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ノーゲーム・ノーライフ・ディファレンシア

作者:シグ@グシ
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第5話 過去と少年



「さて、『十の盟約』の制約限界を調べてみるか」

エルキア領のとある街道。
シグはそこで、盟約の適用範囲を調べる実験をしていた。
────『  』を倒す目標を掲げるというのに、世界(ゲーム)法則(ルール)さえ分かっていないのではお笑い草だろう。故に、シグは『十の盟約』の縛りの適用範囲を調べることにしたのだ。

「最初は────これだな」

そう言ってシグは、リンゴの芯を取り出した。
要するに、ただのゴミ。あっても利益はない、だが直接の危害にはならない。しかし持ち続ければ腐るし捨てる手間も発生する────『利は無く、危害もなく、だが不利益はある』物の贈与が可能かどうかの確認だった。

シグはごった返す街道の人混みに、驚くほど自然に溶け込む。そして適当にリンゴの芯を贈与するターゲットを定め、そちらへ向かって歩き出した。そしてターゲットにされた憐れな男のポケットに器用にリンゴの芯を落とし────

ヒュン、と。シグとターゲットの間をすり抜けた何かが、それを阻止した。

「まだ果肉残ってん、です。もったいねえだろ、です」

……そう諌めるような目でシグを見る、フェネックのような耳と尻尾の幼女。どうやら彼女は、シグがリンゴの芯をポイ捨てしたと勘違いしたらしい────シグは微妙な顔をして、彼女に言った。

「……あ、ああ。もったいないって言うならやるよ、それ」
「ほ、ほんとか、ですッ!?」

シグの言葉に、目を輝かせる獣耳幼女。その姿に自分が失ったものを見た気がしたシグは、思わず微笑んだ。

「……綺麗な目をしてんな。お前はそのままでいろよ?」
「……?よくわからねえ、です。でもなんか……お前、悲しんでる、です?」

彼女は、獣人種の五感によってシグの感情をおぼろげながら察し、首を傾げてシグを心配した。その姿は、良くも悪くも子供そのものの姿で────故にシグは、こう答えるしかなかった。

「さあな。自分でも分からねえ」

シグはそれだけ言って、逃げるようにその場を後にした。



「……実験再開するか」

シグは先の地点から少し離れた場所で、そう呟いた。
先程は獣人種に邪魔され実験出来なかったが、次は邪魔されない方法を取ろう。シグはそう考え、おもむろに石を拾った。
次の実験は、『被害を与える瞬間には害意がないが、被害を決定する時点では害意のある行動がキャンセルされるのか』という確認。石を高く放り投げ、落下する瞬間には石から目を背ける────この方法なら獣人種は邪魔をするまい。ただし、盟約で記憶を消す訳ではない為完全な実験は出来ないが。
だが、咄嗟の状況で盟約の力を発揮する事は難しい。ならば、そのような時を計算に入れた実験も必要だろう。シグは実験の不完全性も踏まえた上でその実験を行った。
拾った石を、空へ放り投げる。高く高く、空へ近づいていく。
そして────空中で何故か漂っていたジブリールに当たり、またも実験は阻止された。

「……えっ」
「おやぁ?先ほどのお客様ではございませんか♪」

想定外の事態に呆けたシグを、目の前で膨らむ殺意が叩いた。
質量を持ったかのような視線────神殺しの兵器が向ける殺気。そんな次元違いの感情に当てられて平気でいられるほど、人類種のメンタルは強くない。

「────やべえ逃げろッ」

シグは、逃走する事を即断した。
パルクールを今すぐ勧められそうな身のこなしで、実験も中断してその場を離れるシグ。その様子を見て────ジブリールは、ぽつりと呟いた。

「今の目は理性的でございました……つまり逃走は、恐怖故の行動では無いという事ですか。
()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()────そもそもそんな事が出来る時点で、ただの人類種では有り得ません。
やはり彼は────シグは、警戒に値する敵でございますね」

ジブリールは、逃げ出すシグの目がまるで恐怖に染まっていない事に気づいた。つまり、シグは恐怖に駆られた()()()()()逃げ出したのだ。
シグは、何故ジブリールがここにいるのかを理解したのだろう。それ故に、理性的にここを離れるべきと判断したのだろう。ならばシグは、少なくともジブリールの意図を読めるだけのゲーマーではあるという事だ。ジブリールはそうシグを評し────要警戒、そう判断してシグの後を追った。



「危ねえ……警戒されてたな……」

シグは、息を少し切らしながら呟いた。()()()()()()()()()()()()()、それに気づけなかった事を悔やむ言葉だった。
────ジブリールがなぜ、あの場にいたのか。
偶然、とは考えられない。そもそもジブリールは空間転移(シフト)が出来る。あんなところでふらふらとする理由がないのだ。
つまり、ジブリールは街道(ばしょ)ではなく────そこにいる誰か(おれ)を目的としていたと、逆説的に考える事が出来る。先ほど俺は『  』の喉元に迫った、故にジブリールが『主にとっての脅威』と俺を認識したなら────監視する理由には十分だろう。
俺以外の誰かを監視していた可能性は────恐らくは無いだろう。俺以外の誰かを監視していたとしたら、ジブリールは俺に全力の殺意などぶつけなかったハズだ。その殺意でターゲットが逃げる可能性は十分にあったし、そうでなくてもターゲットから完全にマークを外すなどジブリールはしないだろう。
さらに言えば、俺が監視されていなければその方がありがたいのだから、誤算だった時の事は考える必要が無い────
シグはジブリールに睨まれた一瞬で、そこまで考えていた。そして尤もらしく監視から逃げる為に、恐怖に煽られたフリをしてその場から逃げ出したのだ。
だが、ジブリールは天翼種。人類種であるシグが全力で逃げたところで造作もなく追いつける。あえて辺りを見回してはいないが、恐らく空にはまだジブリールの監視の目があるだろう。
ならば────盟約(ルール)の抜け穴からのアプローチはすっぱり諦めて、「()()ったほどではない」と()()わせる事が先決だろう。シグはそう判断し、ジブリールを欺く策を思い巡らせた。
とは言え、あまりに稚拙(チープ)なら演技とバレる。かと言って複雑(ディープ)過ぎれば、演技の意味もなくなる。ならば────と、シグは薄笑いを浮かべた。
ジブリールの頭脳の程度が分からない以上は、汎用(オールマイティ)な演技で無能を演出しよう。例えば────こんな風に。
シグはそう、内心で呟いて────若者の肩にわざとぶつかった。
本来は『十の盟約』がキャンセルするハズのその行動は、だが()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。先ほどジブリールに石をぶつけることが出来たのと同じ原理だ。
対象者への害意を以て、それ以外の人に実害を与えるのは過失と見なされる────
それを、失敗した実験からシグは学んでいた。

「あっ、すみません」
「あのなあ……周り見ろ」

そして、わざとぶつかったのに相手の過失であるかのように、苛立ちをあらわにして足早に去った。これで、()()()()
シグがそう内心で唱えると同時に、ジブリールが去っていく。まんまと騙された訳だ────だがそれも当然。この演出には二つの側面があるのだから。
まずは、アホ向けの側面。ジブリールに()()られてると理解した上であれだけ注意力散漫になって人にぶつかり果ては逆ギレなどする奴が警戒に値する訳がないと錯覚させる。
次に、秀才向けの側面。害意を以て人に危害を加える、つまり盟約の穴を突くことをしてのけた策士だが、それが相手の過失か確認しない手落ちの策士と誤解させる。
そのダブルバインドに、ジブリールは見事に欺かれてしまったという訳だ。だが、それはむしろ当然とさえ言えた────異常なのは、そんな策を容易く編んでみせたシグの方だ。



だが。



シグは、唐突に浮かべていた薄笑いを失った。まるで、()()()()()()()()()()()────その表情を一変させた。
ペテン師然とした薄笑いは今や無く、代わりに彼の顔には苦悩と言うべき表情が張り付いていた。
そして────ついに彼は堪えきれなくなったかのように、叫んだ。



「ちくしょう、またかよッ!!ふざけんなよゴミクズが!!」



────策士の顔など、そこには無かった。
色濃く自己嫌悪と怒りを乗せて、彼は自分自身に向けて罵倒を重ねる。

「また騙した!!自分も!!他人も!!どこまで恥を上塗りする気だ『シグ』!!」

少年は歯軋りした。人目もはばかること無く叫んだ。────自分の過去を、フラッシュバックさせて。



────少年に、およそ自由と呼べるものはなかった。
家庭では、両親のストレスのはけ口として。
学校では、子供の無邪気な悪意の対象として。
ただひたすらに殴られ、蔑まれ、疎まれた。何もしていない彼を、だが誰もが敵と看做した。
そんな、『迫害』と呼ぶべき差別の中で少年は生きていた。
ありふれた不幸だろう。────不幸のレベルを除けば。
そんな迫害の中で生きた少年が、普通でいられるはずがない。やがて少年は、顔色を伺う技能を昇華させ────人の感情を、完璧に理解する技能を身につけた。
────そこで少年は、遂ぞ絶望した。

少年を傷つける者の中に、()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。
────誰でも良かったのだ。悪意の矛先を向けられる、スケープゴートになるなら。
そんな理不尽、覆すなど少年には出来ない事だった。故に、少年は────絶望したのだ。



────居場所なんてない。作る事も出来ない。自分に出来ることなど────何一つとしてない。



少年は、遂ぞ得たただ一つの絶望(こたえ)だけを抱えて────その目を暗く淀ませたのだった。



そうして、間もなく彼は里親に出され、ずっと引きこもってゲームをするようになった。
非現実(ゲーム)だけが、少年の居場所だった。虚構(ゲーム)だけが、彼を認めてくれる全てだった。
────彼は勝ち続けた。居場所を失わない為に。
だが彼は、優しすぎた。同時に、強すぎた。
一方的に勝ち続ける自分を、嫌悪した。
相手のやられる様が、まるで抵抗も許されず殴られ続けた自分のようで。
罪悪感に少年は苦しみ続けた。
だが、その罪悪感すら、彼は()()()()()()()()()()逃れられるようになった。
否、そうしなければ狂ってしまうと、本能が逃れさせた。
そうして、次第に少年は希薄になって────気づけばそこには、『シグ』だけが残っていた。



────だが、少年は思い出してしまった。
いづなを見て、自分が失ったモノ────シグになる前の、絶望する前の少年を。
それが、人を騙す罪悪感を再燃させた。
そして、今────仮面の剥がれたシグは。
否、シグではない弱々しい少年は、()()()()()()()()は。
暗く淀んだ、あの日汚れてしまった目を────涙で濡らし続けた。 
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