戦国異伝供書
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第二話 百姓の倅その五
「もうな」
「では」
「そこで寝泊まりして飯も食ってな」
「思う存分ですな」
「働け。よいな」
「わかり申した」
こうしてだった、木下は織田家に雇われることになった。だが家臣と言ってもそう言っていいかわからぬ足軽でだ。
城の中でも雑用ばかりだった、だが頭の回転が速く要領もよくしかも人好きのする愛嬌のある性格でだ。
彼は仕事を評価されると共に人気も出て来た、それで前田利家が彼に自分から声をかけた。
「おお、お主が猿か」
「確か」
「前田犬千代じゃ」
前田は笑って自分から名乗った。
「又左とも言うからな」
「左様でしたな、確か」
「うむ、しかしお主もうわしの名を知っておったか」
「お顔も」
そちらもというのだ。
「承知しておりました」
「そうであったか」
「はい、城内の家臣の主な方の名前とお顔は」
その両方はというのだ。
「頭に入れております」
「そうであったか」
「左様です」
「ううむ、お主頭がよい様じゃな」
前田は木下のその言葉を受けて言った。
「評判通りな」
「それがしの評判はもう聞いておりましたが」
「わしもな、それでお主な」
「はい、それがしは」
「どうも近々取り立てられてな」
そしてというのだ。
「侍になるらしいぞ」
「侍ですか」
「その働きぶりが認められてな」
そうしてというのだ。
「そうなるらしいぞ」
「それは驚きましたな」
「いや、お主も身を立てたいであろう」
「いえ、それでもです」
実際に驚いた顔になってだ、木下は前田に話した。
「まさかです」
「もう侍になるとはか」
「思っておりませんでした」
「うちの殿はそうした方じゃ」
前田は木下に笑ってこうも話した。
「見どころがあると思えばすぐにな」
「誰でもですか」
「そうじゃ、取り立てて下さるのじゃ」
「そうした方ですか」
「わしなぞ近侍にしてもらってじゃ」
それこそすぐにだ、前田もそうなったのだ。
「今では赤母衣衆よ」
「殿のお傍におられる」
「それよ、だからな」
「それがしもですか」
「もうすぐに侍になってな」
「足軽からですか」
「馬にも乗る身分ぞ」
そうなるというのだ。
「よかったのう、しかしな」
「しかしとは?」
「お主馬は乗れるか」
前田は木下にこのことも尋ねた。
「それはどうじゃ」
「実は馬はあまり乗ったことがなく」
木下は前田に正直に答えた。
「それで」
「ふむ。それではじゃな」
「はい、乗ることは出来ても」
「速く駆けさせるとか」
「どうなるか」
「そうか、では馬に乗ることもな」
それもというのだ。
「覚えるといいぞ、まあわしは馬はな」
それはとだ、笑って話した前田だった。
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