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SAO -Across the another world-

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二話 戦乙女の失踪

あの頃が懐かしい。

『ギルドを作りまショウ。リーダーはデルタ、あなたに頼みマス』

『ユーリさん、ギルドの名前は決まってるのですか?』

『もちろんデスよ、マロン』

『ユーリ、良い名前にしてくれよ。お前のネーミングセンスは最低だからな』

『もうッ、リッキーったら、酷いデスよー。今回はちゃんとシンプルなネーミングにしましたヨ』

『して、その名前は?』

『デルタ、貴方が率いるギルドその名前はデスね……』

インビジブル・ナイツ(invisible knights)…か…」

不可視の騎士団、という意味だった懐かしい響きのそのギルドの名前を、俺は久しぶりに呟いた。騎士団(ナイツ)といっても、四人の中で騎士らしい重厚な鎧を着ていたのは前衛で身の丈程もある大剣を振るっていた男性プレイヤーのリックだけ。他は皆軽い装備を好んで身に纏い、攻撃速度と手数で相手を圧倒していくようなスタイルのプレイヤー達だった。実際、そのギルドに居た自分のメインウェポンは軽さと切れ味が利点であった日本刀だった。当時はその事についてリックがよくユーリに悪態を突き、皆で笑いあっていたな、と細かい事まで覚えている。

異世界とも言える人造の仮想世界に意識を囚われていた、あの頃が懐かしい。なぜ懐かしむのかは自分でも良くは分からない。きっとあの鋼鉄の浮遊城に向けられる様々な感情が籠った目線に自分が抱くような懐かしみという物は無いだろう。あるのは死者に対する悲しみか二年という時間を失った失意か、それとも行くことが叶わなかった浮遊城への憧れか。きっと、懐かしむというのはあの世界を快く思っていなかった者は持ってはならない感情なのだろう。

だが、(デルタ)はそれを持っている。持ってしまっているのだ。多分、主観的な推測だがその理由はただ一つ。

「もう一度、ユーリと再会したい」という純粋な、ただ一つの願いだった。




■■■■■


東京都・東大和市 [13:21]

牧田玲/デルタ・高校生



2025年度の小・中・高校の社会・公民の教科書に新しく掲載された重要単語は述べ10個にも及ぶ。

その大半が新法の制定に伴う新しい法律の紹介、VR技術が発展した事による情報モラルの増加などなど。そして、あの事件の事も、最新の重大事件として歴史の最終ページに追加されて掲載されていた。

【SAO事件】

黒い太文字で書かれたその文字の下には、その事件の内容が、大雑把に書かれていた。

【2022年に発生したSAO事件は、初のVR機器を使ったテロ事件である。被害者にRPGゲームをプレイさせ、ゲーム中の体力が無くなった者は脳死状態になってしまうというもので被害者は一万人を超え、そのうちの四千人が死亡した。現在も昏睡状態にある被害者や、後遺症を訴える被害者が存在し、今では運営を委託された電子機器メーカーの株式会社レクトが早期解決に向けて努力している】

要約すれば、「ゲームの中で人が死んで、その事後処理が難航してます」と言う事であった。事件発生から二年近く経過した今でも、ニュースではこの事件の特集をしていたりする程、国民の関心は高い。

あの世界での名前はデルターーであった青年、牧田玲は、その部分が掲載されている一ページだけをプリントアウトした用紙をまじまじと見つめながら、先程から着信が鳴り止まないスマートフォンを耳へと当てた。

着信に応じた途端、耳に当てたスピーカーの部分から、どこか落ち着いた感じがする、若い女性の声がした。

「牧田君、今年の社会教科書の件、見ました?」

「わざわざ電話してこなくてももちろん見たよ、栗原」

着信は昔からの幼馴染で、付き合いは十八才になったを今でも継続している同い年の少女、栗原絵里香(マロン)からのものだった。

『まさかこんなに詳細を濁して掲載されるとは思っていませんでした。もう少し事細かに載せた方が良いと思います』

「無理言うなよ....教科書検定やってるお偉方に言ってこいよ。今頃文科省の会議室でワイワイディスカッション中だろ。親父さんに頼めば入れてくれるんじゃないか?」 

彼女の父親は文部科学省に勤務している。教科書選定に関与しているかどうかは自分には知る由も無いが。

『珍しく冷たいですね…。何かあったのですか?』

「昔の事を思い出してたんだ。ほら、インビジブル・ナイツを結成した時の事を」

『………ユーリさんは今頃どうしているのでしょうか……』

ユーリ。本名ユーリ・マクラーレン。ロシア系イギリス人の少女であり、SAO事件に巻き込まれた数少ない外国人の一人であった。ロングランスを得物とするランサーで、その実力は「攻略組」と呼ばれたトッププレイヤー集団の中でも上位に位置する程であった。普段の会話の所々に英国訛りの英語が入るのが彼女の癖であったのだが、今それを容易に聞ける程、彼女の状態は甘くなかった。彼女、ユーリ・マクラーレンは「未帰還者」という身分にカデコライズされていた。

未だに意識が回復していないSAOプレイヤー、通称「未帰還者」と呼ばれる者たちの発生は、SAO事件が解決され、安堵していた事件関係者を再び恐怖のどん底へと落とすのに十分な衝撃を持っていた。

SAO事件生存者六千人のうち、三百名ほどが事件解決直後から、原因不明の意識根絶。その原因となる手掛かりはひとつも無く、解決の目処は全く立っていない。警察所属であったり、国内トップクラスの実力を持つホワイトハッカー達が原因究明の為、日夜SAOサーバーの解析を行っているらしいが、まだ具体的な結果は得られていないらしい。事件の首謀者である茅場ももうこの世には居ない為、誰もサーバー内部のブラックボックスを覗く事は出来ないかもしれない。

ユーリはSAO事件発生時から都内の私立病院に入院しており(SAOプレイヤーは行政府が保護して全員入院措置が取られた)、牧田は帰還後にそこへ訪れた事があった。東京の中心部にある、大きな大学病院の入院病棟の五階。消毒の香りから感じられる清潔感が漂う、白いリノリウム張りの床が長く伸びる廊下を進んだ先にある四人一部屋の病室に、彼女の身体はあった。

透き通る様なノルディックブロンドのショートカットに、雪を思い出させる様な、真っ白な肌をした顔。前者はイギリスの、後者はロシアの血を引いたのだろう。細い首から下はジェル素材の特殊なカバーに包まれており、そこから先を伺う事は出来ないが、明らかに痩せ細っているであろう事は、自分や栗原の帰還後の経験で察する事が出来た。二年近く筋肉を動かしていない上に、栄養は全て点滴頼りだ。元から線が細い栗原の帰還直後の姿は、見ていて痛々しい物があった。

病床で横たわるユーリの顔には、SAOの最前線で常日頃から目にした、戦乙女(ヴァルキリー)と称される程の勇猛さは微塵も感じず、単なるか弱い少女としか見ることが出来なかった。あまりにもかけ離れたユーリの姿に困惑を覚えた牧田は、その時から「ユーリと再会したい」という強い気持ちを持ち始めた。

「無事なら良いんですけど....何の手掛かりも無いってニュースで言ってましたからね....」

「暗い事言うなよ。俺は栗原と再会できただけでも嬉しいよ」

他人に語るほど面白くもないが、多少数奇な人生を辿っている自分にとっては、幼馴染という関係を持てる喜びを半ば本心でその言葉を言ったのだが、スピーカーからは「からかわないでくださいよ。牧田君らしくもない」と至って冷静な反応が帰ってきた。

昔はこんな性格じゃなかったのになぁ...、と牧田はそう遠くない昔の思い出を掘り返した。

数奇な運命ととある事情で幼少期から施設に保護され、そこで育った自分は、七歳の時に牧田家に引き取られ、そこで「牧田」の名字と、「玲」という名前を与えられた。それまでは名前も無く、ただ男という性別と体の大きさ、そして手の甲に残る傷跡が識別の目印になっていた。

東京の東大和市にある牧田家は、特に何の特徴も無い普通の核家族世帯であった。父親の尚治は国土交通省に勤務、母親の燿子は大手広告代理店で勤務しており、その二人の間には子供は居ない。施設から夫婦に引き取られて牧田家の人間として生活している子供は自分の他に一人いる。自分より3歳年下の妹、凛が、戸籍上では実妹として居る。彼女も元は施設の出身であり、自分と同じタイミングで牧田家に引き取られたらしい。養護施設の場所は違えども同じ環境下で育った凛とは今でも仲は良く、SAOから帰還した時に見た凛の泣きじゃくった顔はあれから三ヶ月程経過した今日でも頭の中に残っている。

牧田家に引き取られたのは七歳であり、その一年前から一応施設の近くにある小学校には通っていたが、八王子市にあったその学校に、東大和市から通うには厳しいということで、牧田家から程近いところにある小学校へと転校する形で入学する事になった。しかし、今まで全くと言って良いほど同年代の子供と会話しなかった自分は、皆仲良しがデフォルトの小学校の中では明らかに浮いた存在であった。そんな感じで孤立していた自分を助けてくれたのが、栗原であったのだ。

クラスが一緒であり、家も隣り同士であった栗原とはすぐに仲良くなり、自分が初めて友達の家へ行って遊んだ相手は栗原であった。その頃の栗原は今の様に真っ直ぐ過ぎる程の生真面目な性格では無く、多少なりともどこかまったりとした感じがある少女であった。

他に友達と呼べる者も居なかった自分は、小学校低学年の殆どを彼女の隣で過ごした。今改めて考えれば赤面物だが、自分が栗原家に泊まりに行った際には一緒に風呂に入り、布団の中では一緒に肩を寄せあって寝ていたのだと、彼女の母親は笑いながら言っていた。

中学校も同じ学校へと進学し、いよいよ高校へ、というタイミングで二人ともSAO事件に遭遇し、約二年をあの電子の檻の中で過ごした。通販が開始されて即座に完売したと後に聞いたナーヴギアの通信販売であったが、その時は何も知らないまま運よくナーヴギアの通販開始時刻に大手通販サイトにアクセスし、ナーヴギアを購入出来たのを幸運だと思っていたのも束の間、死の危険が常時付きまとうデスゲームへと放り込まれ、結局は購入してしまった事を不運だと嘆く羽目になった。

「アインクラッド」と呼ばれたSAOの舞台であるその鋼鉄の城でもほぼ隣り合わせで過ごし、何とか現実世界に帰還するために最前線を駆け回った。その時の精神的な疲労もあるのか、栗原の性格は変わっていき、今の様なクールで若干ドライな所が出来始めたのもSAOの中での事だ。結局、自分に貴重な経験と大きな絶望を与えたアインクラッドは、やや変則的な終焉を迎え、デスゲーム開始から約二年半後にクリアされた。

その後、現実世界で久しぶりに再会した栗原は、見た目こそ少し痩せたくらいであったが、性格は活発さが鳴りを潜め、静けさが全面に出ていた。牧田に対する呼び名も名前の玲をもじった【れー君】から普通に【牧田君】へと変わり、牧田に対しても言葉は常に敬語だ。

そんな栗原は、現在リハビリを終え、また牧田家の隣に戻ってきていた。今居る自分の部屋の窓から、彼女が居る部屋が見えるくらい、それどころか渡って入れるくらい、両家の距離は近く、会おうと思えばいつでも会えることが出来るくらいの二人の距離は近い。

それには嬉しくもあり、同時に何かしらの感情を感じたのだがーー

『牧田君?大丈夫ですか?』

栗原からの声に驚き、スマホを取り落としてしまった。慌てて拾い上げ、再び耳に当てた。

ーーそれは全く考える暇も無いままだ。

「あ、ああ。大丈夫だよ。じゃ、一回切るぞ」

『ちょっと待ってください。……気になる話が一つあるんです。この後、時間ありますか?』

今日は土曜日で、特にこれといった用事も無い。

『なら、ちょっと出掛けましょう。どうせ、こちらに還ってきてからどこにも出てないんでしょう?』

確かに、現実世界に帰還した後はあまり外には出ていない。折角のいい機会だと思った牧田は、栗原に行くと返事を返し、早速支度を開始した。

久しぶりの外出だと意気込んで早めに支度を完了させ、外に出るとすでに栗原は外で待ってくれていた。彼女は純白のカッターシャツに青のスカートと黒ストッキングの組み合わせという彼女の醸し出すクールな雰囲気に合っているコーディネートだ。中学生の時以来、約三年ぶりに見る栗原の私服だった。

「では、行きましょうか」

栗原に行先を聞くと、文京区の方まで出るらしい。郊外の東大和から行くとなると電車を使う事になるだろう。コーヒーが好きな栗原の事だからカフェかどこかかな、と適当に検討を付けつつ、家の前から駅まで続く道路を歩き始めた。その牧田の隣にくっつくようにして、栗原は着いてくる。自分の肩よりも身長が低い栗原は、仮想世界で見るよりも随分と可愛らしい。彼女自身はもっと身長が欲しいらしく、早寝早起きを徹底したり、キャラに合わず牛乳を飲めば身長が伸びると思い、牛乳を一生懸命飲んでいる等という可愛い事をしていると彼女の母親から聞いていた。

やはりデータですべてを知覚する仮想世界と違い、現実世界の方はこうして並んで歩くだけでも色々な情報が手に入れられる。改めて感じる彼女の身体の小ささ、透き通るような艶の黒い髪の毛、そして、こうして肩を接して歩く事によって微かに感じる彼女の体温。仮想世界では感じることのできないものばかりだ。

「牧田君、歩いていてずっと無言というのもどうかと思うので、何か話しませんか?」

「じゃあ……なんで俺を連れ出したの?」

その問いかけに対して栗原は、スマホの写真フォルダを開いて答えた。

「これです」

何だ?と彼女のスマホを受け取り、その画面をまじまじと見た。綺麗な栗色の髪をした少女が、暗い顔で彼方を見つめている様な光景が、画面に写し出されていた。しかし、その少女はただの少女では無かった。

まず耳が普通の人間とは違った。人間の様に丸い耳ではなく、後ろ方向に伸びて尖った、まるでエルフのような耳をしていた。身体にはシルク製だか何だかは知らないが、純白のドレスを身に纏い、耳や首には金属製の飾りの様な物を付けていた。

そんな中でも、一番牧田の目を引いたのは、彼女の肩甲骨あたりから生えている二本の羽であった。薄い紫色をしたそれは、飾りなどではなく、明らかに彼女のドレスから露出した肩甲骨部分から直に生えていた。それを一目見ただけで明らかに現実世界の人間とは違うと判る。

そんな少女に、牧田は見覚えがあった。

「確かこれは....KoBだかの副団長を務めていた....名前なんだっけ?」

KoBとは、SAO内でその名を轟かせた最強の攻略ギルドである。メンバー全員が紅白のコスチュームを身に纏い、戦場を駆け回る姿は壮観であった。メンバー個々の実力も高く、幹部クラスは鬼の如き強さを誇っていた。

「全く....アスナさんですよ。攻略会議で散々お世話になったじゃないですか」

「閃光」アスナ。随分久しぶりに耳にした名前だが、その戦いぶりは昨日の出来事の様に思い出せる。細身のレイピアをまるで延長した手のように操り、そして渾名こ「閃光」に恥じぬ高速の刺突攻撃で次々と敵を屠っていく姿を、牧田は脳内に思い出させた。

「で、そのアスナさんの画像がどうしたんだ?新しいVRMMOのか?」

「ある人に呼ばれたんですよ。この写真の事で。これがもしかしたらユーリさんを救う手立てになるかもしれません。まぁ、詳細は行けば分かります」

「なんだよそれ.....」

訳も解らないまま、栗原と並んで歩く事20分。着いたのは、牧田達が住む地区から最も近い駅だった。

「俺、自分のパスしか持ってないけど…」

「私も持っていますよ?」

余計な心配だったようだ。栗原はスマートフォンの手帳型カバーから緑色に光る電子カードを取り出し、こちらに向けた。

改札を通り、昼下がりで乗客もまばらな電車に乗った。途中で中央本線に乗り換え、都心の方へと向かう。行き先はどうやら上野の方らしい。

あまり電車には乗らない(移動は基本的に自転車である)為、子供の様に物珍しそうに窓から辺りを見回す牧田を、栗原が小突いた。

「何やっているんですか。恥ずかしいですよ、こんな年にもなって」

「恥ずかしいも何もあるか。電車なんて全く乗らない人生だったから珍しいなぁ、って見回してただけだよ」

「でも、子供の頃は凄く活発だった覚えがありますよ?都市部に行ったりしなかったんですか?」

「子供の頃は全く東大和から出てないし、中学になってからは地区からもあまり出なかったしさ。それに、昔と今とじゃ人は変わるさ」

人が変わると言えば、現に栗原がそうなのである。あれだけ仲良く遊んだ幼馴染は、今では自分含む他人と敬語でしか会話できていない。SAOの中でも砕けた口調で話している彼女は一度たりとも目にした事が無かった。

「確かにあまり市外には出なかったですね。私もごみごみした雰囲気はあまり好きじゃないです」 

「でも栗原、お前も子供の頃は活発だったような覚えがあるんだけど?」

「私も昔とは変わったと思います」

「自覚してたのか?」

「まぁ、ある程度は.....といっても、昔に逆戻りをするつもりは無いですけどね」

「前から聞きたかったんだけど、どうしていきなり敬語なんか使い始めたんだよ。なんか話しにくいぞ」

「自分でも分からないんですよ。どうしてこうなったのか。誰よりも親しくしている牧田君にもこんな調子でしか話せない....ごめんなさい」

「謝らなくて良い。分かってる」

牧田はそう言うと、隣に座る栗原の手を握った。

栗原は一瞬戸惑うような素振りを見せたが、牧田の真意に気付くと、はにかんで手を握り返した。

「その一言で充分です。.....ありがとう」

それから暫く何も喋らずに時間は過ぎていった。阿佐ヶ谷駅に到着した辺りで再び牧田が口を開いた。

「そういえば、KoBの副団長らしき人の写真とユーリにどんな関係があるんだ?」

「私も詳しい事は分からないんですよ。でも、この写真が手掛かりとなればユーリさんも、義妹さんと再会できますね....」

「....ああ」

何故自分と栗原が、こんなにユーリの事について詳しいのか、普通に考えれば疑問に思うであろう。高度情報社会となった今日の日本では、あちらこちらに個人情報が散らばっているが、それをパズルの1ピースのようにして集めるのは不可能に近いだろう。しかし、自分の狭くも優秀な人脈は、それを可能にしてくれた。

ユーリ・マクラーレンはロシア系のイギリス人で、五歳の頃から日本で生活していた元孤児らしい、というパズルの1ピースではなく、既に組み上がり完成品となった情報を手に入れたのは、自分と親交のある国家公務員からのリークが元であった。菊岡誠司という名前のその公務員は、SAO事件以前から関係があり、自分にとっては数少ない、キャリアエリート組で交友がある人物であった。

SAO事件の最中においては対策チームのトップであったらしく、帰還後に会い、ユーリの事についてつついてみると、すぐに情報が出てきた。

ユーリが孤児となる原因を作り、彼女を捨てた親は行方不明。さらには彼女を引き取った親も現在行方不明で、ユーリの家族と言える存在は同じ元孤児の義妹、マリー・ウィリアムズだけとなったという。その義妹のマリーは現在、菊岡が手配した生活保護プログラムで都内のアパートに住んでいるということだった。

後日、その話を伝えた栗原と共に八王子にあるマリーが住んでいるアパートへと赴いた。マリーは義姉と同じノルディックブロンドの髪の毛を持った幼い少女で、年齢を聞いてみるとまだ15歳とのことだった。

英国人らしからぬ座布団に座っていたマリーは同じく座布団を二人に勧め、そして過去の事について話し始めた。

マリーはイギリスにある孤児院で育ち、そこには2歳年上のユーリが居たとのことだった。2歳の時にユーリと一緒に引き取られ、そしてその翌年に日本へと移住したらしい。IT関連企業の海外担当部長だという義父は、昼こそ大人しいが、夜になるとその人格が一変したという。まだ子供のユーリとマリーに対して殴る蹴るは当たり前、数日間食糧を与えられなかった事もあるし、マンションから落とされそうになったこともあった。時には義父誰か知らない怪しい人達を2、3人部屋へと連れて来て、その人達に犯されそうになった事もある、とマリーは俯き、涙目になりながら語っていた。栗原は優しく寄り添うようにして、マリーを慰めだ。

そんな日常に耐えながらも、二人は強く育ち、義父が簡単には手が出せなくなっていた頃に、【SAO事件】は発生した。

中学校この友達から借り受けたというナーヴギアを被り、昏睡してしまったユーリを見たマリーは、大変驚いたという。何よりも、頼れるお姉さんが居なくなった事に対して。

昏睡状態に陥ったユーリは、都内の病院へと搬送された。その姿を見た義父は、ユーリとマリーの親権を放棄するという内容の文面を残して何処かへ蒸発してしまったらしい。

その後マリーは、生活保護プログラムを受けながら学校へと通い、高校進学を間近に控えた11月に、ゲームがクリアされたとの病院からの報告があった。が、病室を訪れてみると、そこには未だに眠り続ける義姉の姿があった。

「姉はもう帰ってこないんだって……そう思っています」

感情を押し殺しながら話すマリーの顔を、もうしっかりと見る事はできなかった。

もうユーリとは会えない、そんな事を思っているマリーを何とかして再会させてあげたい、と思いつつも何も出来ない毎日が続いたある日、それは動いた。それが今日であった。

  
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