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勇者にならない冒険者の物語 - ドラゴンクエスト10より -

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始まりのジュレット7

 グラスを傾けて難しい顔をするバルジェンの横顔を見て、ミエルは小首を傾げる。

「おこってる?」

 彼は一つため息をつくとジアーデの様子を見た。
 ジアーデは何食わぬ顔で干し肉を頬張っており、機嫌を伺うことはできない。
 もう一つため息をついて、バルジェンはなるべく抑揚のない声で答えた。

「怒っちゃいないよ」

「不機嫌」

 悲しそうな表情で潤んだ瞳を向けてくるミエル。

「嫌い?」

(なんだろう。全然接点の無い女の子がこう言う態度って、よくわからんが俺に惚れてるのか?)

 バルジェンは困ったように眉間にしわを寄せながらグラスをさらに傾ける。
 一口でウィシュテーを飲み干すと、ポツリと呟いた。

「男ってのは単純だからわからんのだが、そう言う態度ってさ、何というか、ほら、アレだよ。その、君は俺に、」

「バルジェン、グラスが空だにゃ」

 彼の言葉を遮って、ジアーデはグラスを奪うと黒い酒瓶を傾けて琥珀色の液体をゆっくりと注ぐ。

「ちなみに明日は早く出立するから、起きられたら見送りに来るといんだにゃ」

「あ、はい」

 バルジェンにグラスを手渡すジアーデを見て、ミエルは小さめのグラスを懐から取り出して酒瓶をおもむろに持つと、擦り切れいっぱいまでウィシュテーを注ぎ、両手でちんまりと小さめのグラスを口元に近づけてちょびっと舐めるように飲んで呟く。

「予想外。強敵」

 そんなミエルに、バルジェンがお前は一体何と戦っているんだ、という視線を向ける一方、ジアーデは得意げに澄ました顔で干し肉を削り取ってミエルに差し出す。

「ウィシュテーのお供は干し肉で決まりにゃ」

「チーズ」

「うん、まあチーズもいいけどにゃ。あとは粗挽きウィンナーかにゃ」

「ポテチ」

「お菓子は邪道にゃ」

「ピーナッツ」

「おぉ、豆いいよね」

 バルジェンがピーナッツに反応すると、機嫌良さげにウィシュテーを一口で飲み干すミエル。
 2杯目を注いでまたポツリと呟いた。

「チョコレート」

「うん、まあ、チョコもありっちゃありかな」

「お菓子は邪道にゃ!」

「えー、美味しいじゃん」

「ウィシュテーのお供は肉料理で決まりにゃ!」

「以外に厳しいねジアーデ・・・」

「というか、美味しければにゃんでもいいんだけどにゃ」

「何でもいいんかい!?」

「アーモンド」

「豆から離れるにゃ」

「ピクルス」

「片っ端から言えばバルジェンが反応してくれると思ってるにゃ!?」

「唐辛子」

「それはねーよ」

「ふふ・・・」

 ミエルはバルジェンの反応を見て楽しんでいるようで、思いついた食べ物を次から次へと呟き、ジアーデかバルジェンのどちらかがツッコミを入れるかなりシュールな飲み会と化していた。



 翌日。
 あれからミエルに抱きつかれそうになったりジアーデに無駄にじゃれられてベッドに押し倒されそうになったりと騒がしく飲んでいたが、時計が2時を回る頃には料理も食べ尽くしてお開きになり、ベッドに横になるや眠ってしまった。
 早朝に喉の渇きを覚えてのろのろと起き出して部屋を出ると、ウェディの女将さんがカウンターで何やら鍋をかき回している。

「おはようございます」

 欠伸を噛み殺しながらカウンターに向かって挨拶をすると、水を一杯もらってゆっくりと飲み干し、大きくため息をついた。
 そんなバルジェンに向かって、女将さんが笑いかける。

「皆さまもう準備を整えて出発なさるみたいですよ」

「おっと、そう言えば」

 チョウキ達が討伐依頼をこなす為に朝早くから出立する予定を思い出して宿を出ると、パンパンに膨らんだ革製のリュックを背負ったチョウキ、ジアーデ、ミエル、そしてミシャンラが談話していた。

「おや、彼氏君。早起きだねおはよう」

 最初に気付いたのはミシャンラだ。

「おはよう。みんな朝早いね」

「冒険者が朝に弱くてどうする。24時間営業が当たり前だぞ」

「どんなブラック企業だよ・・・。いや、冒険者って一人親方か? 自営業になるのか? それなら当たり前なのか」

「ぶら? きぎょ? ううむ、お前はなんだか聞きなれない単語をよく口にするな」

 眉をひそめて腕組みをして見せるチョウキ。
 ジアーデがケタケタと笑いながら、背後からバルジェンの両肩に手を置いて言った。

「まぁまぁチョウキ、早起きして見送りに来てくれたんだからいいじゃにゃい? よく眠れたかにゃバルジェン?」

「おかげさまで」

 ミエルがつつつっと寄り添って来て彼の右胸にぴとっと張り付いて見上げて来る。

「激しかった昨夜」

「おいちょっと待て、何もなかったよね?」

「至福」

「こ、こらバルジェンから離れないか!」

 ミエルを押しのけつつ彼の左側にぴとっと張り付くチョウキ。

「あはは、じゃああたしもー!」

 背後からギュッと抱きついて来るジアーデ。

「お、お前ら! ちょっとは羞恥心持てよ!」

 慌てるバルジェンをよそにわいのわいのと賑やかに騒ぐ3人娘に向かって、ミシャンラが嘆息をついた。

「チョウキもミエルも頑張って胸押し当てようとするのやめなさい。見てるこっちも悲しくなるから。あとジアーデ、勝ち誇ったように押し付けるのもやめなさい。彼氏君困ってるでしょ」

「頑張ってとはどういう意味だ! 私だってある方だぞ!」

「嘘、心外」

「心外とはどういう意味だ!!」

「夜寂しくなったらジアーデ想像するといいにゃ」

「だから人の男を誘惑するな!」

「どうでもいいけどお前ら出発しねーのかよ!?」

「小さいは正義」

「意味わからん!」

「惚れて?」

「た? じゃ無いんだ!?」

「どういうツッコミだ!」

 どかっとバルジェンの鳩尾に肘鉄を食らわすチョウキ。
 うっと唸って鳩尾を抑えるバルジェンを見て、ミシャンラは再び嘆息をついた。

「あなたたち、そんな事してたら彼氏君壊れちゃうわよ?」

「バルジェンはそんなやわじゃにゃいからヘーキにゃ」

「平気ではねーよ!?」

「気持ちいいにゃ?」

「そういう!」

「気持ちいいのかにゃ?」

 グイグイと胸を押し付けるジアーデ、負けじとぴったり張り付いてくるチョウキとミエル。

「おま、おま、おまえら! いい加減に出発しろー!」

「あなたたちは一体どんなラブコメを再現したいのよ。お姉さんは早く討伐に行きたいのですけれど」

「待ってくれる。大丈夫」

「何がだよ!?」

「きっと?」

「そこで疑問符かい!?」

「いーかげんにしないとお姉さん、手を滑らせて斧をぶん回しちゃうけど・・・」

 すっと、バルジェンを解放する3人。
 このドワーフ娘はひょっとしてこの中で一番強いのだろうか。

「彼氏君彼氏君、あんまり失礼な事想像してると長生きできないよ?」

 図星のようであった。 
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