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最低で最高なクズ

作者:偏食者X
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ウィザード・トーナメント編 前編
  「11」 その4

「少女......?」


正確に言えば同い年くらいの少女。
いや、もっと言ってしまえばマーリン学園の生徒だ。
だがその動きには明らかに違和感を感じる。
すぐさまホテルで目撃した子と同じだと理解した。


「ヘヘッ.....やっとかよ....。」


背後から地を這うようなトーンの低い声が聞こえ、急激に鳥肌が立ち始める。
だが、安易に振り返るべきじゃない。
振り返るその一瞬が隙になって相手に仕留められるかも知れないからだ。
だから相手に質問をする。
もう分かりきっているような質問をする。


「お前がジャック・ザ・リッパーか?」

「いかにも。」

「さっきの爆発はお前の仕業か?」

「あぁ。」

「いつ仕掛けた?」

「午前中だよ。」


敵の解答は単調で、付け入る隙がない。
シルバが戻ってくるまでの15分をどう稼ぐかが今の俺が考えなきゃならないことだ。
仮に戦闘が始まったとしてもそこに至るまでである程度時間が稼げていれば、シルバは間に合うかも知れない。
すると今度は敵の方から話を始めた。
俺としては好都合だ。


「俺はお前に会いたかったんだよ。」

「はぁ?」

「空港での殺気....お前気付いてたんだろ?」

「何言ってるのか分からないな。」

「ヘヘッ...俺は特定の女どもに殺気を放ってたってのにお前はそれを警戒して眉間にしわ寄せてキョロキョロしてたんだ。俺が分からないわけねーだろ。」

「なら会いたかった理由はなんだ?」

「お前なら俺が望む血が滾るような戦いをさせてくれるだろうと思ったからだよ。俺は自分の望む最高の相手と正々堂々戦って死ぬことが本望だからな。」


魔法陣が展開する。
俺はすぐにフィールド召喚魔法だと理解する。
だがこれはピンチだ。
いきなりワケもわからない敵の得意とするフィールドに飛ばされるんだから俺は死ぬ覚悟をした。



















気が付くとそこは濃霧で視界が定かではない路地裏。
さながら産業革命当時のロンドンだ。
ともなればこの霧は酸の霧。
俺はすぐに服の袖で鼻と口を隠す。
俺の魔法は武器以外の召喚も不可能ではない。
いざとなれば空気清浄機も召喚できる。


(まぁこの濃霧だと使っても効果ないだろうけど。)


それより敵だ。
このフィールドを召喚された時点で俺は既にジャック・ザ・リッパーを見失ってしまっている。
この濃霧だと見失った時点で次に発見できる確率は限りなく低い。


(これは死亡フラグ立ったかも知んねーな。)


こんな視界の微妙な空間で銃を乱射しても意味はない。
アサルトの命中率は確かに低いわけだが、それでも敵を狙って撃つから何発かは当たる可能性がある、そもそも敵が見えていない状況だと狙いすら定まらない。
まず当たるはずもないだろう。
俺はひとまず護身用でナイフを召喚した。


「ハハハハハッそんな獲物で俺に対応できんのか?」

(野郎は霧の中でも俺が見えてるのか。まぁ、相手が召喚したフィールドだからどんなハンデがあってもおかしい話じゃないけどさ。)


恐らく敵のスペックを考えれば俺よりは上。
多分、素で戦ってもギリギリ俺が負けるくらい。
その上、今は敵が有利な状況を作り上げている。
状況的に既に負けが分かっているなら、あとはどれだけ長く相手を前にして保っていられるかだ。


(でも相手には霧の効果はないんだろ...長く保たせるのもかなりキツイかもな。)

「ボーッとしてんなよ!」


視界にナイフの光を捉え、対応しようと思った時には既に斬られていた。
しかも傷が異常に深く、何発も食らえないと判断した。
多分、10撃耐えられるかどうか。
だが、分析している内にさっきの攻撃の方向を忘れた。
次にどこから来るのかそれすらはっきりしていない。


(チッ.....どうする。)

「おいおい、止まってるだけじゃあ切り刻まれるだけだぜ。もっと踊って見せてみなよ。」


声はフィールド全体に共鳴して聞こえる。
そのおかげで声で位置を特定することもできない。
いよいよどう対応すべきか分からなくなってきた。


『壁作って攻撃の方向を絞るか.....いや、俺の退路まで塞いじまったら不味いからパスだ。』


俺は上に登れば霧の濃さの差で相手が見えないかと思い、道幅が狭いことを利用してパルクールのように壁面を登る。
だが下を見下ろしても道すらぼんやりとしか見えない。
敵の姿なんて余程のことがなければ見えないだろう。
この霧が晴れるだけで手はいくらでも打てる。
そう霧が晴れれば。


「おいおい、上に登って(まと)にでもなるつもりか?」


確かに今の俺の状況は敵からすれば的だ。
まぁ下に降りても何も変わらないわけだが。
すると、壁面に獣の鋭い爪で抉られたかのような痕跡が現れ、急激に壁に張り付く俺に迫る。
俺はすぐに壁から離れ着地した。
不意に脳裏に1つの謎が浮かぶ。


(相手の視界を奪えばそれなりに戦えないか?)


そこで俺は1つ思い付いた。
俺がある物を召喚したのとほぼ同時に相手も攻撃を仕掛けて来る。
タッタッタッタッと足音が近付いて来る。
その音は背後から迫っている。
どうやら足音は反響して聞こえないようだ。


(攻撃が単調で舐め過ぎなんだよ。)


俺は足音の方向を振り返りニヤッと笑う。
俺の手からこぼれ落ちるように閃光弾が落ちた。
敵は僅か一瞬に近い出来事で対応に間に合わなかった。
閃光弾が炸裂し、辺りが閃光に包まれる。
光が無くなり視界がある程度はっきりすると、霧の中で何かがぼんやりと浮かび上がっていた。


「クソが!珍妙なもん使いやがって!」

「警戒が足りてないんだよ!」


俺は自分の視界がまだ完全に回復しきらない内に相手に攻撃を仕掛ける。
まだ実体のはっきりしない相手にナイフを振るう。
護身用とは言え、この状況で防戦一方なのも良くない。
この一撃で相手にダメージを与えられれば今後の戦闘において有利に立ち回れるかも知れない。
しかし俺のナイフは空を切る。
その間に相手は霧の中に隠れてしまった。


(千載一遇のチャンスが....)


咄嗟に辺りを警戒しようとするが、まるで一瞬の出来事のように両腿に斬撃を食らう。
肉が削がれおびただしい血が足を伝うが、自分でも驚くほど痛みを感じなかった。
だがこれで動くことができなくなった。
正真正銘、的になったわけだ。

だが相手は分かっていなかった。
今の俺は恐らくアドレナリンの過剰分泌とかもあって、痛覚が麻痺している。
多少の無理どころか、後遺症も覚悟しなければならないような一手だとしても今の俺は実行できる。
斬撃を受けた足でも歩こうと思えば歩ける。

再び手に閃光弾を握り、敵が近付くのを待とうとする。
だが、防戦一方では(らち)が明かないと判断した俺はそろそろ攻めに出ることにした。

再び敵の足音が近付く。
そして間近で足音が聞こえた瞬間、俺はさっきまで立っていた場所から少しずれて、そこを狙った。
さっきの閃光弾の時に俺は相手は臨機応変に対応するのは苦手だと踏んだ。
それに、数撃受けて間合いも分かり始めてきた今なら敵の攻撃が当たるか否かの微妙な距離感をなんとなく判断できる。

ナイフのレンジでは足りないと判断して、武器を護身用ナイフから日本刀に変更する。
勢い良く振りかざすと確かにそこには誰かがいた。
相手は目をモノアイのようにギロッと動かし、日本刀が迫っているのを確認すると自身の獲物で日本刀の一撃を相殺する。
恐ろしいのは、そこから更に一撃を加えようと殺意を剥き出しにしてこちらに視線を向けていることだ。
俺は相手に次の一手を打たせないようにすぐに念の為召喚したままにしていた閃光弾を使う。

この戦い方の悪いところと言えば、結局のところ霧の中で相手の場所を特定することを俺が諦めてることだ。
閃光弾を使えば、確かに敵の視界を瞬間的に妨げるが、同時に俺の視界もリセットされる。
焦点が定まる頃には既に相手は雲隠れしている。
いや、今回に関しては霧隠れだけど。












ここで俺は違和感を持つ。
少しずつだが目が慣れつつあったのだ。
先程よりもフィールドを把握できようになっていた。
霧の中でもなんとなくは理解できていたが、今俺がいるのは十字路の真ん中。
相手の攻撃は一方通行ではなく、相手は俺を切ったあとに方向転換をして十字路を上手く利用している。
動きに規則性はない。
じゃあどう対処するか。
そう、ここでさっき打たなかった手を打つわけだ。

俺は3mはありそうなコンクリート壁を2つ召喚し、道を2つだけに絞る。
日本刀の間合いを考えれば十字路の中心はギリギリ広いくらいで多分、対処できる。
何より、相手の攻撃を把握できる。
だが今に至るまでに6割は魔力量を消費している。
コンクリート壁はサイズも合わせて、消費が激しい。

使い切ればウィザード・トーナメントまでに完治させるのはかなり厳しい。
俺は日本刀を両手持ちして霧の中に突撃する。
まず一刀目。
陽炎のようにゆらゆらと現れる相手に対して横に振る。
それは空を切る。
すると、それに合わせて腰くらいの位置を何かが結構な速度で通過していった。
俺は敵の動きを更に絞るためにこの道も塞ぐ。
そして敵の縦横無尽な動きをある程度法則性のあるものにすることに成功した。
もう敵がどこにいるのかは理解できる。
しかし、ここで問題だ。
3つ目のコンクリート壁の召喚でこれ以上魔法を使えないことが分かった。
道を完全に塞ぐことは不可能だ。
俺はすぐさま十字路まで引き返す。
そこには間違いなく誰かがいた。
恐らく道を塞がれて困惑したんだろう。
俺は二撃目を振るう。
今度は一撃を受け止めた。
刃の摩擦で生じる火花とびくともしない手応え。
そこに相手がいるのは間違いない。
しかし、ここで再び別の問題が起こる。
出血による立ちくらみだ。

景色が揺らぎ、一瞬平衡感覚を失う。
その隙に相手は競り合いから抜ける。
また俺の真横を通過していったからさっき塞いだコンクリート壁の前にいるはずだ。
今度は走らなくても追い付ける。

だが状況は最悪だった。
魔力量はウィザード・トーナメントまでに完治可能なギリギリのラインまで減少。
体は多くの斬撃を受けたダメージが蓄積。
更に傷口からの大量出血で朦朧とする意識。
正直、立っていられるのが奇跡かも知れない。


「なんだよ。やっと面白くなってきたと思ったら、もうジリ貧なんじゃねーか。」

「クソが!」


次の瞬間、両足からフワッと力が抜ける。
糸が切れた人形のように俺は膝を付く。
そう、既に勝負は決していたのだ。
やがて膝立ちも厳しくなり、コンクリート壁にもたれ掛かった。


「呆気なかったなぁ...でも、面白かったから感謝の意を込めて丁重に殺してやるよ。お前が終わったら次はさっきの女だなハッハッハ!」


足音が聞こえる。
音の間隔からして走って来ている。
そう、俺はここで殺されるんだ。
まだ名前も知らないシリアルキラーに。
足音が手前まで迫って来た。
もう恐怖があっても体が動かせない。
俺は目を閉じた。





























まだ俺は意識がある。
体は死にかけだが、意識は残っている。
一体、いつまで焦らすつもりなのか。
そう思った。
だってあとは殺されるだけだ。
だが、聞こえたのはある声だ。


「チッ!...誰だてめぇは!」


俺はその発言から違和感を持ち瞼を開く。
そこにいたのはシルバー・スティングだった。
そう彼は間に合った。


「誠くん、遅れてすまない。助けに来たよ。」


俺は時計を見た。
相手に出会って今に至るまで、経過した時間は14:57。
この男は有言実行したに過ぎないと考えている。
だが、大爆発による混乱の鎮静からここに帰還するまでで15分経っていないというのは異常だ。




10秒ほど前のことだ。
ジャックは俺にトドメをしようとナイフを振りかざす直前まで来ていた。
その時だ。
不意に塞がれなかった1本の道から何者かが全力で走ってやって来る。
それは瞬時に敵を捉えると容赦なく拳を振るった。
ジャックは奇跡的にそれに反応。
間一髪でガードに成功するが、それでも走って来た分の勢いを受け止めきれず吹き飛ばされた。
体は壁に激突しバウンド。
何とか対戦を立て直し、ジャックは距離を取った。


「チッ!...誰だてめぇは!」


そして今に至る。
ジャックは再び霧の中に隠れてしまった。


「シルバ!相手は対人戦のプロだ、気を付けろ!」

「分かってる。」


霧の中から現れた一撃をシルバは脇に挟んで固める。
すかさず敵は次の一撃を食らわせようとするが、シルバはそれよりも先に相手の顔面を掴んで、そのまま勢い良く地面に叩き付ける。


(コイツ、格闘技か護身術でも身に付けてんのか?)


シルバは離れて距離を取る。
再び霧の中から攻撃がやって来る。
普通なら捌けない連続突きをシルバはいとも簡単に捌ききって行く。
ここまでシルバは一切魔法を使っていなかった。
だが、それが仇となり敵はシルバの足を切った。


(コイツ、ドサクサに紛れて僕の足を狙っていたのか。)

「はぁ....はぁ...これでお前は俺を追ってこれないな。」


ジャックはギロリと俺に視線を向けるが、その目には既にさっきの殺意は一切、見られなかった。


「今回はここまでにしといてやるよ。もう生徒も襲わねぇ、お前らにつけた傷も数日で完治するさ。たが....」


次の瞬間、さっきと同じくらいの寒気がするような殺意が辺りを包み込む。
これにはシルバも少し硬直しているようだった。


「いつか必ずまた殺しにやってくるからな!」


ジャックは再び霧の中に消えた。
少ししてフィールドが消滅。
またいつもの公園に戻った。


「シルバ、足が。」

「いや、どうということはない。それより君のほうが問題だ。あまりにも血が出すぎている。」

「あぁ、多分アドレナリンの分泌とか、そういうののお陰で今、意識を保ててるんだと思う。」

「もう少しすれば他の捜査メンバーが合流する。」

「手回しが早いな。」

「そりゃ、これでも学年主席だからね。」

「ハハッ、さすが学年主席だよ。」


その後、他のメンバーが合流して俺たちとターゲットとされた生徒は無事保護された。
俺とシルバはさっそく事件の詳細を話すために事情聴取にかけられるだろうと思っていたが、それぞれ傷が完治し次第、事情聴取を行うこととなった。

その後、副会長の根回しで俺とシルバの事情聴取は免除され、犯人との交戦による負傷者とその他諸々の負傷者に対する謝罪は副会長が直接訪れてしたそうだ。

物事はその収拾をどうするかが重要だ。
今回は副会長のお陰で事件の内容が世間に漏れることはなかった。
大爆発による騒ぎもウィザード・トーナメントなどの取り決めを行う魔法議会の干渉によって揉み消された。


病室にて。
俺とシルバは隣同士のベットで治療を受けていた。
傷の状態からして復帰はシルバのほうが早い。
俺に関しては完治まで4日掛かると言われた。
それはつまり、退院した初日からウィザード・トーナメントの1年の部が始まるということだ。
どうせなら1日前には体を動かせるようになっておきたいと思っていたが、無理もないだろう。
そこは諦めて4日間待つことにした。


「副会長が僕たちの事情聴取を免除してくれたみたいだね。あと、事件についても一切、表には公開されないらしい。」

「あぁ、事件が明るみに出れば今後のウィザード・トーナメントの開催についても反論の意見が増えるだろうからな。今回はあの人のお手柄だな。」


その時、俺の頭の中はジャック・ザ・リッパーのことでいっぱいだった。
結局あの時、俺とシルバは相手の顔を正確には見れていなかった。
それに犯人があの時本気を出していれば、俺はシルバが来るまでに確実に死んでいただろう。
シルバもきっと殺されていたに違いない。
今回は、俺がいかに弱いかと、上には上がいるということを痛いほど理解する良い機会になった。

だがこの事件は、これから長く続く因縁の、その始まりに過ぎなかった。


ウィザード・トーナメント編 前編 END
 
 

 
後書き
今回はここまでです。
ようやく前編が終わりました。
いやー長かったです。
そして、次回からは後編に入ります。
いよいよ誠たちのバトルですよ。

次回もお楽しみに。 
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