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ラジェンドラ戦記~シンドゥラの横着者、パルスを救わんとす

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第一部 原作以前
第三章 神前決闘編
  第十五話 征馬多影

運河に沿って、馬を南に向けて歩かせる。まず、向かうのはシンドゥラ随一の海都マラバールだ。そこからパルスの海都ギランに渡り、常日頃から個人貿易で稼ぎ、プールしてあった資金を使い、傭兵を集める。原作でアルスラーンがギランで集めた傭兵の数は三万弱と言うことだったから、おそらく俺も同じぐらい集められるだろう。

だが、問題なのは、核となる将がいないと言うことだ。結局、諜者は全て兄に取り上げられたし、バハードゥルも軍に取られたしな。バハードゥルは一万ほどを率いる将として重用されはじめたようだし、いつまでも俺の私兵としてはおけないからと、既に屋敷から出して、ここしばらくは顔も合わせてはいない。ジャスワントは闘技場で見かけた時の笑みからしても、結局俺の仲間のつもりは無かったって事なんだろう。これ幸いと父親であるマヘーンドラのところに戻り、国王の親衛隊辺りを任される事にでもなりそうな気がする。原作でのシンドゥラ屈指の勇士二人を横死の運命から救えたんだ。ちゃんと俺という存在はシンドゥラに爪痕を残せたんだと思って、諦めるとしよう。金で動くだけに粘りに欠ける傭兵を俺が直接統率しなきゃならないってのは骨が折れそうだが、原作の俺はこれと言った将のいない一軍を率いて夜間に渡河するだけの力量を見せたんだ。豪族の反乱平定でそこそこ指揮の経験を積んだことだし、この世界の俺でも何とかやれるだろう、そう思いたい。

しかし、諜者を取り上げられたのは痛いよなあ。俺は原作でのアルスラーン陣営が二部であれだけ追い詰められたのは、諜報能力の欠如だと思っている。それがもう少しでもあれば、少なくともヒルメスの奇襲でナルサスが討たれるなんて事は無かっただろう。それにラクシュの弓の腕、あれは今後十六翼将クラスの敵が万が一敵に回った場合にも、あいつ一人で射殺までは出来なくとも、深手を与えて優位に戦いを進めるくらいには出来たろうになあ。でも、あいつ母親のカルナが大好きだからな。カルナが兄上に従う以上、あいつも母親と共に働く事になるんだろう。

「殿下ったら、何をそんなにシケた面でぼーっとしてんのさー?」

などと言う風に呼び掛けられる事ももうないんだろうな。ため息とともに肩を落とし、俯いたまま馬を進ませる。

「おーい、殿下。聞こえてないのー?その耳は飾りなんかーい?」

おかしいな、聞こえるはずのない声が聞こえる。幻聴か、これは。

「はっ、気付いてない?むしろこれはチャンス?よし、この隙にその唇を奪って―」

「おい、何者だ、やめろ、近づくな!」

急接近してきた人馬を腕を振って払いのけようとしたところ、「ふに」と何かが手に当たった。こ、この物足りない感触はもしかして!

顔をあげるとそこにいたのは、母親に似ず、残念なサイズの胸部装甲しか持ち合わせていない、旅装をして騎乗している俺の乳兄妹だった。

「ラクシュ!どうしてここに?」

「殿下、いきなり何か失礼なこと考えてないかなー?それはともかく、ギーヴさんから聞いたよー。サリーマさんに騙されてたのに、『ひどい目にあってたんじゃなくて良かったー!』とか喜んだんだってー?馬鹿なんじゃないのー?」

そして、馬に乗った人影が次々と近づいてきた。

「ラクシュ姉の言う通りだよ。そんな事だとその内悪い女に引っかかって、ケツの毛まで全部ムシられますよ、殿下?」とパリザード。

「そんな危なっかしいお人を放って置くのが忍びなくなりましたので」とレイラ。

「これだけ綺麗どころが周りにいれば、不埒な女など近づけないでしょうしね」とフィトナ。

「おで、殿下に一生ががっでも返しぎれない恩ある。だがら殿下にづいていぐ」とバハードゥル。

「この国をお暇しようと牢屋に挨拶をしにいったら、立ち聞きしちまいましてね。ついみんなに話したところ、こんな事になりまして。まあ、俺もご一緒させてもらいましょう。綺麗どころと一緒の旅は楽しいですし、殿下といれば面白いことがたくさんありそうですしな」とギーヴ。

「全く、貴方というお人はまるで理解不能ですな。貴方が一体何者なのか、これから一生かけてでも見極めたいと思います。言われたことだけは極力こなしますので、随行をお許し下さい」とジャスワント。

…全くみんなツンデレだよなあ。素直に、俺が大好きだから一生側に居たいんですと言ってくれりゃあいいのになあ。まあ、俺のモットーは

デレぬなら、デレるまで待とう、ほととぎす

だからな。これから一生かかってでもデレさせてみせるさ。そして、やるぞ!この心強い仲間たちと、パルスを、全てを救ってみせる!

「行くぜ、みんな!俺たちの戦いはまだ始まったばかりだ!」

「何を打ち切りマンガみたいな事言ってるんですかー、殿下!」

◇◇

ちょうど弟が、その股肱の臣たちと合流したであろう時刻に、父、カリカーラ王が息を引き取った。これから国葬を行い、即位式を経た上で、私、ガーデーヴィはこのシンドゥラの新たな国王となることだろう。

思えばあれから十年か。現代日本で生まれ育ち、高学歴ワーキングプアとしてその日暮らしを続けてきたアラフォー独身男性の私、前世の名前は覚えていない、がいきなり王子様に転生していて、前世の記憶を思い出すなんてな。王子様ってマジ?やったあ勝ち組確定だぜ!と思ったのもつかの間、私は自分がアルスラーン戦記の登場人物、ガーデーヴィ王子に転生していた事に気付いて茫然となった。原作によれば、あと十年先には自分が弟と争い敗れ死ぬ運命なんだものな。どうすればいい、どうすれば、死亡フラグを回避できる?と寝台に体を起こし、必死に考えていたところに現れたのが、この世界での私の弟、ラジェンドラだった。これからの事を思うと気が気ではなく、辛うじてぎこちなく笑顔を繕った私を見て、開口一番あいつはこういった。

「…兄上、何だか変わられたか?もしかして前世の事でも思い出されたか?」

その一言で、ピンときてしまった。こいつも転生者かと。大体、原作とガーデーヴィの記憶には余りにも齟齬がありすぎた。何でバハードゥルがまともな知能を持った人間として、ラジェンドラに仕えてるんだ?原作開始よりもまだ十年も前なのに、ガーデーヴィの立場悪くなりすぎだろ?それに原作そのままのラジェンドラなら、その自分をも騙せるほどの演技力を駆使して、酒と女に溺れた父親に対して取るべき態度、親身になって心配し必死に諌める姿勢を選べたはず。余りに原作通りの姿に滑稽さを感じて冷笑などしないはずだ。そして、その間違った態度が、ガーデーヴィに突飛な行動を取らせ、前世の記憶を取り戻すきっかけになったのだ。だから、これはお前の自業自得だぞ、ラジェンドラに転生した誰かさんよ。

そんな不用意過ぎる転生者という悪いお手本がすぐ目の前にあったのだ。それを反面教師として、私は徹底的に自分が転生者であることを隠すことにした。幸い、ラジェンドラはいろんなところでやらかしていたから、自分がついおかしな事をしてしまったときには「弟のが伝染った」と言い訳すればそれで通ってしまった。ある時、サリーマにうっかりボリス・コーネフの事を漏らしてしまったときにも、「弟から聞いた。俺自身はフェザーンが何処にあるのか知らない」で済んでしまったしな。

自分が転生者であるというのを隠すのはあくまでも前提条件。私の至上命題は、原作通りに死を迎えるのを回避する事だ。原作でのガーデーヴィの欠点は、選民意識に染まりきっていること、目下に対する思いやりの無さ、自分の感情を抑える自制心の欠如などが挙げられるだろう。それらが彼自身の身を滅ぼしたとさえ言える。だから私はそれらを克服することに努めた。ラジェンドラが王宮から抜け出す際は必ず同行し、ラジェンドラがそうしていたように民衆の前では気前よく気さくに振る舞った。目下の者の労苦に常にねぎらいの言葉を掛け、感謝を口にした。豪族との付き合いも大切にしたが、それのみに終始しないよう気を配った。学問や武芸についてもよく学んだ。幸い、この体は本来頭も運動神経も悪くないらしい。弟に振り回され、集中を欠いたりしなければ本来はもっと高いパフォーマンスを発揮できたのだろう。

そして、前世の記憶を元により良い王族、為政者となれるよう試行錯誤を繰り返した。前世では某国営放送の大河ドラマを毎年欠かさず見ていたし、吉川三国志を読んだことで中国の歴史に興味を抱き、洋の東西を問わず様々な歴史小説を読破していた。田中芳樹先生の作品もファンタジー色が強すぎないものならほとんど読んでいたはずだし、ネットの二次小説にすら手を出していた。その中で思い描くようになった理想の君主の姿―闊達で国政に真摯に取り組み、私情に流されず、酒食に溺れず、それでいて気さくで親しみやすい面も持つ―を実践しようと心がけた。

とにかく原作みたいに死にたくない、生きながらえたい、そういう自己保身と防衛本能のみでこの十年を生きてきた。だが、弟に対してだけは過剰に防衛本能が働きすぎたかもしれない。キレイな奥さんをもらい、早々に可愛い息子も出来た事で欲が出たのかもしれない。確実にこの子に王位を継がせたい。それには弟が邪魔だ。弟をこの国から追い出し、自分の覇権を確実にしてしまえば、原作のシンドゥラ編につながるフラグは完全に折れるはずと考えるようになった。

本来、サリーマにあそこまでさせるつもりは無かった。ジャスワントに偽の密告をさせればそれで済むはずだった。だが、サリーマがやらせてくれと言ったのだ。それだけ私を愛し、私に賭けてくれたのだろう。頭が下がる。全く私には過ぎた女房だ。余りにも愛しすぎて、つい夜更かししすぎてしまうのも無理はないだろう。それくらいは大目に見て欲しいものだ。

弟に対する負い目が、彼の股肱の臣たちが彼についていこうとするのを決して止めるなと言う命令を私が下してしまうことにつながったのだろう。幸い、あの六人以外は義理と人情に絡め取られて、ここに残ることを選択した。更に俺がその事に対し、大仰に感謝の念を示したことで、より一層その意志が固くなった事だろう。

弟には二度とこの国に足を踏み入れないという誓約書を書かせはしたが、もう一つ保険を掛けておくか。あの王家はもしかしたら、弟を欲しがるかもしれない。対抗馬になるであろうあの人物の真の姿を克明に記載して、文を送ろう。それで翻意して弟を取り込もうと思ってくれたら重畳。何の反応もせずにあの王家が消滅するのだとしても、それも歴史の必然。こちらが心を痛める筋合いもない。

弟よ、この国のことは私が任された。お前にはパルスとあともう一国の運命も背負ってもらおうか!
 
 

 
後書き
これにて第一部は完結です。次話より第二部に突入いたします。 
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