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儚き想い、されど永遠の想い

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390部分:第三十話 運命の一年その十


第三十話 運命の一年その十

「それを」
「曲は」
「花を」
 そのだ。花をだというのだ。
「あの曲をお願いします」
「わかりました。ただ」
「ただ?」
「花以外の曲も入っていますが」
 婆やはその花が入っている滝廉太郎のレコードの収録曲、カバーに書かれているそれを見てだ。真理に述べた。
「それでも宜しいでしょうか」
「はい」
 いいとだ。真理は微笑んで答えた。
「他の曲もお願いします」
「そうですね。滝廉太郎の曲はどれもいいですからね」
「奇麗な曲ばかりですね」
「日本の美しさでしょうか」
 婆やも彼の音楽は好きだ。それでこう言ったのである。
「どの曲も」
「日本は奇麗ですね」
「そして優しいですね」
「ええ。あの人の音楽も」
 ひいてはそうなった。日本人である滝廉太郎の音楽もだ。
「ですから」
「では滝廉太郎ですね」
「あの人のレコードをそのままかけて下さい」
 レコードにある全ての曲を聴きたいというのだ。
「そうして下さい」
「花だけではなくてですね」
「はい、荒城の月等も聴きたくなりました」
 こう答えてだった。そのうえでだ。
 実際にその滝廉太郎の曲を花以外にも聴いてだ。静かな楽しみの中に浸るのだった。そして六月になりだ。義正と二人である山寺に赴いてだった。
 紫陽花を見る。天気は降ってはいないがそれでも空には厚い雲がある。その中にいてだった。
 真理はだ。静かにこう言うのだった。
「青だけではないですね」
「はい、紫陽花はです」
 義正もだ。共にその紫陽花を見つつ真理に話す。
「青からさらに色が変わります」
「そうですね。紫陽花は」
「桃色もあれば」
 見ればその色の紫陽花もあった。そしてその他にも。
「藍色もあれば紫もあります」
「青紫もありますね」
「紫陽花は様々な色になります」
 微笑みながらその紫陽花を見てだ。彼は真理に話していく。
 真理の背には今も義幸がいる。真理も義正も時折我が子を見ながら話していく。
「そしてその色全てが」
「奇麗な色ばかりですね」
「自然の美ですね」
 義正は言った。紫陽花の色を。
「紫陽花の奇麗さは」
「自然の。梅雨の中にある」
「梅雨は雨が多く鬱陶しいと言えば鬱陶しいです」
 雨をそう感じる者は多い。多少ならいいがあまりにも降るとだ。
「ですがその中でもです」
「こうしたお花がありますね」
「はい、紫陽花がです」
 紫陽花を見続けながらの言葉だった。
「そして紫陽花だけでなく」
「他にもですか」
「蒲公英には蝶がいて」
 それと同じ様にだというのだ。
「紫陽花にはです」
「紫陽花にはですか」
「見て下さい」
 義正は紫陽花のその緑の、花達にひけを取らない自然の見事な緑の葉のところにいる彼等を指し示した。見ればそこにいたのは。
 蝸牛だった。それも一匹ではない。何匹もいる。その彼等を指し示しての言葉だった。
「紫陽花には彼等が常にいます」
「蝸牛がですか」
「はい、絵になりますね」
「私は子供の頃蝸牛は」
 その蝸牛達、動いているの動いていないのかさえわからない様なゆっくりとした動きの彼等を見ながらだ。真理もこう話をするのだった。
「あまり好きではありませんでした」
「そうだったのですか」
「角が気持ち悪くて」
 その蝸牛の角を見ながらの言葉だった。
 
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