二条卿の歌
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第一章
二条卿の歌
参議二条実朝はまだ二十五になったばかりのうら若き公卿である。彼は今悩みがあった。
そしてその悩みを歌にも歌っていた、その歌は明らかに想い人へのことでだ。
その歌を詠んだ帝も怪訝に思われ実朝に聞かれた。
「そなた誰かを想っておるのか」
「はい」
気品のある整った顔をやつれさせてだ、実朝は帝に答えた。
「想っても適わぬ方を」
「それでなのか」
「今は常に苦しんでいます」
その恋への悩みにというのだ。
「昼も夜も」
「そうか、ではその相手は言えるか」
帝は実朝を気遣いこうも聞かれた。
「朕には」
「いえ、申し訳ありませぬが」
「朕にも言えぬ様のじゃな」
「そうした方であります」
「そうなのか、では聞かぬ」
帝は実朝のその想いが深く強いのを察せられてこれ以上はと思いこう言われた。
「しかしその悩みはな」
「晴らすべきですか」
「暫く、奈良の方なりに旅に出てな」
「そうしてですか」
「気を紛らわせてはどうか」
そして憂いを消してはというのだ。
「そうしてはどうか」
「では」
「うむ、気の病は全ての病の基ともいう」
帝はこのことから実朝を気遣われて言われるのだった。
「だからな」
「では暫しの間」
「奈良にでも行ってな」
「気の病を癒してきます」
「その様にな」
帝は実朝を優しい声で送り出された、実朝はすぐに旅の支度を整え僅かな供の者達を連れて奈良への旅に出た。
だが都を出る時にだ、同じ参議の若司時成に会った。時成は実朝の牛舎を見て己の牛車の幕を開けてまるでうら若き女かと思えるまでに艶やかな顔を見せて彼に声をかけた。
「二条殿ではないですか」
「はい」
実朝も牛車の幕を上げさせて時成に応えた、そうして彼の顔を後ろめたそうな顔で見てそうして言うのだった。
「実は今から奈良の方に旅に出まして」
「それでなのですか」
「暫しの間です」
「都を離れられるのですね」
「そうします」
こう時成に答えた。
「これより」
「そうですか、では旅の間くれぐれもです」
「身の安全にはですね」
「お気をつけ下さい」
時成は優しく奇麗な声で実朝に話した。
「何があろうとも」
「はい、そのお心しかとです」
「受けて下さいますか」
「そのうえで旅に出させてもらいます」
「道中幸あらんことを」
心から言う時成だった、親しくしている実朝に対して。そうして実朝も彼に礼を言い別れを告げてだった。
都を出たがそれからだ、彼は馬に乗り換えて供の者達に言った。
「暫しと言ったがな」
「長い旅にですか」
「されるおつもりですか」
「お主達には苦労をかけるが」
長い間都を離れてというのだ。
「しかしな」
「いえ、お気遣いなく」
「我等は何処までも一緒にです」
「参議様についていきます」
「そのことはご安心を」
「そう言ってくれるか、ではな」
供の者達の自分への気遣いに感謝もした、そうしてだった。
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