恋姫†袁紹♂伝
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第54話
前書き
~前回までのあらすじ~
鼻血美乳妄想癖軍師「(策が)成ったぜ」
ちっぱいはおー「やりますねぇ!」
☆
ぐんしーズ「あ、すいませ(素)」
してやられイエロー「あったまきた……(冷静」
モブ「(寡兵の大炎が敵に)自分から入っていくのか……」
大体あっ
事態は刻一刻と変化している。
魏軍による投石が成功し、陽軍が呆気に取られている間、渦中にいた大炎達の時も流れていた。
「……」
隊の長である恋は決断を迫られている。隊から僅かに先行していたことで、自分たちは投石を免れた。
数は三百弱、他の者達は礫石の濁流に呑まれてしまった。
撤退すべきだ。
再び投石が来れば、間違いなく全滅する。少しでも被害を抑える為に散会して撤退。
本隊に合流して体勢を整えるのが最善だろう。だが、撤退の令が出せないでいる。
理由は、地に倒れ伏す大炎達だ。
彼らは――生きている! 重装甲と恋が課してきた鍛錬が功をなしたのか、礫石の隙間からのぞく体に呼吸があることが確認できた。
陽軍屈指の武力と耐久力を持つ彼らだからこそ、咄嗟の投石を防御し、受け身をとることが出来たのだ。
だがら――撤退を決断できずにいる。
奇跡的に防げてもそれは初撃まで。落馬の衝撃も相まって重軽傷を負っている彼らは、その殆どが気を失っている。
恋達が撤退した後、誰が彼らを助けるのだ。
本隊か? 不可能だ。投石機の射程内に入ってくる敵軍を見逃すほど、魏軍は甘くない。
とはいえ、このまま手を拱いていても全滅の憂き目にあうだけだ。
自分達は兎も角、意識のない者は礫石の二撃目を耐えられないだろう。
恋の中で、彼らと過ごした日々が流れていく。
平時の鍛錬や食事、戦のあとに囲った鍋、酒盛りからの飲み比べ。
今までは音々音や家族達と、簡素ながらも楽しい食事をしてきた。いつのまにかソレは、騒がしく、賑やかなものに変化している。
恋は、孤独だった時間が長すぎた。
戦地において、鬼神の如く敵兵を屠り続けてきた彼女は、敵味方双方に恐れられてきた。
どれだけ言葉で誤魔化そうとも、常に一定の距離があった。
大炎の隊士達は、そんな恋を慕って集った。元々は優秀な武官の集まりだが、その実態は恋の武に憧れを抱いた武芸者の集まりだった。
やがで武だけでなく、その人となりにも惹かれ、隊士達は忠以上の親愛すら抱いている。そしてそれは、恋や音々も同様だ。
「!」
礫石に巻き込まれた大炎の中から、辛うじて動いている者たちが居た。
彼らは折れた槍を杖代わりに、何とか立ち上がろうとしている。
駄目だ、駄目だ、見捨てない、見捨てられない、彼らは――家族だ!
「しっかりしろ! 呂奉先!!」
恋の頬に鈍い痛みが走る。完全に意識外から放たれた拳に、反応できなかった。
拳の正体は言わずもがな、華雄だ。
「撤退の令を出せ、このままでは全滅する!」
「でも、皆が」
「この状況では最早、全ては救えぬ。判断を間違えるな!」
全滅。恋が無意識に背けていた言葉を使われ、顔がゆがむ。
今にも泣きだしそうな表情は、まるで迷子の童子だ。隊の長として余りにも無様。
その表情は、恋を誰よりも認めていると自負している、華雄の心をざわつかせた。
「今のお前の判断を、倒れ伏す皆は喜ぶのか?」
「!」
喜ぶはずがない。恋達をその場に縛っているのが自分たちと解れば、自害してでも撤退を促すだろう。
それは――自分が同じ立場でも同様だ。
恋が華雄に目を向けると、右手から血が滴っているのが見えた。
殴った時に傷つけたのではない。得物を握る力が入りすぎて皮が破れたのだ。
大炎を見捨てる事は、言うまでもなく華雄にとっても不本意。
彼女の隊からも、多くの者が大炎に合流している。中には、恋達よりも長い付き合いの古株もいるだろう。
恋の脳裏に、反董卓連合戦での華雄の姿が蘇る。
圧倒的劣勢の中において、常に最善を選択、奮戦し続けた。
味方に多大な犠牲を出しながらも、勝利を諦めず戦斧を振り。
汜水関が破られると見るや、味方を鼓舞しながら虎牢関に下がった。
遠目に眺めて思ったものだ、あの姿勢こそ大炎の長が目指すべき将の姿だと。
「皆、撤退――」
「前進です!」
意を決した恋の言葉を遮ったのは音々音だ。彼女専属の護衛隊を引き連れて中央からやってきた。
音々音も礫石に巻き込まれたはずだが、彼女の護衛隊は大炎随一の防御力を持つ。
恋の矛さえ数撃防ぎきれる彼らは、数人の戦闘不能者を出しながらも軍師を守り抜いた。
「活路は後ろではなく、前にあるです! 音々を信じてくだされ、呂布殿」
撤退を促した華雄の視線を感じ、音々音はピクリと震える。
誤解だ。眼光の鋭さはともかく、華雄に彼女の意見を反対する意思はない。
反董卓連合戦にて、その戦術眼の高さは痛感している。そんな彼女が進言したのだ、勝算はあるのだろう。
それに、最終的な判断権は長にある。
「即決しろ、恋」
「……前進」
「呂布殿ぉ!」
「く、どうなっても知らんぞ!」
「投石を免れた大炎が突っ込んできます!」
「馬鹿な……正気か?」
「……チッ」
舌打ちしたのは工兵隊の副長。彼は大きなミスを犯し、小さな軍師にそれを見抜かれていた。
予めこの地に伏せてあった二台の投石機。礫石を面で飛ばす為、狙いは大雑把でも問題ない。
だが、もしも狙いが逸れた場合を想定していた李典は、発射に手順を設けて解決するはずだった。一台目で敵の足を止め、微調整した二台目で仕留める。副長は二台を同時に使ってしまったのだ。
とはいえ、手順を聞かされていなかった彼を責めるのは酷だろう。
李典は工兵隊の長だ。この戦はもっぱら後方支援であって、前線での出番はない。
だからこそ彼女は、自分が全ての投石を指揮するものだと考えていた。
李典は現在、意識不明の重体で民に紛れ搬送されている。
副長が発射の手順を知る手段はなかった。
「――ッ、一台、礫石の装填を中断! 巨石に切り替えろ!」
礫石は無数の石を面で飛ばす。故に、再装填に時間がかかるのだ。
大炎の速度から、装填前に肉薄されるとした副長の判断は鋭い。
当たらなくてもいい。巨石で怯ませ礫石で討つ!
「……華雄、武器交換」
「?」
「いいから」
「説明ぐらいしろ、まったく」
言って、恋に自身の得物である金剛爆斧を渡す。
それから少しして、代わりに持っていろと言わんばかりに方天画戟が飛んできた。
危なげなく受け取れたとはいえ、扱いがぞんざいすぎる。後で説教だ。
「……」
恋は手に持った金剛爆斧にチラリと目を向けた。重い、そして熱い。
まるで華雄の想いが、熱となってこもっているようだ。
恋の方天画戟に、このような熱は無い。そもそも、戦場に対する想いすら持ち合わせていなかった。
戦うことは手段でしか無い。それも目的は、食い扶持を稼ぐ為だけである。
こんな時代だし、戦場に欠いたことはない。恋はただ求められるがまま敵を屠り続けてきた。
だが、そんな考えも袁紹を主としてから変化してきた。
彼は言った。自国のような発展と安定した暮らしを、大陸中に広めるのが夢だと。
小難しい話はわからない。初めて聞いた時も漠然としていた“夢”は、少しずつ、だが確実に実現に向かっている。
この地に至るまで、いくつもの地方を併合、陽国の領地としてきた。
どの場所も民は疲弊しきり、陽国はその地の再建に全力を注いだ。
食料や資材を安価で分け与え。生活が安定するまでの間、税を免除。
教育機関にも力を入れ、子供たちの未来を照らした。
恐怖や暴力ではなく、豊かさという名の温もりで包み込む。
いつしか、彼が作る未来を共に見たくなった。
「! 巨石が来ます!!」
「回避――いかん、間に合わん!?」
「大丈夫。このまま前進」
陽国と恋の夢は、実現への道を順調に歩んできている。
それを、たかが道端の小石程度で――
「――邪魔するな!」
『!?』
普段から物静かな恋らしからぬ声量。
それと共に放たれた戦斧の一撃は、眼前まで迫った巨石を砕いた。
『おおおおぉぉぉぉーーーッッ』
砕かれた巨石は無数の拳大くらいになって大炎に降り注いだが、勢いすら失ったソレでは傷一つつかない。
由一懸念されたのは音々音だが、彼女の護衛が全ての小石を弾いた。
こうなればもう憂いはない。後はアレを破壊するだけだ。
「ん、返す」
「まったく……お前という奴は…………」
「?」
「頼りになる。そう言った!」
投石機から護衛の騎馬隊が向かってくる。数は三千程度。
決死の時間稼ぎだろう。大炎もろとも礫石を使うつもりだ。
「無駄だ、今の我々は誰にも止められん!」
華雄の咆哮に呼応するかの如く、十倍の精鋭を弾き飛ばしながら進軍していく。
まるで素通りだ。曹操や郭嘉の両名が、大炎を恐れ、大計を持って屠りたがった理由がこれだ。
戦術や策の常識を正面から食い破る。ただ単純な武力で……。
「魏軍が退いていく!?」
「今です、投石機を確保するです!」
適わないとみるや魏軍はすぐに退いた。騎馬を中心に工兵達を護衛しながら下がっていく。
「矢が来るぞーッ」
「無駄だ。我々に矢は――」
「火矢だ。奴らの狙いは投石機だ!」
「しまった。投石機を守れ」
巨大な建造物である投石機は守り切れず、下がりながら魏軍に放たれた火矢を浴びる。
燃え広がりが早い。どうやら、退く前に油を掛けたようだ。
「うぬぬ~。これでは復元も出来ないのです!」
「構うものか、十分な戦果だ」
「そうですぞ陳宮殿。戦況はわが軍に大きく傾きました!」
「ん、音々えらい」
皆が口々に音々音を褒め称える。それもそのはず、退いていれば高確率で礫石の追撃を受けた。
たとえ免れたとしても、動けない者たちは助からず、その後の戦いでも陽軍を苦しめただろう。
「そうだ。早く皆の救出に――」
礫石を受けた地に振り向いて動きを止める。もうすでに陽軍の本隊が救出作業に移っていた。
寡兵で敵に突撃した理由を袁紹達はすぐに察知した。ならば、行動は早い方がいい。
陽軍本隊の誰もが、大炎が投石機を無効化することを疑わず。迅速に動けたのだ。
「おー、皆。さすがの活躍だったな」
「猪々子……」
「麗覇様の伝言だぜ。大炎は後方にて待機、治療にあたれってさ」
「だが」
「後は、任せな」
犬歯を覗かせる猪々子の姿に、皆が口を閉じる。
目が笑っていない。大炎に対する所業には彼女も腹が立っているのだ。
大剣を担ぎ、魏軍に向かっていくその背は、強い存在感を放っていた。
「いくぜ野郎ども! 倍返しだ!!」
『うおおおおぉぉぉぉぉ―――――――ッッ』
陽の二枚看板。十万の兵を連れ主攻として進軍開始。
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