儚き想い、されど永遠の想い
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411部分:第三十二話 紅葉その一
第三十二話 紅葉その一
第三十二話 紅葉
義正は百貨店の自分の部屋で書類の整理をしていた。その中でだ。
彼のところに妹の義美が来てだ。兄に言ってきたのである。
「お兄様、朗報です」
「百貨店のことだね」
「はい、今度新たに開く大阪のお店ですが」
「どうなったんだい?それで」
「本屋が拡大されることになりました」
微笑みだ。義美はこう彼に話した。
「一階が全て本屋になりました」
「僕の案通りだね」
「そうなりました」
「本は皆が読むから」
それでだとだ。義正は話すのだった。
「書籍のコーナーは充実させないとね」
「それが順調な売り上げにもですね」
「なるよ。僕は確信しているよ」
実際に確かな笑みでだ。彼は妹に話した。
そしてそのうえでだ。義美にも言ったのだった。
「御前はどうかな。それは」
「私はですか」
「うん。これまでこのことについて何も言わなかったけれど」
「私がこのことについて私見を述べなかったのは」
何故かとだ。義美は話す。
「それでいいと思ったからです」
「僕の考えに賛成だった」
「はい、最初からです」
そうだったというのである。まさに最初からだ。
「書籍は人の知性を豊かにしていきます」
「読む本が多ければ多い程」
「そうです。それで雑誌も拡充させるとのことですが」
「赤い鳥やそうしたものもね」
児童向け雑誌だ。そうした本も充実してきていたのだ。
そしてだ。彼はこうしたことも話した。
「小説もね。他の店よりもね」
「多くしていきますか」
「哲学書やそうしたものばかりが本じゃないんだ」
「小説もですか」
「そう。小説や文学にも人間は描かれているんだ」
この頃小説は哲学等の学問と比べてかなり低く見られていた。低俗なものとみなされそのうえでだ。扱われてきていたのである。
だが八条はだ。その小説について広く言うのだった。義美に対して。
「小説は。文学はやがて」
「やがてですね」
「我が国の文化の一つになるよ」
「文化、それまでに」
「うん、なるよ」
まさにそれになるというのだ。
「必ずね」
「絵画やそうしたものと同じく」
「夏目漱石は素晴らしい」
まずは明治末期から大正初期に活躍したこの文豪だった。
「そして今もね」
「芥川や谷崎ですか」
「谷崎は何かと話題になっているね」
「よくない話題も含めて」
義美は顔を曇らせて話した。
「多いですね」
「あの人の行いは今は話さないよ」
妻との問題があった。谷崎は私人としても渦中の人だったのだ。
そして小説家としてもだった。彼は。
「何度か発禁処分を受けていますし」
「それも問題だね」
「はい、しかしその谷崎の作品もですか」
「芸術になるよ」
微笑みに確信を込めてだ。義正は話す。
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