デート・ア・ライブ〜崇宮暁夜の物語〜
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
対話
二年四組の教室。前から四番目、窓際から二列目--ちょうど士道の机の上に、不思議なドレスを身に纏った黒髪の少女が、片膝を立てるようにして座っていた。幻想的な輝きを放つ目を物憂げな半眼にし、ぼうっと黒板を眺めている。 半身を夕日に照らされた少女は、見る者の思考能力を一瞬奪ってしまうほどに、神秘的。だが、その完璧にも近いワンシーンは、すぐに崩れることとなった。
「--っ!?」
少女が何かに気づき飛びず去る。それと同時に、先程まで少女がいた空間が切断された。まるで物体ではなく空気を切り裂く一閃。 机が紙のように容易く切れ、床が抉り取られる。爆風が生じ、壁に貼り付けられた掲示物が吹き飛んでいく。
「ちっ。 外したか」
モクモクとたつ砂煙の中に映る人影の方から若い青年の声が響く。
ブゥン!、と。
その人影が『何か』を横に一閃した瞬間、砂煙が吹き飛び、姿が現れる。
光が差さない紅闇色の瞳に、色素が微かに抜けた青髪。 童顔に高身長の青年。右手に白塗りの片手剣を構えて、こちらを睨んでいる。
少女はその青年を見て、唇を動かす。
「--崇宮暁夜」
幾度となく剣を交え、退いてきた不思議な青年。メカニックな変な格好をした少女達とは違い、白塗りの片手剣のみを装備した変わった青年。そして、少女に何度も話しかけてきた唯一の人間。
「昨日ぶりだな、『プリンセス』」
《アロンダイト》の切っ先を『プリンセス』に突きつけ、目つきを鋭い刃のように尖らせる。
「悪いが、今回は時間が無い。最初から全力で行かせてもらうぞ」
暁夜は《アロンダイト》の刀身に手を添え、
「擬似天神:『トール』解放」
スライドさせる。瞬間、淡い青の光を帯びていた刀身が、白黒色の火花を迸らせる。
「死ね、『プリンセス』」
ひゅん、と。
暁夜が告げた瞬間、空間転移が起こったかのように、『プリンセス』の目の前に姿を現す。視認できないほどの移動速度を生み出し、瞬間移動のように近づく接近方法。それを可能にするのは、《アロンダイト》によって呼び出した『雷神トール』の力のおかげだ。人間が超越することの出来ない領域に暁夜は一歩二歩と踏み込んでいる。それにより絶大的な力を手に入れることができる。ただし、力を得れば、代償は必ず所持者の身体を蝕む。肉体損傷という形で。その為、自動的に抑制能力を有した擬似天神が起動するように設定されている。
「ふん。その程度か」
『プリンセス』は、空間移動とも思わせる接近に驚くこともせず、蚊を払うかのように右腕を振るった。刹那、激風が生まれ、暁夜の身体がくの字に折れ曲がるかの如く、壁に激突した。バキャバキィと、机がへし折れ、壁に亀裂が走り、窓がパリンと割れる。硝子の破片が宙を舞い、数個の破片が暁夜の背中や腕、脚などに突き刺さる。
「・・・っう」
熱々の鉄板に背中を押し付けられているような激痛に顔をしかめる。木の破片で裂けた額から血が流れ、鼻を伝い、床に落ちる。ふと、頭に影が差す。 暁夜が視線を上に上げると、いつの間にか、巨大な剣を構えた『プリンセス』がこちらを見下ろしていた。どこか哀しげな瞳で。微かに巨大な剣を握る手が震えていた。まるで、私にお前を殺させないでくれ、と訴えているみたいだ。
「なぜ・・・おまえは、私を殺そうとする?」
寂しげな瞳を暁夜に向け、巨大な剣の切っ先を向けたまま、尋ねてくる。それに対し、暁夜は鼻で笑った後、
「誰が教えるかよ、バーカ」
と、『プリンセス』に向かって中指を立てた。その意味を知らない少女だが、侮辱されたということは雰囲気的に気づいた。
「--そうか」
『プリンセス』は寂しげにそう呟き、巨大な剣を掲げ、暁夜の身体を切り裂くように振り下ろそうとした・・・瞬間、
「ま・・・待ってくれ!!」
激風で破壊された二年四組の扉の方から、暁夜とは別の青年の声が響いてきた。その声に、ピタリと、巨大な剣を振り下ろしかけていた少女の動きが止まる。 ギロりとした瞳ではなく、相変わらず寂しげな瞳を、声のした方へと少女は向ける。勿論、暁夜もだ。
「な、なんで・・・来たんだ? 士道」
暁夜は扉の前に立つ青年の名を呼ぶ。
青髪に茶色の瞳。 童顔でどちらかというとイケメン枠に属する親友、五河士道。
彼は緊張したような面持ちで『プリンセス』と暁夜を見つめていた。
「おまえは--何者だ?」
暁夜に巨大な剣を向けたまま、士道を片目で睨む。そのひと睨みだけで身体がすくんでしまう。だが、逃げない。彼女を救いたいから。きっと、彼女は悲しんでいたのだ。 頼れる人はおらず、敵ばかりがはこびる世界で。たった一人で、泣いていたのだ。だから、士道は背中を見せない。
「お、俺は--」
士道は意を決して、名乗りを上げる瞬間、
『待ちなさい』
耳に取り付けたインカムから、琴里の制止の声が聞こえた。
❶
<フラクシナス>艦橋のスクリーンには今、光のドレスを纏った精霊の少女が、バストアップで映し出されていた。愛らしい貌を刺々しい視線で飾りながら、カメラの右側―――士道の方を睨みつけている。
そしてその周りには『好感度』を始めとした各種パラメータが配置されていた。令音が顕現装置で解析・数値化した、少女の精神状態が表示されているのである。すでに《フラクシナス》に搭載されているAIが、士道と『プリンセス』の会話、そして暁夜と『プリンセス』の会話もタイムラグ無しで、恋愛ゲームによくあるログのようにテキストが残され、現在の会話文が下部に記載されていた。
『お、俺は--』
士道が名乗りをあげる瞬間、画面が明滅し、艦橋にサイレンが鳴り響いた。
「こ、これは!?」
そのサイレン音と画面状況に、《フラクシナス》のクルーの一人が狼狽した声を上げる。それと同時に、明滅していた画面中央にウィンドウが出現する。
①「俺は士道。五河士道。君を救いにきた!」
②「と、通りすがりの一般人です。 やめて殺さないで」
③「人に名を訊ねる時は自分から名乗れ」
④「誰が教えるかよ、バーカ」
それは、恋愛ゲームによくある今後の展開を左右するセーブ不可避のターニングポイント。
要するに選択肢だ。
少しの選択ミスでバッドエンド直行ルートの恐れもあるロード不可避の運命の分かれ道。ゲームであれば、セーブ&ロードも可能だが、人生にセーブ&ロードは存在しない。言葉や行動が一度失敗すれは、それは一生、人生の汚点として残り続ける。死にたいほどの恥も失敗も。
「選択肢--っ」
司令席に座る五河琴里は、チ○ッパチ○プスの棒をピンと立てた。
令音の操作する解析用顕現装置と連動した<フラクシナス>のAIが、精霊の心拍や微弱な脳波などの変化を観測し、瞬時に対応パターンを画面に表示したのだ。
これが表示されるのは、精霊の精神状態が不安定である時に限られる。つまり、正しい対応をすれば精霊に取り入ることが出来る。だがもし間違えれば―――
琴里はすぐさまマイクを口に近づけると、返事をしかけていた士道に制止をかけた。
「待ちなさい」
『―――っ?』
士道の息を詰まらせるような音が、スピーカーから聞こえてくる。恐らく、なぜ制止させられたのか理解出来ていないのだ。それは仕方ないことだ。なぜなら、士道側から選択肢は見えない。
「これだと思う選択肢を選びなさい!5秒以内!」
琴里は即座にクルー達にそう指示する。その指示に瞬時、各自手元のコンソールを操作し、これだと思う選択肢を選び取る。 その結果は自動的に、司令官である琴里のコンソールに表示された。 そのなかで最も多いのは--③番。
「―――みんな私と同意見みたいね」
琴里がそう言うと、クルー達は一斉に頷いた。
「①番は一見王道に見えますが、向こうがこちらを敵と疑っているこの場で言っても胡散臭いだけでしょう。それに少々鼻につく」
直立不動のまま、神無月が言ってくる。
「・・・④番は論外だね。ログに暁夜が発言した後、とてつもなく彼女が不機嫌になったデータを確認した。 その状況下で再び挑発すれば、シンは終わり。 勿論、②番も同じだ」
次いで、艦橋下段から令音が声を発してきた。
「そうね。その点③番は理に適っているし、上手くすれば会話の主導権を握ることも出来るかもしれないわ」
琴里は小さく頷くと、再びマイクを引き寄せた。
❷
「………お、おい、何だってんだよ………」
少女の鋭い視線に晒されながら言葉を制止された士道は.気まずい空気の中、そこに立ち尽くしていた。
「あいつ、一人で何喋って・・・?」
琴里の言葉を不思議に思いながらも、士道の方に視線を向ける暁夜。 ただし、警戒を解くことはない。少しでも変な動きをすれば、巨大な剣によって殺される。例え、暁夜が『精霊』相手に生身で戦える人間だとしても、現在の状況下では即死確定だ。
「・・・もう一度訊く。 お前は、何者だ?」
少女が苛立たしげに言い、目を更に尖らせた。その瞬間、漸くインカムから琴里の声が聞こえた。
『士道。聞こえる?私の言う通りに答えなさい』
「お、おう」
『―――人に名を訊ねる時は自分から名乗れ』
「―――人に名を訊ねる時は自分から名乗れ・・・って」
そう言ってしまってから、士道は顔を青くした。
「な、何言わせてんだよ………っ」
だが時既に遅し。士道の声を聞いた『プリンセス』は途端、表情を不機嫌そうに歪め、今度は両手を振り上げて光の球を作り出した。
「ぃ・・・・!?」
士道は咄嗟に地を蹴り、回避動作に入る。だが、間に合わない。士道の動きより早く、光の球が放たれる。 殺さんと迫る『死』の暴力。身体に当たれば終わりだ。
「--クソっ!」
巨大な剣から『プリンセス』が手を離した事で、距離をとるチャンスを得た暁夜は、擬似天神『トール』を再び解放し、士道と光の球の間に姿を現す。 そして、《アロンダイト》で光の球を切り裂こうとするが、振り抜き動作が間に合わない。その為、毒づくと共に、左手に白雷を纏わせ、手の平で受け止める。
バチィッ!
と、火花を散らし、光と白雷が爆発した。砂煙がモクモクとたち、暁夜と士道の姿が見えなくなる。『プリンセス』は、暁夜の妨害に舌打ちをし、巨大な剣を振るった。刹那、激風が生じ、砂煙が吹き飛び、暁夜と士道の姿を露わにさせる。
左腕がへし折れ、左手首から指の先までの皮膚が焼け爛れており、乱れた呼吸をする暁夜と、顔を腕で覆い尻餅をつく士道の姿が。
「--っ」
焼けるような痛みに顔を顰めながら、暁夜は《アロンダイト》を構える。士道の盾になるように。対する『プリンセス』は、巨大な剣を突きつけ、睨む。
「崇宮暁夜。 そこをどけ」
ゾクッとその言葉に寒気が身体を襲った。 先程までとは格段に違う本当の殺意。悲しみや情けの一切ない殺意。思わず、足がすくんでしまう。
「ハッ! やだね、バーカ」
恐怖を振り払うように暁夜は鼻で笑い、挑発としかいいようのない言葉を吐き出す。
「そうか。 では--」
『プリンセス』が小さく息を吐き、
「死ね」
そう呟いた瞬間、暁夜の身体が吹き飛んだ。教室の壁を突き破り、硝子に全身を貫かれ、おびただしい量の血が流れる。 だが、致命傷は免れた。『プリンセス』の視認できないほどの動きに間一髪、暁夜は後ろに下がることで衝撃の威力を緩和させていたのだ。ただ、両腕両足背中に突き刺さる硝子片は避けることが出来なかった。
「ま、まぁ・・・死ぬよりはマシか」
二年四組の教室から吹き飛ばされて、先程の教室より遠めのというより、校舎から落とされ、地面の瓦礫に背中を預けるような格好で倒れながら、暁夜は口元の血を拭う。なんとか瓦礫に激突する前に、特殊な端末に備え付けられた機能の一つ、随意領域を展開した事で、叩きつけられるような痛みは無かった。 ただ、《アロンダイト》は吹き飛ばされた際に校舎内で落としてしまったらしく、手元にない。要するに丸腰。
「あー、身体痛てぇ」
暁夜はそう呟いて、立ち上がろうとする。 そのタイミングで、通信機に通信が入る。
『こちら、日下部。 暁夜聞こえる? さっきすごい衝撃があったみたいだけど、まだ生きてる? これが聞こえたら返事しなさい、暁夜!!』
「あーい、聞こえてますよー。 日下部隊長〜」
全身の痛みを堪えながら、暁夜は通信に応じる。その言葉に、安堵したのか、ほっ、と、燎子が息を吐いた。
『現在の状況を詳しく教えてくれる? 暁夜』
「了解。 先程まで『プリンセス』と交戦。現在も『プリンセス』は最初の座標地点から動く気配はなし。一般人が一名、『プリンセス』の人質になっています」
腰に取り付けられた特殊な端末を操作し、座標データを確認しながら誤った状況ではなく、正確な状況を報告する。
『分かったわ。 所でアンタは今どこにいるの?』
「・・・校舎裏です」
随意領域で無重力の空間を形成し、痛む身体を浮かし校舎内に移動しながら、そう答える。
『え? どういう事? あんた、先程まで『精霊』と戦ってたはず・・・』
「だったんですけど、吹き飛ばされまして、負傷しました。できれば、二人ほど隊員をこちらに連れてきてくれると助かるんですけど・・・」
『それなら大丈夫よ。 数分前に折紙が向かったわ。いい? そこから動いちゃダメよ。私達はこれより、『プリンセス』を迎撃するから』
「は? ちょ、迎撃って--」
暁夜が燎子の最後の言葉に声をあげた瞬間、突如、校舎を凄まじい爆音と震動が襲った。
まるで、地震が起こったかのように。
「--ちっ。」
即座にオペレーターに通信を入れる。
『こちら、オペレーターの藍鳴です。 いかが致しましたか? 暁夜さん』
「いかが致しましたか?じゃねえよ。なんで、迎撃を開始した? 先程、人質が一名と報告したはずだが?」
苛立ちのこもった声で、オペレーターに尋ねる。だがそれに対し、
『申し訳ございません。 報告は入っていましたが、上の方から、今すぐ迎撃しろとの事でしたので』
冷静沈着な声音でオペレーターは答える。
「つくづく思ってたが、オペレーターちゃんはお偉いさんの命令には従順だな」
『ええ、軍の人間として当たり前のことです。暁夜さんの場合は仕事に私情を持ち込みすぎなのでは?』
「--っ」
オペレーターの言葉にぐうの音も出ない。確かに『軍人たるもの戦争に私情を持ち込むべからず』というのが、当たり前だ。動物一匹、建物一つ、人一人。 犠牲が一つなら、関係ない。犠牲を最小限にする事が《AST》の仕事で、市民全員を救う事が《AST》の役目ではない。
「--」
暁夜は下唇を噛み締める。痛みが生じ、皮が裂け、一筋の血が口元を伝い、床に落ちる。命令違反を起こせば、軍はクビになる。それは『精霊』を殺す事が出来なくなるという事だ。本来、暁夜は半精霊に属すが、《アロンダイト》とセットにすることで初めて力を発揮する。《アロンダイト》がなければ、数秒も保ずに死に至る。多少は精霊として力を発揮出るが、それは半分だ。 半分の力では、精霊に属する存在には勝つことは不可能。
暁夜が打開策を考える間にも、ガガガガガガガッ、と二年四組の教室付近の壁を弾丸が貫く音が響く。 このままでは、士道が死んでしまう。それだけはなってはならない。
「なぁ、オペレーターちゃん」
『はい、何でしょうか?』
「万が一、俺が命令違反を今から起こすって言ったら、止めるか?」
『--いいえ、止めません。 あなたがしたいようにすればよろしいかと思います』
オペレーターの返答に、暁夜は、やっぱりな。という息を吐き、随意領域を解除する。 それにより無重力の空間が消え、全身が重りを身につけたかのように重くなる。先程まで緩和され忘れかけていた痛みが全身を襲う。気を抜けば一瞬にして、意識を失ってしまいそうだ。
「・・・っ」
ズキズキと痛む頭を片手で押さえながら、もう片方の手で壁に触れ、二年四組の教室まで戻り始めた。
ページ上へ戻る