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リング

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26部分:エリザベートの記憶その四


エリザベートの記憶その四

「トリスタン=フォン=カレオールか」
 帝国の誇る天才科学者の失踪もその中に入っていた。そして帝国に反旗を翻している宇宙海賊、謎の闇商人。彼は今このノルン銀河が大きく動こうとしているのを感じていた。
「何かが起こるか」
 彼は一通り送られてきた書類を見て呟いた。
 それがその日の最後の言葉であった。書類を机の中にしまい鍵をかけるとその部屋を後にした。そして寝室へ入るのであった。
 それから暫く経った。チューリンゲンに謎の一軍が向かって来ているとの報告があった。
「帝国軍か!?」
「どうやらそれだけではないようです」
 緊急事態を知らせる警報が鳴り響く中彼は軍の司令部に入った。周りでは制服の者達が慌しく動いていた。
「他にも来ているのか」
「はい」
 部下の一人が答えた。
「ワルキューレです。彼等も来ています」
「ワルキューレが!?何故だ」
 彼はそれを聞いて顔を顰めさせた。
「彼等は帝国だけを狙っているのではなかったのか」
「それがどういうわけか。チューリンゲンにも向かって来ているのです」
「帝国軍を追ってではないのか」
「その可能性もありますが。如何致しましょう」
「まずは市民達を避難させよ」
 彼はすぐに決断を下した。
「避難先は」
「ヴェールスベルク星系だ」
 彼はそう答えた。リスト王家が持つ星系の一つである。
「あそこならチューリンゲンにいる全市民の避難も可能だ。いいな」
「わかりました。それでは」
「帝国軍と海賊達がここに到着するまでにどれ位かかりそうだ」
「三日程かと」
「ではその三日の間に市民達を全て避難させるぞ。よいな」
「ハッ」
 軍人達が一斉に敬礼する。そしてそれぞれの仕事に取り掛かる。彼はそれを見届けた後ですぐに王宮へと向かった。
「公爵、帝国軍がこちらに向かっておるそうだな」
 ヘルマン王はタンホイザーが自分の前に来るとすぐにこう問うてきた。
「はい」
「そうか。そして今民達を避難させておるのだな」
「その通りです。陛下もお早く」
「いや、余は後でよい」
 だが彼はそれを断った。
「何故に」
「まずは民達を先に行かせてくれ。余は民達が全て安全な場所に去ってからでよい」
「宜しいのですか、それで」
「構わん」
 彼はそれに応えにこりと笑った。
「公爵、そなたも最後まで残るのであろう」
「はい」
 最初からそのつもりであった。彼は軍を指揮して最後まで敵を食い止めるつもりだった。そしてそれから自らも撤退する。そうした計画を立てていたのだ。
「ならば余とて同じだ。民を預かる者としてこれは当然のことだ」
「わかりました。それでは」
 それを拒むことはしなかった。彼はこの若き主の志を尊重することにしたのだ。
「陛下の御命、この身にかけても御守り致します」
「そなたには苦労をかけるな」
「いえ」
 だが彼はそれにはこだわらなかった。
「御気遣いは無用です。これもまた私の責務ですから」
「責務か」
「はい。陛下と民の為に私はあります。陛下が民の為におられるように」
「わかった。では互いにその責務を果たそうぞ」
「はい」
 こうして二人は別れた。王は最後の最後まで留まり民達を見送り、タンホイザーは軍を率いて民と王を守っていた。こうして二日が過ぎた。
 
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