艦隊これくしょん 災厄に魅入られし少女
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第十三話 心情
スコアアタック組の怒号にも似た大騒ぎを背に受けながら大淀についていき、そこから数分ほど歩いたところにある模擬戦闘組の簡易テントへと移動する。
模擬戦闘組のテントはスコアアタック組のテントよりも一回り大きなテントだ。手元の資料を見る限りここには十二人の艦娘しかいないのだが、戦艦や空母など艤装の大きな艦種が揃っており、また最終メンテナンスを行うために広く作られているわけである。
「こちらです」
凰香が模擬戦闘組のテントを眺めていると、入り口に立っていた大淀が声をかけてくる。それに手を上げ、彼女に従ってテントの中に入った。
テントの中は正面に工厰前の海の地図が貼られた大きな黒板がある広間、そして各艦隊毎に区切られた広いスペースがあり、そこで模擬戦闘を行う艦娘達が艤装のメンテナンスを行っていた。
凰香達が入ってきた瞬間、その場にいた全ての艦娘がこちらを向き、一様に呆けた顔になる。こんなところに凰香が来るとは思ってもいなかったのだろう。海原少将を除いた提督達は演習前に顔を出すことはしないだろうし。
「提督!!」
そんな呆けた顔の艦娘の中で黒板と向かい合って海図を真剣な表情で見つめていた初霜がこちらを振り向き、パアッと顔を綻ばせて歩み寄ってきた。
「どうされたんです? こんなところに」
「演習前に様子が見たくなったんですよ」
近付いてきた初霜の頭を撫でながら固まっている艦娘たちを見回し、手元の資料で名前と顔を当て嵌めていく。頭の中にはすでに入っているが、凰香は確認を兼ねて名前を呼んでいった。
「まず『長門』さん」
「……私だ」
凰香の言葉に、一番手前で腕を組んでブスッとした顔で佇んでいた艦娘ーーーー長門が声を出す。態度からしてあまり友好的ではないようだ。当たり前だが。
「次は『扶桑』さん」
「……はい」
次に声を出したのは、長門の後ろで椅子に腰掛けていた艦娘ーーーー扶桑だ。見た目は大和撫子と言われそうな肌の白さに端正な顔立ちをしているが、どうも彼女がまとっている空気に薄暗さを感じるのが勿体無いように思える。尚、扶桑はどういうわけか軽く目を見開いて凰香の顔を見ていたが、凰香に名前を呼ばれた瞬間にすぐにその表情を消して返事してきた。
「えー、『日向』さん」
今度は声ではなく、扶桑の反対側で艤装のメンテナンスをしているおかっぱヘアーの艦娘ーーーー日向が軽く手を上げる。彼女は上げた手をすぐ下ろし、目の前に置かれた偵察機のメンテナンスにをし始める。一機一機愛おしそうに眺めながら丁寧にメンテナンスするその姿に危険な臭いがしたのは気のせいではないだろう。まあそれは個人個人の自由なので、凰香は気にしないことにする。
「次は『龍驤』さん」
「はいよ~」
今度は日向の横から演習前とは思えない間の抜けた声が上がった。そこには陰陽師のような紅と黒の和洋折衷衣装を身にまとい、頭にはサンバイザーを着けた小柄な少女が手をヒラヒラとさせていた。態度からして友好的なのかそうでないのか判断がつかないが、とりあえず友好的と捉えておくことにする。
「次は……『隼鷹』さん」
「ほーい」
不敵な笑みを向けてくる龍驤の後ろにいた薄紫色の奇抜な髪形に龍驤と同じ陰陽師のような紅と白の和洋折衷衣装を身にまとった艦娘ーーーー隼鷹が返事する。龍驤と同じような態度なので、こちらも友好的と捉えておく。
凰香が資料に目を落として次の艦娘の名を呼ぼうとした時ーーーー
「司令官」
不意に横から声を掛けられる。凰香が振り向くと黒髪セミショートに何処にでもありそうなセーラー服を身にまとった艦娘が立っていた。顔は俯いているため見えないが、腰のあたりで固く握りしめられた拳がブルブルと震えている。
「どうかしましたか?えっとーーーー」
「特Ⅰ型駆逐艦……吹雪型、一番艦の『吹雪』です」
凰香が名前を言おうとした時、目の前の艦娘ーーーー吹雪が絞り出すような声で自らの名前を告げる。彼女はなおも俯き続け、握りしめる拳は血がめぐっていないのか白くなっている。
「昨晩、司令官が部屋のドアを殴り破って出て行くところをお見掛けしました……その後出てきた半裸の加賀さんも」
吹雪の言葉にテント内の空気が一瞬で凍り付く。周りの艦娘達の顔から表情が消えさり、ゆっくりとこちらに視線が集まる。視線の中の一つであった長門と目が合った瞬間、全身に鳥肌が立つ。
金剛や潮が向けてきたものとは違う、純粋な『殺意』の目だ。
しかしその程度で凰香が怯むことはない。
「何度も言いますが、私は何もしていません」
「分かっています、加賀さんに迫られたんですよね?それが金剛さんの命令だと勘違いされたのも知っています。全部分かってます。怒りに任せて金剛さんを問い詰めたことも……分かっています…分かっています……」
凰香に、と言うより自分に言い聞かせているようにつぶやき続ける吹雪は、あれだけ固く握りしめていた拳を解いた。一気に血がめぐってきた手は赤く紅潮し、所々血管が浮き出ている。
「ただ、一つだけお願いがあります」
消え入りそうな声でそう言った吹雪。
不意に、その身体が上下に揺れた。彼女の身体は先ほどよりも半分程度の高さになり、やがてその頭が重力に従う様にゆっくりと前に倒れる。下がり切った頭の前に、未だに赤い両手が添えられる。
早い話、土下座してきたのだ。
「吹雪!!何をやってーーーー」
「お願いです!!どうか……どうか金剛さんを責めないでください!!これ以上!!あの人を追い込まないでください!!」
長門の声をかき消すように発せられた吹雪の悲痛な叫びに、周りの艦娘たちの動きが止まる。遠い昔、連合艦隊の旗艦を務め、世界にその名を知らしめた戦艦長門を、火力、装甲共に足元にも及ばない駆逐艦吹雪が、言葉抑え込んだのだ。
凰香と防空棲姫、時雨は何も言わずに黙って吹雪を見つめる。
「枯渇した資材は私が死に物狂いで働いて貯めます!!どんな危険な偵察も私が必ず成し遂げてみせます!!弾や燃料が尽きようが補給はいりません!!どれだけ傷つこうが入渠もいりません!!ずっと……ずっと最前線で戦い続けます!!あの人の足りないところは全て私が補います!!ご希望なら伽のお相手も致します!!どのような命令にも必ず従います!!……どうか、どうかあの人を責めないでくださいぃ……」
怒号にも似た吹雪の言葉は、やがて嗚咽交じりの泣き声に変わった。必死に床に頭をこすりつける吹雪。その顔がどのようになってるか、見るまでもないだろう。
「お願いします……お願いします……どうか、どうかあの人を……そのためなら……そのためならごーーー」
「吹雪」
吹雪が言いかけた言葉を、場違いなまでに静かな声が遮る。それは、今まで静かに黙って聞いていた扶桑が出したものだった。
静かな声によって吹雪の言葉が断ち切られるとすぐさま扶桑が彼女に歩み寄り、その襟を掴んで無理やり立たせ、ズイッと顔を近づける。
「その言葉を二度と言わないで頂戴」
横顔だけで背筋が冷たくなる剣幕と、絶対零度のような声。それを目前で受けた吹雪は、小さな嗚咽を漏らしながら頷いた。それに扶桑は掴んでいた襟を離し、子供をあやす様に吹雪の身体を抱きしめる。
しばらく、テント内は吹雪の漏らす嗚咽とそれに優しい言葉を掛ける扶桑の声が響くだけであった。
「提督」
その沈黙を破ったのは、吹雪を抱きしめる扶桑だった。
「もうすぐ演習が始まる時間です。私達も準備があるので、そろそろお引き取り願ってもよろしいですか?」
「……大丈夫ですか?」
「はい。私はこの子の教育係でしたので大丈夫ですよ」
凰香の言葉に扶桑が優しく返してくる。しかし無理に演習に出てへんに怪我されたら元も子もない。
凰香がどうしようか考えていると、今度は長門が口を開いた。
「安心しろ、提督よ。扶桑だけでなくこのビック7もついている。僚艦に下手な被害を被らせないよう動くことなど、造作もないことだ」
「そーそー。それにここにいるのは皆ベテランだからお前さんが心配することは何一つ無いって」
長門に続いて隼鷹が軽薄な笑みを浮かべながらそう続けてくる。暗に『お前にできることはないからさっさと消え失せろ』と言われているような気がするのだが、事実そうなので凰香はおとなしく立ち去ることにする。
しかしその前に凰香は吹雪に近づき、片膝をついて言った。
「吹雪さん」
「…は…い…」
「次から私にお願いする時は決して土下座しないように。いいですね?」
凰香がそう言うとその場にいた艦娘達が驚いた表情になる。
しかし凰香は気にすることなくすぐに立ち上がり、その場から立ち去ろうとした。
「提督………」
テントの出入口へと向かう途中、心配そうな表情の初霜が声をかけてきた。
凰香はここに来た目的を初霜の伝えた。
「初霜さん、出来たらでいいから演習で成績が良かった人に間宮アイス引換券を渡す、と言う旨を伝えておいてくれませんか?」
「……了解しました」
凰香の言葉に初霜は渋い顔で承諾してくれた。いつもなら手を叩いて喜びそうな初霜だが、やはり周りの空気を察して喜ばないようにしているようだ。
何にせよこれでここに来た目的は果たしたので、今度こそ凰香達はテントから出ていく。それに今まで黙っていた大淀が慌ててテントから出てきて、凰香達に追いつくと並ぶように歩き始める。
「提督……」
「そろそろ演習が始まります。見張り台へ戻りましょう」
何か言いたげな表情の大淀にそれだけ言うと、歩くスピードを上げた。
今凰香は防空棲姫や時雨以外の誰かと話をする気はない。それだけ胸糞が悪かった。
凰香の心情を読み取ったらしき大淀は小さくため息を零し、それに追いつこうと大淀もスピードを上げた。
そのまま、凰香達は一言もしゃべることはなく見張り台へと向かう。その道中、多くの艦娘たちが海岸へと向かって歩いていく姿を見た。模擬戦闘の観戦でも行くのであろう。普段、訓練ばかりの艦娘達にとっては一種の娯楽なのかもしれない。
その中に曙と潮の姿を見かけたが、彼女たちは凰香に気付くとすぐさま走り去って行ってしまった。凰香もいちいち話しかけるのが面倒くさいのでそのまま歩いていく。
そんな艦娘達を尻目に見張り台に辿り付いたとき、ちょうど演習が始まる直前だったらしく、模擬戦闘組が海を移動している姿が見える。
先ほど顔を合わせたメンツが海面を滑る様に移動している中、主砲である連装砲を携えた吹雪が見えた。時折袖で顔を拭っている辺り、まだ万全と言った感じではないようだ。扶桑も心配そうな表情で吹雪のことを見ている。
そこに、今まで傍に控えていた初霜が吹雪ではなく扶桑に近づいていき、何か耳打ちした。それを受けた扶桑はすぐさま吹雪に近付き、同じように耳打ちする。その瞬間、吹雪の顔が目に見えて明るくなった。
おそらくアイスの件を伝えたのだろう。現にそれ以降、扶桑も微笑んで吹雪を見ているし、吹雪も袖で顔を拭うこともなくなった。これなら演習は大丈夫だろう。
そして、海上を移動していた艦娘たちはやがて六人に分かれ、それぞれ対峙するように陣形を整えていく。
深海棲艦に唯一対抗できる存在ーーーー『艦娘』。先の大戦で沈んだ艦船の魂が乗り移ったと言われている彼女達であるが、その姿形は凰香達人間とそこまで変わらない。しかし金剛が言っていたように、彼女達には深海棲艦を屠り去る砲門があり、海の上を滑る様に走る艤装がある。それは、深海棲艦に歯が立たない人類の最後の希望と言ってもいいだろう。
そんな彼女達がどのように戦場を駆け巡るのか、誰しもが一度は見てみたいと思うモノだろう。
「僕達と皆では戦い方が違うから、参考になるかもしれないね」
時雨がそうつぶやく。事実凰香達と正規の艦娘とでは戦い方が大きく違うので、参考になるところは吸収するつもりでいる。
やがて、隊列が整った艦娘達は海の上で静かに佇む。もうすぐされるであろう、演習の合図を待っているのだ。
「そろそろですかね」
海上に揃った艦隊を見て、大淀がそう声を漏らす。そして手に持っていた書類を足元に置き、そばに置いてあった砲門を手に取って頭上に向けた。どうやら、彼女の砲撃が開始の合図のようだ。
「提督、危ないですから少し離れていてください」
大淀にそう諭され、凰香達は彼女から一定の距離を開ける。それを確認した大淀は凰香達から頭上に向ける砲門に視線を移し、空いた手で砲門を持った腕を押さえる。そして、大淀は砲門の引き金を引いた。
次の瞬間、ズドン!!と腹の底に響き渡る音が聞こえてきた。しかし、音とは裏腹に砲撃の衝撃は一向に凰香達に襲ってこない。
衝撃が襲ってこない理由は簡単だ。
すぐそばで、『砲撃がされていない』からだ。
何事かと目を向けると、そこには飛び降りんばかりに見張り台から身を乗り出している大淀。身を乗り出している彼女は顔を真っ青にさせながら倒れるのかと思うほど勢いよく仰け反り、次の瞬間耳をつんざくような声を上げた。
「て、敵機襲来!! 総員、直ちに建物内に避難してくださぁぁぁぁいっ!!!!」
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