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俺の見る悪夢

作者:南 秀憲
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俺の見る悪夢

 
前書き
こんな悪夢に悩む俺を、誰でもいいから助けてくれー。  

 
  俺は、誕生日からきっかり九日間、昼間でも夜でも眠ると必ず悪夢を見てしまう。
 でも、悪夢は定期的ではなく、俺が忘れてしまった頃をまるで見計らったように、突如として訪れるのだ。
 記憶にある最初の悪夢は、幼稚園の年少組の時だった。
 その時に見た悪夢とは――
 俺たちは、先生に何度も何度も「悪魔さん」がこの都会にある幼稚園に住んでいて、関係者に憑依し挙句の果てに殺してしまう事を、切実に訴えているのにも関わらず信じてくれない。
 でも、みつる君や里奈ちゃんは、小児がんに罹患して死んだし、よく幼稚園に迎えに来ていた山下君の大学生の姉も交通事故に遭って亡くなり、リサちゃんのお父さんも若いのに心臓発作であの世に旅立った。そればかりか、まだ四十代の園長先生も脳腫瘍で一年ほど入院した後、黄泉の国へと旅立った。こんな事には枚挙にいとまがない。
 全て「悪魔さん」のなせる技(?)だ。
 もしも、「悪魔さん」を見る事ができない子供がいても、彼らは決してその事実を皆に伝えたりはしない。何故ならば、その事を言った途端に「仲間はずれ」となり、葬式と火事の時だけの付き合いとなる農耕社会での「村八分」と同じ境遇に身を置くのだ。これは、長い間、日本社会では当然な事として受け入れられてきたのだ。
 この慣習は、子供たちの社会にも未だに残っている。
 先生が、子供の言う事だと思って信用せず「悪魔さん」の存在を無視した結果、彼がとった仕返しだ。でも、銀色に輝く草刈鎌を持ち、ボロボロに破れた服を身に纏い、翼を生やした彼は、一緒に鬼ごっこをしたり、かくれんぼをしたりして、よく遊んでくれる俺たちのとても良い仲間だった。だから、先生にやさしく布団を掛けられて眠るのが大好きだった。そう言う意味で、幼稚園児にとって悪夢ではなかったのだが、大人の感覚では悪夢の部類に入るだろう。
 大抵の場合、「お昼寝」するのは保育所又は保育園であり、幼稚園ではその時間はないのが多いが、私立ではたまにお昼寝タイムがある。
 子供も、自分だけに見える人を実在すると信じている事があり、これは妄想ではなく、健康な成長の過程で時折見られるもので、「想像上の友人」(imaginary companion:ICと略す)――「悪魔さん」も含まれる――と呼ばれる。

 小学一年の時に見た悪夢は――
 IQテストでは百五十四もあり、成績は常に学年でも一番の俺は、担任の先生から本当の息子のように可愛がられていた。一般的には、IQテストの結果を親にも本人にも教えないのだが、特別な場合のみ公表する。
 ちなみに、IQを数字で分類すると次のようになる。
 ・百三十以上 きわめて優秀
 ・百二十~百二十九 優秀
 ・百十~百十九 平均の上
 ・九十~百九 平均
 ・八十~八十九 平均の下
 ・七十~七十九 境界線級/ ボーダーライン
 ・七十未満 知的障害

 そう、俺はその女性の先生に「えこひいき」されていたのだった。母性本能をくすぐる可愛い存在であったのだろう。
 でも、夢では、先生の顔に悪魔めいた凄絶で邪悪な笑みが張り付き、周囲の空気を凍ったように冷たくさせ、負のオーラと生魚か卵が腐ったような耐えがたい臭気を、発散させていた。俺は、体中の血液循環が一時的に悪くなり、悪寒が背筋を走った。
 先生は、この世に多くの執着を残して、成仏出来ずに流離う悪霊になって俺に襲いかかったのだ。
 三つに裂けた青黒い舌を口から絶えず出入りさせ、金縛りに遭遇し身動き一つ出来ない俺の顔に、腐りかけた上半身の細かく千切れた肉片を落とし、猛烈な悪臭を放ちながら、白っぽい肋骨を見せ、腰から下をクネクネとさせて、茶色と焦げ茶色ミックスした毒蛇のコブラのようだ。
 その尻尾の先が天井に刺さっていて、歯のない口から焼けるような熱い涎を俺の顔に滴らせている。
 ガリガリに痩せた灰色の手で、パジャマと下着を剥ぎ取って、まる裸の俺を、所かまわず歯茎で噛み付く。痛さのあまり泣こうとしても、涙さえ出ない。突き上げてくる恐怖と不安で息苦しい。なすがまま、長い間、恐怖と痛さに耐えているが、暗い淵に引きずり込まれ、とうとう気を失ってしまう。
 両親の真ん中で寝ていた俺は、恐怖の涙をほとばしらせ、大きな声で泣き叫んだ。
 それは、丑三つ時と言われる午前二時頃だ。
「また怖い夢を見たよ!」
 と、全身を小刻みに震わせ冷たい汗にまみれた俺は、母にすがって、いつまでも嗚咽していた。泣き声は、俺たちが眠る十二畳ある寝室の空間を震わすばかりでなく、高校二年と大学四年の姉二人が、勉強部屋兼寝室にしている二つの部屋にも響き、姉たちを寝不足にしてしまった。
 優しい年の離れた姉たちは、誕生日以降九日間だけに起きる現象とは言え、一度も俺に向かって文句を言った事もなく、それどころか、俺を抱きしめて自分の事のように共に泣いてくれたのだ。まるで、母親のように! つまり、俺は三人の美形の女性に長い時間ハグされていた。一方、父は一言も発しなかったが、眼を潤ませて俺を見守ってくれた。

 次に俺が悪夢を見たのは、中学三年の時だった。
 公立の進学校を目指し受験勉強に励み、夜中一時過ぎに疲れた脳を休ませようと、ベッドにフラフラになった体を横たえ、唯一の楽しみである「眠りの世界の住人」になって睡眠をむさぼり始めた夜中二時頃、筆舌に尽くしがたい悪夢が、俺を襲った。
 自宅から二キロほど離れた中学校に自転車で行く途中、女性のくぐもった低い声が耳の近くで聞こえるので、思わず振り返ると俺のすぐ後ろに「それ」はいた。
 漆黒の目、闇夜のように黒い鼻の穴と上唇がなく黄色っぽい不揃いの歯を見せ、口の中を墨汁が煮詰まったように黒くし、長い黒髪を垂らした逆さまになった血みどろの女性の生首だ。
 それを見て、俺は自転車から落ちて気を失った。多分、一瞬の後に意識が回復したのであろう。地べたに仰向けになった俺の眼が捉えたものは……地面を着く位に長く伸びた髪の毛を、左右に激しく振り乱した通常の四倍位に大きさになった女性の顔面だ。血が首の付け根から滴り落ち、鬼のような恐ろしい形相をした逆さの顔。更に、何かに削り取られたかのようにその顔の三分の一がなくなり、脳から脳漿が流れ、一つになった眼と残っている唇と黄色い歯から、多量にどす黒い血が噴出している。一層恐ろしさを増し、グチャグチャに変形している顔全体から、ドスのきいた低い声で、へ、へ、へ、へお前を殺してやる、サッサと死ね、と、何度も何度も喚いている。
 ギャー誰か助けてーと、叫ぶ俺の顔を、ガリガリと音を立てて血だらけの尖った歯がかじって来る。俺の顔から生ぬるい血が噴き出し、皮膚の塊が地面に落ち、骨が砕ける嫌な音が周囲にこだました。
 何とも言えない恐ろしい体験をした俺は、再び意識を失った。

 次に悪夢が俺を襲ったのは、大学四年の時だった。
 俺は、ある素敵な女性と恋に陥った。
 彼女と出会ったのは、大学の西洋哲学史か、何かの一般教養の教室であった。
 俺の隣でボンヤリと講義を聞いていたので、さり気なく小さな声で話しかけた。話の楽しさに、お互いが気に入ったのだろう。いつの間にか付き合っていた。
 学部は同じ経済学部であったが、二歳年下だ。端正な顔立ちで、鼻梁が通り吸い込まれそうな大きな瞳をしていて、陶器のような透き通った肌をしている可愛らしい女の子だ。俺はと言えば、誰もが羨む超イケメンだ(?)。
 偶然、彼女の住まいは俺と同じ神戸市灘区だったので、帰りは待ち合わせをして同じ電車に乗り、ピーチク、パーチク――お年寄りたちには、そう聞こえた事だろう――楽しくくだらないおしゃべりに花を咲かせていた。
 そんな彼女が、俺の夢枕に怪異な姿で現れたのだ。
 悪夢の内容はこうだ。
 自分の部屋で、パソコン机で「経済学説史」を勉強している時、薄暗いドアー近くで背中を見せている髪の長い女性に気がついた俺は、恐怖で全身に電流が走ったような衝撃を覚えた。
 誰も俺の部屋には居ない筈なのに……。女性の容姿は、俺の彼女の後姿そのものだが、どこかは明確に指摘できないものの、妙な違和感が周囲に漂っている。この女性は彼女ではない!
 震える声でその女性に向かって、一体お前は誰だ、と大声で叫んだ。すると、その女性は、ゆっくりと、全身をこちらに向けた。
 すると、鉄臭いような、塩辛いような独特な血の匂いと、腐臭の混じっている耐えがたい悪臭を、感じた。まるで腐った生魚か、日にちの経過した卵が放つような猛烈でめまいを引き起こす臭気が、俺の鼻を襲ったのだ。素手で胃をつかまれたような激甚な恐怖を感じた。首のわずかな肉だけで、顔が繋がっているその女性から、猛烈な死の匂いが漂ってきた。
 当然この世に生きている人ではないと、理性がささやく。
 いつの間にか、髪を足元まで伸ばし、奇怪なシワだらけの老女に変身しており、顔の肉は、腐って爛れており、全身の殆どがミイラ化している。無数のハエが群がって、老女の腐乱した肉の中まで入って、卵を産みつけているのだろう。一瞬のうちに、ウジ虫が老女の体を見えなくし、老女の形をした無数のウジ虫どもが、俺に向かって迫ってくる。
 瞬く間に、俺の心は恐怖に凍って、今にも吐きそうになったが、そんな暇すらない。と言うのも、次々と、地獄の亡者が向かってくるからだ。学校の理科室にある、赤い筋肉をあらわにした人体標本のパレードさながらだ。
 この部屋は、悪霊どもや妖怪の通り道に違いない! いわゆる、霊道だ! と、恐怖で全身震えながら確信した。
 今度は、下半身が千切れ、クネクネと動いている大腸と小腸を、引きずった上半身だけの男が、まるで飛んで来るかのように素早く、俺に向かってやってきた。男の口には、焦げ茶色に変色した血が、ベットリとまとわりついている。
 その男は、喉の奥から絞り出すような、家を振動させる大声を出して、ペコペコ頭を下げて懇願して来るのだ。
「頼む。頼む。頼む。頼む。頼む。頼む。頼む。頼む。……後生だから、お前の脳味噌をこのわしにくれ! わしを助けてくれ! 痛いだろうが、ほんの一瞬の辛抱だよ。何も怖がることはない! イーイヒヒヒ、ケケケケ、イーイヒヒヒ、ケケケケ、イーイヒヒヒ、ケケケケ……」
 今まで何度も悪夢の中で怨霊に遭遇している俺でさえも、こんなにもおぞましい怨霊は初めてだったので、体全体がブル、ブル、ブル、ブル……と震え、思わず後ずさりしてしまった。 
 悪夢から覚めた俺は、一階のキッチンにある蛇口に直接口をつけ、ガブガブと音を立てて生ぬるい水をいつまでも飲み続けた。

 二十九歳で独身の今の俺に、悪夢の魔の手が及んだのだ。
 否、これは単なる悪夢なのだろうか、それとも現実の世界で起きている厳然たる事実なのだろうか、俺にはとても明確に峻別できない。
 神戸市灘区にある実家から自転車で灘駅に行って、JR神戸線で大阪駅に着き、地下鉄御堂筋線に乗り換え、梅田から三つ目の駅の新大阪にある七年務めた会社に向かう時の事だ。
 朝七時半頃の地下鉄は、正にラッシュそのもので立錐の余地さえない車内で、つり革を確保するだけで精一杯だが、この日の車内はガラガラに空いているので、不審に思いつつも、俺は、初めてベルベットを張っている長椅子に座った。
 最近、決算準備の為に、深夜までの残業を余儀なくされているので、わずかの時間だろうが、睡魔に襲われて、ついウトウトしていたらしい。
 雑音で我に返って、慌てて眼を開けると……。
 俺の瞳に映ったのは、何かにおびえて、両手を頭の上に突き出し、カーと充血した眼をこれ以上は無理なぐらいに見開き、何かを訴えるような半開きの口をしている死体になった乗客達だ。その雑音の源は、何が起きたのかと慌てふためき、騒然と動く少数の生きている人々だ。
 パニックとなった生存者は、ドアーに殺到して、まだ駅に着いていないにもかかわらず、それを開けようと騒いでいる。 
 パニクり恐怖で気が動転している俺は、新大阪駅で降りて、長い商店街を死体に足をとられ、転倒しながら走り抜け、気が狂ったように泣き叫んだ。ここでも同じポーズをしている累々たる死体が、あちこちに散乱している。
 地上の様子を確かめようとして、無我夢中で地下から死体の密度が高い階段を何とか上り、やっとの思いで外に出ると、そこは混沌が支配していた。そう、地下以上に滅茶苦茶に混乱しているのだ。普段でも混雑していた目の前にあるタクシー乗り場は、正に狂乱状態にある。死亡したタクシー運転者の車に向かい、事態を良く呑み込めていない生存者の車の警笛が、あちこちで喧騒を奏でているのだ。
 更に、あちこちの交差点では、何重か分からない衝突が起き、タイヤを上に向けている車や、炎上している車も数えきれないほど多くある。滅茶苦茶に破壊された車の残骸が、道路を埋め尽くしており、死体ばかりでなく、あちこちから血しぶきを出し呻いている生者も多くいる。
 乗用車やトラックが正面衝突したのか、原型を留めないほど互いに食い込んでいる。
 いずれにせよ、まるで伝染病のように死が生を駆逐し、おぞましい姿をした死者が幾何級数的に増加しているのが現状だ。この瞬間にも、死が俺を襲って来るのではないかと、びくびくしていた。でも、これまでの例から判断して、死は一瞬の訪問だから苦しまない、そう自分に言い聞かせて「死」と言う言葉を脳から追放しようと、試みたが、なかなか難しい。
 偶然では片づけられない、理屈が通らない不可解な事象だ。
 パイロットが突然死したのであろう、大小の航空機が、ビルに突き刺さるように激突していたり、道路に墜落し機体の破片と人々を撒き散らしているのだ。未だに漆黒の煙を出しながら炎上している。
 俺は、スマホがつながらないので、地上ばかりか空にも注意を払いながら、家族の安否を確認するために、今はその数をめっきり減少させている公衆電話を探したが、死者がそのボックスを取り囲むようにして占領しているので、容易に電話できない。恐らく電話に殺到した人々が、例の恐ろしいポーズで死亡したためであろう。何とか死者を取り除き家に電話するも、メンテする人が死亡したのかつながらない。

 俺は、自分が死んでしまうのではないかと、恐れおののいていたが、できるだけ「死」を顕在意識に上らせまいと努力していた。つまり、恐怖から眼を逸らそうとしたのだ。
 今気づいたが、朝なのにもかかわらず、辺りはまるで夕方のように薄暗い。上空を見上げると、太陽は夕焼け時のオレンジ色をしている。塊となって、様々な鳥が西に向かって飛んでいるので、まるで雲のように奇妙な太陽を隠すので、時々薄暗くなった。死者の存在を隠すように!
「こんな現実なんてあり得ない、きっと悪夢の中の出来事に違いない」。
 そう思って、あちこち力を込めてつねったが、飛び上がるほど痛い。やはり、これは現実なのだろうか? いや、俺が見ている夢であろうか? あるいは、誰かが見ている悪夢の中かも知れない。何らかの理由で、元いた俺にとっての現実世界から、異世界に紛れ込んだのだろうか?
 悲しいかな、俺には判断できない。
 いずれにしても、こんな恐ろしい世界に一瞬たりともいたくない。
 あんな酷い姿で死にたくない。死ぬのは絶対いやだー!
 神様でも、悪魔でも、誰でも良いから、俺を助けてくれ――

 ―完―  
 

 
後書き
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