いてもらうからな!」

何だろう?私は何を聞かされることになるというのだろう?

◇◇

気付くと私、タハミーネはあばら家の中の粗末な寝台の上に横たえられていた。何故、こんなところに?それにいつの間に夜が開けているのだろう?
私は確か、ルシタニア皇帝と名乗るイノケンティスに皇妃とやらにされて、長くつまらないだけの式典のあと寝所に連れて行かれて、事が終わった後、疲れ果てて眠った皇帝の首筋を、隠し持っていたのに何故か見つかることのなかった刃物で切り裂いて、血しぶきが辺り一帯を濡らして…そこから先を覚えていない。一体何が…。

そのとき、突然部屋の扉が開いた。一瞬だけ覗いた顔を見て私は息を呑んだ。

「おおっ、気が付いた!ねーねー、みんなー、殿下ー、早く来て来てー!」

!今の声は!?声の主は部屋の外を歩き回り、やがて四人の男女を連れて部屋に入ってきた。

「ああ、気が付いたんだね。良かった良かった。ああ、あたしはパリザード、ラジェンドラ王子麾下の傭兵団第二軍の副将をやってるよ。よろしくね!」

随分と筋肉質で豪快な雰囲気の女の子だった。この間まで連れ添っていた夫を思い出し、少し私は後ずさってしまった。

「失礼、脈を拝見します。…大丈夫そうですね。私はラジェンドラ王子の配下で医者として働いています、レイラと申します。よしなに」

意志の強そうな目鼻立ちをした、理知的な顔立ちの少女だ。脈を取る手付きも手慣れていて、宮廷医よりも信頼が置けそうに思える。

「昨夜、王宮からお救い申し上げ、今は王都近郊の廃村に潜んでおります。王妃様が落ち着かれたら出立する予定でございます。…申し遅れました。私はラジェンドラ王子の下で諜者の取り纏めをしております、フィトナでございます。よろしくお願い致します」

冷徹な印象を持つ、支配者然とした風格と圧力を感じさせる女だった。彼女が誰かの下風に立つなど容易には想像し難い。

「この三人が諜者の中で三人娘と言われてるんさー。で、私がその姉貴分でラジェンドラ殿下の忠実なる下僕のラクシュ。最近、世間では『弓の悪魔』なんて冴えないニックネームで呼ばれててガッカリさー」

弓の悪魔!ルシタニアの大司教ジャン・ボダンを射抜いたという!あの時王宮に呼んでもやって来たのは楽士だけで、堅苦しいのは苦手と彼女は来ませんでしたが、ここでようやく会えましたね。

「俺はシンドゥラのラジェンドラ王子。故あって祖国を追放され、やることがないんで傭兵団を率いて、心の兄弟のアルスラーン殿を手助けしてる。今回もアルスラーン殿に是非にと頼まれて貴方をお救いすることにした。だから感謝するんならまずはアルスラーン殿に言って欲しいね」

ラジェンドラ王子、シンドゥラの横着者と言う異名を聞いた事がある。およそ信用できるような人柄ではないという風評だが、アルスラーンを随分と気にかけているように思える。ではすべてはこの王子の、ひいてはアルスラーンのお陰なのですね。ああ、アルスラーン、あの子にはひどく冷たく接してきてしまった。今度会ったら謝らなければ。

ですが、今はそれよりも、いえ、何よりも、やっと会えた私の娘を思い切り抱きしめなくては。

「ああ、会いたかったわ、我が娘よ。私のかわいい―」

◇◇

「私のかわいいラクシュ。ああ、どうか私を母と、母と私を呼んでおくれ!」

「ええええええええ!?な、何で?何で私があなたの娘なんさー!?やっ、ちょっ、ギブギブ!ギブだってばー!」

潤んだ瞳で見つめ、上気した頬を擦り寄せ、タハミーネはきつくきつく己が娘ラクシュを抱きしめた。…いや、ちょいキツすぎ。もうちょい緩めてやって!

いやいやいや、人違いだから!三人娘は確かに孤児だけど、ラクシュにはちゃんとカルナという母親がいるから!それに年齢だって合わないから!こいつこう見えて何と驚きの二十六歳だから!俺も指折り数えて計算して、毎度その事実に驚くんだけどさ。

いいえ、間違いありません。ひと目で判りましたと、それでもタハミーネは言い張るのだ。ちょっとその目、腐ってるんじゃないかと思うんだが。原作だとレイラを自分の娘と信じて疑わなかったって言うのに、一体全体どうなっているんだ。

そもそも、ラクシュは生粋のシンドゥラ人で、肌だってちゃんと褐色で、透けるような白い肌のタハミーネとは似ても似つかないとも言ったんだが、

「私はシンドゥラの隣国、バダフシャーン公国の生まれですので、シンドゥラ人の血も多少は流れているのかもしれません。きっとラクシュにはシンドゥラの血が強く出てこの様な肌なのでしょう。おそらくアンドラゴラスはこの肌の色がパルス人らしくないと思って捨てたのでしょう。そうに違いありません!」

と変に理論武装し、全くこちらの話に聞く耳を持ってくれないのだ。あ、そう言えばカルナは赤ん坊の時分に国境となっているカーヴェリー河のシンドゥラ側の岸でカゴに入れられプカプカ浮いてるところを拾われたらしいと言ってたような。と、すると元はバダフシャーン生まれで、シンドゥラの血が余りに強く出過ぎたことで、シンドゥラ側に捨てられたって可能性もあるのか?そして、本来カルナはタハミーネの姉だったりする可能性があったり?それで血がつながってるように思えると?…いや、どうかね…。

でも、この調子ではどれだけ言葉を尽くして説明しても、違うと納得してくれそうにない。いや、むしろ好都合だろう。娘と信じて疑わない存在と過ごすことで、彼女はこの先幾らでも親に誇れるおみやげ話を作っていくことが出来るだろう。それで本人が幸せだというのなら、それはそれで構わないではないか。そうだよな。だから、ラクシュ、思う存分、『母親』に甘えてやってくれ!もとい、『母親』を甘えさせてやってくれ!

「一体何でこうなるんさー!?」
 
 

 
後書き
今回の展開には賛否両論ありそうだとは思ったんですけどね。ただ、自分としては自分がここまで書いてきた三人娘をタハミーネの娘とする事には嘘臭さを感じてしまって、どうしてもその様には書けませんでした。で、何故かこうなりました。 
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