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カラミティ・ハーツ 心の魔物

作者:流沢藍蓮
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Ep11 取り戻した絆


〈Ep⒒ 取り戻した絆〉
 
 リクシアは、夢を見ていた。
「お兄ちゃん」
 遠い昔。兄が魔物になる前の日々を。
「お兄ちゃん、あそぼ」
 幼いころの思い出を。
 今はない、今はあり得ない。心のどこかで解っているけど。
「お兄ちゃん、だぁいすき」
 認めたくない、そういった思いが。彼女を夢へと縛り付けた。

  ◆

「兄さん、何でまた……」
「仕方ないだろう、落盤事故だ。遠回りせざるを得ない」
「じゃあ、何でこの町を通るのさ」
「ルードさんとは懇意だからな」
「懇意の店主ならほかにもいるでしょ?」
「ここが一番近いんだ」
「あんなにひどいことされて言われて、兄さんはお人よしだねぇ」
「もう過ぎたことだろう」
「……心配とか、言わないんだね?」
「オレは素直じゃないからな」
「自分で言う!?」

 天使と、悪魔。真逆の見た目に見える一対が、再びこの町を訪れていた。

  ◆

 リクシアは、目覚めない。
「……疲労はとうに、回復してるはずなんだけどなぁ……」
 彼女は夢を見ているようだった。その顔は穏やかで、幸せそうだった。
「――起きてって、言ってんの」
 軽く小突いてみても何も反応がない。
 フェロンはため息をついた。
「外部からだれか来ないかなぁ……」

  ◆

「いらっしゃーせー……って、フィオルさんにアーヴィーさん!? どうしたんすか!」
 ルードが素っ頓狂な声を上げた。それに応えるは純白のフィオル。
「やぁ、どうも。落盤事故で遠回りだよ」
「だからアーヴィーじゃないって言っているだろう……」
 例の宿にて。天使と悪魔――フィオルとアーヴェイは、ルードに再会していた。
 しかしルードはどこかソワソワしていて、落ち着きがなかった。
「……ルード。何かあったな?」
 アーヴェイがつとその目を細める。
 胸の奥に感じる胸騒ぎ。何か、あった。
 ルードはうなずき、いきなり土下座した。
「フィオルさんッ! アーヴェイさんッ! どうか、どうか客の眠り姫を、起こして下さぃぃぃぃいいいいいッ!」
「……ちょっと待て。今、こいつ『アーヴェイ』って言ったな? しっかり発音したな?」
「兄さん、突っ込みどころ違う……」
 突っ込んでくれたフィオルは無視し。
「具体的に説明してくれ。だれが眠り姫だって?」
「だから、あなたたちが連れてきた――」
 リクシアさんですよ」

  ◆

 ルードの案内でフェロンに会った。彼は状況をしっかり説明した。アーヴェイは頷き、確認のための一言を放る。
「要は、何かの夢にとらわれて、自ら目覚めないと?」
「おそらく……。そういった認識で合っている」
「でも、オレたちで目覚めさせられるかだな……」
「誰でもいい。リアにかかわった人なら」
「理解した。まぁ、やってみるか」
 フェロンの案内でベッドに近づく。そこに、やせ細った少女の姿があった。当然だ。一週間も眠っていればそんなになる。
 その頬を、アーヴェイは思い切り張った。
「兄さ……っ!」
「おい!?」
 驚くフィオルとフェロンは無視して。

「――貴様、いつまで眠っているッ!」

 悪魔の瞳が、カッと見開かれていた。
 彼は、叫んだ。
「かつて貴様は、オレを仲間だと言ったな? だがな、それは違う! 貴様はオレたちを裏切った! だから、オレは貴様にもう一度言おう!」
 その一言を言われ、傷ついたリクシアは、危うく魔物になりかけた。
 その言葉が、再び。彼の口から発せられる。

「――お前なんて、最初から、仲間じゃなかった」

「違う!」
 リクシアは跳ね起きて、叫んでいた。
「あなたは仲間だった! 私が最初に出会ったあの時から! 別れた日は、混乱していただけで!  
 最初から――仲間だったんだッ!」
「……起きたじゃないか」
 アーヴェイが、にやりと笑った。
「アーヴェイ、すごい……」
「見直した」
 フィオルとフェロンが、呆然とした顔でつぶやいた。
 リクシアは、はっとなる。
「わ……わた……わた……し……」
 叶わぬ夢にとらわれて。現実を見ようとしなかった。
 力は回復したのに。待ってくれる人がいるのに。
 夢に、おぼれて。悲しみに、おぼれて、現実を、見ようともしなかった。
「ごめん……ごめんな……さい……!」
 なんて愚かだったのだろう。また、フィオルとアーヴェイに笑われる。
――フィオルと、アーヴェイ……?
 リクシアは何度も瞬きした。あれれ? おかしい。フィオルとアーヴェイとは、決別したはずだ。なのになぜ、ここにいるの?
「……目、おかしくなっちゃったのかな……」
「おかしくはないぜ」
 言葉を声が否定した。
「アー……ヴェイ……」
「落盤事故があって道が通れなくてな。引き返すついでにここに寄った」
 そんなアーヴェイに、呆れた顔でフィオルが突っ込みを入れる。
「兄さん素直じゃない……」
「素直だが?」
「今度は否定するわけね……」
 そのやり取りを、微笑んで聞きながらリクシアは呟いた。
「戻って……くれたんだ……」
「ああ。フェロンから話は聞いた。少しは成長したと思ったが、その様子じゃまだまだだな」
「……わかってるもん」
 フィオルに会い、アーヴェイに会い。フェロンと再開し、「ゼロ」と戦って。そのたびに、己の甘さを突き付けられて。
「……わかってる……わかってる……けど……」
 今なら受け入れてくれる。そんな甘い考えは捨てたけど。
 リクシアはこの人たちが好きだから。仲間として、友人として。好き、だから。
「お願い……私と……また、仲間になって……!」
「前置きせずにそう言え」
 アーヴェイが、微笑んでいた。
「いいだろう。武器を奪われて、戦力が不足していたところなんだ。お前を仲間として、受け入れる」
「僕も忘れないでね」
「了解だ、フェロン」
 ただし、と彼は、いたずらっぽく笑った。
「足手まといにだけは、なるなよ」
「――――はいっ!」
 リクシアは、強くうなずいた。
 また、彼らと一緒に旅ができることが心から嬉しかった。わだかまりもなく、話せることが。
 あの日。あの、別れの日以来。心にくすぶっていた黒い後悔。それが今、溶けだして。春の清流となって心を下っていく。
――よかった。
 ほっとして微笑めば、落ちてきた瞼。
「リア!? 」
 驚いたようなフェロンの声。今度はそれに、しっかりと返す。
「疲れたの。今度はちゃんと、起きるから、さ……。あとでご飯、持ってきて?」
 今はちょっと眠たいだけ。大丈夫、すぐに起きるからと彼女は安心させるように言った。
「……つくづく、兄さんもお人よしだよねぇ」
「困っている人をほっとけないだけだ」
「それをお人よしというんだよ!?」
 コントみたいな掛け合いを聞きながらも、リクシアは微笑みながら眠りに落ちる。
 
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