悲劇で終わりの物語ではない - 凍結 -
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マシュの心象風景Ⅰ
前書き
人理修復後の幕間の物語です
ではぞうぞ
『ではお見せしよう。貴様等の旅の終わり。この星をやり直す、人類史の終焉。我が大業成就の瞬間を!!!』
『第三宝具、展開。 誕生の時きたれり、其は全てを修めるもの。』
『──そう、芥のように燃え尽きよ!!!』
『誕生の時きたれり、其は全てを修めるもの!!!』
───『終局特異点 冠位時間神殿 ソロモン 「極天の流星雨」』───
天から降りかかるはこの星の熱量を凝縮、圧縮されたゲーティアの第三宝具。
光帯から繰り出される光帯は人類史の重み。
その全てがただ一人の少女へと迫っている。
彼女こそ人類最後のマスターであるサーヴァントのマシュ・キリエライトだ。
─あれは…私?─
これはどういうことだろうか。
マシュ・キリエライトは私だ。
今も此処にいる。
だが目の前に佇む少女も私に他ならない。
ならばこれは夢なのであろうか。
しかしこれは夢と言うには余りにも鮮明で、現実感に溢れた光景であった。
思考の最中、前方では他でもない自分が手に持つ盾を力強く構え、敬愛するマスターを守るべく自身の宝具を発動しようとしていた。
『真名、開帳──私は災厄の席に立つ──』
『其は全ての疵、全ての怨恨を癒す我らが故郷──顕現せよ──』
『いまは遥か理想の城!!!』
顕現する白亜の巨城。
今此処にゲーティアの人理宝具と対悪宝具が衝突した。
周囲の景色が両者の激突による余波で一変する。
─声が聴こえる
─安心しろ、マシュ。俺が傍にいる。マシュを決してここで死なせはしない─
今にも消滅してしまいそうなマシュ・キリエライトを救うはウィス。
─声が聴こえる
─マシュ、貴方は生きてください。これは私からのささやかな餞別です─
途端、自身に流れ込んでくる膨大なまでのエネルギー。
マシュ・キリエライトはウィスから譲渡された莫大なエネルギーの本流に意識が暗転する。
これは私が気絶した以降の出来事なのだろうか。
─キャスパリーグ。最後に貴方に頼みがあります。勿論強制ではありません。最後はキャスパリーグの好きにしてくれて構いません─
その後ウィスはキャスパリーグ、フォウにもマシュの時と同じ様に生命エネルギーを与えていた。
─そして舞台は終極へ─
─ゲーティア、貴方に最後の魔術を教えましょう。貴方が知り得なかったソロモン王の最後の宝具を、10番目の指輪を─
10番目の指輪のことはドクターから聞いている。
本来ならば自分が遣うつもりであったのだと。
だがドクターに代わりウィスがその宝具を発動した。
やはりウィスは初めから全てを知っていたのだ。
宙に回転しながらも浮遊するはソロモンの10番目の指輪。足元にはウィスから放出された膨大なエネルギーが溢れ、循環し、周囲を幻想的に照らし出している。
そしてウィスは全てを終極へと誘う言葉を唱えた。
─『誕生の時きたれり、其は全てを修めるもの』─
─『戴冠の時きたれり、其は全てを始めるもの』─
─『訣別の時きたれり、其は世界を手放すもの』─
─駄目だ!ウィス、その宝具を遣っては!─
必死にウィスを止めようとするドクターの絶叫が聴こえる。
──『アルス・ノヴァ』──
七十二の魔神柱の自壊に伴う固有結界である「時間神殿ソロモン」の崩壊。
全てが壊れ、終焉へと向かう。
─何故だ!?永遠の命を有しているお前が剰えそれを放棄する。何故よりにもよって我々の行いを否定するのだ!!?─
理解できないとばかりに叫ぶゲーティア。
─……確かに貴方の言う通り人間は愚かな生き物です。幾度となく争いと数多の死を繰り返し、今なお世界で悲劇は続いています。人間は私利私欲にこの星を破壊し、幾度となく地上を血に染め上げてきました。─
─……だがそれが生きるということです。悲劇があるからこそ喜劇は意味のあるものになります。人は決して常に正しく生きることができない生き物です。故に未来ある明日へと繋げるために人は正しき道を求め、時には道を間違えようと定命という限られた時間の中で己にとって大切な者を見つけ、愛を知り、自分の人生を輝かしいものへと変えていきます─
ウィスは応える。
彼が長き人生にて得た答えを。
─終わりなき生は謂わば一種の呪いです。死という逃れられない運命に抗いながらも命有る限り前へ歩み続けること……。私はそこに人の無限の進化の可能性と輝きを見いだしました。それが4000年を超える年月を生きてきた私が導き出した答えです─
ウィスはゲーティアの願望を否定する。
終わりなき生命とは人類の救済などではないのだと。
─私の役目はここまです。……これでゲーティアの不死性は失われました。立香、マシュ、……貴方達の旅路が最後には喜劇で終わることを心より祈っています─
全てをカルデアへと託すウィス。
自身が消滅してしまいそうになりながらも彼は笑っている。
─……ゲーティア、貴方もいつか知るでしょう。この世界は悲劇ばかりではなく、それ以上に喜劇に溢れていることを。そして貴方が無価値だと見捨てたこの世界は美しく、人の無限の可能性の輝きは未来へと繋がっているのだと…─
その言葉を最後にウィスから発せられた光の粒子が完全に霧散し、その存在を消失した。
これがウィスの旅路の終わり。
人類史と共に居続けた男の最後。
マシュは一瞬たりとも目を離すことができなかった。
そんなマシュの視界が暗転し、覚醒する兆候か意識が引っ張られる感覚がした。
だがマシュの意識が醒めることはなかった。
より深く、より深層へとマシュの意識は沈んでいく。
マシュ本人は一体自分の身に何が起きているのか理解することができなかった。
落ちていく最中マシュは深層に輝く光を見た。
周囲をよく見てみればダイヤとも呼ぶべき大小様々な大きさで輝く欠片が眩く光っている。
その一つ一つに絶えず様々な映像が流れ、その存在を強く表している。
ここでマシュは一つの仮説を立てた。
突拍子もなく、何の根拠も存在しない推測であったがマシュには確信にも似た思いがあった。
やがてマシュは眼下にて眩く輝いている光の下へと辿り着く。
視界は鮮明に、周囲もより明るく変化していた。
─声が聴こえる
─おのれ おのれ おのれ!─
─往生際が悪いぞ、ギル?─
─ウィスの言う通りだよ、ギル。素直に負けを認めたらどうだい?─
最古の王である黄金の王と彼の唯一無二の親友である泥人形との遣り取り。
やはり此処は……
─景色が移り変わる
─素晴らしいのだわ、ウィス!─
─この冥界より外の世界はこんなにも美しいものだなんて!─
─私の冥界がまるで楽園のようになってしまったわ!─
冥界にて冥界の女主人であるエレシュキガルと共に佇むウィスの姿が。
エレシュキガルは無邪気に子供のようにはしゃいでいる。
ウィスはそんな彼女を優し気に見守っている。
……やはりこれはウィスの記憶
─再び景色が変化する
─何故だ!?何故、我ではなくお前が!?罰せられるべきは我ではないか!?─
─君らしくもないよ、ギル?僕は所詮神に創られた泥人形、兵器に過ぎない。だから君が悲しむ必要はないんだよ?─
─これが悲しまずにいられるか!お前は我の唯一無二の友なのだぞ!─
─これから先僕以上の宝が生み出されてもかい?─
─ああ、断言しよう!これから先お前以上の宝など現れないことを!─
─はは…変わったね、ギル。僕はこんなに自分のことを想ってくれる友達を得ることができて幸せだよ─
─何を弱音を吐いているのだ、エルキドゥ!?─
─…ウィス、ギルは思ったより寂しがり屋だから、ウィスが最後まで傍にいてあげてね─
─ああ、約束する…!─
─はは、ありがとう、ウィス─
─だが、これで終わりじゃない…!ギルとエルキドゥの2人を再会させるために俺は必ず未来まで生き続ける!どれだけの時間がかかろうとも必ず!─
─…?…はは、ありがとう、ウィス─
その言葉を最後に神に創られた泥人形は泥に戻り、その生涯を閉ざした。
唯一無二の友を失った黄金の王は声にならない叫び声を上げ、天を仰ぐ。
傍には自身の無力を呪うが如く血が滴り落ちそうなほど拳を強く握り締めるウィスの姿が。
─またしても景色が変わる
此処は世界から隔離された場所である影の世界。
見ればマシュの前にはウィスとスカサハの2人の姿が。
影の門の上ではスカサハがウィスの肩に幸せ気に頭を乗せていた。
ウィスの方も身体をスカサハの方に預けている。
─『…』─
2人の間に会話はない。
だがウィスとスカサハの2人に会話など必要なかった。
言葉で伝えなくとも彼らの間には確かな絆があるのだ。
─…なあ、ウィス─
─…どうした、スカサハ?─
見れば此方へと顏を近付けるスカサハが。
少しずつ、スカサハはウィスへと唇を突き出すように、顏を近付けてくる。
今にも互いの距離がゼロになってしまう程の至近距離だ。
マシュには少々刺激が強い光景に顏を真っ赤にしてしまう。
そんなマシュの内心をそっちのけでスカサハは瞳を閉じ、ウィスへと顏を近付ける。
思わず息を吞み、ウィスとスカサハの2人の遣り取りを見詰めるマシュ。
そして遂に両者の唇が触れ合いそうになった刹那…
─再び眼前の光景が変化した
─心とは……何だ?─
次に目にしたのはマシュが良く知るドクターことソロモン王であった。
煌びやかな装飾が施され、正に王の部屋と呼ぶに相応しい場所にウィスとドクターの姿が。
─私は神の意志のもと作られた存在だ。ウィスは気付いていると思うが民達の目には私は愛ある王として映っているが、本来の私の内面は悲しいほどに無感動なのだ……─
心という存在を渇望する一人の王。
ソロモン王は天より数多の恩恵を与えられ、万能の王に相応しい力を有していた。
だがそこに自由はなく、機械の如くただひたすら王として孤高に存在していたのだという。
生前では叶わなかった人並みの自由と心を求め、聖杯の力により人間となった存在。
それが我らがカルデアに勤めるロマニである。
─人が当たり前に享受することができる喜怒哀楽の感情を私は感じることができない。いやそもそもその自由も私は持ち合わせていないのだ……─
孤独の王の独白は今なおマシュの前で続く。
ただこれは過去の記録、それもウィスの記憶だ。
─今のソロモンのように自分とは何者なのかを追い求め続けることが人間であることだと思うぜ─
これはウィスと神々の手により創られた傀儡である王との出会いを記した記憶。
これが生前のドクター。
マシュは何とも言えない感慨深い思いを浮かべてしまう。
─またしても視界が暗転する
─己の主であるソロモンが死んでもなお生き続けるか─
悲しげに顔を伏せながらソロモンの遺体を見据えるはウィス。
彼の前には静かに眠るソロモン王の姿が。
恐らくこれはソロモン王が天へと万能の指輪を返還した後の出来事だ。
自身の前ではウィスが厳し気にソロモン王の死体越しに何かを見ている。
ソロモン王の肢体に巣くう何かを。
……ああ、そうか
彼は、ウィスはこの時知ったのだ
魔術式の存在を、『人理焼却式・ゲーティア』の存在を……
─景色が塗り替わる
─うぅぅう…?ウィス、そこにいるのか…?─
─ええ、ここにいますよ、ネロ─
人里離れた寂し気な場所にて力無く倒れるはローマ帝国第五代皇帝であるネロ・クラウディウス。
だがそこに見えるのはいつもの明朗闊達で笑顔を振りまく彼女の姿などではなく、ただ死を待つ女性の姿であった。
目の前の彼女に覇気は無く、実に弱々しい。
自決しようと試みたのか身体からは血を流し、今にもその命を散らしてしまいそうである。
─なあ、ウィス…、余の命が尽きるまで傍にいてくれるか?─
─ええ、勿論です。ネロは一人ではありません─
ウィスはネロの求めに応じ、彼女の身体を自身の服が彼女の血で汚れるのも厭わず抱きしめた。
まるで壊れ物を扱う様に、優しく、彼女を安心させるかのように。
─そうか…ヶㇹッ、ヶㇹッ…!余は…余は嬉しい…!─
苦しみながらもネロはウィスに笑う。
対するウィスもその瞳に悲しさを映すも、ただネロを抱きしめ続けた。
これはウィスの記憶。
それも過去の記録である。
何故マシュが彼の記憶を垣間見ているのかは分からない。
だが確かに此処にウィスが生きた証が存在している。
マシュの前では今なお景色が移り変わり、ウィスの記憶が止めどなく流れ続けていた。
─これはウィスの記憶、されど何物にも代えがたい記録だ─
─そして再びまた異なるウィスの記憶がマシュの前に現れる─
さて、次は如何なる記憶であろうか。
後書き
マシュの心象風景Ⅰでした
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