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リリなのinボクらの太陽サーガ

作者:海底
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憤怒のソリダス

 
前書き
遅くなってすみません。ようやく投稿できました。
文字制限で小ネタが前書きに入らないので、本文に入れています。 

 
『教えて! サバタ先生!!』

「ということで、まさかの二回目だ。今回は作中に登場する単語についてちょっとした講義を行おうと思う。例えばレイジングハート。これはリリなの世界では“不屈の心”という意味で扱われているが、そもそもレイジングは“激怒”、“荒れ狂う”という攻撃的な意味で、ハートはそのまま“心”、“心臓”……故に本来は“激怒する心”と読むべきだと思うが……恐らく“激怒→現状に抗う→勝つまで諦めない→不屈”といった風に意味を変換した結果がこの扱いなのだろう。あくまで予想だから合ってるとは限らんがな。このように世の中、単語は様々な扱い方をされている訳だが……単語だけが独り歩きした結果、由来を知らない者も多くなっていると思う。なので今回はその辺りを突いてみよう。ではアリシア生徒、何か由来などを知りたい単語はあるか?」

「由来かぁ……フェイトのバルディッシュみたいなのでもいいの?」

「問題ない。バルディッシュだな、これは16世紀から18世紀の東ヨーロッパからロシア……つまり東欧で使用された武器の名称だ。150センチほどの柄の上端部に三日月状の曲線を描く斧頭が取り付けられており、斧の形状をした槍と言うより、槍の形状をした大斧みたいに用いられていたらしい。だから性質はスピード重視のフェイトとは正反対になる訳だが、皮肉にも他の者のデバイスと比べると形状だけなら最も近い」

「ということは、バルディッシュは本来ならパワー系統に向いてたってこと?」

「確かに人間を両断できるほどの破壊力があったそうだから、元々パワー向きだった可能性は否定しない。しかし騎兵用のも存在するから、由来に近い武器として出すなら竜騎士などの方が……」

「……」

「エリオ生徒……いや、何も言うまい」

「うん、私もここは何も言わないでおく……本編の展開次第ではネタバレに成りかねないし」

「なぜ僕がここにいるかは追及しないんだね。別に良いけど」

「……バルディッシュについての説明はこれで終わる。次に何か知りたい単語はあるか?」

「デュランダルについて聞いてみたいね。ほら、僕の今の立ち位置的に、さ?」

「クロノか。敵対勢力への情報収集は大事だしな、エリオ生徒の意見は理解できる。さて、デュランダルはフランスの叙事詩に登場する英雄ローランの持つ聖剣で、不滅の刃の意を持つ。『切れ味の鋭さデュランダルに如くもの無し』とローランが誇るほどの切れ味を見せるほどで、瀕死の状態になったローランがこの剣が敵に渡ることを恐れて岩に叩きつけて折ろうとしたが、逆に岩の方が切れてしまったというエピソードがある」

「へぇ、氷属性のデバイスとは全然関係なさそうなのになぁ」

「属性は恐らく、その後の創作物における扱いなどでイメージが固着したのだろう。ただ、この剣の使い手にはちょっとした……いや、かなりアレな逸話があってな。なんでも、東洋の美姫への恋が悲恋に終わった結果、ローランは発狂して全裸のまま放浪の旅に出たという……」

「ぜ、全裸で放浪……」

「しかも仲間のアストルフォに理性を鼻から注入されて正気に戻るというオチもまた何というか……、あ~とにかく、想像もつかない奴は過去にもいたってことだ」

「無理やり隠してるけど、要するにバトルは強い露出狂なんでしょ。……おや? じゃあその露出狂の使う聖剣と同じ名前のデバイスを使ってるクロノって……」

「そこに気付いてしまわれたか……! お姉ちゃんの心配事は実はそれだったりするんだよね……」

「………。………じゃないと信じたいな。どっかのアイドルみたく、酒に酔っぱらった挙句、公園で全裸のまま寝るなんて不祥事をしないことを祈るばかりだ」

「僕も敵が露出狂だったら尻尾巻いて逃げるよ。関わりたくないし」

「クロノが全裸でいた方が襲撃の可能性が一つ減る件について」

「世界のため、平和のためなら全裸でいてもらうとか……俺なら絶対無視するか逃走する。ハッキリ言って、そこまで付き合う義理は無い」

「男の人はまだマシだよ……私みたいな女の子がそれをやったら、色んな意味でアウトだからね? いやマジで」

「そういやアリシアは精霊だから、どれだけ年月が経とうと幼女体型のままだったね。うん、確かに犯罪だ」

「年齢だけで言えば最初からこの中の誰よりも上なのだがな……」

「やめてぇぇぇ!!! 不意打ち同然にそんな現実突き付けないでぇぇぇ!!!」

「精霊が人より長生きしてるのは、ごく当然のことだと思うが……」

「ヒトの世から外れた存在がヒトの真似なんてしたら、待ってるのは破滅と凌辱だよ。僕が保証する、精神が壊れる前にさっさとヒトの情や感覚は捨てておくんだね。どうせ戻れない以上、その方が楽になれるし」

「エリオ生徒、お前は……いや、これは俺の役目ではないな。お前の今後には興味があるが、それはさておき講義はどうする? もう少し続けるか?」

「あ、じゃあ最後にファーヴニルについて教えて」

「ファーヴニルは北欧神話などに登場するドワーフか人間で、ドラゴンに変身する能力を持つ。読み方を少し変えて、ファヴニールやファフナーなどと呼ばれたりもするな」

「ファフナー……なぜだろう、嫌な予感しかしない……」

「実は“抱擁するもの”を意味してもいる。元ネタは黄金を抱え込んでいたからで、ドラゴンが財宝を巣穴に隠し持っているというファンタジーの定番を兼ね備えている。そういう意味では、魔導結晶はまさに財宝そのものだな。今の次元世界では特に需要は高いだろう」

「その言い方……もしかして、ファーヴニルは魔導結晶を生み出せるの?」

「実はそうだ。ニダヴェリールが魔導結晶を生み出せたのは、ファーヴニルの性質を真似していたからでもあった。だからそれも踏まえると、次元世界でのシャロンの立ち位置はかなり危険だ。彼女の身柄はファーヴニルの抑止になるだけでなく、最高クラスのエネルギータンクへのアクセスキー同然になる訳だからな」

「つまりエピソード2での私と同じ扱いになるかもってことだね。……いやぁ、あれは悪夢だったよ……」

「相手を自分と同じヒトだと思わなくなったら、ヒトはどれだけ残酷なことでも躊躇なくやる生き物だ。僕が記憶を覗いたクローンは大体そんな経験してるし、本来善良な人間でも家族や大事なものを守るためなら、どんな手段も辞さなくなる。カナンの存在が良い例だ」

「それに善意からの施しも、逆効果になることがあるからな。……頃合いだ、今回の講義はここまでだ。次があるかは知らんが、それはそうと……アリシア、これをやる」

ズシンッ。

「で、デカァ!?」

「マキナにバレンタインデーだからせっかくだし、と言われて俺が用意できるだけのチョコを持ってきた」

「いやいやいや!? 持ってきたって、これ半端なく大きすぎだよ!? どんだけ用意したのさ!?」

「一人辺り50キロを目安にした」

「糖尿病まっしぐら! って、一人辺り?」

「ああ、ちょうど近くにいたマキナとシュテルにもそれぞれ渡したら、凄まじい勢いでバリバリ食ってた」

「ボリューム的におやつどころか一日のご飯の倍以上あるのに……なんとも食欲旺盛なことで……」

「ちなみに残したらどうなるか……わかるな?」

「うひぃ!?」

「まさか今の話に出た二人が凄い速さでバリバリ食ってた理由って……。というかバレンタインのチョコって、普通は女性から男性に贈るものじゃなかったっけ?」

「まあ俺の場合はゾクタイで渡す側だったからな。という訳でアリシア、ちゃんと残さず食えよ?」

「え、ま、マジで……? お兄ちゃん、本気でこの量のチョコを一人で食えとおっしゃるのですか? フェイトにヘルプ頼んだりしちゃダメですか……?」

「頼んでも良いが、フェイトやはやて達にも同じものを送っているからな。食う量は変わらんぞ」

「うぉぅ……皆にもとっくにお届け済みとか、抜かりが無いせいでどこにも逃げ場がねぇ……。よっしゃもうヤケじゃぁああ! 私の胃袋はチョコなんかに負けたりはしないよ! うぉぉおおおおお!!! バリバリバリバリバリ!!!」

「その後、アリシアはやっぱりチョコには勝てなかったよエンドに直行したのであった。……僕、知~らないっと」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


第97管理外世界地球、アメリカ某所の隠れ家。

「あ、あらぁ!?」

真っ赤な夕日が見える時刻になった頃、突然メガーヌが素っ頓狂な声を発した。サルタナは国連会議からまだ帰ってけえへんから、年長者であるうちが彼女の所に急いで向かうと、夕飯を作ってる途中やったキッチンでは首を傾げているメガーヌと、彼女の傍で様子を見ているガリューがおった。

「急にどないしたんやメガーヌさん!? 包丁でうっかり指でも切ってもうたんか!?」

「ザジさん……い、いえ、別に怪我したわけじゃないのよ」

「じゃあ今の声はなんなん?」

「多分、SOPのせいだけど私のリンカーコアから、一切の魔力を引き出せなくなった。これじゃあ魔法どころか、ガリューに送る魔力さえも渡せなくなったわ」

「魔法……あ、こっちの世界の魔法か。確かリンカーコアって体の中にある器官から魔力を引き出し、プログラムを経由して魔法を使うっちゅう奴やろ。管理局員でも今は隠居同然のメガーヌさんでさえ、SOPで魔法を使えなくなったってことは……」

管理局員全員が魔法を使えなくなった可能性がある。つまり次元世界において治安の象徴でもあり、強力な武器でもあった魔法が、敵の手で封印されてもうたんや。

「集中。あっちの事態は中々複雑かつ深刻になってきてる」

「ネピリム? あっちってどういう意味や?」

「返答。サルタナがミッドチルダに潜入させている仲間から、秘匿回線を通じてメールが届いた。……この秘匿回線を使ってきた時点で、ミッドチルダが壊滅的なまでに追い込まれていることが判明した」

「ネピリムがそこまで言うってことは、相当マズい状況なのね……。ゼスト隊長もクイントも大丈夫かしら……」

メガーヌが同僚達の安否を気に掛けるが、うちはこのメールを送ってきた相手が誰なのか、一応想像はついた。これが本当に合ってるんなら、アイツ……見えない所から協力してくれてるんやな。今は間接的だからわずかにしか存在を感じ取れないが、久しぶりに頼れる友への安心感を抱けた。

「整頓。メールの内容は重要なことだけ箇条書きで説明していく。
一、 管理局本局がイモータルに乗っ取られていたと公の場で発覚。
二、本局が真の姿に変形、ギジタイという機能を兼ね備えた暗黒城と化した。
三、ミッドチルダ周囲に次元断層が展開されたため、突破できない限りミッドの出入りは不可能。
四、イモータル・ポリドリがSOPシステムを用い、全管理局員の魔法を無効化。現在魔法を使えるのは管理局製のSOPが注入されていないアウターヘブン社の人間、及び一般人や子供だけとなった。
五、フェイト・テスタロッサ、八神はやて両名が撃墜。これによって管理局所属のエナジー使いは全滅、アンデッドに対する有効な手札を全て喪失した。
六、マキナ・ソレノイドの訃報を知ったことで月詠幻歌の歌姫、シャロン・クレケンスルーナの精神が大きく損傷。更に管理局に強制的に拉致されたため、彼女の精神状態が非常に不安定になっていると考えられる。
他にも色々細かい報告はあるけど、今はこれだけ把握しておけばいい」

説明を終えて端末を閉じたネピリムがため息をついたが、うちらはうちらで内容に衝撃を受けた。しかもそのうちの一つに、シャロンが大きく関わっとったんやから。ま、シャロンは今ミッドチルダにいるっちゅうことがわかったのはええんやけど、フェイト・テスタロッサや八神はやてって、確かサバタがこの世界に来てから結構気にかけとった子達やな。その子達が撃墜したことでエナジー使いが全滅って、マジで絶体絶命なぐらいアカン状況やんか。

「にしてもシャロンがわざわざ探しに来たマキナって子が、既に亡くなってたなんてなぁ。これはあの子をサン・ミゲルから連れ出したの、間違いやったかもしれへんな」

「忠告。流された結果かもしれないが、結局来るのを選んだのは彼女自身。ザジが余計な責任を負う必要は無い」

「ぅん? 慰めてくれとるんか?」

「……」

「けどなぁ、うちらがあの子を誘った手前、何も責任が無い訳ではあらへん。連れ出したなら連れ出したことへの責任はあんねん」

「返答。耳が痛い。私もこの世界にジャンゴを連れて来た以上、責任を果たす義務がある。だから必ず見つけ出す、そして世紀末世界に送り届ける」

「ま、あんたの場合は有無を言わさずって感じやったらしいし、ちゃんと見つけて帰してもらわんと困るで。世紀末世界にはジャンゴの存在が不可欠なんやから」

「……疑問。世界の存続に特定の誰かの力が必要なら、その人物を役目に縛り付けることは正しいこと? 不特定多数のために少数を犠牲にするのは、果たして正義足り得る? 世界を救える力を使わないという選択肢をすることは、どうあっても受け入れられない?」

「それは……」

純粋かつ直球の質問に、うちは答えることができんかった。だってこれは……視点を変えれば、魔女の存在と重なる内容でもあったんやから。
大きなコミュニティと小さなコミュニティ、力が強いのは当然大きい方で、弱い方は自然と淘汰されてしまう。うちら魔女は能力だけなら常人よりあるけど、それでも大多数相手には勝てへん。だから魔女は異端の存在として迫害され、人の輪から追放されてしまう。そして大きいコミュニティは魔女を攻撃することで、自分達の強さや力を誇示できる。同じコミュニティの仲間の精神に安寧をもたらすことができる。言い換えれば魔女を生贄にすることで、彼らは平穏な幸せを手に入れていることになるわけや。そして……このパターンは形を変えて色んな場面で適用されてもうとる。

この質問の場合、ちょいと極論やけど太陽の戦士ジャンゴが戦い続けることで、うちらはアンデッドに襲われない生活を手に入れられてると言える。おっと、別にうちらは何もしてへんわけやないよ、むしろ積極的に力を貸して戦ってたで。でもな、ジャンゴが戦いを止めたら、うちらが生き残れる可能性はグンと減るのも事実なんや。それを知っとるからジャンゴは戦いを止められない……止めることができへん。もし止めてしもうたら、今まで守ってきたものを全部失ってしまうかもしれへんから……。

「ネピリム、さっき管理局がシャロンを拉致したっちゅう報告があったけど、もしかして管理局は……」

「的中。間違いなくファーヴニルに関わること。前回のメールには、ミッドチルダに施したファーヴニルの封印が消えかけているという報告があった。その封印を維持するためにも、管理局は唯一その力が使える彼女の身柄を絶対に確保しておきたいのだと思う。それにシャロン・クレケンスルーナも次元世界では貴重なエナジー使い、フェイト・テスタロッサと八神はやてに代わる戦力として何かに利用する可能性は高い」

「つまりさっきの話がシャロンにも適用されてもうたんか……。一応、彼女を連れて帰ること自体は簡単や。うちが傍で時空転移を使えば済むんやし。せやけどそれをするということはファーヴニルの封印が解けて、次元世界が滅んでしまうことになる。迂闊に彼女を連れて帰ったら、数えきれない命が消えてしまう。……友を切り捨てて世界を取るか、気持ちを優先して友を取るか、マジで難しい問題やな……」

「……」

世界も個人も、どちらも救える方法があれば何よりなんやけどね。そんな都合よく思い通りにいかないのが現実や。それに今は全部救えたとしても、後に反動で倍返しされて余計に犠牲が増えてしまう場合だってありえるんやし。

「我が母がやられたようだね。ふっふっふっ……我が母は我々召喚魔導師四天王の中でも最強……ってダメじゃん! 最強が戦う前に真っ先にやられちゃったらわたし達、ただのかませ犬化するんじゃないの!?」

「ねぇルーちゃん、四天王っていつ結成したの? あとかませ犬って初めて聞いたけど、どんなワンちゃんなのかな? ラブラドールレトリバーとかコーギーとかみたいに可愛いの?」

「おぉっと! キャロったら天然過ぎるわ! 純白! 純朴! 純粋! の三拍子が揃ってる逸材ね! ますます染め甲斐があるわぁ~♪」

「ふぇ? なんですっごく優しそうな目でなでるの? なんで??」

「きゅ、きゅる~……」

「……(訳:頑張れ)」と視線だけでエールを送るガリュー。

なんか知らん間に召喚獣と子供同士の間で奇妙な関係が出来上がっとるようやな。見てるとちょっとほんわかしてきよった。やっぱりうちも難しいこと考えてるより、あんな風に和む光景を見てる方が好きやな。

「これもいい機会かしらね。ルーテシア、ちょっと来てくれるかしら」

「我が母からのお呼びとあらば即推参! で、どうしたの?」

「ガリューの契約だけど、私からルーテシアに移動させても良い? 私のリンカーコアは封印されて魔力を供給できなくなっちゃったから、今の内にあなたに受け継がせておきたいの」

「ふっふっふっ……ついにわたしの時代がキタァー! ってのは一旦置いといて、真剣な話になるんだけど、ガリューはわたしなんかで本当に良いの? 自分で言うのもなんだけど、私はまだまだ未熟だよ? 今なら召喚される前の場所に帰れるし、他の召喚士を選ぶこともできる。それに……」

「……(首を振り、ルーテシアの手を握る)」

「ガリュー……」

「ルーテシア、実は……お母さんとガリューの間では、もうとっくの昔に話はつけてあったのよ。あなたが召喚士としてやっていきたいなら、自分はその力になりたいって、その成長を見守っていきたいって、ガリューは言ってくれたのよ。だから最後は、あなたの覚悟だけが必要なの。ルーテシア、正式に契約すればあなたはこれから、私の戦友であり家族であり相棒でもあるガリューの命を預かることになる。自分の命を相手に預け、相手の命を預かる召喚士になる。その責任を負う覚悟を、ルーテシアは持ってるかしら?」

「…………お母さん。いや……我が母よ、あなたの娘であるわたしを、あまり甘く見ないでもらおう。これから友の命を預かる覚悟……ううん、この言い方は全然正しくない。本当に必要なのは、互いを思いやり、支え合う気持ち! 我が母の背中を見て来たわたしは、その気持ちを通じ合わせることが召喚士として最も大切なことだと学んだ。だから……心の準備はとっくに出来ているわ!」

「そう……お母さん、その言葉が聞けてすごく嬉しいわ。子供の成長って、親の想像を超えていくものなのね。ガリュー、これから娘をお願いします」

「……!(訳:任せろ)」とガリューは力強く頷く。

今のやり取りで、アルピーノ家の強い愛情が見えた。ほんま、良い親子や。ただなぁ、契約するために庭に出ていった3人の誰も、調理中の夕飯を見ておこうとは思わんかったんやろうか? ……まぁ、うちが見とくけど。ちなみにキャロとフリードはルシエの里以外の召喚士が契約する所を見るのは初めてらしく、興味津々な様子でついて行った。

「さて、それじゃあ正式に契約するにあたっての詠唱文だけど……」

「待って。それ、わたし流にやらせて」

「あら、そう? それならやってみせて?」

「……」

ガリューの手を両手の間に被せるようにしたルーテシアは目を閉じ、魔法陣を展開する。

「異界の戦士よ、彼方の生命よ、汝の手はあらゆる障害を打ち砕き、汝の足はあらゆる困難を乗り越え、汝の魂はあらゆる苦痛から解放せん! 我が血は汝の血となり、我が命は汝の命となり、我が光は汝の光とならん! 盟約に従い我が呼び声に応えよ、ガリュー!!」

「……!!!」

ゴォッ! っと魔法陣から突風が吹き荒れ、凄まじい閃光がルーテシアとガリューの間で発生する。しばらくして光が収まると、両者の間には確かな魔力パスが繋がっていた。

「あらあら、契約は大成功のようね。私の時よりしっかり繋がってるみたいだし、ルーテシアの召喚士としての潜在能力は私以上かもしれないわ。ますます将来が楽しみね~♪」

「本当すごかったね、フリード。ルーちゃんの契約って、とってもカッコよかったよ。迫力があるっていうか、まるでポーズも含めて事前に全部考えてたみたいにバッチリ決まってたもん!」

「きゅるー」

「ふっふっふっ、あ~っはっはっはっ! やった! やったぁ!! 召喚士ルーテシア・アルピーノの物語が今こそ始まるのだぁ~!! やったぁぁぁあうわぁぁああああん!!!」

「……(訳:新しい主、嬉し泣きしてる。根本ではちゃんと子供だな)」

こうして庭で感動的な光景が繰り広げられたのだが、隣では国連会議からやっと帰ってきたサルタナが静かに玄関の前で待っていた。恐らく、彼なりに空気を読んだつもりなんやろう。せやけど長い会議が終わって帰ってきたのに、家の前で立たされ坊主ってのは地味ぃ~に辛いやろうなぁ。

そんなサルタナをうちが出迎え、ホクホクの唐揚げ定食をいただいた夕飯時、さっきまでのあらましを伝えたことで彼は事情を把握し、「美しい親子関係だな」と感想をこぼした。母親は娘の将来を想い、娘は母親の想いに応えようと頑張る。確かに良い関係やけど……何らかの理由でこれが壊れてしまったら、果たして二人はまともでいられるんやろうか? 綺麗な関係だからこそ、壊れた時が何より危険なんや。

「質問。国連会議で何を話してきた?」

「今はあまり口外すべきことでは無いが……そう間もなく判明することだし、構わないか。俺は次元世界の現状、魔導師や魔導文明という存在、管理局の正体、管理外世界が集まって作ったオーギュスト連邦に加盟するかどうかなどを国連の場で伝えて来た。ニーズ・トゥ・ノウ扱いだったこの情報を公的な議題にしたのは、地球ではこれが初だ。今はそれぞれの国の領事館で大統領や首相、官僚達が緊急会議を行っている。ただ、彼らは管理局の今までのやり方が横暴に見えたらしく、緊急事態にならない限り無暗に干渉はしないオーギュスト連邦に加盟して庇護下に入っておく可能性は非常に高いな」

「あら、それじゃあ地球はオーギュスト連邦に加わるかもしれないのね。管理世界側に協力してはくれないのかしら……」

「現段階では残念ながら厳しいな。とはいえ、幸運にもロストロギアや魔導師関連で受けた被害はそれほどではないから、ある程度魔導師という存在にも寛容な態度を示している。恐らくオーギュスト連邦に加盟したほとんどの世界と違い、管理世界の人間に対して過剰反応を示したりすることは無いだろう。しかし最低限そちらに渡った地球人、及びこの世界に移住した次元世界の人間は全員、立場を明確にしてもらわない限り、協力体制は決して取らないとも宣言されている」

「立場を明確って?」

「地球に帰国するか、管理世界に帰化するか、だ。そしてこれは地球に戸籍がある者には相当重要なことなのだが、管理世界に帰化すれば国籍や市民権をはく奪される……要するに地球での身分と財産を全て失う。そして今の状況下では……連邦加入後は世界大戦回避のため、地球に立ち入れなくなる」

『ッ!?』

「そ、それってちょっと厳しすぎへんか!? 管理世界で住むと決めたら連邦と和解せえへん限り、生まれ故郷に立ち入れなくなるなんて、そんなん……」

「酷いか? だが国にとっても財産であり資源でもある国民を、どこの誰とも知れない連中に勝手に連れていかれるのも、それはそれで問題だろう。見方を変えればそれらは拉致、誘拐、密航、行方不明……到底許されることではない」

「だからって……」

「例えばの話だ、ここに一つの家庭があるとする。父親と母親、子供が3人の少し大きい5人家族だ。親は子供の将来のために金や努力を惜しまず、子供も親の愛情を受けてすくすくと育っていった。まさに円満な家庭って奴だ。だがある日、子供の一人が急にいなくなってしまった。親にとってそれは見過ごせない問題だ、家族全員で手を尽くして探すだろう。しかし彼らは見つけることは出来なかった、当然家族は大きな喪失を受ける。そして長い時間が経ったある日、行方不明になっていた子供の所在を把握することができた。だがその子供は全く別の家族のために働く人間になっていた。それを見た元の家族は、その子供にどういった感情を抱くと思う? 今の状態で満足しているその子供を、元の家族に戻して幸せになれると言い切れるか?」

「そ……そんなん、うちにはわからへんよ……」

「そう、他人にそれはわからない。本人の意思を無視して安易に決定を下していい話ではない。だからその子供自身に選んでもらうしかない。元の居場所に戻って全てをやり直すか、元の居場所と決別して今の居場所を守り通すかをな。あと、ここでどちらも取るなんて曖昧な選択なんぞしてみろ、迷いを抱いたままでは最後にどちらの居場所も失ってしまうのがオチだ。……言っておくが、本人に選択を委ねている時点で、国にとっては譲歩した方なんだぞ。本来なら強制的に帰国させて当然なんだからな。だから故郷の世界を発つなら、ここで未練は全て断ち切らねばならん」

国家の枠組み、子供を育てることは社会のシステムとして将来動いてもらうため。それを奪うということは即ち、社会のシステムを壊されることである。色んな法や規則が出来上がっている秩序だからこそ、横からかすめ取られるとシステムが破綻してしまうってわけか。

「連邦の管理局に対する垣根は相当深い、いつか和解させるつもりではあるが長引くのは確実だ。幸運も働いて早くなれば数年後、時間をかけてやっていけば数十年後、互いにこじらせてしまえば数世紀にわたるだろう。……とはいえ、この世界は他の世界と比べて圧倒的に国も主張も関係も何もかもが複雑だ。今すぐどうこうなる訳でもないし、右を向けと言われて皆が向くわけではない、中には左から見直したくなる奴もいる。自分達の目で次元世界の情勢把握と情報収集をしたいと考える連中のようにな。……ということで、一度オーギュスト連邦の中心地である第100管理外世界ミルチアに彼らを招くことになった。俺は地球使節団をエージェントとして案内するから、お前達はその間ここで大人しく待っていろ」

「待って。……ねぇ、それって私達が行っても大丈夫かしら?」

「明らかに大丈夫ではないな、メガーヌ。ミルチアはとある理由もあってマシな方だが、オーギュスト連邦に属する世界は基本的に管理局に対し不満を持っている者が多い。ラジエルやアウターヘブン社の人間なら、これまでの功績もあって受け入れられているが……彼らの世界で堂々と管理局員だと名乗ってみろ。一瞬で集団リンチされるか、良くて牢獄にぶち込まれるぞ」

「あ、あらあら……それは確かに大丈夫じゃないわね……。でも局員がオーギュスト連邦の状況を知れる機会なんて他に無いだろうし……何とか一緒に行ける方法は無いかしら?」

「正直に言って、連邦領内において管理局員は核爆弾同然だ。いるだけで世界大戦に繋がる爆発を引き起こしかねない。第一、向こうはラジエルのメンバー全員を知っているから、突然の新顔なんて疑われて当然。それにメガーヌは地上本部最強の部隊の一人として有名だったから、顔も知られている。だから頼まれたって連れていくことは出来ない、確実にバレるからな。それでも行きたいとのたまうなら、俺は力づくでも止める」

「そう……あまりしつこいとあなたがラジエル艦長として、侵入者の前に立ちはだかるってことね。今の私があなたに太刀打ちできる可能性なんて万に一つもないし、ここは大人しく待つことにするわ……」

なんか子供っぽくしょんぼりするメガーヌやけど、何を思ったのか急にルーテシアが立ち上がり、「はいはい! わたしに良い考えがある!」と言って挙手した。

「あのさ、お母さんはダメでも、わたしなら大丈夫でしょ? 管理局員の娘なだけで、立場はただの一般人なんだし」

「あのなぁ、ルーテシア……これは遠足じゃないんだぞ。確かにお前では辛うじて火種にはならないが、そもそも俺に子守りをしている余裕はない。客を案内している間、お前の身に何かあったらどうするつもりだ?」

「が、ガリューがいるし!」

「むしろ連れている方が危険だ。連邦内で召喚獣を連れ回したらいらん刺激を与えるからな」

おっと……これは、うちの出番か。

「ルーテシア一人でいるのが問題なら、うちが保護者としてついて行ったる。うちが面倒見てれば、サルタナも問題ないやろ?」

「ザジ……ルーテシアの方は良いかもしれないが、キャロはどうするつもりだ? ここに置いていくのか? 一応メガーヌは残るから一人で留守番にはならんが……」

困惑気味におろおろしていたキャロに皆の視線が集中すると、キャロはもじもじと両手の人差し指を突き合わせながら、自分の意思を口にした。

「あ、あの……差し支えさえなければ、わたしも一緒にミルチアへ行ってみたいです。だって……わたしは里の外の世界を、もっといろんなことを知りたいですから」

「……そうか。確かにキャロのように知らない相手にも理解を示そうとする者が多くならないと、連邦と管理世界の和解なぞ夢のまた夢。……仕方ない、子供ながらに示したその意思を俺は否定しない。来たいなら来ればいい」

「あ、ありがとうございます!」

外の世界に出たわずかな期間で成長した部分をちゃんと示したことで、サルタナが連邦へキャロを連れていくのを許可してくれた。別に荒事をしに行くわけではあらへん以上、子供にとっては社会勉強というか海外旅行みたいなもんや。ただ、キャロは嬉しそうにお礼を言い、ルーテシアも彼女と手を取り合って喜んでいるが、隣でフリードとガリューは心配そうな目を向けていた。召喚獣を連れ歩くのはむしろ危険だって聞いたから、傍にいて守れないことが不安なんやろうね。そこはうちを信頼してもらうしかあらへんわ。それに滞在先の部屋から出なければ、彼らも多分ギリギリ大丈夫やと思うで。

「興味。もしかしてサルタナ、何だかんだ言いながら子供には結構甘い?」

「……」

ネピリムの指摘に対し、無言を貫くサルタナ。あ~そういやこう見えて、かなり面倒見が良いんやったっけ。接し方や言葉遣いは多少キツイけど、それは愛情の裏返し的なもんやし。なんちゅうか……子供や教え子には恨まれても構わないから、マジでタメになることは教えている父親っぽいタイプや。ちょいと違うかもせえへんけど、漢は背中で語れ! みたいな?

「……出発の日程は後日改めて伝える。使節団のメンバー選定もそうだが、先にミルチアにアポを取る時間が必要だからな」

「そりゃ異世界人が突然団体で押し掛けてきたら当然困るか……ましてやあちらさんは色んな意味でピリピリしとるっぽいし」

「そうやって対応に慎重になってくれると、こちらも非常にありがたい。ミルチアはオーギュスト連邦の中心地だ、大戦を起こさせないためにも迂闊な発言や行動は慎んでくれ」

念には念を、と言わんばかりにサルタナが忠告してくるけど、うちかて無闇に争いごとを起こす気はあらへん。要はうちらや使節団がいる間に、ミルチアで何事も起きなければええんよ。

「あ! 今誰かがフラグを立てた気がするわ!」

「わたしが無知なのかな……ルーちゃんが何を言ってるのか全然わからないよ……」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


第一管理世界ミッドチルダ。機械竜内部。

「は? 今のはオレの聞き間違いか? ここまで害虫どもを追いつめておきながら、撤退って聞こえたんだが」

『聞き間違いではございませんよ、ニーズホッグ。幸運にもワタクシは必要なものを確保できました、今回の襲撃の成果はこれだけで十分です』

「満足したから一旦帰るってことか、ポリドリ。だったらオレはまだ……」

『襲撃早々、死の翼フレスベルグがやられてしまいました。こんな形で、しかもここまで早期に倒されることはワタクシの計画には入っていません。それにフェイト・テスタロッサと八神はやても撃墜こそできたものの、抹殺には至らなかったとの連絡が入りました。計画の修正、及び万全を期すために、あなたも含めて一度撤退してもらう必要があります』

「チッ、要はベルグのマヌケのせいかよ!」

『また、あなたの鉄の軍団も、アウターヘブン社の抵抗によって相当数が破壊されています。特に“歌姫”が行った地下シェルターの崩落で一気に7割弱もやられたのが痛いですね。それでお尋ねしますが、現在も残ってる機体数はいかほどで?』

「12機だ……最初に出撃した分の1割にも満たない。……あ、今全滅した。しかしこのポイントには局員もアウターヘブン社の兵士もいないはずだが、一体誰がやったんだ……?」

『とにかくあなたも撤退してください。ただの大喰らいなフレスベルグとは違い、生産工場でもある機械竜とあなたを今失う訳にはいかないんです』

「チッ……わかった、これも良い機会だと考えてやろう。今回の襲撃で得られたデータは新型の開発に際し、かなり参考になりそうだ。どうもオレの軍団は対管理局員に特化させたせいで、銃火器やIRVING(月光)などの質量兵器、地盤崩落や罠などの戦略を使う相手との相性が最悪になっていたようだしな」

『では後で面白い資料を送ります。このAMF(アンチ・マギリング・フィールド)の資料と得られたデータを用いて、問題点を改善した鉄の軍団を作りなさい。いいですね?』

「そっちこそ、欲しかったものを手に入れたんなら、ちゃんと有効活用することだね」

ポリドリとの通信を終了したニーズホッグは椅子にどっかり座りこみ、苛立ちながら愚痴をこぼす。

「ポリドリめ、オレを復活させたからって偉そうに駒扱いしやがって……」

「そう……か。あんたらを……復活させたのは、あのイモータルやったんか……」

「そうだ、そしてオマエ達の大事な大事なオトモダチの高町なのは……正確にはリトルクイーンをも手に入れた。ユーノ・スクライアもポリドリの超能力でこっちの手駒に成り果てた。大事なものをことごとく無くした気分はどうだ、八神はやて?」

「最悪に……決まっとるやろ……!」

身体中の至る所から血が流れて息も絶え絶えな八神はやてに、ニーズホッグは嘲笑しながら質問する。ニーズホッグの正面で彼女は十字架に磔にされ、ヴィータ、ザフィーラ、シャマル、リインはニーズホッグの後ろで同様に磔にされて意識を失っていた。

現在、彼女達は機械竜の中に人質として囚われている。意識を取り戻したはやては状況を把握すると、すぐに下手な発言も行動も命取りになると判断し、あえて大人しくしていたのだ。

「ゴエティアの砲撃の味はどうだった? あれにはオレが作った特別製の武器を使わせている、リンカーコアが封印された身にはよく効いただろう?」

「ゴエティア……闇の書の天敵と呼ばれたギア・バーラーやったか……?」

「ギア・バーラーは古代ベルカ戦乱期に鉄腕王ヴィルフリッド・エレミアが3体だけ製作した、究極のゴーレムだ。その強さは1体だけで国を落とすほどで、まさに古代ベルカの王に並ぶ力を誇る。だからこの時代でそいつを味方にできれば、扱い方次第では天下を取ることも、この世を地獄に変えることも可能かもしれないな」

「私のクローンを……そんなものの素体にしたんか……」

「“そんなもの”ねぇ……そういう発言はブーメランになるぞ。無自覚で被造物を見下す、人間の傲慢さが現れた発言だ」

「傲慢やと……!?」

「ゲココココ! オレ達人外の存在より、同じ人類の方が人類をより強く、より深く傷つけるのさ。それも無自覚で! ……こんな話がある、人間は無人機より残虐だと。よく無人機が逃げ惑う一般人に対し、一方的に虐殺を行う物語があるが、機械を人間以上によく知るオレからすればそれはただ、プログラムを入力した人間の残虐性が無人機を通して発露しているだけに過ぎない。なぜなら無人機は敵を倒す快楽を知らない、そいつが死んでるかどうかを本能的に察することができない。だから敵を撃ち漏らし、殺し損なう確率が統計的に少し高い。しかしギア・バーラーはその欠点を克服している。人間のような意思があるから、人間のように残虐性を獲得している。機械とプログラムの違いこそあるが、主のために全てを壊す性質……まさにヴォルケンリッターのようだなぁ?」

「わ……私の家族を……侮辱するんやない……!」

「侮辱? オマエはこいつらが真っ当な人間にでも見えているのか? それっぽい肉体があるだけの、ただのプログラムなのにか?」

「皆はプログラムじゃない……! ちゃんと生きてる、心がある存在や……!」

「心、か。なら訊かせてもらうが、オマエは心の有無をどう判断している? 意思疎通ができれば、会話ができたら、そいつには心があるのか? 言葉を話せない、意思疎通ができない相手には心が無いのか?」

「違う! 心とはそのヒトの在り方を表すもの……人間だろうとプログラムだろうと、皆が等しく持ってる自由意志や。言葉とか関係なく、行動で相手に伝わる想いがその存在を示してくれるんや!」

「行動で伝わる想い? そんな曖昧なものが正しく伝わるとでも思ってるのか? 伝えることを放棄したオマエ達に?」

「伝えることを放棄? どういう意味や……」

含むような言い方をするニーズホッグを睨むはやてだが、ニーズホッグは気にも介さず椅子に座る姿勢を変えて、部屋中にいくつもの映像を空中投影した。

「これは……私達が今まで行ってきた任務……?」

「本局がこっちの手の内にある以上、データベースからこんな映像はすぐに取り出せる。で、だ。オマエ達が任務に励んだのは、闇の書の被害者達への贖罪だったな」

「それが今この映像を見せることと、何の関係があるんや?」

「贖罪とは戦えばいいのか? 戦っていればいつか許されるとでも思ってるのか?」

「なっ……」

核心を突かれ、言葉に詰まってしまうはやてにニーズホッグはとある映像を見せた。それには以前エリオがカナンを通じて垣間見た、はやてのクローンがどういう扱いを経てゴエティアとなったのかが全て記録されていた。

『まだだ……闇の書の主を殺すには、まだ力が足りない!』

『もっとだ……もっと力を引き出せるようにしなければ……!』

『しかしこれ以上改造を繰り返せば、誕生前に精神が崩壊して我々の指示に従わない化け物に成り果てるんじゃないか?』

『なに、これの精神なんて在っても何の意味も無いだろう』

『そうね。私達はこれに人権なんて求めてない、ただ復讐を果たしてもらうためだけの道具として作ってるんだもの。ましてや素体はアレのクローンなんだし、こんなモノをヒト扱いする気にはなれないわ』

「ひ、酷い……酷過ぎる……。なんで……こんなことが平気でできるんや……! ずっと頑張ってきた私達の想いは、この人達には全然伝わってなかったんか……!?」

「何をトンチンカンなこと言ってるのさ? オマエ達が伝えることをやめたせいだろ? 本当に真っ当な人間ならどうしてあそこまで他者から恨みを向けられる? 心から善人であるなら、とっくの昔に被害者達の理解も得られた。こうなる前に和解もできたはずだ。なのにそうならなかった、むしろゴエティアを蘇らせるほど憎しみはより強まっていた。これまでオマエ達は贖罪と称して様々な任務や戦いを行ってきたというのに、全て逆効果になっていたのさ。さて、なぜだと思う?」

「彼らが納得できるような……償いができていなかったから……?」

「それも一つの理由だが、メインは違う。オマエ達への恐怖が消えなかったからだ。被害者達が受けた恐怖……それは家族や仲間を殺された時の恐怖、故郷を燃やされた時の恐怖、騎士道だと綺麗ごとをのたまいながら主のために主以外の全てを殺せる忠誠心への恐怖。この恐怖を拭い去る事こそ、4年前サバタの手で闇の書の呪いから解き放たれ、贖罪の道を歩き出したヴォルケンリッターを、オマエが導いていかなければならなかった部分だった」

「私が……導かなければならなかった……?」

「だがオマエは気付けなかった。与えられた力に頼り、目の前の命だけ救って、誰の心も導かなかった。コイツらに正しい償い方を示すこともなく、小綺麗な理想を求めて終わらぬ戦いに再び身を投じさせ、祭り上げられた立場の上で済まし顔のまま、“正義”だ“家族”だなんて甘い言葉を口にしてきた……生粋のペテン師だ。ホント馬鹿だなぁ、呪いから解放されても戦いを止めなかったから、被害者達の恐怖は増長していたというのにな」

「そ、そんな……私らがずっと戦ってきたから、被害者達は私らを恐れて……!? で、でも……戦わなければ皆も……」

「そしてますます互いの軋轢は激しくなる、と。まだわからないのか、オマエ? 最初は対話で和解を試みていたんだったな? リンディ・ハラオウンを始めとして、対話で被害者達に謝罪の意思を理解してもらっていった。その時はまだ正しく導けていた、妨害もせいぜい小競り合い程度のもので大したものではなかった。そんで2年前のニブルヘイムでの高町なのは撃墜から、対話の余裕が無くなったのかオマエ達は力で物事を解決していくようになった」

「あれは神出鬼没なヴァランシアに対応するために……!」

「それで意思を通せなくなった時点で、オマエ達は敗北していたのさ。対話を疎かにした結果、被害者連中の妨害は一気に激しくなり、ますます戦いに没頭していく羽目になった。もうわかるだろう、力を振るえば振るうだけ、奴らの妨害が激しさを増したのだと。そうだ、被害者連中にとってオマエ達は恐怖の権化だったのさ」

「恐怖の権化……」

「ついでにもしもの話、例えばの話だが、あのスカルフェイスが何も言わず表向きは贖罪と称して戦いに赴いてた場合、オマエ達はそれを信用できるか? 彼が本当に贖罪のためにそうしているのだと、心からそう思えるのか?」

「ッ! お……思えへん、全然思えへん……! そうか、これが被害者達が私らに抱いていた、贖罪の意思を信用できないという感覚……! 何か企んでるんじゃないかと疑ってしまう猜疑心……!」

「納得できたようで何よりだ。そこで、物は相談だ。八神はやて……一つオレと取引してみないか?」

「取引……!? こんな時に、一体何の……」

「オレはこれから機械竜共々、ミッドを離れる。この世界じゃ鉄の軍団の改造計画を進められないからな。で、だ。その途中どこかの世界で捕らえたオマエを解放してやってもいい、条件を飲みさえすればな」

「御託はええ、どんな条件や……!」

「夜天の書のマスター権限を放棄し、ヴォルケンリッターとリインフォース・ツヴァイの身柄をオレに引き渡せ。こいつら守護騎士プログラムの仕組みを利用すれば、鉄の軍団を更に強化できるからな」

「はぁッ!? つまり私に、自分だけ助かりたければ家族を売れっちゅうんか!? そんな条件……飲める訳があらへんわ!」

「ならここに『オレがオマエ達人類を二度と襲わない』という条件が加わったら……どうする?」

「ッ!?」

「ゲコゲコゲコ! 人類を、いや世界を守りたいのならば、アイツらをここで捨てればいい。そうすればオマエ達は未来に希望をもたらした存在として、罪人扱いから手のひらを返され、一斉に称賛されるだろう。犯罪者の汚名ではなく、英雄の名誉を得られる。その上、贖罪も果たせるんだ。何ともオマエ達に都合の良い取引だと思わないか?」

「ど、どこがや……! そんなに私と皆を引き離したいんか……!」

「元々この取引はオレの気まぐれだから、断ったらオマエを始末するだけだ。ま、この取引を断ったことが世間に知らされれば、オマエ達は我が身可愛さに市民を売ったと認識されるかもしれないけどね!」

管理局とデュマの取引と同じで、規模を縮小した内容だからこそ今の世界には効果的だった。はやてはこの取引の裏に、騎士達だけでなく自分の居場所全てがかかっていることに気付いたが……。

「ほらどうした、正義の味方なら市民を守れよ? 関係ない奴らのために、家族の命を捨ててみろよ?」

「う……ぐ……」

「大体、断ってどうする? 今の状況を理解してるのか? 元々、守護騎士プログラムなんてオマエを始末してからゆっくり解析すれば良いだけだし。だからオマエの価値なんて夜天の書のお飾りの主であること以外、何も無いのさ」

「なッ……!」

「ま、お飾りでも使い道はある。復讐に身を焦がした奴の積年の恨みをぶつけてもらうスケープゴートにな。そんで死体になったらアンデッドとしてオトモダチ相手に有効活用してやるよ。さて、あの被害者達と2年ぶりの再会を思う存分堪能するんだね。ゲココココ!!」

ニーズホッグの嘲笑を前にしても何もできないはやては、あまりの悔しさで歯噛みする。誰も救えなかったことへの無力さを痛感しながら……。

「……ところで疑問なんだが、オマエ確か昨日、湖の騎士の料理食ったせいで今朝から腹下してたらしいな? で、SOPの体調管理機能を使って、襲撃の際無理やりそれを治していた」

「それがなんや……!?」

「オマエ達管理局のSOPは今、ポリドリの操作でリンカーコアを封印している。恐らく体調管理機能なども一緒に止められているはずだ。つまり……」

「え……、あ」

ぎゅるるるるるるぅ!!!!!

「あ……ああああ!? アアァァァああァァ!!!??? お腹がぁあぁぁあああぁぁぁぁあああああ!!!!????」

「漏らすなよ? オイ、漏らすなよ!? オレの機械竜を汚したら即座にオマエの身体をバラバラにしてやるからな!」

ついでに女の尊厳とかプライドとか色々大事なものを守るために、はやてはフルマラソンしているかの如く汗が流れ、目の前がチカチカ点滅するほどの激痛(腹下り)を耐え続けた。彼女の尊厳が守られたかどうかは……神のみぞ知る。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


第一管理世界ミッドチルダ。管理局地上本部、地下拘束室。

ぼやけた視界。薄っすらと見えている電灯がまぶしい。どうやらゼストに転送(ゲッチュ)された後、意識を失っている間に拘束されてしまったようだ。

「流石はゼストだ、月詠幻歌の歌姫をこうも早く手中に収めてくれるとはな」

「しかしレジアス中将、アウターヘブン社から猛抗議が届いているのですが……」

「無視しろ、オーリス。地上が滅亡に瀕している瀬戸際に、ようやく光明が見えてきたのだ。ファーヴニルの封印が再び解けてしまえば、地上はおろか次元世界全てが滅びる。それを防ぐためならば、卑怯者のそしりも甘んじて受けよう」

「ですがもし、アウターヘブン社の支援が打ち切られてしまえば、管理世界全体の経済や治安の維持が非常に困難になります。この先、アンデッドとの戦いも更に激しくなる以上、彼らとの関係はそう安易に悪化させるべきではないかと……」

「確かに管理局所属のエナジー使いが全員撃墜された上、魔法も封印されたせいで我々はアンデッドを浄化できないどころか、今まで通りに戦うことすらできない苦境に立たされた。しかし滅亡さえしなければ……いずれ逆転のチャンスが来るまで耐え抜けば、まだ立て直せる。それに彼らも、今はこちらに矛先を向けている場合ではないことは理解しているはずだ」

理性的な判断が出来る者(シオン)はそう考えて一旦は抑えてくれるかもしれません。しかし本能的に動く者(ケイオス)には……」

「それはそれで御する方法はある。彼女の身柄をこちらで抑えている以上はな」

「中将はよく知らないから言えるんでしょうが、彼は相手の言い分に一切聞く耳持たないで殲滅することもよくあるんですよ……。それに歌姫の方も拉致同然に連れてきてしまった以上、協力が得られるとは到底思えません。万が一錯乱して自殺なんてされてしまえば、それこそ一巻の終わりです」

「だから現在も進行中の“プロジェクト・ディーヴァ”の裏で“保険”を用意している。“プロジェクト・コスモス”というな」

歌姫(ディーヴァ)調和(コスモス)……この世界が未来を掴むには、文字通りあらゆる手を尽くさなければならない。どれかが成功したとしても、効果が一度きりではダメ、出来る限り継続していかなければなりません」

「そうだ。そしてファーヴニルの封印を維持するのに歌と力だけが必要なら、歌姫に肉体の有無は関係ない。人間ではストラトス家のように、またしても歌を必要ないと考えてしまいかねないし、役目自体を放棄してしまう可能性もある。不意の事故などで血筋が途絶してしまうこともあり得る。月下美人の力も、血が薄まっていずれ廃れてしまうかもしれない。ならば月下美人の力を持った専用のAIを作り、そいつに歌わせれば月詠幻歌を喪失する可能性は格段に減るはずだ」

「プロジェクト・ディーヴァ、月下美人の力を持ったAI。デジタル上に存在しているから殺される心配は無く、体力も無限であり、修復も簡単にできる。性質だけ見れば、まさにバーチャル・アイドルですね。しかしこれは月光仔どころか人間の血を引いていないプログラムが月下美人になれるか……エナジーや愛国心を持てるのか、などの問題がありますが、これについては?」

「それこそがプロジェクト・ディーヴァの課題だ。インテリジェントデバイスや守護騎士プログラムなどの思考データを利用すれば、AIだろうと人間の真似事ができる。だから4年前、封印を為した彼女がラタトスクによって消されたと知った我々地上本部は、すぐ水面下で月詠幻歌を使えるAIの開発を始めた。デジタルの存在が世界を巡り未来を創造する……『拡張現実の電脳王(AR・IT・TOP)』」

「私達のように存在を知る者の間では通称『エア』と呼ばれています。どこまでも広がる“空”を意味する名で、中々に愛着が持てますね」

なんか訳の分からない会話をしてるけど、“空”……ね。空気とか青空とか、この人達はそんな光寄りの意味で言ってるつもりだろうけど、地球の仏教で言う“空”は“虚ろな”といった意味でもあり、膨れ上がることで中身が空になった状態を指している。内容だけ考えれば、まるで宇宙のようだ。

「しかしAIの研究は連邦より管理世界に一日の長があるとはいえ、所詮は疑似的なもの。目的はあくまでファーヴニル封印が出来るようになることだ。今の所研究は頓挫してるも同然で、『エア』が覚醒するには何かしらの打開策が必要だった。連日の襲撃や本局の喪失もあり、我々にはもう時間が無い。だから儂としては癪だが、本局の技術開発部門と情報通信解析部門、デバイス発明部門が結託して開発していた超大規模情報処理システム『J・D(ジェーン・ドゥ)』と接続し、『エア』に超光速学習を行わせる。プロジェクト・Fなどを含む今までに存在した様々な研究から集められたビッグデータから、人間の感情、体調、分泌物、脳波、とにかく精神状態に影響を与える情報を学ばせる。そして最終的には、『エア』が“デジタル上での月詠幻歌の歌姫”として覚醒し、未来永劫にファーヴニルを封印できるようにするのだ」

「ある意味では地上と本局の合同開発になるわけですが、『エア』が覚醒できるかに関しては賭けですね。まぁ、エナジーが無い私達だけで出来る対処法がそれしか無かったのも事実ですが。そしてプロジェクト・Fの派生であるプロジェクト・コスモスをこれまで始められなかったのは、彼女の帰還が必要不可欠ですものね」

「仕組み自体は単純ではあるがな。月下美人であるなら、彼女の血からエナジー使いを量産できる可能性は他の者より高い。そこに精神誘導でこの世界に愛着を持つようにしたクローンを生み、月詠幻歌を継がせる。こちらはリンカーコアのように月下美人の能力を遺伝させられるかが課題なのだが、そこは研究者達に何とかしてもらうしかあるまい」

「そうですか……。はぁ……いつか神の雷が私達に裁きを与えてきそうですね……」

「彼女が説得に応じて、自らの意思でこちら側に付いてくれれば、このような行為を行う必要は無いのだがな。大体、これらのプロジェクトが成功するか否かも不明である以上、彼女を確保しておくことこそが次元世界の存続において最も確実な方法なのだ。それと間違えるな、オーリス。敵はイモータルだ、神ではない。我々はバベルの塔のような存在ではないと、いずれ思い知らせてくれる。さて……そろそろ我々の話を聞く気になってくれたか?」

拘束台が傾き、大の字に拘束されている私は二人と向かい合う形になった。私の格好はあの時のままだが、民主刀と背中のフーちゃんがいなくなっていた。恐らく彼らによって別室に隔離されているのだろう。

「儂は管理局地上本部所属レジアス・ゲイズ中将、それと彼女はオーリスだ。月詠幻歌の歌姫、手荒な真似をしてすまない。しかし、よくぞ生きて戻ってきてくれた」

「ふざけないで。私は……あなた達のために戻ってきたんじゃない……」

「お前の考えていることは想像がつく。ニダヴェリールを破壊し、搾取してきた我々に協力したくない。元々戻るつもりだったのは知人のいるアウターヘブン社……いや、もしくはそいつらを向こうの世界に招くのか? どちらにせよ我々ミッド、及び管理世界の人間に反感を持っている以上、この世界から早く出て行きたいと考えているのだろう。だが度重なるイモータルの襲撃と、4年前にお前がこの地に封印したファーヴニルが再び目覚めかけているのは、ミッドだけでなく次元世界全体の問題だ」

「だから何……? そんなの、私にはもうどうでもいい……。こんな最悪な所にいたくない……」

「お前がそうやって自己中心的な感情に任せ、この世界から離れてしまうだけで、全ての生命が危険に晒される。シャロン・クレケンスルーナ、お前は自分一人の自由と引き換えに、ミッド市民数千万の命を見捨てようとしているのだ。それだけではない、次元世界に存在する何億、何兆もの命も奪われてしまう。ここまで絶望的な状況に苛まれている我々に手を差し伸べるならいざ知らず、あろうことかお前は蹴り飛ばそうとしている。そのような横暴な真似は断じて認めん、儂はミッドに生きる者達を守るためにあらゆる手を尽くしてきた。長年守ってきたミッドの未来を今になって諦めることなぞ、儂には出来ない。よって、何が何でもお前にはこの地で封印を維持してもらわねばならない。ミッドだけでなく、他の全ての世界のためにも。それがファーヴニルを封印した者の責任なのだ」

「責任って、何なのさ……? 私から故郷も家族も迎えに来たはずの友達さえも奪ったあなた達を、どうして守らなきゃならない? なんで非道な行いばかりする奴らのために、私が苦しまなくちゃならない!?」

「お前の憎しみも承知の上だ。その感情の矛先を向けられることこそが、儂が負うべき責任だ。そうだ、儂の責任において、お前をこの地に縛り付ける。恨むなら存分に儂を恨め、それで世界が守られるならば地獄の業火でも神の雷でも何だろうと持ってこい。儂が全て受けて立ってやろう!」

何なの……何なのこの人? どうしてこんな世界のために、ここまで身を粉にしてるの……!? わからない……わからない……、私はこの世界にいたくないのに、一刻でも早く出て行きたいのに……。世界のために私をこの地に縛り付ける? ファーヴニルを目覚めさせたのは、そもそもそっちがニダヴェリールを荒らしたのが原因なのに!

「もちろん、この世界に留まってくれるならば相応の権力も与えよう。救世の歌姫に何の施しもしない訳にはいかないからな。とはいえ、すぐに納得してもらえるとは思わない。儂も地上の指揮官として多忙でな、今はここまでにしておこう。やっと今回の襲撃も収まったが、街中に残っているアンデッドの対策などで指揮を取らねばならない。また、お前を逃がす訳にはいかない故、拘束を解くことはできない。そのままの姿勢にさせて済まないが、お互いの未来のためにしばらく考えておくと良い」

そう言って部屋から立ち去った二人だが、レジアスは部屋を出た先の監視部屋の中央で渋面を浮かべた。その様子を見かねたのか、監視役の局員が尋ねる。

「中将。歌姫の説得の手ごたえはありましたか……?」

「いや、あの様子ではミッドに滞在してもらうどころか、月詠幻歌さえ歌ってもらえるか怪しいな。仕方あるまい……オーリス、“保険”を正式に実行しよう」

「わかりました……。彼女の遺伝子の採取は既に完了しています。後は実行の命令さえ出していただければプロジェクト・ディーヴァと並行して、プロジェクト・コスモスも正式に開始されます」

「うむ。では地上本部代表にして管理局中将の権限を以って命ずる。直ちにプロジェクト・コスモスを開始しろ。世界の滅亡を、儂らの手で止めて見せるのだ。……それと念のため、アレを用意する。手を貸してもらうぞ」

「はい」






彼らが立ち去ってから1時間ぐらい経った頃、拘束台が横になって天井が見える状態で固定されている私は、これからどうしようかを考えていた。

ミッドを守りたいという……彼らの言い分は、一応理解している。理解してはいるけど……やっぱりダメだった。この世界にはどうしてもいたくない、一刻も早く出て行きたい。次元世界の人間は、やっぱり奪うことしか頭になかった。マキナの命に続いて、今度は私の自由まで奪うつもりだ。

ブチッ!

……いい加減にしろ、管理局。私が欲しいのは権力ではない。私が取り返したかったのは、自由、権利、機会。私の人生は私のものだ。もう奪われてたまるか、二度と思い通りにされるものか!

『まあ、いくら世界のためだからってここまで強引な手を打たれたら、反感を覚えるのも仕方ないですよね。(今、シャロンの心が少し変質したような……一瞬見えたのは、左目が閉じた蛇……?)』

「(イクス、この拘束台……魔法で外せる?)」

『あ~無理ですね。これは目の前の監視部屋でロックを操作するタイプのようです。そもそも次元世界に拘束を解除するための魔法はありませんよ』

「(ふ~ん。法とか縄とか魔法とかで縛るだけ縛って、自分じゃ外すことはできないとか、管理局員と魔導師は全員拘束系のドSプレイがお好みと見た)」

『全魔導師の性癖にかけて、全力で違うと否定させていただきます』

「(ん? 逆にドMなの? バリアジャケットが破れたり、拘束されたり、砲撃されたり、腹パンされたりしても気にしないのは、実は皆そうされることに素で悦んでたってこと? 流石は魔導師、全員常に性欲を持て余してるんだね)」

『待って待って待って、とんでもない言いがかりですよそれ!?』

「(じゃあイクスは性欲無いの? エッチなことに興味ないの?)」

『えぇ!? い、いやまぁ……別に無いわけじゃ……。わわわ、私だってその……きょ、興味はありますよ? ただ……そ、そう! 節度! 節度を大事にしてるだけです!』

「(そうやって節度を守った結果、知人より数百年も処女を失い損ねたと)」

『人を行き遅れみたいに言うのはやめてもらいましょうか! 単にタイプの殿方と出会う機会が無かっただけです!』

「(タイプ? じゃあイクスはどんな男が良いわけ?)」

『そ、そうですねぇ……実際に言葉にすると恥ずかしいですが、私は……………………、お、おや?』

「(?)」

『ど、どうしましょう!? 私、好みの殿方のタイプが全くわからないです!? 今まで仕事や役目のことばっかり考えて、そっちのことは全然考えなかったせいでしょうか!?』

「(いや知らんがな。慌てなくても、今から考えとけば良いんじゃない?)」

『そうしときます……でも私ロリ体型ですから、私を好きになってくれる殿方って主にロリコンになるんじゃ……』

「(そもそもロリの境目ってどこ? 年齢が少ない? 身長が低い? 身体が幼い? 大人ではなく子供でしか成りえない存在、いや称号? コールドスリープとかで長年寝てた子供は、ロリに入るの? 腕時計型麻酔銃を使う某名探偵の相方みたく、外的要因で幼くなった子供は、ロリに入るの? 果たしてロリとは……ロリとはなんぞや……)」

『あの……思考の袋小路に入ってません? なんでシャロンがロリについて考えてるんですか。むしろ当人の私が考えるべきことなんじゃ……』

「(でもイクスって数世紀も引きこもってたからロリとか関係なく、ちょっと甘い言葉ささやけばホイホイついていきそうな危うさが……)」

『私は飴につられる子供ですか! そこまでチョロくはないですよ! っていうか本題置いてそんなこと考えてる場合じゃないでしょう!』

「(……だね)」

『ふぅ……管理局のやり方はあまりに強引過ぎますが、一応理由はわかります。誰だって自分の住む世界が滅ぶところなんか見たくないでしょう。しかしそれでシャロンに無理強いさせるのならば、私は否定します。月下美人が闇に堕ちるとどうなるか、私はよく知っていますから』

「(イクス……)」

『だからシャロンが選んでください。誰かを救うのも見捨てるのも。他人から何か言われたところで、あなたが本心からやろうとしなければ何の意味も無いんです。だってシャロンの力は、シャロンの心の状態に大きく影響を受けますから。だからシャロンの自由にさせることこそが、最善の方法だと思っています。盟友である私は、あなたの心を守るために力を使います』

「(……ありがとう。それじゃ、やろうか!)」

『ブーストワン! クイック!』

イクスの補助魔法を受けた私は意識を集中し、体内のエナジーを業火の如く滾らせた。今にも爆発しそうなまでに高まってきたそのエナジーを、私は背中の部分に抑え込むようにコントロールし、ボルテージを上げていく。さながらロケットエンジンのような爆発力が私の中に溜まっていき、部屋の温度が上昇してきたことで流石に監視部屋の局員も私の様子の変化に気付き、慌てて鎮静剤の注射を持って部屋に入ってきたが……、

「もう遅い!」

ズドォォォォオオオオオオオオンッッッ!!!!

私の雄叫びの直後、部屋中が大爆発に覆われた。突然の爆発を聞きつけて偶然巡回で近くにいた他の局員が急ぎやって来ると、そこは監視部屋と拘束部屋の間にあった壁が無くなってある意味スッキリした空間になっており、そして木っ端微塵になった拘束台と、服が焼け焦げてボロボロになった局員が倒れていた。

「お、おい大丈夫か!?」

「う、ぐ……い、一体何が起きたんだ……?」

「いきなりここで爆発が起きて、俺が駆け付けたんだが……」

「爆発……んなっ!? か、彼女がいない!」

「彼女?」

慌てて辺りを見回す彼らだが、当然シャロンの姿はそこには無かった。なぜなら彼女は部屋の天井に開けた穴から外に出て、とっくに脱走していたからだ。

『さっきの爆発、高町なのはが襲ってきた時に発動したアレですか?』

「あとシオンに教えてもらった月光魔法の感覚から、炎属性をプラスさせた。全てのエナジーを使わないようにある程度セーブしてはいたけど、その上であれだけ高威力だったとはね。全部込めたら果たしてどれだけの破壊力になることやら」

『下手したら地形も変わりそうですね。どこぞの爆裂娘を彷彿とさせます』

同感、ちなみに私は書籍版じゃなくてweb版の方に近いと思う。……それより、脱走してからどこに向かうかだが、まずはフーちゃんの居場所を探す必要がある。“敵”が集まってくる前に、あの子を回収して直ちに地上本部から離脱しなければ……。

『フーカの居場所に当てはあるんですか?』

「多分、児童保護区域。そこの案内板によると、この犯罪者用隔離施設からそこそこ離れた場所らしい」

『やれやれ、犯罪者と児童を同じ敷地に入れておくなんて、よっぽど余裕があったんでしょうね』

「弁護するわけじゃないけど間に鉄柵とかあるから、一応簡単に行き来は出来ない造りにはなってる。民主刀があれば一太刀で切り裂けるけど、今は無いから自力で超えるしかない」

これからの道筋を考えてため息をつくと、警報が鳴り響いた。これは悠長にはしていられないか!

「いたぞー!」

「逃がすな、絶対に捕らえるんだ!!」

もう来たか。しかし自由を取り戻すためにも、決して捕まる訳にはいかない。真面目に勤務してる彼らには悪いが、目一杯抵抗させてもらう!

「な! こっちに向かってくるとは、良い度胸―――」

「手のひらサイズで、ネレイダス・サイクロン!」

「ゴバァ!? は、鼻に水が!?」

「ゲホッゲホッ! な、なんてえげつない手を使うんだ……!」

幸か不幸か、彼らは今魔法が使えない。そのためロープや手錠などといった、地球の日本の警察官と装備は基本的に同じになっていた。だから相手は近づかなければならないのだが、それならそれで近づかれた時の対抗策を用意すればいい。今回みたく鼻の穴や、口の中の気道に直接水をぶち込んでやれば、たまらず相手はせき込む。その隙に逃げてしまえばいいのさ。

『シャロン……内心かなりキレてます?』

「うん」

『即答ですか。普段大人しい子ほど怒らせたら危険だって、改めて理解しましたよ』

イクスが少し怯えてる気がするが、今はどうでもいい。廊下を突っ切って建物の外に出た後、一直線に本棟の方へ向かう。当然そこには鉄柵があり、私の進路を阻んでいた。周りを取り囲んだ局員達は追い詰めたと言わんばかりに、「手荒なことはしたくない、大人しくするんだ!」と恐喝してくるが……。

「断る。管理世界の人間は信用ならない!」

そう断言した私はチャージしていたエナジーを使って大規模なネレイダス・サイクロンを発動、周りの敵を水の竜巻で流すのと同時に鉄柵をわしづかみで登っていく。周りから見ればすっごい速さのロッククライミングをしてるような感じで私は鉄柵を軽々と超え、向こう側へ着地できた。後ろでは鉄柵を超えられなくて回り道をするしかない局員達が右往左往してるが、それを尻目に私は全速力で児童保護区域へ向かう。

「あー! あー!!!!」

「もう……危ないから離してほしいのに、どうして離してくれないの……?」

「やー! だー!!」

「ねぇ、ギン姉。この子、手放したくないんじゃないかな? 大事な人のモノだから、大事な人との繋がりを守りたいから……ね?」

「赤ちゃんだからこそ、そういうことに敏感なんじゃないかってことね、スバル。でもやっぱり刀は流石に……」

「フーちゃん!」

児童保護区域にたどり着いた私が見たのは、避難してきた大勢の子供達と、その中で民主刀にしがみ付いて駄々をこねているフーちゃんがいた。傍ではフーちゃんからどうにか刀を取り上げようとする女性―――ギンガと、それを見守るスバルがいたが、私の呼びかけで彼女達は私に気付いた。

「あ、歌のおねーちゃん!」

「歌のって……ああ!? あなたは4年前の!」

「あうー」

「スバルの隣にいるのは、ギンガ?」

「あ、はい。お久しぶりです」

「久しぶり。今日、あんなことがあったから二人とも無事で良かったよ」

「うん、私達は襲撃が始まったら急いで学校から避難してきたんだ」

「管理局とアウターヘブン社の人達のおかげで安全に避難できたので、私達に怪我はありません。それよりどうしたんです? 襲撃も収まったというのに、随分と慌ただしい様子ですが……」

「ごめん、詳しい話をしてる暇はないんだ。……フーちゃん、私の刀を奪われないように守ってくれてたんだね。ありがとう」

「だー!」

流石に共和刀の鞘は無かったが、あっちは収まる刀を奪われてるから無くても問題ない。安心したフーちゃんがしがみ付いてた民主刀から離れてくれたので、私はそれを帯刀する。近くにあったベビーキャリーも身に着けてフーちゃんを背負うと、フーちゃんはきゃっきゃと笑顔で喜んでいた。

「さて、と。フーちゃんも刀も取り戻せたことだし、もうここに用はないね」

「おねーちゃん? なんだか辛そうな顔だけど、嫌な事があったの?」

「何かあったのでしたら、私達が相談に乗りますよ。お互いに知らない仲って訳でもないですし、力になれることでしたら協力しますよ?」

「……。……二人はさ、大事な人や自由を奪おうとしてくる相手を、わざわざ守ろうと思う? 捕まえて閉じ込めようとしてくる相手のために、力を尽くそうと思う?」

「え……? 大事な人を奪おうとしてくる相手って……」

「閉じ込めようと……? 誰かに狙われているんですか?」

「そんな感じ。じゃ二人とも、急いでるからごめん」

「あ、うん」

「え~っと、お気を付けて……?」

困惑気に見送ってくれたスバルとギンガに別れを告げ、私は一直線に外へ向かう……ことは出来なかった。地上本部の入り口付近……エントランスホールへ向かう通路は先程私を追ってきた局員達が徘徊しており、見つからずに通れる状況ではなかった。

いや、一応頑張れば行けるかもしれないけど、わざわざ敵の前に姿を晒すつもりはない。今の所追っ手を撒けてるのなら、別のルートから穏便に脱出した方が良いだろう。

「彼女はこっちにいないか!?」

「いや、見てない。そっちは?」

「これからエントランスの方を探す! ここから逃げるつもりなら、確実にあの辺りで隙を伺ってるはずだ!」

「了解、こっちも彼女の姿を見つけたらすぐに連絡する」

「ああ、頼む!」

彼らの会話が聞こえたが、あれではエントランスから外に出るルートは使えないな。しかし他に外へ出るルートは……、

「あー!」

「フーちゃん? 非常階段を指さしてどうし……あぁ」

なるほどね、下がダメなら上からってこと。ある程度の高さから建物の屋根伝いに走っていけば、外に出ることは可能なはずだ。もちろん失敗すれば大ケガ間違いなしだが、だからってもう退くつもりはない。以前の私ならもっと安全策を考えただろうが、こうなった以上そうも言ってられないからね。

意を決した私は、某魔晄都市のビルみたいに長い階段を駆け上ることにした。天辺が見えないほどに長い非常階段を走って、10階……20階……30階……40階……、

「ふぅ……長いなぁ……」

『エレベーターを使えばあっという間でも、階段だとここまで大変なんですね』

「他の建物の屋上に渡るなら、この辺りの高さでも十分かな?」

『例の爆破ダッシュを使えば、辛うじて届くとは思いますけど……』

「フーちゃんの重さの分も考えると、もう少し安全マージンを取った方が良いってことか。でもこれ以上行くとなると、最上階か屋上しかないか」

この非常階段は最上階には繋がっていないようで、50階で終点となっていた。尤も最上階はすぐそこ、一階だけ上がれば到達する。ここからは短期決戦だ、一気に最上階へあがり、脱出する。……50階の扉の前で一息ついて、消耗した体力はそこそこ回復した。さて、行こう。

50階は結構綺麗な場所で、なんか大企業の社長とかが居座ってそうな雰囲気だった。そんな清潔感溢れる通路を、問答無用で走る私の姿はまさに無法者同然だろう。だが、ここに来る局員はそれこそ、最高権限を保有する階級の者か、その補佐ぐらいだ。見つかっても大した妨害は出来ないはずだ。

やがて地上本部統括室、なんて御大層な表記のついた扉を見つけたが、私はその先にあった屋上へ続く階段を発見、そこへ向かおうとした。だが直後、統括室の扉が開いて中から見たことのある女性……オーリス・ゲイズが現れた時は、私も驚くぐらいの速さで刀を抜き、警戒態勢に移れた。

「あ、あなたは……まさかこんな所まで……!」

「問答する気はない、そこを通して」

「……あなたは次元世界の未来より、自らの自由を選ぶんですか。この世界を一度は救ってくれたあなたが……!」

「あの時は大事な人がいたから歌えた。でも今は違う……アクーナに続いてマキナまで殺した次元世界に、存在価値はもう見出せない!」

「そうですか……ま、戦闘能力の無い私ではあなたを止めることは出来ません。そこまで逃げたいなら、思うままに逃げればいいですよ。ただ、私の父レジアスは今まで見たことが無いほどの本気を見せています。本来は管理局員の私が言うことではありませんが、どうかお気を付けて」

「言われずとも……逃げ延びてやる」

やけにすんなりと道を譲ったオーリスの隣を横切り、私は屋上へ続く階段へ足を踏み入れた。そんな私の後ろ姿を眺めながら、オーリスは何とも形容しがたい気分を抱いていた。

「(今の父は文字通り、どんな手段でも使います。卑怯な手だろうとお構いなしに……。彼女もそうですが、彼女が背負っていた赤子にも何も無ければ良いのですが……)」






階段を上り切った私は、ヘリポートでもあった屋上の広場へ到着した。未だに暗黒物質の雨が降る中、高所特有の突風に少し煽られたが、それはそれとして何とかここまで逃げ切れた。後はここから屋根伝いに……ッ!?

「来てしまったか……大人しく従ってくれていれば良かったものを……」

ヘリポートの真ん中に、重装備の鎧武者がいた。6枚の盾を背中のアームで操り、両手にハサミのような変わった形状の剣を持っているあれは……レジアス?

「開発力はどの分野でもアウターヘブン社が勝っているが、我々地上本部や管理世界の企業が何も開発していない訳ではない。捕縛ネット然り、この新型パワードスーツ然り……」

「パワードスーツ……!?」

まさか地上本部の最高責任者が自ら戦闘に出てくるなんて……。これはちょっと想定外だ。

「今の内に通告してやる。ここに留まれ、貴様の歌でミッドを守れ。さもなくば……」

「さもなくば?」

パワードスーツの外骨格から重々しい音を立てながら剣を構えたレジアスは、先程まで抑えていた殺気を一気に放った。

「貴様の四肢を切断してでも、ここに留まってもらうことになる。エナジーと身体能力だけでここまで脱走してきた以上、少なくとも足は奪う必要があると見た。五体満足でなくとも、月詠幻歌さえ歌えるのならば問題ない。二度と逃げようなんて思えない体になれば、貴様も観念するだろう」

「そこまで……自分達が生き残るためなら、そこまでやるのか、管理局!」

これがさっきオーリスが言っていた、レジアスの本気か。確かに彼の覚悟の強さは凄まじい、でも……今の発言を聞いたからこそ捕まる訳にはいかない。というか四肢切断って、全身のほとんどを供物にされた勇者並みにドン引きだよ。世界を守るために懐柔策を使うならわかるけど、脅迫はどうかと思う。……時間が無くて焦ってるから、脳筋理論に走ったのかもしれないが……。

「儂の言う事は、大人しく聞き入れてくれないようだな。残念だ、月詠幻歌の歌姫」

「元より聞く耳持たず。あなた達の生贄になるのは、まっぴらごめんだ」

私の意思を聞いてレジアスはため息をついた直後、一気に近づいてきて人斬り鋏(ブラッドラスト)を振り下ろす。武器が重いのか、彼の動きが大振りだったため、私はレジアスの左側の下をスライディングで回避、位置的に背後へ回り込む。そのまま彼の手段を一つでも潰すべく、背中についてるアームを切り落とそうとしたら、他のアームが動いて盾が刀の軌道上に入り込んだ。その盾を見てなぜか強い恐怖に襲われた私は、咄嗟に刀を引いてバックステップしたが、ちょっと間に合わなくて盾に刀が触れた瞬間、

―――ボンッ!

「うわっ!?」

盾が爆発し、私の身体が吹き飛ばされた。爆発前にバックステップしてたおかげでダメージは最小限で転倒もしなかったが、心臓は驚いてバクバクしてる。身体が一応問題なく動けることを確認しながら、私はあの盾の正体を推察した。

「まさか携帯可能にまで小型化した爆発反応装甲(ERA)なんてものまで持ち出してくるなんて……」

「儂の保身は完璧だ。貴様のような戦いの素人では、このパワードスーツを超えることは出来ん」

ゆっくりとこっちに向き直るレジアスの動きに警戒しながら、私はあのパワードスーツの攻略法を考え……ふと気づく。

別に彼を倒す必要は無い、と。

ならば話は簡単だ、何とか攻撃をやり過ごして一気にこの場から離脱する。屋上に何か役に立つ物が無いか周りを見てみると、“管理局地上本部”と一文字ずつ書かれた看板と、それを照らすライト、資材吊り上げ用の巨大クレーンに、放送用パラボラアンテナがあった。

「よそ見してる余裕があるのか?」

「ッ!」

肥満体を酷使して彼はフルパワーを注いだ剣で薙ぎ払ってくる。連続で叩きつけてくる攻撃を私は刀で必死に避けるか防ぐして、どうやってこの状況を抜け出すかの策を考えていた。

「ぐっ……! 一撃一撃が重い……!」

「サイボーグに匹敵するパワーで叩きつけているのに、生身で耐え続けている貴様も十分おかしいのだがな」

「いい年したオジサンが女性を本気で斬ろうとするとか、正気を疑うよ!」

「ふん、儂は正気のまま狂っているのだろうよ。例えミッドのためならば、他の何を犠牲にしても構わないと思うほどにな。そしてそれは、自らの自由のためにこの世界から去ろうとしている貴様も同じだ」

「元々滅ぶような事態を招いたのはあなた達、管理世界の住人だ! そうやって都合の良いように私に責任を押し付けないで!」

「しかし世界の存続より優先すべきことが他にあるか? 本局の言い分になるが魔導文明の発達は、次元世界をロストロギアや犯罪者どもの脅威から守るために必要だった。ニダヴェリールへの搾取は、平和のために必要不可欠だったのだ」

「平和のためなら弱者はどんな理不尽も全て受け入れろってこと!? そこまでして守らなきゃ平和ってのは維持できないの!?」

「残念だがそうだ、今の管理世界を見てみろ。エネルギーが困窮した途端、これまで当たり前だった生活や経済が一気に破綻した。もはや自力では持ち直せないほどに、我々は文明への消費に慣れてしまった。人間は一度生活水準を上げてしまうと、下げることが困難になる。楽になった生活を手放せなくなるのだ。そしてどうしても手放さなくてはならない事態が迫ると、それを防ぎ、維持するために周りから様々なものを奪っていく。我々の平和は、この上に成り立っている。文化、文明の維持こそが、平和を守るために最も必要なことなのだ」

「ふざけないで。あなた達のそれは強者の……簒奪者の平和を守ってるだけだ! 奪われる側の……虐げられる側のことなんて微塵も考えてない! 私にここに留まれというのも本当はファーヴニルを含めた全てをコントロールするために、私を象徴(イコン)に仕立て上げるためだ! いつまで経っても奪うことしか考えられないならこんな世界、いっそ滅んでしまえば良い!!」

「貴様……! 月下美人のくせに、そのような戯言をほざくか!!」

互いの怒りと共に幾重も重なる剣戟。雨の中、鈍い金属音が響き渡り、その度に武器から火花が飛び散る。だが元々戦いに向けている技量も熱量も互いに異なる以上、それは永遠に続くものではない。
一瞬気迫を出したレジアスによって鍔迫り合いに持ち込まれたが、私の力ではパワードスーツの強化外骨格に力負けしているため、じりじりと刃が迫ってきていた。その刃が私の右肩に触れようかという時、私の目があるものを捉えた。

「あ……あ……!」

「フー……ちゃん……!」

こんなに怯えて……! もしこのまま私の右肩を切り裂かれたら、その後ろにいるフーちゃんも巻き添えになってしまう。赤子の傷は免疫などを考えると小さいものでもマズいのに、ましてや欠損レベルの大ケガを負ってしまったら……!

「ダメだ……この子だけは……傷つけさせない!」

「む!? き、貴様……!」

ここで負けたら自由の他に何を失うのか気付いた私は、エナジーを流動させて背中だけでなく両腕からも炎をブーストさせ、全力でレジアスの剣を押し返していく。

「アァァァァ!! 爆ぜろォォォ!!」

私のエナジーによる爆発で吹き飛ばされたレジアスは、咄嗟に近くのクレーンの土台に剣を突き立てて落下を阻止した。一方で私はこの隙に“管理局地上本部”の看板の所まで駆けていき、“局”と書かれた文字の上半分を切り落とす。これから行うことに必要なサイズは、これで十分だったからだ。

「待て……! ここから逃げた所で、貴様は我々管理世界の全てから追われることになる。ただミッドに留まって、ファーヴニルの封印を維持する月詠幻歌さえ歌ってくれれば全てが丸く収まるのに、なぜ聞き入れてくれない!?」

「そっちの都合を一方的に押し付けてくる……この世界が嫌いだからだ。あなた達に聞こえる場所では歌う気すら無くなるほどにね!」

「ミッドが嫌いだと言うのならば、その赤子はどうなのだ? 儂らと同じミッドの人間なのに、なぜその赤子にだけ情を向けている? 特別扱いは不公平だと思わないのか……!」

「不公平? あのね、世の中一度でも全てが平等になったことがあるの? そんなことはあり得ない、ヒトは必ず誰かを、何かを特別扱いする。家族を殺された時と、全く知らない赤の他人が殺された時、ヒトは同じ哀しみを抱かない。テレビの中で行われる遠い地域の戦争をどうでもいいと思ってるヒトでも、家族を殺された時は強く、激しく、辛い感情が爆発する。私は特別に思ったヒトしか守ろうとはしない。それは普通のヒトならば当然のことであり、その性質は今も昔も変わってない!」

「昔もだと? 4年前のファーヴニル事変で月詠幻歌を歌ったのは、この世界を救うためではなかったのか!?」

「あの時はサバタさんやマキナが生きていた、心から大切に思える人達がいた。未来のために戦ってる彼らに想いを届けようと思ったから、心を込めて歌えた。本気の心を込めていたから、月詠幻歌もそれに応えてくれた。でももう、彼らはいない……この世界には想いを届けたいヒトがいない。だから今の私が月詠幻歌を歌ったところで、封印の効果は発揮しないよ」

「なんだと!?」

「歌はただ歌うだけじゃダメ、歌い手の想いを受け取ってくれるオーディエンスがいるから、心から想いを伝えたい相手がいるから、効果があるんだ。あなた達は私の歌の力を、表面の効果だけ見てて本質を全然理解していない。そもそも私はあなた達の望む偶像(アイドル)じゃない、万人に愛を向けられる性格じゃない。世界のため、平和のため、皆のため、そんな理由では歌えない。第一、あなた達の思い通りになんかなりたくないっての!」

「だから貴様はミッドを見捨てるのか! 貴様のエゴで世界を敵に回すつもりか!?」

「いけないか!? 世界を敵に回して! 大体、あなた達は私やニダヴェリールから何もかもを奪ってきた。今それらを返してほしいと言っても返してくれないとわかってるからこそ、これ以上奪われる前に私は何としてでも自由になる! 私の居場所を、あなた達なんかに決めさせはしない!!」

そう叫んだ私は切り取った看板を手に、屋上の縁に立った。私が飛び降り自殺をすると思ったのか、血相を変えてレジアスは引き留めにかかった。

「やめろ!! 早まるな! こっちに来るんだ!!」

「誰が行くものか。ラタトスクのようにヒトを人形としか見てない奴らのいる所なんか、まっぴらごめんだ!」

否定の言葉をレジアスに盛大に投げた私はその直後、ヘリポートからエナジーを爆破させるのと同時に飛び降りた。慌てて縁に駆け寄ったレジアスが見たのは、飛距離を稼いだ私が落下中に看板に足を着けて、地上本部内の他の建物の屋根に着地し、そのまま上をボードのように滑っていく姿だった。

「こ、これだけ聞かせろ! マキナ・ソレノイドを殺した高町なのはの首を差し出せば、月詠幻歌を一回歌う分の対価になるか!?」

「さあね! その時考えるよ!」

驚きながらも情報を求めたレジアスの姿が一気に遠くなっていく中、私はガーッ! と少し耳障りな金属音を発する看板ボードのバランスをコントロールし、中々凄いスピードで外へ脱出しようとしていた。

「たいやっ♪」

『まさかこんなアクロバティックな方法で脱出しようとは、シャロンもいざとなれば大胆になるんですね!』

「よっ、ほっ! でもこれ看板だし、まともなボードじゃないからかなり操縦が大変だよ」

『そう言いながらも乗りこなしてる時点で十分凄いんですが……。っと、屋根が途切れます。次のジャンプ……今!』

「イヤッッホォォォオオォオウ!」

エド・フェニックスしながらジャンプして、私達は次々と屋根を渡っていく。自分でも意外とノってるようだけど、とにかくこのままいけば外に出られると思った矢先に、地上本部の放送が聞こえてきた。

『レジアス・ゲイズ中将より全局員へ通達。歌姫が敷地内を南に向かって逃走中。進路を封鎖し、歌姫を捕獲せよ!』

『シャロン! これは……!』

「あのオジサン、中将なだけあって対応が早いね。でも今は局員もこっちに意識を割く余裕は無いよ。だって……」

屋根の下を見ると、街中から迫りくる凄まじい数のアンデッドをバリケード越しに押し返そうとする大勢の局員の姿が見受けられた。雨具を着てこの暗黒物質の雨を凌いでこそいるが、そもそもあの状況ではいずれ物量差でバリケードは崩壊する。クラナガン中のアンデッドが一斉に集まってる以上、時間稼ぎにしかならないが、一人欠けるだけで致命的になる。今の彼らは、私にかかずらってる場合ではないのだ。

「……。ネレイダス・サイクロン!」

そのまま放置しておけば、局員はこっちを対処できない。この世界の人達が全員アンデッドになろうと知ったことではない。だけど……それなのに私は手を貸した。彼らを押し込もうとしていたアンデッドの大群およそ120体を、屋根の上から水の竜巻で吹き飛ばして倒した。さっきまで劣勢だった局員達がこっちを見てポカンとしてる間に、私はアンデッドの大群がいた向こう側の道路に着地して一気に滑り降りていく。……アレだ、せっかく敵がまとまってたんだからMAP兵器を使ってもいいじゃん、とでも思っておこう。

『見捨てると言いながら、甘さは捨てきれていない……。あんなことがあれば冷酷にもなれそうなのに、そうなってないということは……』

「ひゃー!」

『やはり……フーカがいるからでしょうね。この子の母親から死に際に託されただけの子供ですが、シャロンの心を守るのにこの子の存在は必要不可欠なのかもしれません』

なんかイクスがブツブツ言ってるけど、私は私でネレイダス・サイクロンの感覚というか、水の操り方に多少コツを掴んできていた。これなら攻撃以外の応用ができるかもしれない。まあそれは後で色々試すとして、道路のコンクリートと看板の鉄がこすれて火花が飛び散る中、私は地上本部から脱出できたことに内心ガッツポーズした。
ガーッと滑りながら周囲の様子を見た所、どうやらニーズホッグや敵の端末兵器は撤退したらしい。となるとさっきのアンデッドはこの暗黒物質の雨で蘇った死者だろう。それらが片付いた以上、戦闘は終わったと見ていいはずだ。ならケイオスの戦闘も同様にひと段落してるはず。北部はもうシールドが解除されているけど、そもそも今あそこに行っても私を捕まえた局員とまた遭遇しかねない。だからどこか見つからない場所に身を潜めるのが一番だろう、出来ればケイオスと合流してからにしたいが……今は自分の身の安全が優先だ。

『それにしてもケイオスは今どの辺りにいるのでしょう? 他より激しい戦闘痕を辿れば良いのかもしれませんが、あまり悠長に探してる余裕はありませんし……』

「少なくともケイオスが負けるなんて想像できないから、きっと向こうもシオンと連絡して探してくれて……あ」

『そういえば……シオンもあの場にいましたね。ということはシャロンが管理局に拉致されたことも……』

「う~ん……怒ったケイオスが地上本部にカチコミ仕掛けるかもしれないけど、まあ自業自得だし、そこまで面倒見切れないよ」

『止める気ゼロですか』

「止める余裕も無いからね。私の自由と四肢かかってるし」

『あ~R型戦闘機のパイロットみたいにされますからね。あのまま地上本部にいたら』

「でしょ? だから今はとにかく逃げる!」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


第一管理世界ミッドチルダ北部。アウターヘブン社製シェルター付近。

「シオン、俺はシャロンを任せると言ったよ。なのになんで易々と拉致されてるの」

「面目ない……まさか管理局、それも清廉潔白で質実剛健を是とする、あの騎士ゼストがまさかこのタイミングであんなことをしてくるとは思わなかったんだ」

「で?」

「彼は次元世界を守るにはこうするしかないと、仕方がないのだと言ってた。そりゃ私達だって彼らの焦る気持ちは理解してるけど、アレは悪手にも程がある。シャロンは次元世界に対して強い苦手意識、敵意に近いものを持っている。この世界を救うためには、どうにかしてその感情を徐々に緩和していくべきだったのに、これではむしろマイナスに振り切ってしまう。急いで彼女の心を支えてやらないと、何もかもが破綻しかねない」

「破綻か。ツァラトゥストラの永劫回帰が始まったらこの世のモノは全て消滅するんだし、未来を望むなら彼女の邪魔をする奴は全部倒した方が良い気がする。俗に言う“必要な犠牲”って奴」

「はぁ……ケイオス、君は自分が大事に思う者と、それ以外の者への扱いに差があり過ぎるのが難点だ。ちょっとだけでいいから、その視野を広げてはくれないのかい?」

「やだ、めんどい」

「はぁ~、まだ君はその辺りが厳しいか。いや、広げるのは彼女の役目だったか。ところでさっき管理局の通信を傍受したところ、どうやらシャロンは自力で地上本部から脱出したらしい。私の予測では、今頃市街地の南の方へ逃げてるはずだ」

「ん、そう。なら俺も行く」

「待った。彼女の所に行くなら、その前に渡しておきたい物がある。……これだ」

シオンが取り出したのは、鞘にトリガー機構が付いた赤い長刀だった。ケイオスはその刀が何なのかすぐに思い出し、複雑な表情を浮かべた。

「『ウーニウェルシタース』。地球で見た刀(ムラサマブレード)を再現できないかと考えたユーリ技術部長が、自らの魄翼を使って鍛冶屋みたく鍛え上げた高周波ブレードでもあるアームドデバイスで、刀身の材料には玉鋼の他に太陽の戦士ジャンゴのブレードオブソル、烈火の騎士シグナムのレヴァンティンが使われている……」

「そしてトリガー機構はレヴァンティンのものを改造し、カートリッジを込めれば魔力が、薬莢を込めれば刀が発射される。ユーリ技術部長の魔力やエナジーを込めまくったせいか、エナジー浸透率や切れ味は他の追随を許さない、今の次元世界で最強の刀と言っていいほどの業物だよ」

「だけどこれ、トリガー機構が桁違いの出力になったせいでレヴィ隊長に匹敵するかそれ以上の身体能力が無いと使う事すらできない業物じゃなかった? ユーリ技術部長が『やり過ぎちゃいました』と公言するぐらいヤバい暴れ刀を、シャロンに渡すの?」

「オリジナルとなった刀を所有してるサムライは、弾丸同然に発射した刀を掴んで居合抜きができるらしいけど、常人には到底出来るはずがないからね。だからそんな機構は使わずに刀として振るうだけなら、シャロンが持ってても問題ないはずだ。大体彼女は元々二刀流だったから、本来の戦闘スタイルができるようにしておきたいのと、私達との連絡手段として携帯させておきたいのさ」

「あっそ。見た目はごつい刀だと思っとけばいい話か。わかった、持って行くよ」

「オッケー、任せるね。あ、それはそうと、行く前にもう一つだけ聞かせて」

「何? 俺、早く行きたいんだけど」

「いや、だからね。行くならせめて例の襲撃者二名がどうなったかを教えてほしいんだけど」

「逃げた。公爵はあの少年に引き際をきちんと教えていたらしい」

「なるほど、戦場での生き残り方を叩きこまれてるのか。ますますあの推測に信憑性が出て来たね」

「公爵は古代ベルカ戦乱期の人間だったんじゃないかって話? 確かにあの少年の動きには、あの時代を戦い抜いた戦士に通ずるものがあった。それにあの少年、ゴエティアのドライバーになっていた。後はわかる?」

「ああ……君達ギア・バーラーには必ず一人、ドライバーが必要って話だね。究極のゴーレムとまで呼ばれた存在といえど、弱点が無い訳ではない。精神の支柱たる存在、己が在り方を導くドライバーがいなければ、ギア・バーラーは“悪魔”と成り果てる」

「……」

「かつて君はマキナ・ソレノイドをドライバーにしていたが、彼女の死で君は“悪魔”になりかけた。だが彼女が守ってほしいと伝えていた存在、シャロンのことを思い出したおかげで今は辛うじて安定している状態だ。おくびにも出さないが、本当は一瞬でも気を緩めるだけで堕ちるぐらいの瀬戸際なんだろう? 故に君はシャロンをドライバーにして精神を安定させようとしているが、そんなギリギリの状態でありながら、シャロンの意思を尊重して動いている。正直に言って、尊敬に値するよ。だけど彼女がドライバーになるのが遅ければ、君は“レメゲトン”として―――」

ブォンッ!

「その名で呼ぶな」

無機質な目で途轍もない殺気を放ちながらレンチメイスをシオンに向けるケイオス。傍から見ていた市民達も、ケイオスのあまりの雰囲気の変わりように驚いてざわついていた。

「……はぁ」

そんな彼らをよそに、微動だにしなかったシオンはため息をつき、メイスの先端をゆっくりと払う。

「ごめん。私としたことが、迂闊な発言だった。色々あったせいで私も疲れててね、頭の回転が少し鈍くなってるんだ。今のは水に流してくれるかい?」

「……いい、俺もカッとなった」

メイスを下ろしたケイオスだが、シオンは彼が不器用なりに最善を尽くしているのだと知っているから、謝られても申し訳ない気持ちがくすぶっていた。

「さて……空気が重いのも承知の上で話を戻すけど、シャロンの件は一応手を打ってる。密かにナンバーズが4人ほどこっちに来てたそうだから、彼女の救援を頼んでおいたんだ」

「ふ~ん、4人か」

「ただ問題が一つある。騎士ゼストが率いる部隊が、地上本部に帰還する前に彼女の捜索に移ってる可能性が高い。君の前でこう言うのはアレだけど、彼女の捕縛は管理局正規の任務、犯罪者やテロリストのように拘束するわけにはいかなかった」

「……はぁ」

「あの部隊は管理局の中でもかなりやり手だ、もし戦闘になった場合、ナンバーズだけで勝てるかは正直わからない。だからケイオス、頼むね」

「ん。頼まれた」

その一言を合図に、まるでカタパルトから発射されるかの如く飛び出していくケイオス。彼の出撃を見送ったシオンは、空を見上げてギジタイを眺め、呟く。

「やられっぱなしというのも癪なんでね。少しばかり、嫌がらせさせてもらおうよ」

シェルターの管制室に移動したシオンはそこのモニターやコンソールを全て展開し、深呼吸で頭をスッキリさせると、普通の魔導師の何十倍もの並列思考(マルチタスク)を発動、とてつもないタイピング速度でギジタイへのハッキングを始める。

「ギジタイの天候操作は、あらかじめ設定されていたプログラムによるもの。ハッキングでコントロールを乗っ取ってしまえば、こっちでも天候を操作できるようになる。さて、まずはこの暗黒物質の雨を止めますか!」
 
 

 
後書き
エピソード3:どのキャラも肉体以上に精神ダメージが多いエピソードです。
はやて:ジョニー……。
犯罪者用捕縛ネット:実はサルゲッチュが元ネタ。
プロジェクト・ディーヴァ:AIの歌姫エアにファーヴニルを封印する能力を備えさせようとする計画。一言でいうなら、バーチャル・アイドル、育てます。
AR・IT・TOP:らりるれろ!
ジェーン・ドゥ:ジョン・ドゥの女性版。
プロジェクト・コスモス:ゼノサーガ KOS-MOSから名前だけ引用。
爆炎ダッシュ:MGS2 ソリダスの攻撃が元ネタ。
ブラッドラスト:MGR サンダウナーの武器。レジアスのパワードスーツはサンダウナーと同じ装備ですが、装着者がサイボーグではないので彼と比べたら鈍重です。
看板ボード:シャロンは自分が弱いと思っているので、使えるものは何でも使います。
ウーニウェルシタース:ゼノサーガ オメガ・ウーニウェルシタースより。ユーリがサムの刀をコピーし、改造した武器です。
シオン:今やってることはボクタイDSのシェリダン教授と同じです。


マ「こんばんは~! 黒歴史行きな失敗やらかしちゃった君に昇竜拳! 休息のセーブポイントコーナー・マッキージムでーす!」
フ「わしなりに色々考察中のフーカじゃ」
マ「今回、シャロンが次元世界を救ってほしいという願いを否定しているけど、本人がその気になれないなら仕方ない話なんだよね。大体さ、美少女や仲の良い知り合いから頼まれたのならまだしも、メタボなオッサンに頼まれてもやる気出る?」
フ「正直に言って、出ないのう。もしリンネから何かお願いされたら、わしなりに力になろうとは思うちょるがな」
マ「要するにシャロンにミッドを救ってもらうには、まず先に彼女の次元世界に対する恐怖心を克服させて、好感度を上げていかなければならなかったんだ。シオンはそのために市民と接する機会とかを増やそうとしてたんだけど、管理局に横槍を入れられたせいでご破算ってわけ」
フ「世界のためとはいえ、焦って行動したせいで全部裏目になっとるんじゃな。ということはディーヴァやコスモスも……」
マ「まあ、実はコスモスの方にはフーカも大きく関わってるんだ。だってこの計画で生まれるのは……っと、この先は本編でね。とりあえず今回はここまで。……それにしてもシャロンの精神がかなり闇に寄ってきている……このジムも下手すればヤバいね」
フ「む? そういえばこのジムはそもそもどこにあるんじゃ?」
マ「また次回~♪」
フ「はぐらかした!? あ、師匠! 今の話、もっと詳しく聞かせんか!!」
 
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