ランス ~another story~ IF
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第9話 魔王降臨
『……多分、DDも此処にいるんだな。あのゴリラ』
「ああ。翔竜山を揺らす様なヤツはアイツしかいないだろう。気配でも判るし、何よりランスが住まうこの山を慌ただしくする様な輩はもうあの魔人しかいない。サテラとサイゼルに加えて、DDか。随分と喧しい場所になったものだ」
魔王が居城を構えて以降、翔竜山は生物がほぼ一匹もいない……と恐れられた山だ。勿論それは比喩であり、ドラゴンの類は少数だが生息している為、一概にはそう言えないのだが……、ここまで騒がしくない、とは絶対に言える。
『だが、オレはそろそろ思うんだが』
「ん? 何がだ?」
歩みを止めず、透明化の状態で会話を続けているゾロ。 そして その内容で、その歩みを止める結果になる。
『所謂、時は来た――って事にならないか? もう、あの子が。クルック―も動き、あの子も動いた。『あの子の成長の最低限度の手を貸す、促す』と言うのが、オレ達の今の目的だっただろ? ……なら、共に行くと言うのもそろそろどうかと思うんだが。勿論、変装はするぞ。……フォトショックも一応使えるし』
その言葉を訊いて、ゾロは歩みを止めたのだ。
少しだけ思案しつつ、おもむろに口許を歪ませる。
「ふふ…… やはり不器用な男だな。主は。魔人が複数現れた。内ホーネットは除外するにしても、他の魔人はやや好戦的。特にDDは狂気の魔人だ。……皆が心配になった、と言えば良かろう? 私にまで言い繕ってどうする」
くっくっく、と口許を抑えつつ笑う。
それが図星だったのだろう。返答にやや遅れてしまっているから。
『うっ……』
「気持ちが判らない訳ではない。それに私を前に建前は不要だろう。最早我々は一心同体だ。……最後の時までは――」
『………判ってるよ。悪い癖になってるなオレ。じゃあ言おう。確かに、あの子の……エールの冒険を成功させる。あの子の心の成長を促し、何よりも皆との旅を楽しんでもらう。それが最重要。でなければ、この無限に続く死の螺旋の様な運命は終わらない。……唯一、そこから抜ける道が切り開かれたのも判る。……だが、あの子は人間だ。あの子が死なない訳ではない。……死ねば、終わるのは同じ。そうならない様に傍で見ていたい。と言うのが素直な気持ちだ』
今回に限らず、死を見るのは嫌だと言う事だ。
それは誰しもが同じ気持ちだろう。でも、この世界でではそれは難しいの一言。人間よりも圧倒的な力を有する者達の存在があるのだから。その多くは人間の事を何とも思っていない。蹂躙される種族とさえ思っている者達だから。
そんな世界を冒険し続けてきた彼。死は何度も見てきた。……が、当然なれる様な事はない。――近しい者達の死。これだけは絶対に容認できるものじゃない。
だからこそ、これまでの窮地で彼は行動をしてきた。
過剰な接触と奮闘はしていないが、それでも 死なせない行動は止められなかった。
初めて出た勇者災害の時。
そして 鬼畜王戦争の時。
本来であれば、あの時の様に最前線に立ちたい気持ちもあったが、今はそうはいかない。……まだ、見ている奴らがいるから。
「共に行動する……。仲間になる、と言うのは聊か早いと思うが こういう場所ででは手を貸す。そのつもりでホーネットの元から早々に去った。それに常に危険地帯にいる訳でもないだろう」
『あー、それもそうか。いきなり翔竜山に来てたから、ちょっと感覚が……』
「それはあの子達の感性の問題だな。今回のを気に、軌道修正を願うとする。……まぁ 魔人と相対すれば――」
最後まで言わなかった。
人と魔人の差。現時点での差。
確かにエールは強い。年齢を考慮すれば間違いなく世界でも屈指の実力者であると言えるだろう。だが、それでも差は埋まらない。それ程の差を持つのが魔人だ。
ゾロは再び歩き始める。
そして、ゾロが考えていた通り、エールたちは魔人の力を、その差を噛みしめる結果になっていた。
それは、数十分後の事。
魔人サテラとの戦闘。アームズが聖刀日光を用いて 魔人サテラのもつ絶対的な結界を打ち払い、何とか五分の条件に持っていったが。
「あーはははは! 弱い弱い!」
それだけで魔人と対等に戦えると思えば大間違いだ。
エールたちはもうほぼ戦線離脱。アームズ1人で戦っていた。
確かにアームズは魔人を倒した伝説の人物の1人。だが、それは魔王ランスが戯れに生み出した魔人の1体。言わば下っ端の魔人だ。
魔人サテラは、先々代魔王ガイの時代より見出された人間の魔人。戦闘力もさておきながら、共に従えている二体のガーディアンも強固である。
更に まだまだ発展途上、戦闘経験の乏しいエールたちと比べ、以前打倒した時に連れ添った同じく伝説の戦士、神無城 清十郎とでは 明らかに力不足だった。
「くっ……、やはり魔人サテラともなると、新入り魔人とは格が違うか……。清十郎……っ」
今は離れている恋人、清十郎を思い浮かべるアームズ。だが、その考えを直ぐに改めた。女としての幸福を甘美もしたが、冒険に出ている今の自分は冒険者であり、戦士。その様な甘えは戦場においては 無意味で無価値、更に危険と油断を産むからだ。
頼れる恋人がいない事実は変えられない。今変える事が出来るのは己の力のみ。そして 得物の聖刀日光。
「日光……、もう少し融通を効かせることはできないのか?」
だが、その伝説の武器も明らかにパワーダウンしている。無敵結界を払う事が出来るのは確かだが、ただそれだけだ。対魔人の武器とは乏しささえ覚えてしまう。
「…………。無理です。最初から言っていましたよ。相性が悪いのに無理矢理に使えばこうなると。以前も清十郎どのがいたからこその打倒です。……彼が私を使えば或いは、でしたが、それを拒んだのは貴女でしょう?」
「ぐっ、人の恋人を盗ろうとする発想。ランスと変わらんぞ」
「……っ、そ、その様な事は思いません。あくまで可能性の話です!」
刀と言い争っている場合ではないが……、とそれはおいておこう。
兎も角、アームズは日光を使用する事は出来るが、満足にはふるえない。ずっしりとした重さを今も感じていて、明らかにぎこちない。そしてそれを見逃す程サテラは甘くはない。
「ふん! なんだこの程度か? なら、これで終わりだ!」
「くっ!!」
サテラの強靭な鞭が伸びる様に迫り、アームズはギリギリで避けた。……が。
「馬鹿め! サテラの狙いはこちらだ!」
アームズの手もとで鞭の軌道が突如変化した。
まるで生きているかのような鞭の軌道……、その軌道の先にあるのは日光。
「なっ……!?」
火の出る様な鞭の一閃。けたましい金属音が鳴り響いた瞬間、日光の刀身が綺麗に真っ二つに折られていた。
「あーーっはっはっはっは! これで頼みの日光もなくなったな! さぁ、ここから更に魔人の恐ろしさをその身に刻め!!」
「うぐっっ!!」
嵐の様な連続攻撃。素早い攻撃を何とかアームズは受けていたが、伝説級の防具の数々に大小多数の傷を容易に付けられ、補助アイテムの数々を粉砕され、最早 決するのは時間の問題だった。
「ひ、ひーーーー!! こ、殺されるーーー! つ、強ぇぇ…… 勝てねぇよぉ……」
長田君は最初から戦線離脱状態だった。粉々にされても復活はするが、痛覚と恐怖までは無かった事には出来ないから仕方ないと言えるが。
「此処まで来るくらいだから、何か秘策でもあるのかと思ったら……、所詮こんなものか。貴様ら、覚悟は良いだろうな……。人間の分際で、この魔王様が統括し、我ら魔人の住まう領地を穢した罪、万死に値する」
サテラは、鞭を構え直した。
裂帛の気合、否、殺気の全てを鞭に集中。空間がゆがむ程の殺気…… そしてサテラの赤い鞭が、漆黒へと変わっていく。
「……煉獄の鞭であの世へと送ってやろう。死ねっっ!!」
その漆黒の鞭を打ち放とうとしたその時だ。
「ま、待って下さいだーーー!!」
サテラの前に、平伏す様に飛びだしてきたのはロッキー。
「……? なんだ、お前?」
「お、おらだす! ロッキーだす!! ど、どうか止めてくださいだ、サテラ様!」
「はぁ……? ………ああ、確かにいたなぁ、お前みたいなやつ。……薄ら思い出してきた」
ロッキーに見覚えがある様で、サテラは攻撃をとりあえず止めた。
「ど、どうしてこんなひどいことばかり……。昔は人間とも仲良くしていただすのに……」
「………っ、何?」
それはロッキーの悪手だった。
琴線に触れる一言。サテラを激昂させる一言だったから。
「馬鹿を言うな!! 誰が貴様らなんぞと!! 誇り高い魔人のサテラだぞ!! ふざけた事を抜かすと―――!!」
「で、でも、ランス様…… いえ、シィルさん。……そう、ユーリ様はどうだす!? 今のサテラ様を見れば、……きっと悲しむだす」
「っっっっ!!!」
琴線に触れ、激昂し ロッキーを粉砕しようとまでしたサテラを止めたのはある人物の名だった。
己の業の由来。サテラの漆黒の鞭は、その人物を思い描き……今日まで人知れず鍛え、酷似する業へと昇華させた。いつか、その隣へと立とう……と言う淡い想いを胸に描いて。
確かに当時であれば、サテラは人間の分際で、や 家畜に等しい……などとは口が裂けても言わなかった。
魔人界を二分する戦争……、そして 自分達が負けた。……それを救ってくれたのが人間だったのだから。
だが――今はその人物はいないのだ。
「だ、だまれだまれだまれだまれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!! その口、今すぐ閉じろ!! さもなくば、本気で、本当に殺す。その身体、四肢をバラまいて、魔物どもの餌にするぞ!!」
殺気をロッキーへと全力で飛ばす。魔人の殺気は普通の人間が受ければ、それだけで気を失う程のものだが、ロッキーは退かなかった。
「お、おらは殺して構わないだす!! そ、その代わり、せめてこちらの方だけは見逃してほしいだ!」
「……なに?」
ロッキーは、地に膝をつき、何とか立ち上がろうともがいているエールの傍へと行った。
「こちらのエール様は……、ユーリ様のご子息だす。殺してはダメだす! ゆ、ユーリ様が悲しむ。あのお人が涙を流す様なところなんて、見たくないのは同じである筈だすっっ!」
「っ………!!」
知らない、訳ではない。
彼はいつも強く、人類の前に立ち、戦い続け……泣き言1つ言わなかった。
だが、そんな男でも涙を流す所があった。あろう事か……魔人……その使途に対して。
ホーネットの使途であるレイコ。ホーネットを助ける際に、その使途達も救った。だが、傷が深すぎて……安全地帯に連れて行った時にはもう……。
所縁があったのだろう。
そっとその死を看取る時、彼は涙を流した。 人間にとって、使途とは……魔人の使途とは、状況的には敵である筈。なのに、彼は涙を流した。……サテラにとってもホーネットの使途は仲間も同然。……友達も同然だった。
悲しかったのは同じだし、その涙に少し救われた気もしたが、もう 見たくないと、あの時思ったんだ。
「ゆ、ゆー……り………。っっ……、ちょっと、まて……」
言葉に詰まったが、それと同時にロッキーのもう1つの言葉がが頭の中を駆け巡る。凄まじい勢いで……。
「ユーリ、の子供……? だと……??」
「は、はいだす!」
「なんで、ユーリに子供がっっ!!!! 誰だ!! 相手は!!! 志津香か!? あのヘルマンの小娘かっつっ!! あの悪魔かっっ!!!」
どす黒い殺気がそこには出ていた……が、そこまで危ないものではない、と思うのは周囲の面々。所謂女の嫉妬の類だ。それも怖い……と思うが、今の絶体絶命、対魔人戦での恐怖とはまた次元が違うものだから。
「あ、いえ…… えっと、クルック―様だす」
「う、ぐ……、え、AL教の法王の……………………。アイツ、無害そうのくせに、いつの間に……… ゆ、ユーリと………」
ぷるぷると震えるサテラ。
「うっがーーーー!!! なんでだなんで!! なんでアイツまでそんな見境ない事をっっ!! あちこちに種をバラまくのは、人だった頃のランスだろっっ!!! なんでーーーーー!!!」
げしげしげし!! と大地を蹴りまくるサテラ。
「清々しい程……だな。ここまでくれば。だが、今の内だ。エール。回復をしておけ」
「っ……、は、はい」
「はー…… ほんっと色々な伝説があるけどよぉ、メチャモテたんだなぁ、エールの父ちゃんって。魔人にまで……」
ユーリの伝説は人類において語り草だ。近年では 敵視する眼が多くなったものの文献や資料の類まで改ざんした訳ではないから。
そんな先程までの死の恐怖が支配していた場が少々和やか? になったその時だった。
「なっ……!? ひっ……!?」
「ッ……!? こ、この感覚は……!?」
その瞬間に、サテラ以外の全員が膝をつく。
心臓を掴まれた様な錯覚を覚えたからだ。地に膝をついていても、まるで強力な重力波を受けた様に、叩きつけられている感覚もあった。
異様な圧迫感。その正体が姿を見せる。
「………………」
そう――魔王の降臨である。
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