デート・ア・ライブ〜崇宮暁夜の物語〜
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デート開始!
折紙と別れ、二階の廊下を歩く暁夜は、徐々に二年四組の教室へと辿り着こうとしていた。現在は銃撃の音が止み、先程までが嘘のように静かだ。 破砕した壁の瓦礫や割れた窓の破片が廊下に散乱し、それを跨ぎ超えるのは一苦労だ。 今朝まで普段と変わらない学園風景だったが今となっては廃墟にしか見えない。 しばらく休校だな。と暁夜は胸中で感想を零す。感傷に浸りたいところだが、今はそれどころではない。少し歩くスピードをあげる。腰帯に取り付けられた鞘の解除装置(指紋認証)部分に触れるか触れないかぐらいの辺りに右手を添え、カツカツという靴音を殺しながら二年四組の教室に歩み寄っていく。殺気が悟られないように心を殺し、すぅ。と息を吸い、吐く。無心による一刀は対象に気配を悟られず、ましてや切った事を対象に気づかせない。無駄な動きはなく、対象の命を一撃で屠る必殺の一刀。 この一刀を身に付けるために何度も剣道場や訓練場で木刀を振り続けた。暇があれば木刀を振り、無駄な筋肉と脂肪をトレーニングで無くし、持久力やバランス感覚、動体視力を磨いてきた。そして、身につけた。
無心による必殺の一刀を。
ただ、この一刀は初撃が大事だ。初手が失敗すれば、次はない。熟練の武闘家や剣の達人相手であるなら、容易い。だが今回の対象は、人ではない。 人が足を踏み入れることの出来ない『精霊』と呼ばれる化け物の領域に存在する者。銃火器類は一切効かず、顕現装置搭載の対精霊装備で傷をつけるのがやっとの存在。 勝ち目やまして精霊討滅数の多いAST隊員は暁夜のみ。もう一人は陸自のトップエースだが、今は『ナイトメア』討滅の任務にあたっているため、宛にできない。結果、まともに『精霊』と戦えるのは暁夜一人のみだ。彼の雇用人兼親友のアイザック・レイ・ペラム・ウェストコットからの指示は、『特殊災害指定生命体『精霊』をASTと共に討滅せよ』という内容だ。まぁ、そのおかげで士道と折紙に会えた。その件に関しては深く感謝している。 ただ、DEM社とは対照的に、『精霊』を救おうとする組織が日本にあるとは想定外だった。ましてや秘密兵器が士道ときたものだ。胸糞悪い事この上ない。
「--すぅ」
息を肺にため、呼吸を一旦止める。それにより、呼吸の音を殺す。緊張により、喉が乾き、思わず生唾を飲み込みそうになる。しかし、その音さえも殺す。足音、服の擦れる音、呼吸音、咀嚼音、風の音、全ての音を殺す。耳に聞こえる音はもう存在しない。視界に映るのは、二年四組の教室。 あと数歩で、攻撃範囲に『プリンセス』を捉える。目を閉じ、腰帯に取り付けられた鞘の解除装置(指紋認証)部分に親指の腹を当てる。 すると、モスキート音に似た電子音が解除装置から鳴り、《アロンダイト》が音を鳴らさず滑らかな動きで変形していく。やがて、折り畳まれた形状から、白塗りの片手剣の形状になった。その柄に手を添えて、この数年で身につけた気配察知を使用する。透明な蜘蛛の糸が張り巡らされた空間。否、意識空間。実際には蜘蛛の糸など張り巡らされていないが、暁夜には蜘蛛の糸が見えている。気配を教えてくれる糸が。これは、気配察知能力を身につけた暁夜だからこそ出来る技術。
(・・・いた)
暁夜にしか見えない蜘蛛の糸が揺れ、対象がいることを知らせる。揺れの具合によって、数と性別がわかる。二回、蜘蛛の糸が揺れた。
(『プリンセス』発見)
残り数秒で教室内に到着する。足を教室内に踏み入れた瞬間、必殺の一刀を放つ。
(5...4...3、2、1...0!)
カッと閉じていた目を見開き、目にも止まらぬ速さと無駄のない動きで《アロンダイト》を横向きに一閃。 それと同時に激風が生じ、殺していた音達が一斉に暁夜の五感に流れ込む。風の音や呼吸音、服の擦れる音といった全てが。しかしその中に、悲鳴や苦鳴の音はなく、ましてや金属と金属のぶつかる甲高い音や火花の散る音さえも響かない。ただ、暁夜の耳にするりと真っ先に入ってきた音は、少女の声だった。
「---無粋」
それは穏やかな声でも悲しげな声でも、ましてや歓喜の声でもない。
その声は--音は--
静かな『怒り』だった。
「・・・・っ」
ギリッと歯を食い縛り、暁夜の身体が吹き飛ばされる。--が、壁に背を直撃するより早く、《アロンダイト》を床に刺し、衝撃を殺しつつ、柄を握る手を一瞬離し、壁に足裏を当て、完全に衝撃を殺しきり、着地してみせた。
「ち―――また、貴様か」
必殺の一刀を容易く受け止め殴り飛ばした十香は、唾棄するように言う。 暁夜は士道を一瞥すると、安堵したかのように小さな息を吐いた。しかしすぐに《アロンダイト》を構え直し、十香に鋭い視線を送る。
「……………」
その様子を見た十香は、ちらと士道を一瞥してから、自分の足下の床に踵を突き立てた。
「―――<鏖殺公>!」
瞬間、教室の床が隆起し、そこから玉座が現れる。
「ちっ。 天使か!」
舌打ちし、《アロンダイト》の柄を強く握り床から引き抜くと共に、加速。淡い青の光を帯びた刀身が紅闇色の光に染まり、不気味な輝きを放つ。グァンッ、と下方向と上方向から同時に<鏖殺公>と呼ばれる巨大な剣と《アロンダイト》が激突し、火花を散らした。 さらに激風が生じ、その場にいた士道が校舎の外へと吹き飛んでいく。
「のわぁぁぁッ!?」
『ナイスっ!』
インカム越しから琴里の声が響くと同時に、士道の身体が無重力に包まれる。不思議な浮遊感を感じながら、士道は<フラクシナス>に回収された。その不可思議な現象を視界の端に捉えながら、暁夜は《アロンダイト》の上にのしかかる<鏖殺公>を打ち上げるために、右腕に力を込め、唸るような咆哮をあげた。
「--っらあぁぁぁぁ!」
「--甘い」
静かな声が聞こえた瞬間、重力に押し潰されるような衝撃が右腕を襲った。 ミシミシと骨の軋む音が鳴り、気を抜けば折れかねない。 暁夜は小さく舌打ちをし、十香の鳩尾に蹴りを叩き込む。カツンと鉄を蹴った感触を足に感じながら、距離を取った。
「・・・っぶねぇ」
荒い息を吐き、額から汗が流れる。ポタポタと床に一滴一滴と鼻筋を伝い落ちていく。 右腕は先程の鍔迫り合いの際に動かなくなりダラんとした状態。《アロンダイト》は床に落ちたまま。 それでも鋭い目を十香に向けて放つ。
「ふん。 これで終わりだ」
十香は<鏖殺公>を消失させ、告げる。
「はぁ・・・はぁ。 今度こそ殺してやるよ、『プリンセス』」
「あぁ、楽しみにしている。それと私の名は十香だ。 崇宮暁夜」
その言葉を残した後、十香は光の粒子となり、消失《ロスト》した。その幻想的な光景を眺めながら、暁夜は崩れた天井を見上げ、
「十香・・・か」
先程光の粒子と化し消失した『プリンセス』が名乗った名前を呟いた。それ同時に、ポケットにしまっていた携帯が震える。誰からだ?と携帯を取り出し、表示されている名前を確認する。
「エレン?」
そこには、『ポンコツちゃん』と表示されていた。『ポンコツちゃん』とは、アイクの秘書であるエレン・M・メイザースの渾名だ。因みに『ポンコツちゃん』と名付けたのは暁夜であり、そう呼ぶのは暁夜ただ一人だけである。とりあえず、と画面をスライドし、耳に寄せ、口を開く。
「どったのー? ポンコツちゃん♪」
『だ、誰がポンコツですか! 上司に向かって何たる態度を!あなたは昔から生意気でお調子者で楽観的で何度私を怒らせれ--ゴホンッ。まぁ、いいでしょう。それよりもアイクからの言伝です』
若い女性の声がスピーカー越しから響いた。
「アイクから? また任務か?」
『いえ、今回は任務ではありません。今回の件は貴方が彼に依頼した事の途中結果です』
スピーカー越しから紙を捲る音が微かに聞こえる。
「途中結果って事は、真那の手がかりとか分かったのか!?」
『ええ。 と言っても、多少ですが』
「多少でも構わない。 教えてくれ」
『崇宮真那の居場所ですが、天宮市にいます。恐らく、あなたの通う学校からそこまで遠くはないはずとの事です』
エレンは紙を捲り告げる。 恐らく、アイクが纏めた書類に目を通しながら読んでいるのだろう。
「分かってるのはそんだけか?」
『ええ、そうです。また手がかりを見つけ次第、連絡するのでもうしばらく待っていてください。 暁夜』
「あぁ、分かった。 また手がかりを見つけたら連絡してくれ。 ありがとな、エレン」
『お礼はいりませんよ。あなたの為ではないので。 それでは、また』
酷く冷たい態度でエレンは通話を切った。 暁夜は小さく溜息をつき、立ち上がる。左手で《アロンダイト》を掴み、AST隊員達に合流し、その場を後にした。
そして、『プリンセス』消失後の夜。高級マンションのような出で立ちの折紙と暁夜が借りている一室。駐屯地から家に帰る途中のスーパーで夕飯に必要な材料であるカレーライスの具材と市販のルーが詰め込まれたレジ袋を両手に引っ提げた暁夜は、既にキッチンの前にエプロン姿で立っている折紙の目の前にレジ袋を置いた。
「暁夜、お疲れ様」
「ホントだよ〜、折紙ちゃん」
あー疲れた。と呟き、料理も手伝わずにソファに寝転がる暁夜。 ただし、折紙が注意を告げたり、文句を言うことはない。というのも、この同棲生活を始めた頃に、料理当番は折紙と決まっているからだ。その代わりに、洗濯物や食器洗い、買い出しなどは暁夜が任されている。机に置かれたテレビのリモコンを手繰り寄せて電源を入れ、適当にチャンネルを変えていく。どれもこれもニュースやバラエティ番組、クイズ番組、子供向けアニメ等ばっかりで退屈だ。暫く適当に切り替え、仕方ない、と妥協してバラエティ番組をつける。
「ふあぁあ」
大きな欠伸をし、人気のなさそうなお笑い芸人が漫才している光景を眺めながら、夕飯が出来るのを待つと共に、明日のデートについての話を持ちかける。
「ところでさー、折紙は明日のデート、どこ行きたい?」
「ドリームランド」
水族館や映画館といった天宮市モールかと思ったら、全く知らない単語だった為、暁夜は一瞬、思考が停止した。
「・・・? そんなテーマパーク、この辺にあったか?」
「ある。ちなみに、男と女が一緒に行くと永遠に結ばれるとても楽しい所」
「・・・木の下で告白したらとか、観覧車でキスしたらみたいな恋のジンクス的な?」
「違う」
折紙はルウを溶かしながら首を振った。
「じゃあ、なんだよ?」
「男と女が身も心も混じりあ--」
「それ以上はアウトっ!」
「男と女が交b--」
「言葉変えたらいいってわけじゃねえぞっ!?」
再び爆弾発言を告げようとする折紙の声を掻き消すほどの大声で暁夜は叫んだ。そして、ソファに座り直して、
「却下だ却下。明日は、街をブラブラします! はい、決定!もう変更は許されません!」
腕を組んで暁夜は告げた。その様は頑固親父といった感じにしか見えない。それに対し、折紙は渋々といった感じで頷き、カレーライスの盛られた皿を手にキッチンを出て、机に二人分のカレーライスの盛られた皿を置いた。暁夜はソファから腰を下ろし、床に座り込み、折紙が座ったのを確認して食事を始めた。暫く、他愛もない会話や何時にデートに行くかなどを話して風呂を終え、ベッドに入り、眠りに入ったのだった。
❶
「………そりゃそうだよな、普通に考えりゃ休校だよな………」
士道は後頭部を掻きながら、高校前から延びる坂道を下っていた。士道が、精霊に十香という名をつけた次の日。普通に登校した士道は、ぴたりと閉じられた校門と、瓦礫の山と化した校舎を見て、自分の阿呆さに息を吐いた。
まさに校舎が破壊される現場にいたわけだし、普通に考えれば休校になることくらい推測出来たのだろうが………その余りの非現実的な光景に、無意識下で自分の日常と切り離して認識していたのかもしれなかった。それに、昨日の夜ずっと十香との会話ビデオを見ながら反省会をさせられていたため、寝不足で思考力が落ちていたというのもあるかもしれない。
「はぁ・・・ちょっと買い物でもしていくか」
ため息をひとつこぼし、家への帰路とは違う道に足を向ける。確か卵と牛乳が切れていたはずだったし、このまま帰ってしまうというのも何だった。―――が、数分と待たず、士道は再び足を止めることになった。道に、立ち入り禁止を示す看板が立っていたのである。
「っと、通行止めか………」
だがそんなものがなくとも、その道を通行出来ないことは容易に知れた。何しろアスファルトの地面は滅茶苦茶に掘り返され、ブロック塀は崩れ、雑居ビルまで崩落している。まるで戦争でもあったかのような有り様だったのだから。
「―――ああ、ここは」
この場所には覚えがあった。初めて十香に会った空間震現場の一角である。まだ復興部隊が処理をしていないのだろう。10日前の惨状をそのままに残していた。
「……………」
頭中に少女の姿を思い浮かべながら、細く、息を吐く。
―――十香。昨日まで名を持たなかった、精霊と、災厄と呼ばれる少女。昨日、前よりずっと長い時間会話をしてみて―――士道の予感は確信に変わっていた。
あの少女は確かに、普通では考えられないような力を持っている。国の機関が危険視するのも頷けるほどに。今士道の目の前に広がる惨状がその証拠である。確かに、こんな現象を野放しにはしておけないだろう。
「………ドー」
だけれどそれと同時に、彼女がその力をいたずらに振るう、思慮も慈悲もない怪物だとは、到底思えなかった。
「………い、………ドー」
そんな彼女が、士道が大嫌いな鬱々とした顔を作っている。それが、士道にはどうしても許容出来なかったのである。
「おい、シドー」
………まあ、そんなことを頭の中にぐるぐる巡らせていたものだから、気づいて当然の事態に思考がいかず、校門前まで歩く羽目になってしまったのであるが。
「………無視をするなっ!」
「―――え?」
視界の奥―――通行止めになっているエリアの向こう側からそんな声が響いてきて、士道は首を傾げた。
凛と風を裂くような、美しい声。どこかで………具体的には昨日学校で聞いたことのあるような声。………今、こんなところでは、聞こえてくるはずのない、声。
「え、ええと―――」
士道は自分の記憶と今しがた響いた声音を照合しながら、その方向に視線を集中させた。そしてそのまま、全身を硬直させる。
視線の先。瓦礫の山の上に、明らかに街中に似つかわしくないドレスを纏った少女が、ちょこんと屈み込んでいた。
「と―――十香!?」
そう、士道の脳か目に異常があるのでなければ、その少女は間違いなく、昨日士道が学校で遭遇した精霊だった。
--同時刻--
高級マンションの一室の扉前に暁夜はいた。
「ふあぁ、眠い」
白いシャツに紺のジーンズを履いた暁夜が、両腕をあげて欠伸をする。身体の節々から小気味のいい骨の鳴る音が聞こえた。
「お待たせ、暁夜」
ガチャと扉が開き、白のワンピースを着た折紙が小さな両手鞄を手に現れる。
「うっし。 じゃあ、行くか」
暁夜がそう言って手を差し伸べると、
「・・・」
コクリと頷き、折紙は微かに微笑んで暁夜の手を掴んだ。
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