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銀河英雄伝説~生まれ変わりのアレス~

作者:鳥永隆史
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新型旗艦

 戦術シミュレーション大会は、リシャール・テイスティアが、セラン・サミュールを降して、優勝となった。
 決勝戦は架空の星系を舞台にした遭遇戦。
両艦隊による艦隊決戦。
 両軍とも決勝にふさわしい戦いを見せたが、リシャール・テイスティアの堅い守りをセラン・サミュールは崩すことができず、最終的に艦隊数の差でテイスティアが勝利した。
 さらなる成長を見せるテイスティアに、アレスは喜びを浮かべ、ワイドボーンはどことなく、得意げに。

「天性の危機回避能力にプラスして、今まで貴様やヤン、それに俺の猛攻を受け続けていたのだ。これくらい当然だろう」
 と胸を張った。
 そう聞けば、テイスティアに悪いような気がするから不思議だ。
 まあ、それのおかげで優勝することになったのだから、本人もきっと喜んでいるのだろう。
 そんなテイスティアの活躍に、一番目を細めたのはヤン・ウェンリーだった。

「今後は楽ができそうだ」
 ヤンからすれば奇策に頼るよりも、単純に艦隊戦での実力があることの方が喜ばしいことなのだろう。どこかほっとしたような様子であったが、まず楽ができないことは間違いないのであるが、そのことはアレスの胸にしまっておいた。
 そうして、戦術シミュレート大会が終了し、アレスにも日常が戻ってくる。
 ワイドボーン達から聞いた異動までは、実質二か月ほど。
 とはいえ、アレスの仕事は一連の事件で終息を迎えている。

 本来であれば次の任務に備えるべきであろうが、イゼルローン攻略戦は一応ではあるが秘密の扱いだ。正式な命令が出るまで、アレスができることなどなく、必然的に同じ課の仕事を手伝うこととなった。
 もっとも。
「はい、マクワイルドですが。ええ、その件については先日お話したとおりになります。無理ばかりすみませんが、お願いします」
 彼の専門は軍人であり、だが、事務の仕事も十二分にできる。
 つまりどちらか一方の視点だけではなく、どちらともの視点になって考えることができるということだ。

 ましてや、これは前世の仕事柄であったが、アレスは良い意味で人使いがうまい。
 単に無理だけを押し付けるのではなく、相手の無理もできる範囲で聞いて、仕方がないなという雰囲気にもっていく。
 それは同僚に対しても、同じであった。
 ともすれば仕事を奪ったといった妬みが発生する可能性があるが、相手を見ながら自然とした行動は、妬みよりも恩に感じる人間の方が多かった。
 必然的に仕事の調整や意見を求められることが多くなり、それをこなせば、さらに仕事が増えている。

 端的に言えば、仕事があった時よりも仕事が増えていた。
 まあ、仕事が増えるのは前世でもそうだったなと懐かしさを感じる。
「マクワイルド中尉」
「はい――。えっと」
 受話器を置いて、振り返れば、馴染みのない姿があった。
 確か別室でアレスと同様に特別な任務を割り振られて、仕事をしていた。

 そう考えて、ウォーカーと同じ少佐待遇の技官であることを思いだす。
 まだ若く理知的な要望をした青年だった。
「何でしょう、スタイナー技術少佐」
「少し時間良いだろうか」
「ええ。ちょうど片付いたところで、どうぞ。少し汚いですが」

 簡易椅子から書類をどかし、乱雑に並べられたファイルの山を片して、椅子をすすめた。
 そんな様子に、スタイナーは苦く笑みを作りながら、椅子に座った。
「忙しそうだね」
「自分が何をしているか、たまにわからなくなりそうですけど」
「見ればわかるさ」
 置かれた資料の山は多岐にわたる。
 新装備の購入計画や、契約書、予算獲得の資料もあった。
 スタイナーにしてもめまいがしそうな光景だった。

「だが、そのおかげで他の人は早く帰れるようになったと喜んでいたよ。ここと予算課は特に忙しい部署だからね。毎年体を壊す人が多いのだよ」
 装備企画課は同盟全体の装備品を統括する部署だ。
 その仕事は新装備の企画や配備計画、調達まで多岐にわたる。
 だからこそ、他の後方勤務本部の中でもセレブレッゼのような有能な人間が配置されるし、階級も少将があてられている。
 だからといって、体調を崩すほどまでに忙しい部署もどうかと思うが、人員の増員をしようにもどこも人手不足だ。

 それは同盟全体にしても言えることであるのだが。
 しかし、この忙しい部署にアレスを配置させるなど、フォークは本当に細かいところまで気が利くようだ。
 体を壊せば儲けものとでも考えたのだろうか。
その配慮を違うところで活用してもらいたいものだが。
「忙しいところ悪いが、意見がもらいたい」
「ええ」

 と、渡された資料を受け取れば、それは新造艦の仕様書であった。
 細かなスペックや数値が記載されたそれを一読すれば、アレスの視線を受けて、スタイナーは言葉を続けた。
「私は昨年から旗艦級戦艦の更新作業を行っていてね。今の旗艦級戦艦が開発されてからもうずいぶん経っている。情報部では帝国が新型戦艦を開発しているとの情報を得たらしくてね。同盟も遅れないようにとの、政府の命令だそうだ」
 そこでスタイナーは大げさに肩をすくめた。

「できるだけお金をかけずにという厄介な注文付きでね。で、残念なことに私が各部をまたいでの意見調整を行っている。今渡したそれが、科学技術部から先日あがってきた仕様書だ」
「それはご愁傷さまです。予算がないのがよくわかる仕様ですね」
「それだけでわかるとは、たいしたものだ。言い訳させてもらうならば、各部と妥協点をすり合わせた苦肉の策ではあるのだが」
 見せられた資料は、過去の戦艦に比して巨大なものだった。

 戦艦というよりも、むしろ宇宙空母に近しい大きさであろう。
 それがスタイナーの語った苦肉の策。
 必要な出力を大きくするために新しい機関部を開発するのではなく、既存の宇宙空母のもの改良することを前提に作られたのだろう。
 大型であるため、砲門数はこれまでの艦船の中で最も多く、それが多段式となって容赦のない攻撃を可能としている。
 まさに戦闘力では折紙付き。

「とはいえ、私は軍の専門家ではないのでね。ここで本職の意見も聞かせてもらいたいと思ってね」
「そうですね。このまま上にあげても、そのまま開発までいけると思いますけどね」
 微妙なニュアンスをもって、アレスは言葉を口にした。
 だが、それにスタイナーはわずかにも喜びを浮かべず、逆に表情に苦みを浮かべる。
「遠慮はいらない。正直な意見を聞かせてもらいたい」
「上がまず見るのは、目新しさと費用でしょうからね。その点では戦闘力という利点もありますし、安く抑えていますからクリアしています。まあ、セレブレッゼ少将は苦い顔をされるでしょうけど、それでも許可は出されると思いますよ。そうなったら、あとは止まることなく、ぽんぽんとサインをもらって、開発までいけるでしょう」

 スタイナーは大きく息を吐いた。
「マクワイルド中尉。実はこの案の段階で、セレブレッゼ少将にも見ていただいている。そこでもらった言葉は、君が言ったように同じような反応だった。これでいいというならば、サインをするがと……教えていただきたい、何がだめなのだろう」
「その理由はスタイナー技術少佐もご存知だと思いますよ。まあ……」
 その戦艦のことは聞いてはいたが、実際に経験し、見ると問題点が大きく理解できる。
 もっとも理解したところで、毎年かかる予算と人員の減少により、同盟はこれで進めるしかなかったかもしれないが。

「問題というか、問題以前というか。これ軍港に係留できないでしょう?」

 + + +

 新型実験艦。
 高出力のエンジンを備え、その戦闘力は同盟と帝国の中でも有数のものになるであろう。
 実際に、自由惑星同盟が帝国に占領された際に、戦闘力を危惧されたある艦はバーラトの和約で解体される対象となった。
 トリグラフ。
 その名前をアレスは知っている。

 だが、こうして実物の仕様書を見れば問題がないわけでもない。
 いや、はっきりといえば問題だらけであった。
 幅が広いため、被弾面積が大きいこと。
 そして、何よりも既存の軍港に係留することが難しいということだ。
 出力が宇宙空母並みであれば、幅まで宇宙空母並みにあるのである。

 既存の戦艦用の軍港に無理に入れようとすれば、四つ折りにして折りたたまなければ無理だろう。かといって、宇宙空母用の軍港に入れたところで、戦艦と宇宙空母ではそもそも修繕方法や整備方法に差異があるため、そのままでは使えない。
 つまり、建造はできたところで満足な運用は難しい。
 その点を指摘されれば、スタイナーは苦い表情のままではあるが、眼鏡の位置を直し、気持ちを落ち着けるように言葉を続ける。

「それは今後に同戦艦が増え次第、軍港基地を随時改修していくよう、来年度以降に予算を計上する予定をしている」
「失礼ながら新型旗艦を建造する傍らで、軍港の改修工事も行うと。どれくらいの予算がかかるか計算はされましたか。新しい動力機関の開発の何百分の一ですか」
「それは今後の経済政策……いや、やめておこう。こんなところで机上の空論を語ったとしても誰も喜ばない。そうだな、私もわかっている。これを上にあげれば私の仕事は終わるかもしれないが、その結果は誰も喜ばない現実だ。次の担当が四苦八苦するのが目に浮かぶ……手放しに喜ぶのは、新型旗艦に新しく乗れる提督くらいだろう」

 その提督すらも喜ぶことはなかったのであるが、アレスは触れることをやめた。
 代わりに、そもそもと接続詞をつければ、
「個人的には旗艦に戦闘力は求めていません。これ単体で突っ込んで戦うわけがありませんし、配下の艦隊がいることが前提でこその旗艦ですからね。むしろ旗艦が破壊された時のリスクを考えたら、攻撃力より防御力の方があったほうがありがたいでしょうし」

 と、仕様書に添付されている完成予想イメージの写真を見ながら。
「これほど目立てば、いい的になりそうですよね」
 飾りのない言葉に、スタイナーは大きくため息を吐いた。
 返された書類を手にしながら、顔をしかめている。
「ここまで聞いたから、ついでに聞きたいが。マクワイルド中尉はどのような旗艦がよいと思うかね」

「新型の動力機関の開発は、どの道避けては通れないと思いますよ。仮に新型旗艦の動力を宇宙空母から転用したとしても、通常の戦艦に使えるわけではないですからね。まあ、全て大型にするというのなら話は別ですけど、大きさの違う戦艦が新旧入り混じっていればまともな艦隊運用もできなくなりますし、何より同盟側の利点である機動力を損ねるよりかは、電子制御や機動性をさらに向上させたほうがいいかと。個人的には防御力をもう少しあげてもらいたいですね。今のままでは一発被弾したら、大きな被害を受けますから。あとは」

 そこでアレスは笑う。
 そうしていれば、年相応の青年の印象をもたらした。
 もっとも悪戯を楽しむような、悪い笑みではあったが。
「色がほとんど地味です。旗艦ですからもう少し目立っても問題ないかと」
 冗談めかして答える様子に、スタイナーもつられて笑った。
「だが、それだと狙われやすくないか」

「もともと各艦隊に指令するため電波を飛ばすし、識別信号でばれますよ。ばれるのは同じにしても、目立ちますからね。それを見て提督がそこにいると周囲に安心と、敵に畏怖を与えられるかと。まあ、能力次第ではその逆もあるかもしれませんけどね」
「それもそうだ」
 肩をすくめたアレスの言い分に、スタイナーは声を出して笑った。

 室内のざわめきが一瞬止まり、周囲の視線がスタイナーに集中する。
 スタイナーは口を押え、至極真面目そうな表情を作った。
 だが、表情を厳しいものに変え、
「新型の動力機関開発は私も必要だと思っているし、科学技術部も当初はそう考えていた。だが、そうなると予算が、な」

「予算課には相談しましたか」
「ああ。4月頃に見積もりをだしたら、担当には渋い顔をされたよ」
「相談したのは4月ですか。なら、ちょっと待ってください」
 と、アレスはスタイナーの前で受話器を取り上げた。

 + + + 

 予算課の師走は忙しい。
 いや、師走も忙しいと言えるだろう。
 後方勤務本部の予算関係を一手に引き受け、それの取りまとめを行っているのだ。
 だてに毎年移動したくない部署ランキングの1位を装備企画課と争っているわけではない。いや、むしろ今年の方こそひどいと言えるだろう。

 来年以降に予定していた装甲車の改修計画が一気に前倒しに動いたのだ。
 まさに優秀ではあるが、楽になるとは限らないといった後輩の予言通りだ。
 最も仕事を増やされたからと言って、彼――予算課グレッグ少佐は――やはり忙しい部署の代名詞である装備企画課に新たに配属されたアレス・マクワイルドを恨んでいるわけではない。
 汚職という罪を発見したことはすごいことであったし、こちらに協力せずに利益をむさぼるフェザーンの企業に対して有無も言わさず完全勝利を得たことは総会であった。

 数年はかかるだろう仕事をわずか数か月でやり遂げた才能には頭がさがるし、何よりも自分の部署だけではなく、他の部署にも気を遣う姿は、彼がまだ士官学校を出て一年を経ていない人間だとは、とても思えなかった。
 かといって、予算課の仕事が増えたことには違いがなかった。
「おい、スーン。電話が鳴ってるぞ。さっさと出ろ!」
「はい!」

 同じように書類をもって走るスーン・スールズカリッターに対して、強い声を出しても問題ないはずだった。
 八つ当たりかもしれないが、こんなことになるなら、もう少し早く教えておいてくれと、自分でも理不尽だなと思う怒りがあることに気づきながら、グレッグは落ち着くために購入した缶コーヒーを開けた。
「はい、予算課スールズカリッターです」
 書類片手に、電話をとるスーンの姿がある。

 また名前の訂正をするのだろうなと小さく笑いながら、一口飲む。
 苦みを残す冷たさが喉に落ちた。
「え。あ、久しぶりだね。行けるわけないってば、予算課が忙しいのは知っているでしょ」
 珍しくも砕けた声音だった。
 いつも生真面目な口調が変わるのを見て、一瞬楽し気に、しかし、続く言葉にグレッグは眉根をしかめた。

「え。ああ、うん。そうだね、まだどうするかは決まってないよ」
 若干戸惑った口調、それだけでグレッグは理解できた。
 と、言うよりも似たようなことは何度もあったからだ。
 おそらく内容は、装甲車の整備計画がなくなったことによる浮いた予算の使い道だろう。
 スーンが言ったように、その使い道は未だに決まっていない。

 それをよこせと、下手に出て、あるいは上から強く言われ、今度は親しい友人を使うか。
 ふざけたもんだと、グレッグは缶コーヒーをあおった。
 確かに予算は浮いている。
 だが、それは好き勝手に使っていいというわけではない。

 使い道がないというのであれば、返すのが当然のこと。
 使うにはそれなりの理由が必要だ。
 それがわかっていない奴が多すぎる。
 スーパーの弁当が半額になったから、余ったお金でビールでも買おうなんて、気軽に使える家庭の金ではないのだ。
 上に説明して、資料を作るのは予算課だ。

 グレッグは不機嫌な様子でスーンに近づいた。
「え。あ、わかった。ちょっと待って、いま変わるから」
 と、そこでスーンが受話器を差し出した。
 怒りが少し和らいだ。
 どうやら親しい友人にお願いではなく、一応は担当を通して話をするという筋はわきまえているらしい。

 もっとも、それで手心を加えることはないのだが。
「グレッグ少佐、その――マクワイルド中尉からお話ししたいことがあると」
「少し用を思い出した。後日かけると伝えて――」
「お電話です、少佐」
 踵を返したグレッグは、肩に手を置かれて逃げ損ねた。
 どうやら後輩への八つ当たりは自分に返ってきたようだ。

 + + +

「はい。ええ、その点は理解しておりますが、予算をあげたのは装備企画課ですし、そもそも名目上とはいえ装備の更新費用で予算を計上していましたよね。ええ、確かにそのとおりです。そこに新型の動力機関開発とは直接的には書いていません。けれど、動力機関の更新というのは装備の更新費という項目に含まれることには間違えていませんよね」
 スタイナーの目の前で、アレスがすらすらと答えていく。
 予算課の少佐の名前を尋ねていたことから、おそらくは相手は予算課なのだろう。

 内容自体も、聞いているところで言えば、端的に装甲車の更新費用で浮いた予算を動力機関の方に使わせろということが想像できた。
 確かに、その手はあったかという一方で、無理だろうとも思った。
 予算課はそんなに甘いところではない。
 けれど。

「え。いえ、確か昨年、装備企画課があげた装備の更新費用の理由付けですが、『装甲車等における不具合の改善に伴うもの』と書いています。何も装甲車に限定してはいません」
 嘘は言っていない。
 相手の反論に対して素早く、理路整然と回答をしている。
 さらにその強い声音と自信ありげな口調を聞けば、ともすればスタイナーでさえも間違いないように思えてくるから不思議だ。電話をかけてから現在まで、わずか十分ほどの会話だったが、相手から漏れ聞こえる声のトーンが明らかに弱くなっていることが分かった。

 当初は聞く耳持たないといった様子であったのに、今ではアレスの話を聞いている。
 むしろ否定の理由を探して必死に口にしているのだろうが、いかんせん相手が悪いとしかスタイナーは思えなかった。無理な理由をつければつけるほど、アレスは自信満々にさらなる否定の言葉を口にするからだ。
 あまりの手馴れた様子に、詐欺師でもしていたのかと思えてきた。

「ええ。別に無駄なことをしようというわけではないのですよ。ええ、もちろん」
 そして、アレスはにっこりと受話器の前で笑顔になった。
 それは獲物を捕らえたような攻撃的な笑みだ。
「上への説明も理解しております。こちらから詳しい事情を説明に伺いたいと思うのですが、キャゼルヌ大佐のご都合はいかがでしょうか」
 スタイナーは目を開いた。

 アレスが言った名前は、予算課の課長に次ぐ地位の人間だ。
 アレックス・キャゼルヌ。
 まだ、三十頃の若い人間であるが、その実力はセレブレッゼ少将にも匹敵し、将来は後方勤務部長も狙える有望な人間であると聞いたことがあった。
「ええ。では、こちらも説明用の資料をまとめますので、来週にお伺いします。ええ、では、どうもお時間ありがとうございました」

 お礼を言って、ゆっくりと受話器を下げるのを見て、スタイナーは受話器の向こうで担当となった人間に合掌をした。
 おそらくその場では決められないと、うまく切り上げようとしたのだろう。
そこで間髪を置かずに、上への説明を行うと、その予定を入れた。
 だが、おそらくは受話器を切った後で気づいたはずだ。
 上への説明をするということは、予算課として話を真面目に聞く必要があることを。

 さらにアレスが指定したのは、課長代理――予算課で2番目に偉い人間である。
 キャゼルヌ大佐と――そして、おそらくは説明の時には装備企画課の大佐にも足を運んでもらうことになるだろうが――こちら側の課長代理が足を運ぶことになる。
 つまり。
「予定を取り付けました。来週までに新型動力機関の開発計画と予算について、まとめてください。あとは……スタイナー少佐次第ですね」

 門前払いではなく、きちんとまとめることができれば、可能性はあるということだ。
 時間は短い。だが、可能性がないわけではない。
 手にした書類を持つ手に、力が入り、紙がくしゃりと音を立てた。
 できるだろうか、いや、これはチャンスだと思う。
 力が入るスタイナーに、アレスは肩をすくめた。

「大丈夫ですよ、キャゼルヌ大佐は目前ではなく、十年後を考えられる方です。きちんと計画をまとめ、現状の問題点をまとめれば、きっと予算課も認めてくれるでしょう。あとはスタイナー技術少佐の力次第です」
「知っているのか、キャゼルヌ大佐を?」
「学校の時に事務次長でおられたことがありましたが、直接話をしたことはないですね。でも、ヤン少佐とは親しくしていたようで、いろいろお話を伺いました」

「そうか。ありがとう、マクワイルド中尉。感謝する」
 いろいろと話したいことはあったが、まずはとばかりにスタイナーは一礼すると踵を返した。今週はどうやら帰れそうもない。だが、アレスが言ったように、この一週間でまさしく十年後が変わるであろう。
 それがどうなるか、スタイナーは手にした過去の仕様書をくしゃくしゃと丸め、ごみ箱に投げ入れた。


 
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