銀河英雄伝説~生まれ変わりのアレス~
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誘い
前書き
本来ならば個別の感想に皆様にありがとうというべきところですが、
思いのほか待っていただけた方がおられて、嬉しくも申し訳なくも思います。
言い訳のしようもないのですが、ただ更新することがよいかと思い。
これをもってお詫びと御礼とさせていただきます。
まことにありがとうございます。
拝啓
晩秋の候、ご無沙汰しておりますうちに、ひときわ冷え込むようになりました。
御多忙のことと存じますが、お風邪など召されていませんか。
さて、私事ですが、本年も戦術シミュレーション大会が来月に実施されます。
今年度からはなぜとは申しませんが、より一層の公平性が保たれ、チームが組まれるようになったため、私自身もサミュール先輩やテイスティア先輩と別れてのエントリーとなりました。
できない中で、勝てるようにしていくというのは面白いものですね。
もっともこのように考えられたのは、おそらく昨年先輩と戦えたからなのでしょう。
もしご予定がないようでしたら、ぜひお越しいただきたく思います。
会場でお待ちしております。
ごきげんよう アレス先輩
達筆に書かれた文字は、戦術シミュレート大会への誘いだ。
無駄が一切省かれた文章は相変わらずだが、どこか暖かいように感じる。
まあ、せっかく、誘ってもらったからな。
一仕事が終えて、時間もある。
どうせならばと普通では興味ないであろう事務官――ウォルター補佐か。
「日本食のお礼に、ミツイシさんでも誘って……」
頭をかきながら、背後に嫌な汗を感じる。
作戦のためならば細かい人間関係や感情を熟知しているのに、それが我がことにまったく役に立たなくなる脳細胞を持っている魔術師ほどに、アレスは人の機微が読めないわけでもない。
本来であれば送る必要のないチケットをわざわざ送るのがどういうことであるかは理解している。
ここでシノブと二人で行くことになれば、馬に蹴られて死んでしまえという奴だ。
もっとも。
「かといって、それに応えることもできないのだけど」
好意は嬉しく思うが、それが恋愛沙汰となるとアレスにとってはカプチェランカで戦うよりも遥かに難しい。
アレスは前世の記憶があって、ライナとの年の差は実年齢よりも遥かに大きい。
若いほうがいいとの意見もあるかもしれないが、正直子供のような年齢差には喜びよりも先に、一歩も二歩もひいて考えてしまう。
そもそも――。
カレンダーを見れば、宇宙歴791年の文字が目に入る。
あと八年。
たった八年で、自由惑星同盟自体がなくなる。
それを知っていてもなお、士官学校に入学し、そして戦い続ける自分の心ですら理解できないのに、他者まで巻き込む余裕などアレスにはない。
残すところ八年勝つか負けるか。
それが分かったところで、アレスはぎりぎり二十代である。
恋愛などといったことは、それからでも遅くはないだろう。
もっともアレスが生きているかどうかは別問題であろうが。
+ + +
わずか一年ほど前には何度も通っていた士官学校であるが、ハイネセンからの旅程は随分と長いものだった。
来客用の駐車場に車を止める。
戦術シミュレーション大会も後半戦とだけあって、広いはずの駐車場が関係者の車両で埋まっていた。
「失礼します、所属を確認させていただけますか」
近づいてきたのはまだ若い、士官学校の候補生だ。
当直勤務の一つとして、駐車場の見回りがある。
広い場所だからちょっとくらいと、一般人が止める場合がある。
それを防止するという実に簡単な任務だった。
「ご苦労」
助手席から姿を現した大柄な男が、姿を現し、敬礼を行う。
「第四艦隊所属のマルコム・ワイドボーン少佐だ。こちらは」
エンジンを切って、姿を現したのは目つきの悪い男。
「烈火のアレス!」
「ああ。後方作戦本部所属のアレス・マクワイルド中尉だが、知っているようだね」
「もちろんです。アレス中尉のデータは今では貸し出しが三か月待ちですから。お会いできて光栄です」
「マクワイルドのシミュレーションなど、何の役にも立たん」
「え、あ」
「こいつの動きを普通の人間が見て理解できるわけがない。真似をしたところで、無様になるのがオチだ。どうせ見るなら、ヤン・ウェンリーのデータを参考にしておくのだな」
「ひどいですね」
「事実だろう」
唐突な毒舌に目を白黒させる候補生を残して、アレスとワイドボーンは士官学校の中へと足を進ませた。
戦術シミュレーション大会準決勝。
果たして、誰が残っているのだろうかと歩いていく。
+ + +
ライナ・フェアラートは機嫌が悪かった。
普段はまるで感情を表に表すことがないが、フレデリカは理解している。
怒っていると。
もう、アレス先輩ってば。
思わず愚痴りたくなるのは、その原因であろう先輩の名前だ。
先日の夕食時に聞いたアレス・マクワイルドのデート。
それ以降、ライナは表立って感情を発露することはないが、明らかにおかしくなっている。
それは昨日の戦いでも明らかだ。
三学年の主席がいるヘンリー・ハワード候補生に対しての準々決勝。
驚くことにライナはミスをした。
それは些細なミスではあったが、精密機械の異名をとるライナが初めてミスをした瞬間だった。幸いなことに、ミスが些細であること、また五学年の先輩が動きを立て直したこともあって、勝利することができた。
だが、今日は。
フレデリカが反対側に視線を送れば、そこには小柄な――とても最上級生には見えない少年の姿があった。
セラン・サミュール。
五学年次席であり、主席であるテイスティアに次ぐ実力の持ち主。
もし対戦相手が彼であれば、些細なミスは些細とは言えない大きなミスにかえられる。
フレデリカ自身も万全を期して臨んだ予選で、全滅という文句のない敗北を味わっている。
あの後輩もそうだし、アレス先輩もアレス先輩だ。
デートするにしても、この時期でなくてもいいのにと思う。
「烈火だ……」
そんな八つ当たりの感情を持て余していた耳に、小さな呟きが聞こえた。
+ + +
遠巻きにされながら、姿を見せたのは二人。
マルコム・ワイドボーン少佐とアレス・マクワイルド中尉の姿だ。
実績や階級自体はマルコム・ワイドボーンの方が上ではあるが、この場にいる候補生はワイドボーンが卒業してから入学したものばかりであり、名前は知っていても姿を知るものはいない。対するアレスは昨年まで在学しており、シミュレーション成績は無敗、さらには彼が当直の時には抜け出すなという不文律まで作り上げた人物だ。
成績こそ主席ではないものの、それは射撃や艦船操作などの一部の成績が壊滅的であったためであり、それ以外の成績は陸戦技能がフェーガンに続く二位で、その他も主席クラスを収めている有名人だ。
だからこそ、あの後輩も同じ時期に在学していなかったにも関わらずアレスの姿を知っていたのだろう。
それが姿を見せた。
小さくつぶやかれた言葉が、波となって広がっていく。
「アレス先輩」
もちろん気づいたのはフレデリカだけではない。
ライナもだ。
だが、彼女の顔には珍しいことに迷いが残っていた。
駆け寄りたいものの、駆け寄ってかける言葉を失っている。
気持ちはよく分かった。
フレデリカも憧れの先輩がデートをしていたと聞けば、どう話しかけていいかわからなくなる。
だから、ここは私の出番。
ぐっと拳を握って、声をかけようとして。
「アレス先輩!」
その声は無邪気な言葉に遮られた。
フレデリカは初めて、上級生を殴ろうかと思った。
+ + +
「アレス先輩、来てくださったんですね」
子犬のように――まさにその言葉のとおりに、セラン・サミュールはアレスに近づいた。
尻尾がついていればきっとちぎれんばかりに振られていたことであろう。
そんな様子に、アレスは戸惑いながらも片手をあげて、答えた。
「準備をしているってことは、まだ残っているのか」
「ええ。準決勝前です、今年もテイスティアを倒して優勝して見せますよ」
「その前に準決勝を勝たないとだけどな」
「大丈夫ですよ。応援してくださいね」
「残念だが」
アレスは肩をすくめた。
「応援の先約があってな」
と、小さく目を向ける先は、ライナだ。
目が合った。
迷っていた表情から、驚きの表情に変わり、椅子を鳴らして、慌てて立ち上がる。
見事なほどに完璧な敬礼をして。
「あ、ありがとうございます!」
それに倣うように、ライナのチームメイトたちも慌てて立ち上がった。
周囲を驚きが満たしていく。
「え、何でですか。俺は去年のチームメイトですよ?」
「それが敵になることなんて、いくらでもあることだろう。テイスティアのようにな」
そう言って笑えば、近づいてきていた五学年主席の姿がある。
「お久しぶりです、先輩。でも、敵ってひどいですね、僕も敵になりたかったわけじゃないですよ」
「でも、学べたことは多いだろう?」
「はい。とても……」
ゆっくりと頷く姿に、セランは不服そうに口を尖らせた。
「先輩に応援してもらえれば、百人力だったのに。先約ってずるいですよ」
「だから、代わりの応援要員を一人連れてきただろう」
そう言って、隣を見れば大柄な男性の姿だ。
「げ。ワイドボーン先輩!」
「なんだ、不満でもあるのか。とりあえず、その『げ』の意味について、詳しく聞かせてもらいたいものだな、後輩」
「あ、あの。いや、本当に勘弁してください」
頭を下げる様子に、周囲に笑い声が漏れた。
+ + +
近づいてくる。
自分で誘っておきながらではあるが、こうして近づいてくると何を話していいかわからなくなる。ましてや、デート疑惑を聞いた直後だ。
髪は整っているだろうか。
どうしよう。
迷っている間に、アレスの姿は大きくなって、声がかけられる位置まで近づいた。
「五学年のクローラー候補生です。ご無沙汰をしております」
先に声を出したのは、ライナの隣にいた最上級生であり、このシミュレーション大会の総司令官だ。
どこか見たことのある風貌に、アレスは気づいた。
「ああ。確か、ヤン少佐の隊にいた」
「覚えていただけて光栄です。あの時は非常に多くのものを学ばせていただきました」
第一回目の戦術シミュレーション大会、決勝戦。
ヤン・ウェンリーのところに配属されていた一学年生。
あの時はまだまだ技術も甘く、戦い急ぐ悪いところがあったが、その様子は落ち着いていて、きっと彼も同様に多くのことを学ぶことができたのであろう。
ライナの力があったとはいえ、こうして準決勝まで足を進めているのだから。
「ライナ候補生には、我が隊で非常に活躍していただいています」
「あ、いえ、そんな。昨日もミスをしてしまい。助けていただきました」
慌てたように出した声に、ライナはしまったと顔をゆがめた。
失敗したことなど、アレスに聞かれたくない。
だが、アレスは珍しそうにそれを見て、微笑。
いつもにらんでいたような表情が、崩れた。
「一人で何とかしなくても、存外に何とかなるものだろう」
「……はい」
「ならば、気を張らずにできることをやればいい。君ならできるさ」
肩に置かれた手は暖かくて、それがライナの肩を押した。
「ありがとうございます。あ、あの」
「おっ。久しぶりに生意気な後輩の姿があるな」
勇気を出したライナの言葉を遮って、明るい声がした。
「おーい、こっちだ、マクワ……いでぇ」
この空気を読まぬ珍妙の客に、がんばれと心の中で応援していたフレデリカ・グリーンヒルは生まれて初めて上級生に手を挙げた。
+ + +
「ご、ごめんなさい。手をあげたらあたっちゃって……」
言い訳をしながら、ハンカチを差し出す思いのほか強気の後輩の姿に、殴られた本人――ダスティ・アッテンボロー中尉を介抱している。
だが、アレスの類まれな動体視力は見逃さなかった。
振り勝った瞬間、フレデリカの見事な裏拳がアッテンボローの鼻先に叩きつけられたことを。あまりの速さに、それに気づいたのは自分と、アッテンボローの隣で目を白黒させているワイドボーンだけだろう。
アッテンボローの鼻先を抑えながら、こちらの様子を伺う姿にやはりわざとかと、背後で自らの手をぎゅっと握るライナに視線をおろす。
でも、いいのだろうか。
アッテンボローの隣で戸惑っているのは、ワイドボーンだけじゃなく、彼女の思い人の姿もあるというのに。
まあ、それはともかくとしてだ。
「何か?」
「あ、いえ。何でも」
「本当に?」
覗き込んだ顔に迷いが見える。
けれど、頑張れとの再びの視線に、ライナは強くうなずいた。
本人は他を応援している場合じゃないのだろうに。
「あの、この前ハイネセンでデートしていたと聞いたのですが。お付き合いしている女性はいるのですか?」
まっすぐな言葉だった。
五学年の上級生や、その他の人間がいる場所で言うにはあまりにも勇気のいる言葉。
誤魔化すのはあまりにも酷い。
だから。
「確かにハイネセンでは部下と食事に行ったが、付き合ったとかそういうことはないよ。今はだれとも付き合うつもりはないしね」
言い過ぎただろうか。
けれど、それがまっすぐな理由であって。
それにライナはどこかほっとしたように笑顔を浮かべた。
「今はとおっしゃいましたね。それは私が卒業するまで待ってくださるという……」
いや、そういうわけではないのだが。
「ご安心ください。アレス先輩の応援を受けて、負けるつもりはございません。不敗の名前を汚すことはございませんから」
今日一番に喜びを浮かべた少女の背後で、「ヤ、ヤン先輩!」とフレデリカの悲鳴が聞こえた。
+ + +
これは違うと必死の言い訳をしている場所へと近づいていけば、そこは混沌という言葉が最も似合う場所であった。
後の魔術師ヤンに対して、頭を下げる金褐色の美しい女性。
それに対して、頭を下げる場所が違うんじゃないかなと経験のない光景に戸惑っている不敗の英雄。
ダスティ・アッテンボローは未だに鼻を抑えているし、隣のワイドボーンは何が起きたかさっぱりわからないようで、珍しくも目を白黒させている。
おそらくは近年の士官学校で有名な人物に囲まれたセラン・サミュールとテイスティアは蚊帳の外でお互いに顔を見合わせていた。
できれば、逃げたい。
だが、そうもいかないだろう。
「どういうことです。ワイドボーン先輩」
「いや、その点については俺自身も知りたいことだが」
「ヤン少佐とアッテンボロー中尉がいる理由だけでも教えていただけると」
「ああ。それは簡単だ。俺が読んだからだ」
胸を張ってこたえる様子に、アレスは眉をひそめた。
そんなことは初耳だったからだ。
向けられた視線に言い訳するように、ワイドボーンは肩をすくめた。
「誰も聞かれずに話し合えるのは、ここか飲み屋くらいしかないだろう。かといって、飲み屋はアッテンボローはともかく、ヤンやお前は来ないしな」
「私は話し合うつもりはなかったのですが」
「何、応援まで、あと二時間くらいはある。士官学校に会議室を借りている。旧友との交友を温めるのもいいだろう?」
「ワイドボーン先輩に友達っていましたっけ?」
目の覚めるような拳を避けて、アレス・マクワイルドは苦く笑った。
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