NEIGHBOR EATER
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EATING 20
起きてください主様…
「んゆぅ…?」
肩を揺さぶられ、"目"を開けず、"眼"を向けると、夜架が傍らに座っていた。
「おはよう…夜架」
「お早う御座います主様」
「もう朝?」
「はい。陽乃様が朝食を作っている最中です」
時計を見ると既に9時を回っていた。
「あー…ごめん…」
今日は土曜日だが、ハルだけに作らせる訳にはいかない。
「いえ、主様の寝顔を眺めていられたので満足です」
俺の寝顔なんて見ても面白くないだろ…?
「とりあえず、起きるよ」
そうして、翼を広げ、ベッドから浮遊し、洗面所へ向かう。
「ふぁー…」
それにしても…
「よくもまぁ、城戸指令が許したなぁ…」
あのキングサイズベッド…
俺が復学して少し経った後、任務から戻ると部屋のベッドがデカイ物に変わっていた。
ハルが指令に直談判したって聞いているけれど…
「城戸指令は『好きにするといい』と仰いましたわ」
「無関心か…」
このベッドは装飾などは無いが大きい。
それこそ俺達が使っていたベッドを合わせたよりも…
「ディテールを減らせるのでリソースが少なくて済む、と本部付きエンジニアも方々も話しておりましたわ」
「ゲームプログラムみたいだな…」
いや、それで正しいのか…
この基地…いや三門市は張り巡らされたトリオン管によって様々なトリガー技術を使える。
九割方完成している各支部で問題なくネイバーテクノロジーを行使できるのもそのため。
現在の三門市は巨大なゲームステージも同然である。
つらつらと考え事をしながら顔を洗い、キッチンへ。
浮遊する高さをハルと目線が合うくらいの高さに調整する。
「わるい、ハル」
「別に寝ててもよかったのに」
「そうも行かないだろう」
「『起きなさーい!ご飯出来てるわよー!』
ってエプロン着けて言ってみたかったのよ」
「あ、そう…」
ハルは、出会った当時はナイフのように鋭い人だったが、今はかなり丸くなっている。
きっと力を、ネイバーを倒せるだけの力を持ったからだと思う。
初めてハルと会った時、ハルは妹を庇っていた。
ハルがボーダーに入隊したのは、妹を守る為だと本人から聞いた。
「んー?おねーさんの事そんなに見つめちゃって…
まさか惚れた?」
じーっとハルを見ていたらそんな事を言われた。
「んー、ハルって丸くなったなーと思ってさ。
初めて会った時は『全てが敵』みたいな顔してたし、ボーダーに入って訓練生だった時はナイフみたいなカンジだったし」
「あー…」
ハルは顔を赤くして恥ずかしげに言った。
「あの頃は…雪乃ちゃんを守りたくてね…」
「家には帰らなくて宜しいのですか?」
「んー…まぁ、兄弟姉妹っていうのはいろいろあるんだよ」
「喧嘩したの?」
「ま、そんな所」
喧嘩…喧嘩…俺は一度もした事が無かった。
親子喧嘩なんてない。同級生と殴り会った事もない。
喧嘩できる人がいるのは羨ましい。
だけど…
「仲直りしなくていいの?」
「…………………」
ハルは答えない。
「陽乃様。我々は、いえ、この街に住む者は何時死んでも可笑しくないのです。
まだ、家族が居るのなら、わだかまりが有るのなら、なるべく早く和解すべきです」
夜架は、侵攻の時に両親を喪っている。
きっとその事が、今の言葉として現れたのだろう。
「ハル。家族と呼べる人が居るなら、大切にした方がいい。
家族は、喪ってからじゃ遅いんだぞ?」
「……説得力あるね」
「まー、俺はもう親の顔なんて覚えてないけどね」
14:17
午前は訓練に費やし、午後からは防衛任務だ。
先程トリオン兵が数体出て来て、トリオン器官を幾つか食った。
やっぱり侵攻の時程の量は無い。
いや、まぁ、また侵攻があったらそれはそれで困るんだけども。
「あ、そう言えば雷蔵がエンジニアに転向するらしいぞ」
「雷蔵様が…ですか?」
「うん」
寺島雷蔵。
本部長と一緒に俺に剣を教えてくれた人だ。
迅と太刀川をボコせる程の実力者。
そして俺に色々な趣味を、映画や釣り、キャンプ等を教えてくれた人だ。
「なんでも最近シューターが調子乗ってるからシューターを倒すトリガーを作りたいんだって。
あと俺にも協力しろって言ってた」
「主様の攻撃をどうにかできるトリガーを作れたならば、ブラックトリガーを造ったも同然ですわ」
夜架が言外に俺を倒すトリガーは不可能だと言った。
「主様のトリガーはシューター系トリガーの最上位版に相当します。
きっと雷蔵様は対シュータートリガーの仮想敵を主様とする事でシューターを封じる物を創るおつもりなのでしょうが…」
「『本気を出さないと意味が無い!
君の本気を封殺出来たなら…!』
とか言ってたから本気だしたら二秒でベイルアウトしたぞアイツ」
「何をなさったのですか?」
「威力絞った天撃を一発」
「もしや先日の地震は…」
「ナンノコトカナー」
「そういう事にしておきますわ」
とまぁ、さっきから夜架と話しているのだが…
「今日はハル元気ないな…」
「今朝の事…少し踏み込みすぎたでしょうか?」
「まぁ…なんとかなるだろ。
ベイルアウトもあるし、俺も居るからな」
先程の戦闘ではきちんと戦えていたが、今は撃破したトリオン兵の上に腰掛けてボーッとしていた。
「ボーダーは本部が落ちない限り戦える…と総司令は仰っていましたが…」
「ああ、肝心の隊員がアレではな…」
「索敵状況はいかがですか?」
「気配は無いが…少し待て」
脚にトリオンを込め、地面を蹴る。
視界が一変し、辺りを見回す。
「ん…? あれは…」
ネイバーの気配は無い…が。
落下しながら、距離を目測で測る。
着地の時だけ、羽を広げ、減速。
「警戒区域に民間人発見…
どうしよう?」
それもただの民間人じゃない。
「本部に問い合わせますか?」
と夜架が耳の辺り、インカムを指す。
「いや…いい。ハル!」
「ん?翼くん?」
ネイバーの亡骸の上に座っていたハルに声をかける。
「あっちに民間人が居る。締め出せ」
「わかった」
ハルがトンっと飛び上がり、指し示した方向へ向かった。
「これでどうにかなるかな…」
「主様?」
「どうした?」
「いえ、何か謀りましたか?」
「謀ったよ。さっき言った民間人、ハルの妹だ」
「まぁ!主様は悪いお方ですね」
「悪…ねぇ…」
悪とはなんだろうか?
犯罪者?ネイバー?
そんな事を考えていると、波紋を感じた。
世界の揺らぎ、揺れ、波、波動。
すなわち世界の歪み。
「来た。夜架、戦闘用意。
方向は…くそっ…ハルを追え」
side out
一人の少女が立っていた。
小さな体躯に黒く艶やかな髪。
雪ノ下雪乃だ。
「くだらない…」
彼女は好き好んでこのような危険な場所に来たのではない。
有り体に言えば、虐めである。
この死と隣り合わせの三門市で、最も相手を害する方法は、警戒区域に対象を向かわせる事。
「ネイバーなんてそうそう出るはずないじゃない…
直ぐに終わるわ…」
彼女は、言われた通り従い…それを以て相手を見返すつもりだった。
『行ってきてやった。どうという事はなかった。
お前達はこの程度の事が恐ろしくて私にやらせたのか』
その、つもりだった。
少女を囲むように、幾本の黒い雷が迸った。
虚無、暗闇。
そう形容すべきモノが顕れる。
暗闇は次第に大きくなり…
やがて、暗闇から、灰色の物体が現れる。
ネイバー。
かつて、少女の命を奪おうとした存在。
すとん、と彼女は腰を抜かした。
あの日の…数ヶ月前の事がフラッシュバックする。
あれほど嫌っていた姉に護られた、あの日を。
「いや…いやだ…」
周囲のネイバーが、一斉に鎌を振り上げる。
「やだ…しにたくない…」
彼女は、他者へ願った事等無かった。
無駄だと知っているから。
だが、そんな彼女が、その時だけは願った。
「たすけて…」
自分に唯一手を差し伸べてくれた人に。
今まで、その手を払い除けて来た。
「たすけてよ…」
一人、己を省みず、自分を護ってくれた人。
「たすけてよ…姉さん…」
最愛の、姉に。
「助けて姉さん!」
その願いは神の…否、天使の采配によって聞き入れられた。
「雪乃ちゃん!」
彼女を呼ぶ声の後、閃光が瞬いた。
振るわれた剣閃が、振り上げられた鎌を一つ残らず斬り落とした。
「ねぇ…さん…?」
剣閃の主は、彼女に微笑みかけて、直ぐにその表情を消した。
「アステロイド!」
剣を持たない方の手から、光が迸る。
その光は、ネイバーを貫き、沈めた。
「雪乃ちゃん…私強くなったよ。
雪乃ちゃんを守れるくらい、強くなったよ」
陽乃がしゃがみ、妹を抱き締める。
「よかった…無事で…雪乃ちゃんが…生きてて…よかった…」
side in
「野暮だな。戻るぞ」
「増援の心配はありませんか?」
「本部長にはあまり使うなと言われてるが、今は【開眼】している。
増援が来たなら、ジャベリンを使うさ」
元の場所へ戻った後、任務完了時が過ぎても、陽乃は戻って来なかった。
その日は隊室にも戻って来なかったので、夜架と二人で夕飯を食べた。
『清輝隊任務報告書
〇月△日土曜 任務時間1300~1600
ネイバー撃破数
清輝 6
羽々斬 4
雪ノ下 7
計17
備考 任務中に警戒区域に民間人が侵入。
雪ノ下隊員が対処。
上記を除いて問題は無し。』
「よろしいので?」
「ああ、問題ない。
雷蔵曰く『問題は問題にしない限り問題じゃない』だ」
「御心のままに」
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