ソードアートオンライン 無邪気な暗殺者──Innocent Assassin──
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Alicization
~終わりと始まりの前奏~
紅雨
なんかお約束のように金属探知機がプープー言うアクシデントもあったが、無事に手荷物検査のゲートの向こうに消えていく車椅子の背を一通り見送った後、【神聖爵連盟】第三位リョロウこと柳月狼駕は小さく振っていた手を下した。障害者枠ということで、後はCAのお姉さんに任せていれば安心できる。
サンノゼに着いた後のことは、同じく団員のウィルヘルムが待機している手筈になっている。だが果たしてアイツに任せていいものかどうかは非常にビミョーなところだ。
「そのままの流れでベガスに連れ込んだりしないだろうな、ウィルの奴……」
まぁ閣下のツルの一声も込みとは言え、この時期にEU域から軍人が出るというのは結構苦労がある。蓮の負担にならない程度の息抜きくらいは目を瞑るべきなのかもしれない。
それくらい欧州の空気は悪い。
無論、市民に知られるような表立ったものは今のところないが、東西冷戦もかくやと伝え聞く。ああなれば、もはやバルカン以上の火薬庫状態に他ならないだろう。
米中露と違い、地続きを国境線で区切っている地図上の問題で、どうしてもあの辺りの諸国は緊張度が高まりやすいのだ。もっとも、それが小日向相馬の狙いなのだろうが。
それに歴史を紐解けば、さらに一回りも二回りも難解な問題が山ほど出てくる。古くはイギリスとフランスの百年戦争やマルタ騎士団、最近では大戦時下のドイツなど、ただでさえ括りの上では先進国の見本市。下手なプライドが落としどころを見落とさせていなければいいが。
―――まぁ、そっちは僕の担当外か。心配しても仕方がない。
そっちはそっちとして、日本だって決してその波と無関係ではない。
なんといったって、渦の中心その人である小日向相馬の出身国なのだ。技術提供は頑なに突っぱねられているというのに、諸外国――――特に同盟国であるアメリカからは散々腹の内を探られていると聞く。
しかもこれが痛くなかったら別にいいのだが、噂では次々と来る技術刷新の波に乗り遅れないように新たな軍事関係の研究を内閣直轄で行おうとしているらしい。
真偽はともかく、どちらにせよ痛い腹には違いないということだ。
狼駕はぶつかりそうになったリクルートスーツの女子大生(就活中)を赤くしていることに気付かずに歩く。天然系イケメンというのは鈍感なのが前提条件なのである。
―――しかし、改めて考えると自分のしてる事に眩暈が起きそうだ。世界の裏側とか、それをブン回す天才とか、そんな存在に関わるなんて常軌を逸してる。
ふぅ、と溜め息を吐きながら、ターミナルを歩く青年は後頭部を掻く。
SAOは違った。アレは事件であり、天災と人災の違いがあれど、狼駕が巻き込まれたのはただの偶然。家族ぐるみで遊ぼうとしていた矢先に、不幸にも巻き込まれただけだった。
だが、今回は違う。どう見ても、自分から巻き込まれに行っている。
―――そもそも、今回は閣下とシゲさんが中心だとウィルは言っていたが、本当にそうか?こんな大きな流れに対抗する何かを、あの二人は起こせるのか?……いや、違う。問題点はそこじゃない。
そこで狼駕は自らの思惟に一拍を置いた。
まるでそこから先を安易に決定づけたくないように。
―――僕達の行動の先……最終的には、どこに集約されるようになってる――――!?
各国が秘すディープな情報や動向の推移、それらをリークするのは一国の長や一財閥の主といった立場から見れば、まったく理解できないといったこともない。
しかし、本当にそれだけだろうか。
元をただせば、たかだかゲームで知り合った者達が点々バラバラで集めてくる情報など、そこまで大したものじゃない。それこそ閣下ならば―――本当に動かせるかは知らないが―――秘密情報部とかを動かせるような立場だし、シゲさんに至っては世界規模の黒峰財閥の総帥。入ってくる情報は先進国のそれと比べても遜色はないだろう。
だが、今のところ両者はそれらの諜報活動を最低限レベルに抑えていると聞く。
―――ゲーム内で交わした方が信頼性がある、とか?そんなまさか……。
確かに、報告の大半はALOを通じてのものだが、所詮はデジタルデータの世界。サーバーをハッキングでもすれば音声ログなど獲り放題ではなかろうか。無論、口頭だけではなく、報告書といった形式をとることもあるが、それだって安心はできない。
「……いや、そんな危険を取らなきゃいけないほど、《表》がヤバいってことなのかな」
ぼそり、と。
思わず出てしまった言葉を飲み込むように、瞬時に目線だけ巡らすが、幸いにも声のトーンは微小で行き交う誰にも気にも留められなかった。
恥じるように首筋に手を当て、青年はまたも歩きながら意識を茫洋の彼方へと旅立たせる。
―――だとしたら、それを二人は知って、僕達に頼った……のか?何か違う、何か違和感がある。閣下もだが、意外にシゲさんも慎重さはあまりあるタイプじゃない。どちらかと言えば効率優先。危険があろうとなかろうと、一番手っ取り早い策を取るはずだ。
アインクラッドでの慎重という要素は、いつだって天秤にかけなければいけないジレンマの種だった。
石橋を叩かないと命が幾つあっても足りない。しかし、いちいち叩いていれば攻略組のレベルマージンからたちまち離されてしまう。
その中でも、《六王》の初期中の初期。俗に《原初の六人》とも呼ばれる始まりの六王だったヴォルティスとシゲクニは、なまじ力量が突出しているがゆえに慎重さに欠けるフシがあった。これは多かれ少なかれ、歴代の六王全体が抱える問題点でもある。
シゲクニは頭脳として、永きにわたって六王を支えていたが、それにしたって効率を優先させることに重きを置いていた。慎重策を選ぶ時は、攻略組の士気の低下を懸念してのこと。暴走はしないが、怯えることもない。それが狼駕の知っている《千手》シゲクニだ。
だが、それで危なっかしいこともなく、クォーターポイントを除けば目立った死者も出さないあたりが、あの老人が六王たる所以なのかもしれないし、その性格あってこその財政の怪物なのかもしれないが。
―――しかし、あの二人がわざわざ慎重策に打って出るのは……。
考えにくい。というか、考えられない。
ならば答えは一つ。
「……もう一人いるな」
あの二人の他に一人。いや、あの大御所達の気質をコントロールし、その上で捻じ伏せているのだから、上に一人というべきか。ともかく、指揮系統の頂点はヴォルティス・ヴァルナ・イーゼンハイムでも黒峰重國でもなく、実在不詳な人物が座しているようだ。
それが一番可能性が高い。否、一番理解できる。
―――やれやれ。敵は強大、内は謎。こんなんで本当に大丈夫なんだろうね?
しかし実際のところ、そんな状態で淀みなく回っているのが現状だ。
老練なシゲさんをも手玉に取るとは、よほど熟達した人心把握術でも持っているのだろうか。そうであるならなかなか曲者だし、第一何を考えているか、結論をどこへ持っていくのか分からない底の知れなさはあるが。
情報漏洩を危ぶんで、というのは分かるが、下っ端としては疑わしいことこの上ない。
「ま、それこそ下っ端の考えることじゃないか……」
ふむ、と顎を撫でるように触れ、狼駕は手持無沙汰の現状に気付く。
見送りに来たとはいえ、実質蓮の送迎係だ。さすがに安っぽい昭和の恋愛ドラマじゃあるまいし、飛んでいく飛行機を見送るほどじゃない。
しかし帰るといっても、会社を途中で抜け出してきた関係上、行けるところと言えば家くらい。が、家にはあくせく働く夫を想う妻がいる。理由があるとはいえ、後ろめたいことこの上ない。こんな時くらいは、能天気なウィルの気質が羨ましい。
仕方がない。適当にブラついた後、素知らぬ顔で帰るのがほどいいトコかな、と適当に思う。
しかし何となくあの妻はそんな思考も読んでいるような予感がして、その板挟みに青年がうんうん唸っていると、肘のあたりに軽い衝撃があった。
「あっ、すいません!」
見ると数人のCAのお姉さんがおり、そのうちの一人(ドジっ娘枠)が深々とこちらに向かって頭を下げていた。どうやら外国人のツアー集団の列を急いで抜けようとした結果、勢い余ってぶつかってしまったらしい
平日とはいえ、羽田は世界でも指折りの"忙しい"空港だ。行き交う人の数は尋常ではない。ビジネス関係のスーツ姿に観光目的の国際色豊かな外国人、それにこれから登場する機に急ぐCAの列も見受けられる。
しかし、CAといったら搭乗員同士の確認とかもあり、時間にゆとりを持っている印象だ。内心首を捻るが、さすがに見るからに急いでいる相手にそこまで聞けない。
「いえいえ。こちらこそぼーっとしていて」
日本人伝家の宝刀である愛想笑いを抜きながら軽く手を振ると、ドジっ娘CAさんはもう一、二度頭を下げ、先輩っぽい人を先頭に数人、速足ですれ違っていく。競歩並みの速さなのは職業病のなせる技なのか。
―――うん?
ふと。
狼駕は何かを感じて振り返った。
CAのお姉さん達はとっくに雑踏の向こうに消えようとしている。
その最後尾。ひっそりと、集団に紛れるように添えられた一人の女性に、何かを感じた。といっても、桃色のものではない。
もう一人の自分。《宵闇》リョロウならば、得物を抜かないまでも、柄に指を這わせるくらいはしていただろう感覚。
立ち止まって思索にふければ何かを掴めたかもしれないが、これ以上中途半端な位置で立ち止まっていて衝突事故は起こしたくはない。空港の出口に足を向ける間、あれこれ考えていたが、まるで手のひらから零れ落ちる銀砂のように感覚はみるみるうちに風化し、消え去った。
雨が、降りだした。
ザ、ジ……
『番組の途中ですが、たった今入った情報をお伝えします』
『本日未明、羽田空港発サンノゼ行きスカイルート072便が太平洋上にて消息を絶ちました』
……ジジ、ザ
『件の機はスカイルート社の最新型。超大型の旅客機で、エコノミー、ビジネス合わせて600人以上を収容できるようになっており――――』
『ロシア北部を震源とする微細な地震が発生したと――――』
『今回の事故に対しアメリカは今のところコメントはしていませんが、先程大統領のSNSが更新され――――』
ザザジ、ザ!
『航空機事故としてはテネリフェの悲劇以上の惨劇に――――』
ザジザ、ジザザザ……
『先程、首相は官邸にて緊急閣僚会議を開き、救出に全力を尽くすと――――』
『えー、こちら第三管区海上保安本部前です!つい先刻まで慌ただしく準備が進められていました!政府は通例通り、海上自衛隊ではなく特急隊を出動させる方向で――――』
『ニューヨーク近辺で揺れを感じたといった未確認の情報が多数――――』
……ジ……
『こちらが設置された緊急問い合わせホットラインです。回線がパンクするので、どうかご家族の方は落ち着いて――――』
『速報です!072便の、折れた翼が見つかった模様です!部位が見つかった地点は航路を少し外れた――――』
『専門家は地質学的に地震が起こることはおかしいという見解で――――』
ザザ!ザジジジザ……!
『……おっと、これは……?どうやら、生存者が引き上げられているようです。生存者です。これは――――少年でしょうか?まだ小さな男の子のようです……ってうわ!カメラ!カメラ止めて!モザイク、モザイクッ!!』
『引き上げられた男の子の身元確認急げ!他の局に獲られりゃ終わりだぞッ!!地震?ンなの後だ後ッ!』
ザジジジ、ザザザザザザジジジジジジジ……!!!
『えー、たった今引き上げられたのは、東京都に住む――――』
『小日向蓮くん。小日向蓮くん、12歳です』
後書き
なべさん「はい、始まりました!そーどあーとがき☆おんらいん!」
レン「……オイ」
なべさん「いやー、ぼけーっとしてたらもう桜も咲く季節ですよ桜。私のトコは瞬く間に葉桜になっちゃったけどね。儚いね」
レン「オイこら待てコラ!最後はなんだ最後は!説明あるんだろうな!」
なべさん「ノーコメント。頑なにノーコメント」
レン「…………」
なべさん「はい、自作キャラ、感想を送ってきてくださいねー」
レン「……………………」
――To be continued――
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