儚き想い、されど永遠の想い
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59部分:第六話 幕開けその三
第六話 幕開けその三
その男をだ。こう呼んだのである。
「お父様はどう思われますか?」
「何について思うというのだ?」
「恋愛のことをです」
それについてだ。どうかと問うのである。
「近頃。新しい恋愛の話が出ていますが」
「あれか。白樺派とかそうした話だな」
「はい、そうした話です」
「時代も変わったものだ」
男、真理に父と呼ばれた彼は厳しい顔のままで和服の袖の下で腕を組んでだ。カイゼル髭をぴくりと動かさせて述べるのだった。
「こうした話が出るとはな」
「変わったと仰いますか」
「そうだ、変わった」
また言う彼だった。
「わしが若い頃はまだそうした話はなかった」
「明治にはですか」
「大正になって変わったな」
その時代になってからだ。そうなったというのである。
「妙に進歩的な話が出て来た」
「与謝野晶子さんもですね」
「あのおなごは凄いおなごだ」
彼女についてはだ。父も認めるのだった。
そして何故認めるのかもだ。娘に話した。
「詩を読みそれで相手を定めたのだったな」
「そのうえで東京に出て」
「そこまでできれば見事だ」
こう言って認めるのだった。
「女傑だ」
「女傑ですか」
「そうだ、女傑だ」
与謝野晶子はまさしくそれだというのである。
「ああしたおなごでなければ駄目なのだろうな」
「あそこまででなければですか」
「北条政子もそうだ」
源頼朝の正室である。彼女もまた家を飛び出て頼朝の下に向かっている。かなり激しい想いの持ち主であったのである。
「そこまでするのならだ」
「宜しいのですね」
「できればだがな」
こうした条件をだ。話に加えるのだった。
「認めるしかあるまい」
「左様ですか」
「しかし御前の兄も姉達もだ」
真理の上に兄もいるのだ。彼が兄妹で一番の年長だ。
「誰もそこまでのものは見せなかったな」
「そういえば兄様や姉様は」
「皆わしの言った相手と結婚した」
そうなったのだ。所謂見合いで全て済んできたのだ。
「それで普通に暮らしているな」
「はい、そうです」
「それはそれでいい」
見合いというものもだ。認めてはいた。
「しかしどうもだ」
「どうもといいますと」
「いささか面白くない」
厳しい顔のままでの言葉だった。
「激しく。一途なものがない」
「一途ですか」
「相手にもよる。許せん相手ならだ」
「駄目ですか」
「このわしが切ってやる」
本気だった。すぐにそれがわかる言葉だった。
「だが。よい相手ならだ」
「宜しいのですね」
「そこまで激しさを見せる相手ならだ」
いいというのだ。父の言葉には嘘は含まれていなかった。
「よいとしよう」
「そう思われているのですね」
「わしも今の風潮は嫌いではない」
「御嫌いではないのですね」
「古いしきたりというのはな」
難しい顔でだ。娘に話すのである。
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